むむちゃんの散歩道

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ぷうちゃんおめでとう

ぷうちゃんの誕生日。
ぷうちゃんは、朝からご機嫌で、ニコニコだ。

二学期のはじめのこの時期の誕生日は、毎年キツイ。
今年は週のはじめだったから、前日にあれこれ用意することができて、例年に比べればほんの少しよゆーがあった。

お誕生日のお夕飯は、
ケンタッキー風のフライドチキンと、チーズの卵焼き。
衣の二度つけをしてみたら、それらしくなった。
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お誕生日ケーキはチョコレートのタルト。
お豆腐で作るヘルシーで簡単なタルト。
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予想外に小さく、予想外にとっても美味しかった。
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フライドチキンも、チーズの卵焼きも、チョコタルトも、
お料理は、クックパッドさまさまです。

プレゼントは
むむちゃんからは、前日かるたの帰りに一緒に探して
奇跡のように見つけたONEPIECEの筆箱。
私からはトランポリン。
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うるさかったらどうしよう・・・。
心配したけれど、ちっとも響かない。
素足のジャンプよりも、トランポリンでジャンプする方が響かない。
そして、とっても高く飛べる。
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雨だったり、お友だちと約束できずに外で遊べないときに、ぴょんぴょんと跳ねてね。
もちろん怪我には注意して。


大きくなっていくのが惜しくてたまらない。
一緒にあれこれできる時期を引き伸ばしたくてたまらない。

そして、満面の笑みを見てホッとする。
この笑顔を少なくとも今日まで守り続けることができたことに。
どうか、今日からの一年も、笑顔の多い時間を過ごせますように。

感謝と祈りの、お誕生日。

# by shiho_kato | 2017-09-04 22:47 | むむちゃんとぷうちゃん | Comments(2)

9月1日

8月31日は、むむちゃんの部活もお友だちとのお出かけもなく、ぷうちゃん、むむちゃん、ふたりで一日過ごした。

夜、翌日9月1日から始まるニ学期の用意をする。

今週は月曜から、二学期の準備モードに私の気持ちが向いていたので、
二人の持ち物や宿題も早め早めにチェックして、用意していた。

31日は、最終確認のみ。
落ち着いて過ごせる31日で良かった。

むむちゃんも、ぷうちゃんも、
ここに来て、学校に行くのが楽しみだという。

友だちに会える~~!!(む)
友だちと思いっきり遊べる~~~!!(ぷ)

特に今週は、ぷうちゃんはスイミングとテニス以外はひとりでお留守番の週で、
ひとりの一日は長く、不安と退屈とで、辟易していた模様。

3人の中で、9月1日を厭うているのは私だけでした。

・・・・・・
9月1日、子どもの自殺が増える。

図書館においで

動物園もいいよ

フリースクールがあるよ。

それらのメッセージがあふれる新学期前。
チャイルドラインで働いていた頃に発信した新学期ハザードは焼け石に水のような一滴だったけれど、
いまは、当たり前のように社会が知るところとなり、あぁ、理解は進んできたなぁ、と思う。


私は、個人的には、世の中がせーのではじまる9月1日に、ものすごくエネルギーの要る「逃げる」よりも、静かにそっと闘わずにやり過ごしたいと思う。
ちょっと熱が、、、とか、ちょっと頭が、、、とか。
私にとっては、家の中が、安全で安心な場所だったから。

図書館に、とか、動物園、とか、フリースクール、とか、じゃなくって、
今日は休めばいいじゃない、で、済むのがいちばんだった。

「フリースクールがあるよ」って勧められて、息苦しく思ったのを覚えている。
どこにも行きたくない気持ちも、大事にしてね、って思う。

でも、家庭が安全で安心な場じゃない子どももいるものね。

名もない場所が、居場所になればいい。
図書館も動物園も象徴でしかない。
おばあちゃんち、お隣のおうち、◆▽×さんち、選択肢が増えることと、学校や家庭たそういった場所のあちこちをそのときどき気ままに選びながら過ごす子どもの割合が増えることで、ずいぶんと風通しは良くなるのは間違いない。

8月30日の朝日新聞の声欄に掲載された投稿に、おもわずほくそ笑んだ。
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そう。これこれ。
楽しく過ごす時間でいいじゃないか。
もしも、むむちゃんぷうちゃんが学校に行かなくなったら、一緒にやりたいことがたくさんある。見たり、聞いたりしたいことがたくさんある。一緒にお出かけしたい場所がたくさんある。一緒に学びたいことがたくさんある。
生計を立てるために仕事を辞めるわけにいかなくて、叶えられないのが惜しいくらい。


今日は季節外れの涼しい風が吹いている。
気持ちよく、一日を過ごせますように。
明日はまた、週末だから、ね。

# by shiho_kato | 2017-09-01 19:41 | むむちゃんとぷうちゃん | Comments(0)

「守・破・離」

茶道の先生が亡くなられた。
御年満年齢で97歳だったそうだ。


堅苦しいのは苦手だ。
茶道を続けることができたのは、先生の柔らか頭の教えのおかげ。
千利休の教え「守・破・離」
先生は、その「離」の楽しさを当時学生であった私たちにも存分に味あわせてくれた。


茶道の型は、合理的にできている。水が流れるように所作を流せると正しい型になる。
右に左にバタバタしない。近いところの近いものに順に触れていく。
きわめて静かな動。

そのシンプルさが好きだ。

シンプルを身に染み込ませると、「離」の自由。
「型」は極めると、「離」になる。


茶道ばかりでなく、生活もそうだと思う。

毎朝同じ時間に起きて、同じ時間に朝食を食べ、同じ時間に出かけ、同じ時間の電車に乗る。
毎日毎日、それの繰り返し。

その繰り返しのベースが、時々のイベントごと足腰を強くする。

どこに戻るべきかを体がよくよく知っているから、
そのときばかり大胆に踏み外してみる楽しみがある。

退屈な毎日ではなく、シンプルな毎日。

もしも毎日を積み重ねるのがしんどいのだとしたら、負荷が大きくなっている証拠だ。
何かを減らして、淡々と転がせる毎日に戻していく必要がある。


佐藤先生に教えていただいた茶道は、私の内に一本すっくと柱を立ててくれている。


お通夜も告別式も平日だった。
仕事帰りにお通夜に駆けつけた。

手を合わせ、お焼香を済ませ、失礼させていただいた。

いつもより1時間あまり遅い時間に帰宅すると、お風呂を澄ませたぷうちゃんとむむちゃんが、
用意しておいておかずに、むむちゃんの茹でた素麺でお夕飯を食べていた。

いつもと違い、自分たちで用意して食べるお夕飯。
早くから余裕をもって動きだし、先にお風呂に入ったそうだ。

毎日毎日積み重ねている「守」があるから、
こういうときに順序を違えた工夫をする「破」が発揮される。

いつか、ひとりひとり、自ら生活を築き上げる大人になったときに、
大崩れしない「守」が、日々身に染み渡って行きますように。




佐藤先生、ありがとうございました。
合掌



# by shiho_kato | 2017-08-30 22:38 | 私ノート | Comments(0)

ぷうちゃんと高尾山

猛暑。

区内よりもお山の方が幾分涼しいのではないか、と踏んで。
(と、いうよりも、この夏休みのやりたいこと「ぷうちゃんとお山に行きたい」を叶えられる日が他に無いから)

『RDG レッドデータガール』に出てきた、パワースポットの一つだよ!
と、釣って。

京王線の高尾山きっぷをつかって。
新宿←→高尾山口+リフト往復付き(大人1,380円、子ども690円也)


高尾山はランナーの練習場。
駆け上り、駆け下り、人によっては日に何往復もする。

リフト往復。

ランナーの端くれではあるけれど、風下に甘んじているのだし、
ランナーである前に母なので、ぷうちゃんと楽しい思い出ができればいいんだ。

(こうやってぐだぐだ書くのは、やはり物足りなさを感じないでもないからで。でもいいの、頭と心は常にたたかうものであるし、戦った上での最後の決断は、えいやっと勘だのみなのもよくあることです)

読み通り、高尾山は涼しかった。
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読み通り、リフトは楽しかった。
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上りのリフトに乗りながら、下りのリフトが楽しみになる。


平日で、猛暑日で、人が少なめなのが良かった。
いつも回避する薬王院でも楽しめた。
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頂上!
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簡単なお弁当。急に決めたから、あるもの詰めるだけの。
それでも美味しく食べた。
アリにおすそ分けしたり。

おっきいかき氷。
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この先の城山までもうひとがんばりすれば、おおおおっきいかき氷を食べることができるけど、
今日はそういう日じゃない。

このかき氷で十分満足。


帰りは山道風を味わえる4号路。
吊り橋を渡れる。
7月にランナーのお友だちと通ったばかりで記憶に新しく、難所も無いとわかっているので安心。

吊り橋まではあっけなく。
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吊り橋からリフトまでも程なく。

ぷうちゃんは走ったり跳ねたりしながら。
「まだかな?」一回目で、もうリフト。
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ちょうどいい距離だったってこと。

降りたら、極楽湯。
温泉につかるご褒美をもらえるほど、がんばっていないけれど、
どぼんと入ることが、楽しみを120%に釣り上げる。
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8時半に家を出て、温泉に入って、3時半には家に帰り着いた。
意外と近い。


また、行きたい、と思える高尾山。
に、なっていたらいいなぁ。


むむちゃんが、むむも行きたいなーと、言いながら、
『RDG レッドデータガール』を読み直しはじめた。


うんうん、いいぞいいぞ。



# by shiho_kato | 2017-08-25 16:54 | むむちゃんとぷうちゃん | Comments(0)

小説ばかりを読んでいる

なんだか小説ばかりを読んでいる。
以前からそうだったけれど、拍車が掛かっているというか。

この夏はラノベとの境目っぽい、中高生とか大学生が主人公になるお話ばかりを読んでいた気がする。


仕事上の選書では、小説を選ぶことの方が圧倒的に少なくて(割と新しい小説については出版情報が入りやすいので、選書にかける時間が少ないというのもある)、自然科学、社会科学、いまの社会の動きの中で知っておくといいだろうなーと思うもの、彼らが興味を持っているらしかったりこのところ勉強しているらしいことの周辺を開拓しようと、本を選ぶ。

選んだ本の全てとまでは言わないまでも、どんな内容なのか概要だけはさっと目を通してチョイスするので、すぐに忘却ボックスの中に入ってしまうにしても、一度は「見た」もの。

日々、その作業を積み重ねていると、タイトルと内容を「見た」だけで、読んだ気になる。
つまみ食いだけで、お腹いっぱいな感じで、しっかり味わって食べる気にならない。
いいんだか、悪いんだか。


小説は、さっと目を通すだけではなかなかお腹いっぱいにならない。
美味しそうであれば、ちゃんとはじめっから読みたくなってしまうのだ。
きっと、素材が同じであっても、登場人物の性格付け、物語の運びに同じものが無いからだ。


小説ばかりだではダメだよね・・・と自嘲気味に思っていたら、
こんな言葉と出会った。


為末大
「人間は現実ではなく、物語を生きている」というのが、私の競技人生で学んだことだ。現実に起きた事は変えられないが、物語はいくらでも変えられる。そして物語が変われば、過去も未来も、風景が違って見える。
47NEWS「為末大の視点」2017/08/23


どの人も、どの人も、プログラミングされた人生は無く、
一年後どころか、ひと月後も一週間後も一日後も、一時間後ですら、約束されていない。
どの人も、どの人も、レールのない人生を生きている。(敷かれたレールを生きているつもりになっている人もいるのだろうけれど、そんな人とて自身の寿命までコントロールすることはできない)

それを生き抜くには、今ここにいる自分を「捉える」あるいは時によっては「支える」ための、私を主人公としたストーリーを構築できる力が必要なんだと、40数年生きてきてつくづく思う。



そして、私だけではない、他者の生に心傾けることが、たったひとりで生きているわけではないこの地上で、絶対に不可欠な作業だ。最も近しい人たちでは、子どもたちもそう、パートナーもそう、父や母でさえもそう。

他者の生に心傾けるとは、彼らの描く彼らを主人公とした物語を読み理解することだ。

その体幹となる力を、私は「小説読み」から得ている。
混沌としたあれやこれやをどう組み合わせて、解釈し、時を進め、展開させていくのか。
そのバリエーションは、本当に文字通り十人十色。1%も、0.00001%すらも一致することはない。
好き嫌いはある。
だけれど、理解するという点においては、どんなバリエーションも知っておきたいと思う。

だって、未来は予想不可能、人の生は予想不可能で、近しい人たちのそれだって予想不可能だ。それを百も承知で、子どもたちや父母や友人たちの生と、共にありたいと私自身が強く願っているから。







# by shiho_kato | 2017-08-23 22:13 | 私ノート | Comments(0)