むむちゃんの散歩道

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映画「君の膵臓をたべたい」

むむちゃんとぷうちゃんと、仕事帰りに待ち合わせをして、
映画『君の膵臓をたべたい』を観る。



本で読んだ、くすんだ曲がった凸凹した感じが無いことに違和感はあったけれど、
観終えて、本で読むよりもスッキリと内容が入ってきた。


共に居て、信頼できて安心できるのは、
ひとりであることをしっかり抱えられる人なんだ。

共感が過ぎてしまい「一緒」の幻想に身をゆだねている友ではなく。


そういうことを、住野よるは書きたかったんだ!
映画を観て、ようやく理解した。



住野よるの、『夜のばけもの』も、『また同じ夢を見ていた』も、『かくしごと』も、
みなに交われない、あるいは交わらない、「ひとり」に拘って書いている。
文章がけして上手じゃないのに、スルーできないのは、
けど、仲良し万歳じゃない、ひとりぼっちの姿をこれでもか、って言うほど描くからだ。


ところで。
住野よるは、女性だとばっかり思っていたら、男性だった。
(私だけではなく、むむちゃんも女性作家だと思っていた)
びっくりして驚いて、今まで読んできたそれらをも一回読み直した方がいいかも。
別にジェンダーどうこうっていうのは無いんだけど。


# by shiho_kato | 2017-08-02 18:23 | むむちゃんとぷうちゃん | Comments(0)

小学校のわくわくスクール 百人一首

4回目になるわくわくスクールでの百人一首。


残り時間30分。
子どもたちから「ねぇ~~!!もう一回やりた~い!!」

まぁ嬉しいこと。
ギリギリいっぱいまで、楽しみました。

3年生が半数を占め、どの程度のカオスになるかしら、と案じたけれど。
泣いたり、怒ったり、は、あるけれど、続けるのを止めるほどのことはなく、
直ぐにまた流れにのっかろうとしてくる。
私があれこれ言うよりも、子どもたち同士でなるようになってくれた。



もう来年はいいかなぁ、、、と、やる前は思っていたけれど。
また来年もやろうかなぁ、、、と、今は思っている。


ご褒美は、サーティワンのアイスクリーム。
31日は、ダブル31%オフだって~!!

むむちゃんも、ぷうちゃんも、自分の分は自分のおこづかいで買うつもりでお財布をいそいそと出していた。
このくらい、買ってあげるのは当たり前なんだぞ~。
まだまだしばらくは、ちゃっかりしっかり、おごってもらう子どもでいてね。


# by shiho_kato | 2017-07-31 20:12 | 私ノート | Comments(0)

むむちゃんの三者面談、ぷうちゃんの保護者面談

むむちゃんの三者面談。

今年の担任の先生からも「言うこと無し」

唯一は、先生からの問い。
「かるたに、ピアノに、学校生活に、部活に、勉強に、どこで息を抜いているのですか?」


むむちゃんとアイコンタクトでもって、
(むむちゃん自分で言いなよ、ママ言ってよ)
譲り合い、結局私から、むむちゃんの息抜きが、かるたとピアノであることを説明する。
むむちゃんが自分で言ってくれないと。かるた教育ママっぽくってヤだわ。


先生がぼそぼそと、
「そうですか、あなたはストレスは無いんですか・・・」と、呟いておられた。
それだけ。

先生に促されて、相談したのは
この先の高校受験を考えた際に、かるたを休み、受験勉強をしなくてはならなくなるのはどの時期かということ。

ひとつふたつ上の先輩たちが、2年生の夏休みや、3年生になる直前の春休みから、早々にかるたを離脱してしまっているから。
むむちゃんが、一年いや、半年ですらかるたを離れて暮らせるとは、とうてい思えない。


先生からは、行きたい学校がすでに決まっていて、それに対し今の成績を保つことができれば、かるたを離れる時期は少なく済むとのこと。

むむちゃんも隣で聞いていた。
あとは、自身の判断ですなぁ。




ぷうちゃんの保護者面談。

今年の担任の先生は、ぷうちゃんの特性をよく見ていてくれていることがわかって、ホッとした。
年齢なのか経験なのか、先生に余裕がある。結論を急がないのがいい。

ぷうちゃんのマイナスの特性は、
失敗を過度に恐れること、注意されたりしたときに過度に受け止め過ぎて萎縮すること。

だから、できないことを無理にさせようとは思っていないこと。
できたときに瞬時に褒める、スモールステップで数多く刻もうとしていること、
すっきりした場ばかりではなく、複雑な中で知恵を絞る体験をできるだけ多く積めるようにしたいと考えていること。


どれも、よろしくお願いします。と、頭を下げる。


私の規範意識が強すぎるのか?
良くあれ、と強くメッセージし過ぎているのだろうか。
行ったり来たりの生活の中で、選ばれ得る自分でなくては居場所が無くなると、思わせてしまっているのではないか。
等々。

この先生は大丈夫そうだ、と安心したら、
私自分の小さな迷いや不安があたまをもたげる。


「家庭環境も含めて、私の目にはよりいい方に向いて、伸びて育ってきているように見受けられます」
と、言葉を選びながら言ってくださったことに救われた。


模範的な返答と言えば、そう言えなくもないけれど、
そういう言い方を知っている先生であるだけでも、信頼できそうな気持ちになれた。


いろいろな実体験を、いまの年齢のこの時期に、つめるといいですね、特に夏休みなんかはいいですよね。
って。
一緒に山に登ったり、プールに行ったり、あれこれ連れて行きたい場所、やってみたいことは、ある。
一緒に食べるものを作ったり、食べれないものを作ったり、育てたり、観察したり、したいことは、ある。


どれをするにも、私の持ち時間が少な過ぎる。
仕事、まるっと休みたい夏休み・・・。


今年の夏のキーワードは、それ。


# by shiho_kato | 2017-07-31 12:32 | むむちゃんとぷうちゃん | Comments(0)

木下通子『読みたい心に火をつけろ!』

学校司書の大先輩の本。
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ビブリオバトル企画で、ガンガン前に出ている司書さんなので、
敬しつつ、すこうし距離を置いていた。

本も、直ぐには手に取ることができなくて、
じわりじわりじわりと、自分の中で追い詰めて行って、さすがにもう読まないと先に進めないや・・・
煮詰まったところで一気に読んだ。


本を読むのが苦手な生徒も来る学校図書館を、当たり前のものと捉えているところに、安心する。
小説や物語から、はじめたい、それがあなたに寄り添ってくれる存在だから、という考え方にも、安心した。


読めずに置いておいた時間、読み進める時間、そして読み終えて、
あぁ、私は「学校司書として、私どうなのよ」と、揺れてるんだなぁ、と気づいた。

この本の中に「安心」がひとつ見つかるごとに、胸をなで下ろしながら読んだ。


*****

「仕事をするイメージ」とういのが私には欠落している。
そもそも、働く人になることを想定して、人生を組み立てたことが無いまま、
気づいたら「NPOの人」になり、NPOで「働く人」になり、「ワーキングマザー」になり、「学校司書」になり。
そのどれもこれもが、イメージトレーニングを積んで積んで積んで、の結果ではなく、
期せずして振り返ったら、そういう場に身を置いていた、というのが実感に近い。

いまの勤務先で、このポジションに置かれてこの役割を与えられ、
こういうことが必要で望まれている(と、汲み取って)、それに即した働きをしよう。
日々、そういうことで働いている。

その働きの内容が、割とおおむね学校司書としてするべき仕事に合致しているようだ、と我が身を振り返る。
しかし、ここから先のビジョンというか、どこに向かっているのか、行くのか、灯台のようなものを持ち合わせていない。


学期中は、学校司書としての灯台云々よりも、この学校にとってのこの場所の有意性、有用性をどう捉えるかに気持ちを集中させていられたのだけれど。
学期が終わりフツフツと湧いてくる「学校司書の人たちは何を見、何を目指しているのだろう」「それは、私がやりたいことと合致するのだろうか」「そもそも私のやりたいこととは何だろうか」「いややりたいことよりも生活していける仕事をきちんとすることこそが今は重要ではないだろうか」「生活のための仕事云々よりも、子どもたちの今に立ち会えるかどうかが大事だろう、時間こそ、最も取り戻しのきかないものなのだから」等々。
歯止めをきかせるエネルギーが弱体しているので、ぐるぐると巡っている。








# by shiho_kato | 2017-07-29 21:23 | 読書ノート | Comments(0)

茂原の七夕祭り

もう何年ぶりだろう。
いや、何十年ぶりだ。

茂原の七夕祭りへ。
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高校生の頃の、夏のイベントだった。
部活帰りに、みんなで、あるいはデートで。

懐かしいなぁ。

大きく見えたものが小さく見える。
長々と続く道だったはずが、このくらいだったかな、と拍子抜けする。
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「かつて」と「今」は、いつもそんな感じ。

夕方の涼しい風が嬉しい。


懐かしさをともなって、
夏の思い出をまたひとつ。

# by shiho_kato | 2017-07-28 22:08 | むむちゃんとぷうちゃん | Comments(0)