むむちゃんの散歩道

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ぷうちゃんの春休み、むむちゃんママを見つける春休み、命をきく春休み


保育園には春休みがない。
私に春休みがなければ、ぷうちゃんにも春休みはないのです。

むむちゃんは、春休み三日目から、父方祖母宅に2泊、みんなで外泊1泊、母方祖父母宅に(というか従妹宅に)5泊。

むむちゃんのいない日々が、ぷうちゃんの春休みだった。

ぷうちゃんは「つぎにむむに会えるのは〜」とカウントダウン。

むむちゃんが出かけてからの夕飯。
ある晩、おずおずとぷうちゃんが
「ラーメンがたべたい」と。
私がラーメンをあまり好んで食べないので、わが家で作るのははじめて。
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翌日
「チーズのスパゲティたべたい」
カルボナーラにしてみた。

翌々日
「納豆巻きたべたい」
ねぎとろとたまごと納豆巻きをつくる。

炭水化物ばかりの夕食の日々なのでした。


そして、ぷうちゃんは、日に日に後追いがはげしくなった。

トイレから出よう扉をあけるそこにはニコニコ顔のぷう。

お風呂から出て、いつもどおりバスタオルでふいて脱衣所を送り出したら
私が出るまで脱衣所の前でニコニコと待っていた。風邪ひくじゃん!

洗濯ものを干していると、絵本を胸に抱えて、背後にニコニコと立っている。

洗い物をしていると、「ママ、ママ、来て来て〜!」

お料理していると「ね、ママ、ここなんてかいてあるの?」

寝るときにはモンチッチ抱っこ。

待っていられるし、ニコニコしているのでいいのですが、
ぷうちゃんの赤ちゃん時代に経験していないなぁ、この後追いみたいなもの。
そうなんだなぁ、ぷうちゃんはむむちゃんの後をこうやって追っていたのかも。

わからない文字を教えてくれるのも、
一緒に面白いものを発見して面白さをわかちあうのも、
一緒に着替えるのも、
互いに違うことをしてても、一緒に空間を過ごしていたおねえちゃん。

これほど長い不在、これほど長く離れるのは、はじめてだ。

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むむちゃんに会える日、ぷうちゃんは朝から超ご機嫌だった。
夜まで通勤電車の中でもそのご機嫌は持続し、
夕方遅くにむむちゃんと再会したときには、
とろけんばかりにニコニコしていた。
夜には寝ながら声をたてて笑っていた。
どんな夢を見ていたのだろう。

母の役割をむむちゃんに依存していたのかしら、
と思ったりする。
でも、むむちゃんは、ほんとうに時々、
だけれど幾度も繰り返して、時々、
言う。
「ママ、ぷうちゃんが居て良かったよ。
一緒にだれか居るってだけで安心だし、
おんなじ血だし、気つかわないし」

それこそ後追い激しくママべったりで、
どうにもこうにも手に余る3歳までの日々は
ぷうちゃんを授かって180度一転した。

ママを手伝い、ぷうちゃんを迎える準備に余念なく。
ぷうちゃんが生まれると、お世話に余念なく。

あれほど手がかかり、気難しく、とにかくママがいなきゃダメだった
むむちゃんは、毒気が抜けたかのように、自立していった。
むむちゃんに必要だったのは、一緒に過ごす相棒で、
ぷうちゃんは完璧に、その相棒たりえたのだ。
(何しろ、健康)

ふっと、思う。
私はむむちゃんを育てるのはもんのすごく手がかかった、
それにひきかえ、ぷうちゃんはなんて育てやすいんだ、と思ってきたけれど、
ぷうちゃんも、むむちゃんが居なかったなら、おんなじくらいに
手がかかった子どもだったのかもしれない。

むむちゃんに感謝するとともに、
わずかな可能性の中に生まれたぷうちゃんと、
いろんな状況の中で、二人を生んで育てた過去の自分にも、感謝。

子どもの面白さ、たくましさ、やさしさ、きびしさ、
すなわち、人の面白さ、たくましさ、やさしさ、きびしさ。
それをつぶさに観察させてくれる存在がここに居る。
そして生まれきた命は尊いという思いが、心の底から湧いてくる。

その経験を日々、させてくれる子どもたち。
春です、命の息吹き、命の声がよりきこえやすい季節です。
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by shiho_kato | 2013-04-05 18:09 | むむちゃんとぷうちゃん | Comments(0)