むむちゃんの散歩道

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3年目の3月11日。

むむちゃんの担任の先生は、3年前石巻の小学校で教員をしていた。

むむちゃんは、夜
「先生がね、」「先生はね、」「石巻でね、」「石巻はね、」
「◎◎に居るときに地震があったらどうすればいい?」
「△△で地震があったらどうすればいい?」
今日は、先生が自ら経験したことをたっぷりと聞いてきたようだ。
いつもは、先生の名前は高学年女子には悪くいう対象でしかないのに。

私たちが立っていた大地も揺れた。
だから、忘れられない日。
だから、思い出せる日。
だから、我がこととしていつかまた起こる、もっと大きなそれが、と想像しやすい。


私にとっては、117が、それだ。
揺れを体験したわけではない。
117からほぼ一ヶ月を経て兵庫は長田の避難所にボランティアで入り、
避難していた人たちと体育館で生活し、
発災からはじめて電気が点った夜を、はじめて手足を伸ばしてお風呂に入れた日を、
共に経験させてもらったに過ぎない。
まだ収まらない余震に、恐怖のざわめきと、灯した火をあわてて消す体験をしたに過ぎない。

だけれど、あの時、体育館での生活をしたから、
家の中の家具はなるべく低いものしか置かないようにしよう。
持ち物はなるべく少なくしよう。
持って逃げるための貴重品はいつもひとまとめにしておこう。
備蓄の食べ物はひとまとめにしておこう。
避難グッズに、コップと歯ブラシは必ず入れておこう。
外に急いで逃げる時に寒くないよう上着類はまとめて置こう。

そういうようなディテールを生活の中に当たり前に組み込みながら、
避難が、とまどいと驚きと恐怖に押しつぶされたものにならないように、
いつもいつも、どこかで備えているような気がする。

そのことは、少なくとも心構えということだけでは、
311のときに、役に立った。
動揺はしたけれど、オロオロと立ち尽くすことはなかったから。

その後、1,2年かけて、放り込んでおいた避難グッズや非常食は、
持ち出せるようにパッキングしなおした。

むむちゃん、ぷうちゃんがそれぞれ背負えるようにパッキングしなおす作業が、
まだ残っている。近々の課題にしておこう。


むむちゃんは毎年311のたびに、311の情報に敏感に反応し饒舌になる。
それは備えへの、継続され続けていあかし。
それは、痛ましい状況に身を置くことになった方々へ
残された私たちがせめても、学び実践できること。


ぷうちゃんが、「今日は怖い話ばっかりだね」とボソッとつぶやいた。

ぷうちゃんのお誕生日になると、ぷうちゃんの生まれた時のことや、
ぷうちゃんの思い出のお話をいっぱいするのとおんなじなんだ。
3年前の3月11日におおきな地震があったから、
3月11日にはその日のことや、そのあとのことや地震のことを、
いっぱい思い出したりお話する日なんだ。

ぷうちゃんがあんまり怖かったらやめるよ?
うん、そんなには怖くないけど・・・。

ぷうちゃんには実感のわかない311体験。
恐ろしさだけが先行しないように。
by shiho_kato | 2014-03-11 21:58 | むむちゃんとぷうちゃん | Comments(0)