むむちゃんの散歩道

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みこちゃんからの贈り物。

日曜、ハーフマラソンを走っている間に、
数十件の着歴があった。

大粒の雨を避け、自宅にたどり着いてから、
どこからかけ直そうか案じていたら、電話がかかってきた。

みこちゃんの訃報。

覚悟はしていたんだ。
ずっと、覚悟はしていたんだ。
だけど。

久しぶりのお電話は「もう時間がないの、会いたいわ」って。
だから、飛んでいったんだもの。
そして、また来るって。必ずまた来ますから、って約束したのに。

春までがんばるわよ、私しぶといからって。
みこちゃんが言っていたから、次に会うときにはみこちゃんに与えられた宿題を
間に合わせて持っていくんだ、って思っていたのに。


私宛にみこちゃんからの伝言があった。
みこちゃんと私の共通して知る方たちへのお知らせを一任します、と。

すでに別のところからの連絡があちこちにまわっていて、
その情報の真偽のほどを確かめるお電話が私のもとにかかってきていた。

みこちゃんは自分の病気について命について、知らせるなと言っていたから、
多くの人には突然のことだった。
だから。もうすべきことなどないよ、みこちゃん。

そう思いながら、みこちゃんが会いたいと思う人はだれ、みこちゃんに会いたいともう人はだれ、
おひとりおひとり、自問しながらお電話をかけた。

雷鳴がとどろく中、電話し続けた。
ほんとうに、とても久しぶりに声を聞く方々ばかり。

電話のつながった人たちには、おひとりおひとりの、訊きたいことに丁寧に答えた。
くりかえし、くりかえし、お話しながら、10人くらいかけたところで息が苦しくなった。
伝えなくてはならなくて、伝わっているはずの人たちまでひととおり確認できたところで、
携帯の充電も切れた。

マラソンを走り終えた体が冷え切っていて、
熱いお湯を張ったお風呂は冷め切っていて、
何をしていいかわからないまま、
雨は止み、空が明るくなっていた。



翌日、ぷうちゃんの入学式だった。
午後は、むむちゃんのかるたの日だった。


夕方になって、お通夜に出かけた。
誰にも会いたくなくて、ひとりで。

誰にも会いたくなかったのに、会えたら、涙が出た。
電話の声だけではなく、姿を見て、手を握ったら涙が出た。

みこちゃん、このために私に託したんでしょ。
みなともう一度会えるように、お話できるように。
病気の経緯を丁寧に手帳を見ながら話してくれたのは、このためだったのですね。
泣き虫の私が、涙にくれてる暇がないように。
そして、ひとりで泣かずに済むように。
そうでしょ、みこちゃん。


みこちゃんは、泣き虫だった。
明るくて、面白くて、笑うことが好きと、みなは言うけれど、
でも、ほんとはとても泣き虫だった。

20代の私は泣き虫だった。
怒って泣き、いらだって泣き、おちこんで泣き、くやしくて泣き。
みこちゃんに、ほらまた泣いて、と言われて、
泣くたびにシールを貼って、シールが貯まるとおごるというペナルティが作られた。

みこちゃんも、泣き虫だった。
あっちもこっちも中途半端なのよね、でも選べないのよ、、、
ダブルブッキングやトリプルブッキングの度に、落ち込んでいた。


ある日の会議の直前に、みこちゃんは手帳を見ながら、
じっと動かずに居た。
「志保ちゃん」と顔をあげたとき、
みこちゃんはすでに涙をこぼしていた。
「志保ちゃん、娘の卒業式なの。がんばったのよ、あの子。
どうしても行きたいの。今からじゃ間に合わないかもしれないけれど、行きたいの。」

有償のお仕事に伴う社会的責任と、
ボランティアの活動に伴う社会的責任と、
ご家族への想いと、
みこちゃんはどれもが等価であろうとし続けていた。

そんなにがんばらなくていいのに。
生活のかかるお仕事と、無償のボランティアで差があったって構わないのに。
子どもたちが大好きなのは、わかってる。
世の中の子どもたちみんなと、自分の子どもと、等しく好きでなくちゃいけないことなんてないのに。

「はやく、何やってるんですか、行かなくちゃ、行ってください。行っていいに決まってるじゃないですか。
ちゃんと内容報告しますから、大丈夫です。行ってください。間に合いますから。」
みこちゃんは、何度もあやまりながら、駆け出した。
後ろ姿を見て気づいた。スーツ、着てるじゃない。
よそゆきの、みこちゃんがここぞ、という時のスーツを着てるじゃない。


ダメな母なのよ、いっつも仕事優先。
顔を合わせれば、ついキツいこと行っちゃうの。
黙って聞いてあげるってことができないのよね。
って、ため息をついていた。

そう言っていたみこちゃんのお嬢さんが、
祭壇の前で身を折るようにして泣いていた。

みこちゃんが有償だろうが無償だろうが仕事への責任を誰より強く持って果たしながら、
お子さんたちのことを、案じ、大切に思っていたことは、
ちゃんとちゃんとちゃんと伝わっていたよ、大丈夫だよ。



翌日の告別式、私は勤務先の始業式だった。
ぷうちゃんの入学式でまる一日お休みしたばかり、
そして始業式、休むわけにいかないじゃない。

だけど、みこちゃんとのお別れ、できなかったら、悔いが残るよ。

みこちゃんは、甘えんぼのさみしがり屋さんでもあった。
だから、周りにいつも人が居た。

会いに行ってもいいでしょ、みこちゃん。
穴を開けてしまったぶんの仕事、ちゃんと巻き返すから。
みこちゃん、会いたいって電話くれたじゃない、
私が会いたいときに、ダメって言わないで。
みこちゃんだって、さびしいでしょ。
迷って迷って迷って、朝、そう決めた。


ぷうちゃんの初登校は、むむちゃんにお任せした。
子どもたちより一足先に家を出て、いつもより早く出勤して、
朝イチの職員打ち合わせ、相方司書さんへの引き継ぎを終わらせて、
お休みの手続きをとって、
告別式の会場へ急いだ。


「母が書き残していたメモにお名前が・・・・・・」と、
お電話をくださったご長男が挨拶をされた。

仕事ばかりで背中を見ることが多かった母と、
最後は家族水入らずでゆっくりと時間を過ごすことができました、と。
母の最後の言葉は「おはよう」
明るい陽射しの中、明るい一日のはじまりの「おはよう」でした、と。

祭壇にひまわりがたくさん飾られていた。
みこちゃんの好きはひまわり。
外は初夏の陽気。


もう、みこちゃんに叱られなくて済むのね。
最後に会ったあの日だってしんみりとしていたのは一瞬だけ。
「志保ちゃん、いまのままでいいなんて思ってないでしょうね」
「5年後、10年後に向けてちゃんと計画たてて準備しなさい」
「あなたは、また自分の正義感でぱ~んと言っちゃったんでしょ。
いいかげん、それ、やめなさい。いくつになったの」
「あぁ、30代のうちは許すわ、40になったらアウト、もうだめよ」
最後に交わした会話だって叱られてばっかり。

叱られる合間に、みこちゃんの作業をお手伝いした。
「志保ちゃ~ん、プリンターがゆうこと聞かないのよね、わかる?」
「志保ちゃ~ん、この文章、カッコ良く決まらないのよね、どうしたらいい?」
甘え上手のみこちゃん。

みこちゃん、もう一回、志保ちゃんって呼んでよ。
みこちゃん、もう一回、叱ってよ。


みこちゃん。


みこちゃん、みこちゃんが託してくださった伝言のおかげで、
わだかまりなく、久しぶりの方たちと会えたよ。
みなの知りたいことをお伝えできたよ。
また会おうね、って約束できたよ。

みこちゃん、役割を与えてくれて、ありがとう。
みこちゃん、最後まで私の居場所を案じてくれてありがとう。


みこちゃん、あっさり遠くに行かないで。
近くで、きびしくてあたたかいまなざしで、見ていて。



合掌。
by shiho_kato | 2014-04-09 22:19 | ありがとノート | Comments(0)