むむちゃんの散歩道

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「忍者ってナンジャ」展&ワクワクスクール「百人一首」

むむちゃんとぷうちゃんの夏休みがはじまった。

夏休み二日目、ワクワクスクールで今年も百人一首をするために、丸一日お休みをとった。

午前中は、ぷうちゃんと日本未来科学館へ行くことにした。
8月5日までの「忍者ってナンジャ」展の招待チケットを2枚もらったので。

前夜、私とふたりだけでは退屈だろうと思い立ち、だれかもうひとりお友達を誘ってはと思いめぐらすものの、
兄弟がいなくて、今日の明日でしかも午前中半日だけのお誘いを急にできる友だち(ぷうちゃんの友だちではなく、母親同士ということで)が思い浮かばず断念。
母の社交性不足故に、大人一人子ども一人でごめんよ、ぷうちゃん。

雨もあがりルンルン出かけてくれるので、ホッとする。

私は日本未来科学館は初めて。
ぷうちゃんは何度も来ているので案内してくれる。
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忍者でナンジャは体験型の企画だった。
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忍び足やら両足飛び
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手裏剣を投げたり、
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聞き耳をたてたり、覗き穴をのぞいたり
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ほどよく楽しめた。
一回りじっくり体験して、手裏剣投げブースには2回足を運んで、ちょうど良い時間。
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うちに帰りついたら12時半。ちょうどお昼の時間。この小回りの利く動きは、一緒に出かけなれている友だちじゃないと難しかったかな。
今日は後があったから、これでよかったと思おうと自分に言い聞かせる。
でも、きっと友だちが一緒だったら、ぷうちゃんは2倍楽しかっただろう。
ゲラゲラ笑いあう姿が思い浮かぶ。


午前中、むむちゃんは和室でかるた会の友だちと3人でかるたをして過ごした。
お弁当を持ってきていて一緒に食べよう!と待っていてくれた友だちと、
大急ぎでおにぎりと焼きそばのお昼ご飯。



食べ終えて、午後はかるたの札を抱えて、みなで小学校のワクワクスクールへ。
3回目のワクワクスクールでの百人一首。
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たぶん一年に一度しか出番がない畳の場所は、職員さんよりも知っている?このために捨てずに居てくれるんじゃないかと思ったり。

今回は前回、前々回よりも多い人数。
キャパ的にギリギリだけれど、むむちゃんをはじめかるた会のお姉さん3人とお母さん1人が助っ人に来てくれたので、こちらのペースでとんとん回せた。

事前にもらう参加者名簿では、まごめかるた会に来ている子どもたちも3分の1くらい居た。

昨年、一昨年は、
お正月の散らし取りや50枚対50枚の対戦はやったことがあるという子がほとんどだったけれど、
今年は、
全員が1対1を知っていて札は覚えていないけれど競技っぽくやることは知っている。
「ちはやふる」効果、ほんとう高くてびっくりだ。

なので、今回は仲良しのグループを組んで「優しく丁寧に」、
ではなくって一対一で「どんどんどんどん取ろう」に宗旨替え。

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模範も見本も説明も無しに、対戦相手を決めて、
お姉さん・お母さんにところどころに着いてもらって、
見学に来ていた先生にも人数合わせに入ってもらって進めてみた。

1回終えたところで、仕切り直して、もう1回。
時間が足りなくなったら途中でも切り上げようと思ったけれど、時間内におさまった。


またやりたい!という子たちに、まごめかるた会の受け皿を提示できる。
もちろん昨年も一昨年もやってはいたけれど、きちんと区に登録し団体の体をなしたことで、訝しくは思われないだろうと思えるので、自信を持って「どうぞ来てね」と言える。


石の上にも3年だ。


夜は、学校の体育館で行うPTA行事の映画会の係りのお仕事で、もう一度学校におもむいた。



今日は「子どもたちが育つ地域」密着の一日(?半日)だった。

貢献度が低いな、私。

しみじみ思うけれど、
仕事休んでの時間の提供は強制されていると思うと不服でいっぱいになるけれど、
好きな百人一首でのことなら、時間も、道具も、準備も、嬉々として提供できる。
それだけで十分だ。

私の持ち時間すべてをなんらか社会に役立てなくては!なんて意気込んでいた30代の私に、苦笑いしながら「肩の力抜こーよ。あなたががんばる分を支える人は大変なんだよ」と言ってあげたい。

「持ち時間すべて」なんていう緊張度の高い状態を続けていると、子どもたちに対してピリピリしてしまい、足元のいちばん大事なところをおろそかにしかねない。


社交性低ければ低いなりの、貢献する意欲が低ければ低いなりの、私であることをまるっと認めてしまい、
走ることは好きだもの、百人一首は好きだもの、だから一生懸命になれるんだというとこもまるっと認めてみたら、
百人一首で貢献できたり、百人一首で世界をつないだり開いたりできるところにこうして行き着く。

手段と結果をはじめっから直線で結ぼうとしないほうがいい。

それよりも、私にとって何が大事かと、私にとって何が心地良いかをしっかりつかまえること。
その上で、私が大事にしたい人たち(子どもたち)にとって、彼らが心地よい場を私が作れることが最低のベースであることを見間違わないこと。




夏休みがはじまってゆく。

by shiho_kato | 2016-07-22 22:10 | むむちゃんとぷうちゃん | Comments(0)