「動いてないと冷えちゃうよー、さ、動いて動いて」あなたの背中寒そうなんだもの、と、背中をさすって足踏みを促す。
「私はね、76歳なの。毎年出てるの。坂が多いのよ。坂がタイヘンなの。あなた若いから大丈夫よ、がんばって。東京マラソンは出た?私は4回走ったのよ。いちばんよ、東京はいちばん楽しい。出てね出てね。ぜったい楽しいから。私はもうムリ。家族に怒られちゃうの。今日もこっそり来たの。もう止めてって言われちゃうから。今年で最後、って毎回思いながら、また走っちゃうんだけどね。」
その彼女は声をかけてくださってから、ずっとおしゃべりをし続けて下さった。
話しているうちに、前方はいつの間にかスタートしていた。
後半に長いすれ違いのコース。
逆サイドに彼女を探した。
さっきはありがとうございました、の御礼に、がんばって!のエールを送りたくって。
「おーい!!がんばれ~っっ!!!」
見つけて手を振って声をかけてくれたのは、彼女の方だった。
さっきまで苦しめられていたのぼり坂。私は折り返して下っているところ。
彼女のほうが、いま辛い坂と戦っているところなのに。
「がんばって~!!!」
のぼっていく背中に声をかける。
お返しするつもりが、またもらってしまった。
フィニッシュしてから競技場の出入り口まで戻って彼女を待った。
今度こそ。
待てども待てども来ない。
見逃しちゃったかな。
もうゴールしているんじゃないかな。
迷いながら、その場を離れることができなかった。
入ってきた!!
両手を大きく振って「おかえりなさーい」と声をかける。
「ああぁ~~~」
言葉にならない声でこたえてくれた。
まっすぐ前を向き、最後のトラック、足に力強さが増した。
小さな体がランナーに紛れて見え隠れするのを見失わないように、トラックの内側を伴走する。
フィニッシュゲートをくぐった彼女と、抱き合うように手を取り合った。
ありがとうの言葉も、がんばったねの言葉も、お互いに涙が混じってぐちゃぐちゃで何を言っているのかわからなかった。
一緒に記録証を受け取り、別れ際にはじめて名乗りあった。