むむちゃんの散歩道

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2017年 07月 04日 ( 1 )

成田康子『学校図書館デイズ』

札幌で学校司書をしている成田康子さんの、学校図書館本。
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直ぐには読み出せなくて。
しばらく寝かせて、おそるおそる、そろりと読む。

学校図書館にやってくる子どもたち、ひとりひとりを描く。

そう、ひとりひとり、なんだよね。
彼女にとってのこの場所、彼にとってのこの場所。

観察し、見守る、成田さんの静かな姿勢は好きだ。
私も「みる」人だから。


*******

いろんな試みが図書館でなされていいと思う。

でも、私が「今居るこの図書館」において、
「何か」がなされるとしたら、それは私たち司書が仕掛けてなすものではなく、彼らが彼女らが(生徒、教職員含む)、ここでこういうことをしたい、と、持ち込んでくるのを待てばいい。

だってね、忙しい。子どもたちもおとなも。
次から次へと目まぐるしくあれやこれやが行われている。
そういう目に見えるものの目まぐるしさと同時に、
頭の中が、心の中が、忙しいんだ。

立ち止まって、ぼんやりと、追われず、追わずに、居られる時間と場所を、
できることならここで用意しておきたいと思うんだ。

社会は忙し過ぎる。
世界は忙し過ぎる。

彼らの頭はフル回転していて、彼らの心ははげしく揺れ動いていて。

そっと休める場所を、息をつける場所を、残しておかないと、疲れきってしまうのではないか、と、心配になる。

空気が滞ってしまわないように、新鮮な風を常に入れながら、
でも、そっと静かに休める場所としてあることが、必要なんじゃないかな、というのが私の見立て。

怠けてると思われてもいいや。


読み続ける彼も、ぼんやりし続ける彼も、眠り続ける彼も、どうぞそっとしておいて。
そう願いながら、気配をけして、ここに居る。
それが、私のこの学校図書館でのあり方で、この学校図書館のあり様を形作っている。

この本を読んで、はっきりわかった。



そして、他の学校司書さんが見立てたならば、今とは異なる場をきっと作るに違いない。
私には作れない場を。

それは、恐らく今よりずっと学校図書館らしい。
だってここは、学びの足腰が強い学校であるから。

それも、見てみたい。
率直に思う。


by shiho_kato | 2017-07-04 17:16 | 読書ノート | Comments(0)