むむちゃんの散歩道

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ぷうちゃんの最近の流行り本

ざんねんないきもの事典
学校で、先生が紹介してくれて、クラスの中で爆発的に流行り始めた。

という訳で、
似たような本。

そうこうするうちに、『続 ざんねんないきもの事典』が発売された。

ぷうちゃん、むむちゃんが音読しながらゲラゲラ笑って読んでいるので
私も半分読んだ気分。
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これら生き物シリーズに次いで、
東大ナゾトレ

気に入って見ているテレビ番組で、東大のアナザー・ビジョンというグループが作る問題が一冊の本にまとまった。

これも友だちもテレビで見ていたよう。
いずれもみなで回し読みをして、一回りしたところ。


そして、ご多分に漏れず『うんこ漢字ドリル
漢字の宿題キライなぷうちゃんが、このドリルは宿題でも無いのに率先してやる。
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習うべき漢字はしっかり網羅されているので、学校で採用してくれれば、宿題に向かう鬱々とした気分が軽くなる子も多かろう。
(不快に思う子も、もちろんいるとは思う・・・)
この夏休み、ぷうちゃんは1~4年生までのうんこ漢字ドリルを制覇するつもりでいるらしい。
そのやる気、いいんじゃないの。

# by shiho_kato | 2017-06-30 18:46 | むむちゃんとぷうちゃん | Comments(0)

「障害者のリアルに迫る」東大ゼミ『東大生のリアル✖障害者のリアル』

いい本です。
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良かったのは、「受けとめる側の視点」が貫かれていたところ。

毎回のゼミに、障害者の方々が来て、そのお話を聞く。
このたぐいの本は大概、そのお話された内容をポンポンと置いて、そこに感想めいたことを添える。

でも、この本は違った。
ゼミの担当教員である野澤さんが聞いた内容に自身の感想を添えてちょろりと書き、
メインはそのお話を聞いた学生の感想。

どうしてこのゼミを受講しようと思ったのか、障害をどう捉えていて、いざその人を目の前にして話を聞くに連れて何が揺さぶられたのかを、ひとりひとり丁寧に言語化していく。

障害を持たれた方をあちら側とし、それを受けとめる側をこちら側とするならば、徹底してこちら側視点から書かれているところに、ウソの無さがある。


偏見もあり、頭でっかちな理解もあり、敬遠もあり。
そこから始まる。

共通していたのは、ワードでしかなかった「障害者」が、「顔を持つ」ようになったこと。
顔を持つようになったとたん、あちら側とこちら側ではなく、地続きの私たちになっていくこと。

「福祉社会の実現を」みたいなキレイごととして終わらせない、ただただ出会いのためのゼミであったからこそ、ウソくささが限りなく小さくすることができたのだろう。

この本における「東大生」としての価値は、言語化できる能力がおそらくは他よりもほんのちょっぴり高いかもしれない、という程度だ。
むしろ、隠したいコンプレックスと、そこに留まり続けるための必死さと、高みに身を置かなくてはならない追い詰められ感との闘いが率直に語られていて、それもとても良かった。
それこそ、「東大生」が「顔を持つ」ようになった。


本筋とは関係ないのですが、私がハッとしたのは、
障害者福祉サービスの利用計画で最も用いられるキーワードは「安定」と「継続」だそうだ。

たしかに、精神保健福祉士の勉強をしたときにも暮らしの安定の持続や、実習に行った時も安定して過ごせることを第一にっていう空気が蔓延していたように覚えている。(そしてそれは妙に息苦しかった)

野澤さんは言う。
「若いころは「挑戦」や「冒険」「飛躍」をもっと求めてもいいのではないか。(略)冒険や逸脱を家族や支援者が敬遠するのは自分たちにのしかかる負担の重さからである」(p111)


「冒険し逸脱する生身の人間として」障害のある人たちをしっかと捉えたことが、私にあっただろうか。
ガツンとやられた。


あぁ、これだ。
私が、実習に行っている間、息苦しかったのは、息を殺してそろりそろりと一日を過ごすことに細心の注意を払っていたからだ。その一日が、何年も何年も続くようにと、場を作っていたからだ。



世界を広げてくれてありがとうの一冊。

# by shiho_kato | 2017-06-17 20:06 | 読書ノート | Comments(0)

伊藤史織『異才、発見!-枠を飛び出す子どもたち』

異才発掘プロジェクトROCKETは、東京大学先端科学技術研究センターと日本財団が組んで取り組む、学校に不適応の「天才」を見つけ育てるプロジェクトだ。

団体の紹介によると下記のように記されている。
「新しい学びへの挑戦
“ROCKET”は、“Room Of Children with Kokorozashi and Extra-ordinary Talents”の頭文字をとったものです。そこにあるように学校を目指すものではありません。志ある特異な(ユニークな)才能を有する子ども達が集まる部屋(空間)です。
ここで選抜された子ども達が異才であると我々が評価しているわけでもありませんし、彼らを万能な天才に育てるプロジェクトでもありません。 また、いまの学校教育を否定し対抗するプロジェクトでもありません。
残念ながら、ユニークさ故にそこに馴染めない子ども達が学校にいなければならない事で不適応を起こす現状に疑問を感じています。彼らには彼らの新しい学びの場所と自由な学びのスタイルが必要です。それは決していまの学校教育システムと矛盾するものではありません。むしろ両輪であるべきだと考えています。
ユニークな子ども達が彼ららしさを発揮できるROCKETという空間を彼らとともに創造することによって、結果としてユニークな人材が育つ社会的素地が生まれるであろうと考えています。 学びの多様性を切り拓く挑戦です。」

『異才、発見!』はその取り組みの様子を描いた本。

教科書無し、時間割無し、何を学ぶかは自分で決める。
好きなことをとことんやり続けることを助ける場として「ROCKET」はある。

このROCKETの代表を務める中邑教授の話に、ガンガン今までの価値観をぶち壊されて気持ちがいい。

「(前略)本当にレゴが好きでものづくりに熱中しているのであれば、放っておけばいいんです。頑張っているところを親に見せ、ほめられたいだけの子どもは、親が寝てしまったら、十分も経たないうちに寝ます。本当にレゴに興味があり、ものづくりが好きならば、たとえほめられなくてもずっとやり続けます。なぜ、やり続けられるのか。それはほんとうに好きだから」

とか、

「計画の中でものごとを進めていくと子どもたちは好きなことをとことんやるということがない。それは時間の制限があり、ゴールが決められているからです。すごい力で集中できるのは、頑張っているのではなく好きだからやっているのです。努力していると感じることなく真剣に取り組むことができるのです」

とか、
友だちが居なくても案ずるな、と、
「好きなことをやり続けていれば、今は友達がいなくても大丈夫。大人になって、世界が広がると同じ興味を持つ人たちが仲間になる。いま、同じことに興味を持てる子どもが周りにいなくても日本中、世界中には自分だけだと思っていた興味にも関心を持ち、情熱を注ぎ続ける人たちがたくさんいるから安心しろ」
とか。

こういった信念を貫く姿勢で、大人が子どもたちと向き合える「学校」が、「学校」と名のつく場の1割程度を占めるようになれば、子どもたちは生きやすくなるだろうなー。

みなと一緒におんなじことをすることが安心だったり、モチベーションになる子どもは少なくなくって、それはそれでいいとも思う。今の形が合っている子はそれはそれでいい。

でも現状はそればっかりで、あんまりに揃い過ぎて(画一的に過ぎて)苦しいんだよなー。

ちょっとしたはみ出しも、ちょっとしたつまづきも、ちょっとしたへそ曲がりも、人生のごくわずかな時間だけなのにやたらと目立ってしまい、ぼんやりと社会の中に没入できないから、闘うしかなくなって磨り減っちゃうんだよね。


あっちとこっちとぜんっぜん違うじゃん!
って思えるような、あり方がいろいろの学校文化が育てばいいのにな。

受けている教育環境がバラバラだから、全国一斉の試験など無意味になって、測れる学力などなくなって、ただただ自分に合いそうな自分の学びたいことを学びたい方法で学べそうな高校だったり大学だったりを選んで行くような、そんな多様な教育のあり方ってムリなのかな。

「自由の相互承認」ベースなら、ちっとも不可能じゃないんだけどな。



もし、教育ってものに夢を見るのであれば、そんな夢だ。

# by shiho_kato | 2017-06-16 20:20 | 読書ノート | Comments(0)

柚木麻子『BUTTER』

小説に仕立ててあるから読めるお話がある。

木嶋佳苗の事件には、とんと興味が無い。
おそらく、この小説を読まなかったら、記憶の隅からも零れおちてしまっていたに違いない。
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「オンナ性」の正体とはなんなのか。
ザクザクとえぐって行く。その潔さが心地よい。
木嶋佳苗を模する梶井真奈子に、読みながら一緒に絡め取られそうになっていく。

タイトルのBUTTERは、文字通りパンに塗るあの「バター」のこと。
炊きたてのご飯に、バターと醤油を落として食べたくなる。
生唾を飲み込んだら、私の負け。
五感を刺激されながら読む小説だった。

後半の玲子の暴走がなければ、ねっとりとそちら側に引き込まれていたかもしれない。
揺さぶられる小説。
やるな、柚木麻子。
読み終えた直後は、木嶋佳苗事件についてのルポも合わせて読んでみようと思ったものの、
一日二日を経て熱が冷めた。


小説だからこそ、知り得た事件。
他にも多々あるなー。
本が、私の狭い視野、狭い関心から、ぐいぐいと社会への間口を広げてくれる。
ありがたい。

# by shiho_kato | 2017-06-12 20:15 | 読書ノート | Comments(0)

AIにお任せ@羽生善治『人工知能の核心』

たまたま、AIとか、プログラミングとか、DeepLearningとかいう単語を学ぶ一日に遭遇した。

すこし、知っておいた方がいいのかな。。。
苦手分野だけど。

『三月のライオン』や『聖の青春』で、急速に親しい人になったような気がしている羽生善治さん。
親しい人の書いた本なら読めるような気がして、羽生善治『人工知能の核心』
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1996年にプロ棋士にとった「コンピュータがプロ棋士を負かす日は?」というアンケートがあるそうだ。
他の棋士が否定するなか、羽生さんだけが2015年にその日が来ると回答していたそうだ。

その羽生さんが、NHKスペシャルの番組製作に協力して、AIを開発しているグーグル・ディープマインド社や、研究者、開発技術者を訪ね歩き、話を聞きながら書いた本。

すっと読むことができた。




読み終えての感想です。

もうね、政治家とかよりもずっとずっとAIの方を信じるよ、私。
客観的なデータの蓄積と、試験による経験の蓄積で、偏向無く判断してくれるAIの方を信じる。

どこからどのくらい税金を取り、どこへどのように振り分けたら、より社会の公平性が増すか。
なんてこと、きっと、ぱぱっと計算して、組み立ててくれるだろう。

政治家とか、行政マンとか、私利私欲とか名誉とか権力とかに左右される人たちに決めて欲しくない。

その法律、今このときに作る必要があるかどうか、法律の内容の有効性や妥当性も、きっとデータからモデル作成まで、AIにはかってもらった方が、納得のいく結果を示してくる気がする。


数年後に無くなる職業に、政治家が入る日がきたらいいなと思う。
人の命というのか、人の人生というのか、私たちの生きているこの土台を、好き勝手に揺るがせにする彼らに何らの職業意識があるとは思えないし、税金の中から高い給与を払うほどの仕事をしている人としては認定できない。


もちろん、AIにプログラムする「ヒト」の偏向が入る可能性があって、そこが限界なのかなとは思う。
でも、読むに連れて、入れるデータをさえ間違えなければ、そんな偏向も均してしまうほどに、彼らは勝手に(?)経験値を圧倒的な量、重ねていく。


私にはその技量がないから、誰かプログラミングに着手してくれないかな。
日本の歳出予算配分を決めるAI、日本の借金を0にしていくロードマップを描くAI、子ども(に限らず)の貧困率を下げる政策モデルを作るAI。

どんな試案を見せてくれるのか楽しみ。
ヒトが作ったそれらよりも、確かなものを見せてくれるような気がするんだ。

# by shiho_kato | 2017-06-09 18:52 | 読書ノート | Comments(0)