むむちゃんの散歩道

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カテゴリ:私ノート( 548 )

「守・破・離」

茶道の先生が亡くなられた。
御年満年齢で97歳だったそうだ。


堅苦しいのは苦手だ。
茶道を続けることができたのは、先生の柔らか頭の教えのおかげ。
千利休の教え「守・破・離」
先生は、その「離」の楽しさを当時学生であった私たちにも存分に味あわせてくれた。


茶道の型は、合理的にできている。水が流れるように所作を流せると正しい型になる。
右に左にバタバタしない。近いところの近いものに順に触れていく。
きわめて静かな動。

そのシンプルさが好きだ。

シンプルを身に染み込ませると、「離」の自由。
「型」は極めると、「離」になる。


茶道ばかりでなく、生活もそうだと思う。

毎朝同じ時間に起きて、同じ時間に朝食を食べ、同じ時間に出かけ、同じ時間の電車に乗る。
毎日毎日、それの繰り返し。

その繰り返しのベースが、時々のイベントごと足腰を強くする。

どこに戻るべきかを体がよくよく知っているから、
そのときばかり大胆に踏み外してみる楽しみがある。

退屈な毎日ではなく、シンプルな毎日。

もしも毎日を積み重ねるのがしんどいのだとしたら、負荷が大きくなっている証拠だ。
何かを減らして、淡々と転がせる毎日に戻していく必要がある。


佐藤先生に教えていただいた茶道は、私の内に一本すっくと柱を立ててくれている。


お通夜も告別式も平日だった。
仕事帰りにお通夜に駆けつけた。

手を合わせ、お焼香を済ませ、失礼させていただいた。

いつもより1時間あまり遅い時間に帰宅すると、お風呂を澄ませたぷうちゃんとむむちゃんが、
用意しておいておかずに、むむちゃんの茹でた素麺でお夕飯を食べていた。

いつもと違い、自分たちで用意して食べるお夕飯。
早くから余裕をもって動きだし、先にお風呂に入ったそうだ。

毎日毎日積み重ねている「守」があるから、
こういうときに順序を違えた工夫をする「破」が発揮される。

いつか、ひとりひとり、自ら生活を築き上げる大人になったときに、
大崩れしない「守」が、日々身に染み渡って行きますように。




佐藤先生、ありがとうございました。
合掌



by shiho_kato | 2017-08-30 22:38 | 私ノート | Comments(0)

小説ばかりを読んでいる

なんだか小説ばかりを読んでいる。
以前からそうだったけれど、拍車が掛かっているというか。

この夏はラノベとの境目っぽい、中高生とか大学生が主人公になるお話ばかりを読んでいた気がする。


仕事上の選書では、小説を選ぶことの方が圧倒的に少なくて(割と新しい小説については出版情報が入りやすいので、選書にかける時間が少ないというのもある)、自然科学、社会科学、いまの社会の動きの中で知っておくといいだろうなーと思うもの、彼らが興味を持っているらしかったりこのところ勉強しているらしいことの周辺を開拓しようと、本を選ぶ。

選んだ本の全てとまでは言わないまでも、どんな内容なのか概要だけはさっと目を通してチョイスするので、すぐに忘却ボックスの中に入ってしまうにしても、一度は「見た」もの。

日々、その作業を積み重ねていると、タイトルと内容を「見た」だけで、読んだ気になる。
つまみ食いだけで、お腹いっぱいな感じで、しっかり味わって食べる気にならない。
いいんだか、悪いんだか。


小説は、さっと目を通すだけではなかなかお腹いっぱいにならない。
美味しそうであれば、ちゃんとはじめっから読みたくなってしまうのだ。
きっと、素材が同じであっても、登場人物の性格付け、物語の運びに同じものが無いからだ。


小説ばかりだではダメだよね・・・と自嘲気味に思っていたら、
こんな言葉と出会った。


為末大
「人間は現実ではなく、物語を生きている」というのが、私の競技人生で学んだことだ。現実に起きた事は変えられないが、物語はいくらでも変えられる。そして物語が変われば、過去も未来も、風景が違って見える。
47NEWS「為末大の視点」2017/08/23


どの人も、どの人も、プログラミングされた人生は無く、
一年後どころか、ひと月後も一週間後も一日後も、一時間後ですら、約束されていない。
どの人も、どの人も、レールのない人生を生きている。(敷かれたレールを生きているつもりになっている人もいるのだろうけれど、そんな人とて自身の寿命までコントロールすることはできない)

それを生き抜くには、今ここにいる自分を「捉える」あるいは時によっては「支える」ための、私を主人公としたストーリーを構築できる力が必要なんだと、40数年生きてきてつくづく思う。



そして、私だけではない、他者の生に心傾けることが、たったひとりで生きているわけではないこの地上で、絶対に不可欠な作業だ。最も近しい人たちでは、子どもたちもそう、パートナーもそう、父や母でさえもそう。

他者の生に心傾けるとは、彼らの描く彼らを主人公とした物語を読み理解することだ。

その体幹となる力を、私は「小説読み」から得ている。
混沌としたあれやこれやをどう組み合わせて、解釈し、時を進め、展開させていくのか。
そのバリエーションは、本当に文字通り十人十色。1%も、0.00001%すらも一致することはない。
好き嫌いはある。
だけれど、理解するという点においては、どんなバリエーションも知っておきたいと思う。

だって、未来は予想不可能、人の生は予想不可能で、近しい人たちのそれだって予想不可能だ。それを百も承知で、子どもたちや父母や友人たちの生と、共にありたいと私自身が強く願っているから。







by shiho_kato | 2017-08-23 22:13 | 私ノート | Comments(0)

卓球部の同窓会

卓球部の同窓会。

第一部 10時から4時まで、ひたすら卓球三昧。
第二部 6時からはお店で飲み会。

二年前には第二部だけ参加した。
今年は第一部に参加。

むむちゃんの中学のPTAの、おとなの部活で卓球をやりはじめたら楽しくて。
打てる機会が楽しみで。

懐かしの体育館。
高校の思い出は、部活三昧。
部活の記憶は、なぜか、夏の印象が強くって。

現役の高校生から、70歳の大先輩まで、100人くらいは来たのかしら。
相変わらず女子は少な目だけれど、昨今の卓球ブームで今年は女子8人もいるんだとか。
少子化にも関わらず、千葉県の高校生の卓球人口は私の頃とおんなじ。
つまり、割合だけ見れば増えているっていうこと。

知らない先輩、後輩には、あいも変わらず人見知りだけれど、
同じ時期に一緒に部活をやったメンツで、ぐるぐるぐるぐる、ひたすら打ち続けた。
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学校で教員をやっていて部活の顧問をしている人も少なくない。
技術はさておき、おのこたちよりも、私が一番タフだった。
ランナー、体力だけはいっちょ前でした。

楽しんで楽しんで、今年の夏の思い出をひとっつ。
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by shiho_kato | 2017-08-14 19:59 | 私ノート | Comments(0)

この夏のおとなの部活 ー卓球編ー

むむちゃんの学校のPTAの活動のひとつとして、卓球を始めた。
6月から。週に一度、2時間弱。

久しぶりにラケットを握り、球を打つ。

嬉しくて、楽しくて、夢中になってしまう。
もっと、もっと、もーっとやりたい。

むむちゃんの同級生のお母さんが、仕切ってくださる。
小学校の頃から一緒だったのに。
今まで、数えるくらいしか言葉を交わしたことがない。

あっという間に、親しくなる。

卓球、好きだーーー!の気持ちが一緒だってわかるから、安心して親しくなれる。

おとなになるっていいなー。
好きでつながりやすくなる。

by shiho_kato | 2017-08-05 16:19 | 私ノート | Comments(0)

小学校のわくわくスクール 百人一首

4回目になるわくわくスクールでの百人一首。


残り時間30分。
子どもたちから「ねぇ~~!!もう一回やりた~い!!」

まぁ嬉しいこと。
ギリギリいっぱいまで、楽しみました。

3年生が半数を占め、どの程度のカオスになるかしら、と案じたけれど。
泣いたり、怒ったり、は、あるけれど、続けるのを止めるほどのことはなく、
直ぐにまた流れにのっかろうとしてくる。
私があれこれ言うよりも、子どもたち同士でなるようになってくれた。



もう来年はいいかなぁ、、、と、やる前は思っていたけれど。
また来年もやろうかなぁ、、、と、今は思っている。


ご褒美は、サーティワンのアイスクリーム。
31日は、ダブル31%オフだって~!!

むむちゃんも、ぷうちゃんも、自分の分は自分のおこづかいで買うつもりでお財布をいそいそと出していた。
このくらい、買ってあげるのは当たり前なんだぞ~。
まだまだしばらくは、ちゃっかりしっかり、おごってもらう子どもでいてね。


by shiho_kato | 2017-07-31 20:12 | 私ノート | Comments(0)

「ひとり」を、全肯定

横浜市の男女共同参画センターで「ひとりのしあわせ」をテーマに企画展をやっているそうだ。

その記事がこちら。
「ひとり、こんなに肯定されてる」ひとりの本だらけの企画展に、横浜市の図書館が込めたメッセージ
(HUFFPOST 2017年7月27日更新)

正確には、図書館の企画展ではない。
けれど、個人的には、図書館こそ、そこ(ひとりを肯定すること)がぶれないように、あるべきだと思っている。


私は最終的には、「孤独を抱えることができる力」を持つのがおとなだと思っている。

だって、人はひとりひとり異なる。それぞれに自分を主人公として自らの人生を歩んでいく。
初めから終わりまで一緒の誰かは、残念ながら居ない。
たとえ、家族であっても、立つフィールドは異なっているし、感じること、考えることも異なっている。
最終的には、いや、最終的でなくたって、人はひとりなんだ。



と、思っていると、
世の中は、「コミュ力」や、「絆」や「つながり」や「ネットワーク」や・・・。
ひとりではないことが重要である、というメッセージが溢れている。

どのワードもチョコレートやアメちゃんのようなあまーいお菓子。
食べると幸せになるし、山で遭難しかけたときにとっても効き目のあるお菓子だけれど、日々の体の栄養にはあんまりならない。


「ひとりではないこと」を、社会の側が個人に要請するのは、危険なベクトルです。
「私」の考えではなく、「みんな」の考えにのれることに流されると、
「私」の考える力はどんどん弱っていく。


その結果は、民主主義の衰退だよね。
個人の意見、個人の意思が、しゃきっと立てなくなるんだもの。

だから、今、日本はこんなにゆらゆらゆるゆる地盤沈下みたいなことを起こして、
政治がボロボロになっているんだなー。




アクティブラーニング、大丈夫なのかな。
この、1、2年あれこれ見てきて、あんまり大丈夫じゃない気がしている。

グループワークは、仲良しごっこじゃないぜ。

周囲の反応に迎合できる力を「コミュ力」として評価しないで欲しいし、
周囲のウケを歓喜できる力を「プレゼン力」として評価しないで欲しい。
そこに「主体性」は、もちろんあるにはあるけれど、一部の主体性が、他の主体性を凌駕していく。

・・・。

学校図書館がアクティブ・ラーニングの最適な舞台だ、って図書館関係者が主張するのはいいけれど、
それによって、「ひとり」で居やすいはずの図書館が、「一緒力」が試される場に舞台替えすることにならないかな、と懸念している。



わたし個人としては、それはとっても、イヤだ、と、思う。



by shiho_kato | 2017-07-28 15:49 | 私ノート | Comments(0)

「夏休み」仕事禁止法案の提案

夏休みだ。
もうすぐ夏休みだ。
あとすこしで夏休みだ。
ようやく夏休みだ。
やっと夏休みだ。

その気分ゆえなのか、忘れ物が著しい。

仕事帰りにむむちゃんと待ち合わせをする日に限って職場にスマホを忘れ、
ぷうちゃんと待ち合わせをする日に限って自宅にスマホを忘れ。

気を付けよう気を付けようと思っているのに。

むむちゃんぷうちゃんと仕事帰りに待ち合わせてお出かけの日に自宅にお財布を忘れ、
週末に入る金曜日に職場にお財布を忘れ、職場に入る鍵を相方の司書さんに預け、取りに入れない。

そんなのばっかり、続いている。


とりあえず、家を出る前に後ろを振り向く。
職場から帰る前に後ろを振り向く。
そこに置き残しているものがないか確認してから動こう。


*****

疲れちゃったのよね、一学期。
不安定な雇用に折り合いをつけようとしたり、
小学校と中学校のPTAのどうせやるなら機嫌よく気持ちよくやろうとか、
気乗りしないところにエネルギーを引っ張られ過ぎちゃった感がある。

全般的に、あれやこれや低空飛行状態を、踏ん張りきった一学期だったんだと思う。
暑さにコテンパンにやられる前に、低空飛行の私を許して甘やかす夏にしようと心に決める。

どーせ、がんばってダメになるのも自己責任。
ゆるゆる甘やかして不抜けた私であることを引き受けるのも自己責任。
なんでもかんでも、結局のところ自己の責任に帰されてしまう世の中なんですもの。


ゆるめることのできる夏休みがあって、ほんとに良かった。
でも、生まれ変わって人間に生まれるならヨーロッパがいいな。
この時期、社会まるごとお休みで、子どもたちとたっぷり一緒に
稼ぐことから離れて過ごす1ヶ月なり2ヶ月なりを過ごせる国に生まれたい。


キッズウィークの提案よりも、
仕事禁止法案の提案をしたい。
これ以上仕事をしてはいけません。これ以上仕事をさせてはいけませんっていう法案。

みんなそろって、もっともっともっと、休みやがれぃっ!!って思う。


・・・・・

ひとり親家庭だって、低所得家庭だってなんだって、
就労支援で尻を叩き過ぎなんだよーーー。

稼ぐワーク以外に、生きていくには家庭のワークも、育児のワークも、
ついでではなくって本来的には私のためのライフワークに、時間を使える生活をしなくてはならない。
がっつり、稼ぐワーク支援ばっかりをすすめるから、
家庭のワークにも、育児のワークにも、時間とエネルギーを割けなくって、
親子ともども、心も乏しい、文化も乏しい家庭が増産される。


・・・・・

ひとり親家庭であったってなくったって、
子どもたちが子どもである内は、夏休みの7月と8月は子どもたちと共にまるごと休める社会であってほしい。
それでも、生きてゆくに困らない社会が理想だ。
部活やら塾やらも含めて、14歳未満の子どもたちをスケジュールみっちりにしてはいけない法案も欲しい。

だって、子どもたちはわずかな間におとなになるものなんだもの、おとなになったらずーっとおとなのまんまなんだもの。逆はない。


ぷうちゃんが一緒に夏休みを過ごしてくれるのは、今年をのぞくともうあと二年。
二度と戻ることのない、貴重な貴重な貴重な自由な小学生の夏休みだと思うと、気が急く。

留守番、留守番、留守番、朝起きたら家にはだれもいない昼日中を、
ぼーっとテレビを見て過ごす夏休みを、過ごさせたくないんだもの。


そう考えただけで、今すぐ仕事やめてしまいたい夏休み。
一年ごとの軽~い契約。どうせ先の約束も、拘束もない雇用のされ方なんだもの。
軽くやさぐれてるかしら。

とにもかくにも、お休みをフル活用だ。
夏に仕事なんかやってられるか~って、おまじないのように言い聞かせて、
休むのを後ろめたく思う自分を、えいやえいやっっと、隅っこに追いやる。

by shiho_kato | 2017-07-24 18:32 | 私ノート | Comments(0)

映画「メアリと魔女の花」

米林監督、ありがとう!!!
宮崎駿をしっかりと踏襲できる人が居たよ~っ!!


って、嬉しくなる作品でした。


子どもたちよりも先に観てしまった。
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by shiho_kato | 2017-07-22 16:08 | 私ノート | Comments(0)

大塚玲子『PTAをけっこうラクにたのしくする本』

PTA広報の、5月号の発行配布が終わった。

校正ミスなのかなんなのか、配布後にむむちゃんに、「ここミスってるよ」と指摘されたけれど、もういいの。

完璧なものを作ろうって思っていないから。
みんなで作ったね、っていう、作業の証だけが残ればいいの。


委員長さんも、もひとりの副委員長さんも、5月号の担当じゃないのに、このあと出す号の参考にしたいからと、手伝ってくれて心強かった。

メンバーのみなさん、サクサク進めることに協力的で、私の準備不足もその場で解消してくれるこなれた判断力があって、負担が偏らないように分担し合える協調性があって、タイヘンだったけど、後に残るタイヘンさではなく、気持ちよくお疲れ様でしたーって言えた。

中には、連絡が取れない来ない人も居たけれど、後追い不要。
手伝いたい人だけでやる方が、気持ちも効率もいいもの。


終えた後は、
二学期、三学期の号と、次年度の委員さんの負担を減らせることを、と思い、少なくなってしまったラベルを買い足し、足りなくなってしまっている封筒を買い足し、リストのわかりにくさで混乱したところは、シートの表題を変えて、シートの仲間分けを変えて、リスト自体を作り直した。

作業をしてみてわかった、先に準備しておいた方がいいことと、当日にやること(や場所)は、忘れないうちに、困ったなぁと感じた記憶が消えないうちに、作業メモに作ってみた。

このくらいまでしかできないや。


気持ちによゆーができたので、読んでみた。
『PTAをけっこうラクにたのしくする本』
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違うカタチのPTAのあり方を知って、すこしホッとする。
それもご近所の学校のPTAでなされた改革がメインで紹介されていたから、なおさら。


なんだ、やればできるんじゃん、義務と強制からの解放。

読む限りでは、リーダシップをとれる人次第。
きっぱりと継続への甘えを断ち、新たな試みへのリスクを恐れず軽やかに負えるリーダーが居れば可能なよう。

やろうとする人がいるなら応援、お手伝いはしたいな、と、思う。
思うだけです、ごめんなさい。


by shiho_kato | 2017-05-27 19:09 | 私ノート | Comments(0)

「勉強しなさい」(オマエモナ)「スマホいじるな」(オマエモナ)ー我が身を正さん

昨日、ついうっかり、「むむちゃん、スマホばっかり!」言ってしまった瞬間。
(オマエモナ:もうひとりの私の心の声)
即、自分に返ってきた。

そうだよ、きっと私のスマホに触る頻度があがっているからなんだよね。(PTAや、かるたの連絡回数がこの2ヶ月くらい倍増しているから・・・という言い訳)

我が身を正してから、言えるようでありたいよなー、って思う。
(思い先行で、70点程度の出来だけれど)



保護者会に行って驚いたこと。
「うちの子、勉強しないんです。毎日「勉強しなさい」って言い続けてもう疲れて嫌になります。」
次から次へと、半数以上7割近くが、「うちの子勉強しない」ネタだった。

最後にそれらを受けて、先生がゆるりと
「「勉強しなさい」を言うのは私たち教員の仕事ですから、どうぞご家庭ではこらえてください」
と引き取ってくださって、ホッとした。


↓これは、以前、子どもの貧困について日本女子大でお話した際に紹介した資料だ。
「図表1-1-17親の子どもへの接し方と子どもの学力との関係」(出典 文部科学省:お茶の水女子大学委託研究(平成20年度)より)

グラフの見方は、上に高く伸びるほど、好成績との相関関係が強い。下に低く伸びるほど、悪成績との相関関係が強い。

読み聞かせをしたり、美術館博物館に連れて行ったり、家に本がたくさんあったり、ニュースや新聞記事について一緒に話したりすることが、子どもの学力に好影響を与える。ということだ。

日本女子大では、Wワークやトリプルワークをしないと必要な収入が得られないひとり親が読み聞かせや一緒に話す時間がなかったり、本を買うお金や美術館博物館に連れて行くお金が無いことが、食べられない着るものが無いとかそういうことだけじゃなくって、影響があるということについて話した。
このデータを見て、紹介しながら、胸がしくしく痛んだことを思い出す。

そして、親の目線として、これは忘れないでいようと思った2つの項目。
「ほとんど毎日「勉強しなさい」と言う」のずば抜けてマイナスの影響。
「親が言わなくても子どもが自ら勉強する」のプラスの影響。


そもそも私自身が、学校(塾を含む学力を上げるだけ)の勉強がいちばん大事である、とは、まったく思っていない。
なので、そうそう「勉強しなさい」を連呼することは無いような気がする。

でも、ついうっかり易きに流れて言ってしまいそうな、気軽なワードでもあるんだ。
「テレビばっかり見てないで、勉強しなさい」
「スマホいじってないで、勉強しなさい」
「ぐずぐずだらだらしていないで、勉強しなさい」
あぁ、なんて易い言葉だろう。

保護者会では、ほぼほぼ「ゲームばっかりしていないで、勉強しなさい」だった。
ゲームを与えたのは誰なのか?未就労者である子どもたちの持ち物は、大人がコントロールできてしまう。(収入を得ることができない子どもは、大人からお金なりモノなりを得るしかないから)「ゲームばっかり」のおおもとの原因をそうして作っているのであれば、その後のことは、喜ばしくても残念であっても引き受けるしかない。


私自身は、
「マンガばっかり読んでないで、勉強しなさい」とは、冗談でしか言えないと心得よ、と戒めている。
我が家にあるコミック類は私が責任をもって、提供しているものたちだからだ(一部サンタさんのプレゼントもあるが)。
(友人から借りてくるとか、図書館から借りてくるとか、世界は広がってゆくので、
私が持ち込んだもので無いものに関しては図々しくしゃあしゃあと文句を言う。)

ヒトがゲームをしてる姿を見るのは好きじゃないので、私自身もゲームをしないようにしている。
ヒトがスマホばっかりいじっているのを見るのは好きじゃないので、私自身もいじってばっかりいないようにしている。(が、なかなか難しい。)

むむちゃんにスマホを買い与えて、あーあ・・・と思うこともあれば、良かったと思うこともある。
購入費や利用料金を私が払っている間に、程よいスタンスでスマホを扱えるようになるようにと思って渡したのだから、
あーあ・・・、も、良かったも、私自身の感情は私が引き受けて、時々ブチブチ言いながら、
望ましく無い使い方の手本にならないよう、私自身の身仕舞いをしゃんとしてなくっちゃいけないと思う。



そう。「勉強しなさい」と言いたくなる親は、まず自身が勉強するといい。
勉強する姿を子どもにガンガン見せるといい。


たとえば、はじめにあげたような「勉強しなさい」の連呼が、学力に悪影響を与えるとかは、ほんと、知っておくといいと思う。
勉強しなさいって言うよりも、ニュースや新聞記事に書かれている出来事を一緒に話すネタを集めるために新聞に目を通すとか、博物館や美術館に連れ出すつもりでまずは自分が下見に行くとか、すればいい。


「勉強しなさい」って言える時間に、家に居られるのだから、尚更。
家で何をしているかわからないくらい、外で働かなくっていいのであれば、尚更。
と、子どもの貧困的思考の続きでそう思ったりもする。

(ちなみに、この調査は小学校6年生対象だ。だから、中学生は全然違うと考えるか、似たようなものだと考えるかは、人によって違うだろう。)




子どもたちが伸びていくために、必要な親との関わりについて考えるときの参考材料として
私が持っている資料の一部をメモがわりに載せておく。(自分で見返すため)


先ほどの文部科学白書から。
①平成21年度文部科学白書 第1章「図表1-1-18親の普段の行動と子どもの学力との関係」(出典 文部科学省:お茶の水女子大学委託研究(平成20年度)より作成)
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にわかにお菓子作りをしてみたり、これを見て本を読みはじめたり、ワイドショーではない時事ネタに関心を持ったり、コンサートに出かけたり。
時間とお金が許すのであれば、どれもこれもいいじゃないか、生活が豊かになりそうだ。


内閣府「平成25年度小学生・中学生の意識に関する調査」
この調査を読むと、反抗期と言われる中学生たちが、親を信頼しているからこそ安心して反抗できているんだなー、と思ったりする。

ベネッセ教育総合研究所「小中学生の学びに関する調査報告書(2015)」研究レポート5自己効力感が高い小・中学生はどのような子どもか」より
(この調査は、母親ばっかりをターゲットにしているところが気持ち悪いのですが。)
この調査を読むと、何はできなくとも、子どもたちに対し、励まし、信じ、よくがんばってるなーっと、思える私でさえあれば、あとはなんとでもなるんじゃないかと思えて気が楽になる。
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ベネッセ教育総合研究所の調査は、時間があればつまみ読みするといいと思う。なかなかできないけれど。






by shiho_kato | 2017-05-26 20:15 | 私ノート | Comments(0)