むむちゃんの散歩道

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頭痛の特効薬は何ですか。

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頭が割れそうな頭痛(薬が効かない)と、闘う今週。

頭を抱えて、「先生とても痛いです」と半泣きの私を前に
先生は鎮痛剤しか…と途方に暮れる。
トホホと途方に暮れてるのも頭を抱えてるのも、私の方なのです先生。
緊張緩和剤と、鎮痛薬と、両方を一緒に飲むようにと処方してくれて、
すぐにそれを飲む。
が、ちっとも効いてこない。

神様助けて。と頭が揺れないように帰途。

保育園でママ友Aさんが常備薬の頭痛薬を「試してみて」と。
Aさんも日々頭痛と付き合ってるんだ、と励まされる。
効いたらまたあげるから、言って、と。

自宅に帰ってむむちゃんを剣道に送って帰ってきたら
Nちゃんが自転車で、まだホカホカの豚汁を届けてくれていた。
「つらそうだったから」と。
それだけで、泣けてくる。おなべいつでもいいからね〜と、去って行った。

Tさんからは電話で「頭も帽子かぶって防寒、首筋をあたためて、背中をのばして筋肉をのばして」と。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そして、子どもたちもよく心得ている。
こんなときは、静かにそっと。
痛む頭をこらえて、つくったオムライスは見事に崩れた。
スライスチーズでおおって、取り繕う。
ぷうちゃんは「あ、今日はチーズがのってる〜、うまそ〜。」と、
私の失敗承知でフォロー。

ぷうちゃんは、剣道に遅れそうと走るむむちゃんに、
「走ったら、ママ痛くなるよ〜」と声をかける。
あちこちよじ登ったり、飛び込んだりもしない。

剣道のお迎え、いつものお友達がおやすみで、むむちゃんに相談すると
「お迎えママでなくてもいいよ」と
むむちゃんの一つ先輩のお母さんにお願いする。
快く引き受けてくださる。ありがたい。

顎までお風呂につかり、ピップエレキバンを貼り、薬も飲み、
実家から送られてきている自家製点滴アミノ酸強化「酒粕フルーツ酢のお湯割り」を飲み、
少しずつ痛みが遠のいていくのをイメージしながら布団に潜り込んだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

今朝、Nちゃんの美味しい豚汁が身体中に沁みた。
Aさんの薬はまだ飲まずにすんでいる。御守りがわりにお財布に入れた。
Tさんの言葉にしたがい今日は帽子をかぶって出る。

今週どんどん固く根をはって行っていた頭痛の種が
今朝はしゅ〜っとしぼんでいる。麦の穂くらい。
特効薬は友たち。子どもたち。家族。

帰ったら、お料理上手のNちゃんの美味しい豚汁が食べられる。
むむちゃんが美味しいごはんを炊いておいてくれる。

頭痛と闘ってよかった。
痛みに負けて情けない自分を、そのままさらしてよかった。
私はなんだかんだ「生き得」している。
by shiho_kato | 2012-11-29 14:16 | 読書ノート | Comments(0)

ミカンをひとつ。チョコレートをひとつ。ティッシュをひとつ。

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むむちゃんのお友だちのお家の事務所、今、ミカンの実がたわわに実っている。

たまたま行き合わしたお母さんに、ミカン美味しそうになってるよ〜、
と伝えたら、好きにとっていいよ、と言っていただいた。

むむちゃんを剣道に送った帰り道、ぷうちゃんとミカンの木の下を通った。
「ミカン、とる?」
「うん!」

ぷうちゃんを抱き上げると、手を伸ばして、もいだ。へたを枝に残して、ひとつ。
ぷうちゃんにひとつ、むむちゃんにひとつ、ママにひとつ。

「もっととる?」
「ううん、いい。ひとつでいい。」

・・・・・・・・・・・・・

チョコレートを買うと、
ティッシュを買うと、
牛乳を買うと、
トイレットペーパーを買うと、
水を買うと、
その金額の一部が途上国の子どもたちの学習や医療や暮らしの支援にまわる。

そのパターンの寄付が増えている。

NPOに勤めていたころ、
ケロッグさんが箱の隅にチャイルドラインの番号を掲載してくれたことに深く感謝しながら、
買い物をしているときに、見ている人、買っている人を見かけたときには嬉しかった。
と、同時に、
購入したどれだけの人がそれに気づいてくれるだろうか、
どれだけ私たちの活動を支持してくれるだろうか、
それは、企業の方にフィードバックできる数字に表せるだろうか、と、じりじりと思っていた。


仕事以外に、何をかできる時間や、体力がない。寄付に投じる十分なお金も無い。
生活の中で何かを選ぶとき、迷ったときには、「それ」を選ぶことで、せめても、と思う。
ひとつのチョコレート、ひとつのティッシュを選ぶことで、
チャリティというアクションに繋げてくれる、それだけでもありがたいと思う。

ひとつ、ひとつ。
応援したり、がんばって欲しい活動はたくさんある。
応援もひとつ、ひとつ。
エールもひとつ、ひとつ。

選ぶ選択肢を与えてくれる、考えるきっかけを与えてくれる、それだけでもありがたい。
その思いまるごと、NPOの人に、NGOの人に、届くといいな。
そして、協力している企業の人たちに、理解されるといいな。

・・・・・・・・・・・・・・

ぷうちゃんとミカンの木の下を通るたびに、ひとつ、ミカンをもぐ。
それで十分。
by shiho_kato | 2012-11-29 14:15 | 読書ノート | Comments(0)

ビフォア、アフター、この一年。二度目の図書館総合展

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11月20日から、22日まで、図書館総合展があった@パシフィコよこはま。

昨年は、勤務校の蔵書管理ソフトの入れ替えのための、
企業選定、ソフト選定で、訪れた。

企業のプレゼンをあちこちのブースで聞いてまわって、
図書館業界の、商業部分にたっぷり触れて、ぐったり疲れた思い出が一つ。

L1グランプリが行われていて、
NPOに勤めていた時に知り合って子どもたちと一緒に絵本を送ったりした
シャンティが、東北の「移動図書館プロジェクト」でプレゼンをしていて、
プレゼンターの一人が一緒にレポーターになったことのある人だったりして、
違う業界に来たのに、つながってるなぁ、と感じた思い出が一つ。

図書館総合展に連れて行ってくれたO先生が関係する団体が
出展しているポスター展を眺めて回った思い出が一つ。

それが一年前。

そして、今年は、ポスターを出展する側に回った。
眺める側から、見てもらう側へ。

国立大学附属の高校、中学、小学の学校図書館の15校で、
ポスターを出した。

濃紺の布を地に、
15校各校から一枚ずつの情報をパウチして貼りつけていって、
ネットワークのつながりを毛糸であらわした。

筑駒の文化祭や、小学校の展覧会で、刺激をたっぷり受けて、
あれこれ練って、アイデアとしては結構満足して、
前日準備にパシフィコ横浜に乗り込んだ。

う〜む、どこのポスターも、スマートで、デザイン性が高くって、かっこよい。

手作り感満載で、布にフェルトに毛糸の季節感と、
お金ない中工夫で乗り切ってる国立大附属校の図書館らしさと、
司書さん先生たちの個性と、
それぞれの学校図書館の個性豊かなあたたかさ、
みたいなのは、かもし出せている感じはするけれど、かっこよくは、無いわなぁ・・・。

東大附属の司書さんのSさんと二人で、パシフィコの準備時間いっぱいかけて作業終わらず、
翌日初日は開場から同僚の司書のIさんと二人で、一時間くらいを仕上げに費やした。

ごめんね、みんな。
時間無いなか、作ってくれたのに。
活かしきれなかったよ〜。
でも、出展という形で出せただけでも、第一歩、踏めたということにしよ〜!

と、心の中で詫びたり、言い訳したり。

足を止めてくれる人が思いの他、多くて、6つ折りのパンフレットは、一日目の午後に無くなってしまい、
翌日来る学校司書さんたちに綱渡りのバトンを渡し、準備不足をカバーしあって三日間を終えた。
勤務時間の合間を縫って、それぞれの学校の司書さん先生たちが、
あちこち補強したり、補充したり、片付けを担当してくれたり。

一年ってすごいなぁ。
去年は、バタバタと準備する側にまわるなんて思ってもみなかった。
この場所で。

時間はわが身を運んでいる。確実に。着々と。

そして、学校関係のセミナーはどこも満杯でお断りされる中、
筑波大の吉田右子のセミナーの後半部に潜りこむことができ、
ドナルド・キーンの講演を聴くことができた。

吉田さんのセミナーは
北欧の図書館が、生涯を通じて人々の身近にあり、
人々の社会的公平性を担保するために存在する、
文化や情報に触れにくいマイノリティを支える機関として、
図書館は社会に認知されている、というお話。
平たく言えば、「人権」を守るための機関として図書館が存在するという。

日本での、ただゼミや、学びサポートを図書館で行っている、というお話。
吉田さんの本でも読んだけれど、生の報告を聴くと、理解が深くなる。
「なくそう!子どもの貧困」の活動と、司書の仕事と、
地続きであって不思議ではないものという見方ができるんだ。

どうしてか、ホッとする。
私個人の中にある水脈でつながっているんだ、
そう思うだけで十分事足りるのだけれど、
社会的にも理由あるつながりであると示されると、なぜだかホッとする。

支離滅裂に、進んできたわけではない、と、
誰かに言ってほしいのだろう、たぶん。
シャンティと、昨年ここで出会ったときにも、うれしかったのは、それだ。

ドナルド・キーンは、もう間近で見て、話を聞くことができただけでHappyだった。

そんなこんなの、今年の図書館総合展。
無事終わった。
地布のポスターは、
今後15校のあちこちの学校を巡回できたらいいなぁ、と思っている。
手をあげてくれているところが、すでにある。
そして、仲間に加えてほしいという連絡があった。
うれしい。掛け値なく。


つながりは、号令や目的じゃなくて、結果だ。
こうして、一人ひとりと出会い、ひとつひとつ紡いでいくことから始まり、
振り返ると、新たな「何か」が編みあがっていることに気付く。


この一年でこれだけの人と出会ったんだなぁ。
15校のそれぞれの人たちを思い浮かべる。

私の人生を前に進め、この一年に彩りを添えてくれた人たち。
そう思い浮かべる顔があることを、うれしく思う。

パシフィコの帰り、クィーンズスクウェアにクリスマスツリー。今年を振り返る気持ちになるのは、年の瀬が近いせい。
by shiho_kato | 2012-11-25 17:38 | 読書ノート | Comments(0)

保育士試験実技不合格通知と、たっぷり甘いヤーコンジャムと、「ディア・ドクター」

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保育士試験結果が届いた。
実技、4点足りず不合格。

不足の4点は言語のほう・・・。
トホホ、司書だぜ〜、アタシ。。。

覚悟してたけど、痛恨だ。
去年も、精神保健の勉強してて、
試験科目で、精神保健を落としてるから、
そういう油断というのか、
もいっかい、自分のやってること見直して
「ひきしめていこ〜ぜ〜!お〜!」
みたいなのがあるのかな。

来年まで筆記試験の結果は有効だから、あと一年がんばろ〜。


ちょっぴり落ち込みながら、
ヤーコンのジャムを作ることに挑戦した。
同僚の司書さんからたくさんもらったヤーコンと、その食べ方。
きんぴらや天ぷらはわかるけど、ジャム???
彼女も作ったことはないそうだ。

1 皮をむき、
2 ザクザク切って
3 水につけてあくを抜き
4 すりおろして
5 レモン汁と、お砂糖と、梨かりんごのすりおろしと共に、
6 水分が程よくなくなるまで煮る

というのが、ベーシックな作り方のよう。

ヤーコンを5本使う。
おろし金で2,3かけら、すり下ろしながら、ため息。
先が長いな〜。

あ、そうだ、母に嫁入り道具にもらったフードプロセッサーが
あるじゃないか。
ガーガー、りんごもガーガー一気にすりおろした。
お砂糖をはちみつに変えて、お酢をちょっぴり加えて、
そしてことことと煮る。


煮ながら、「ディア・ドクター」を観た。
田舎の小さな村の診療所で無免許の医師が
診療をするお話し。
ドクター役はつるべぇ。見習い医師に瑛太。

そうそう、資格とか免許とかじゃないんだよね。
子どもを育てるとかって。
慰めに、ちょうど良し。

もちろん資格や免許が無ければ入ってはいけない領域には
入ってはいけない理由があるわけなので、全否定はしない。
だけど、それは入口の入場券にすぎない。

医師が医師になっていくゲートをくぐり、
保育士が保育士になるためのゲートをくぐり、
そのゲートをくぐった後に、あらためて問われ、
その後ずっと問われ続けていくのだと思う。
医師になれるのか?保育士になれるのか?


むむちゃんを保育園に預ける時に、そうちょうどこのくらいの季節に、
保育園を片っ端から回った。
この腕の中にある命をゆだねることができるのは、どこなのか誰なのか。
一日の多くの時間を任せる保育園と保育士さんへの信頼がなくては、
むむちゃんを手放すことなどできない。
毎日毎日を、むむちゃんが安心して心地よく、過ごせる場所はどこなのか、
過ごさせてくれる人は誰なのか。

保育士は、そういう目で見られている。

そして、今の保育園にむむちゃんとぷうちゃんをお願いして間もなく8年の付き合いになる。
私の人生の8年分を保育園は支えてくれた。
生活の環境が変わっても、仕事が変わっても、保育園は変わらずに。

ぷうちゃんが毎日楽しく遊び、保育園に行くのが大好きなことがいちばんだ。
そうに過ごさせてくれているだけでも感謝。
さらに、生活や仕事の変化、私の体調、忙しさの有無に
思い致そうとする保育士さんたちがいる。
私にとって、取り繕わずに疲れた顔を見せることのできる外の場所や人は限られている。
その限られた中に、保育園がある。
おかえり〜、とか、おつかれさま〜、とか、
さいきん忙しい?とか。気遣う声にホッとする。

保育士という仕事は、そうして、日々を生きている
親に、子に、出会い、支える仕事なのだと考えると、ずんと、重たい。
資格がとれただけで、すいすいとやっていける仕事ではない。


そう認識しながら、
私は保育士になることを目指して試験を受けているわけではない。
が、あらためて、
まだゲートもくぐれていないんだなぁ、と、
さかさまに考えたりすると、またペコリと凹む。


凹んだり、慰められたり、している間に
ヤーコンのジャムは、たっぷり甘く、サラりと、仕上がった。
甘すぎたかな〜。
いいか、ジャムくらい甘くても。
人生辛口ばっかりじゃ、疲れる。
by shiho_kato | 2012-11-25 16:24 | 読書ノート | Comments(0)

「戦争は、終わっていない。風化していない。」 あさのあつこ『No.6』と『風の谷のナウシカ』を、いつ

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夜中2時半。『No.6』第9巻、読了。眠りに落ちた。

すっかり『No.6』の世界にとらわれている。
魅了されている・・・と表現するのは、少しばかり不謹慎な気がする。

描かれているのは、戦争と平和、飢餓と飽食、生と死、弛緩と緊迫、聖と俗、愛と憎、暴力と対話。
16歳の少年たちがそれにどう向き合うのか。

私は、どう向き合うのか。

最終巻まで出版されていた後に出会ってよかった。
これを次の巻の刊行を待つ時間は拷問だったことだろう。

・・・・・・・・・・・・・

ほんものの平和は、どんなものなのだろう。
ほんものの平和な社会は、どう作ることができるのだろう。
人はみな同じように母から生まれ、人はみな同じ命を持ち、生きている。
生きる環境が、個性や個別性をはるかに超えて、
甚だしい格差の中に生きることになるのはなぜなのだろう。


コソボの紛争もそうだけれど、
虐待が生じる環境にある家庭でもそうだけれど、
子どもたちが命を奪われる危険の前に緊張しながら生きている。
いま、この同じ地平の上で。

読み続け、読み終えて、そんなことばかり考えていたら、
各党討論?というのだろうか、各政党が今度の選挙の論点になる
原発とか、憲法改正について、討論しているのが耳に入った。

「戦争は風化している」
「自衛隊は自衛のための「軍隊」なのだから国防軍と改名すべきだ」
「自国が攻撃されたら身を守るけれど、隣国がやられているときに見過ごしにするってのはどうなんだ」
そんな言葉が飛び交っている。

戦いで、解決するか?
暴力で(武力で、軍隊で)、状況は穏やかになるか?
こぶしをあげられたときに、こぶしをあげかえしたら、どうなるか?


物語の中で、少年たちは、考える。
現実の中で、私は、考える。


飢えている子どもがいることを知りながら、
今日食べるもの明日食べるものをえり好みしている。
寒さに震えている子どもがいることを知りながら、
今日は寒いなぁと暖房の温度をあげる。
恐怖に震えている子どもがいることを知りながら、
信号機が変わらないわずかな時間にイライラしたりする。


聞こえてくる政治家の声が空虚にひびき、
同時に膝を抱えて座り込みたくなる。

これが、現実なんだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・
戦争や、飢餓や、自然環境や、、、、
そういう言葉を耳にしながら、
心の中で、ナウシカの横顔をそっと見やる。

10歳の時に出会った『風の谷のナウシカ』は、
私の芯のあたりにあるカプセルのようなものに根を生やしておさまっている。
そして、何かを真剣に考えたときに、そっと彼女の顔をうかがう。

『No.6』と、10代で出会った少年少女たちの中には、
ネズミを、紫苑を、そっと見やることがあるだろう。
ずっと、きっと。


日本は、戦後65年。
でも、戦争は世界のあちこちで、今も、この瞬間も終わっていない。
停戦はいつまで守られるだろうか。

先日亡くなられた山本美香さんのように、それを知らせることで共有しようとする人がいる。
何をか「人は同じである」ために均していけないだろうか、と模索し、行動する人たちがいる。

戦いは、終わっていない。
戦争は、風化していない。

そのことを、『No.6』を読み終えて、つくづくと思い知らされている。
あさのあつこ、よく書いた。
書いてる間、つらかったろうな。
10代だからこそ読める、
この本を生み出してくれたことに、心から感謝。
by shiho_kato | 2012-11-25 13:18 | 読書ノート | Comments(0)

雨の中、「読みたくて、生きてる!」を実感。 あさのあつこ『No.6』

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休日の雨が、つづくなぁ。
でも、今朝はめげない。

雨の中、傘をさし、レインコートにレインシューズを履いて出発。
ビニールコーティングのバッグの中にはあさのあつこの『No,6』の1巻と2巻。
行き先は、図書館。

続きが読みたい!!!!
1巻を読み終えてから、怨念のように、思っていた。
やっと、借りに行ける今日、雨だろうが、嵐だろうが、行きます。

『No.6』は、実は敬遠していた。
ぱらぱらとめくると、血やら銃やらどろどろした単語が
次々に並び、たぶん読めないだろうな、と思いながら、
保険をかけて2冊借りておいたんだ。

ところが、読みだしたら止まらない。
読みやめたくない。1巻目を読み終えたところで、
2巻を借りた自身の気の迷いに感謝した。
2巻目を読み始める前から、
全部借りしなくっちゃ。と、気が急いていた。
惜しみ惜しみ2巻を読み終えた昨日、あとがきを読んで、
明日は雨だろうが、嵐だろうが、、、!!!と、決意。

徒歩で10数分を歩いていたら、体はポカポカ。
7巻までだと思っていたら9巻まであって、抜け巻なく全部そろっていて、神様に感謝。

顔見知りになった司書のお姉さんと、
こんな日に? こんな日も!
みたいなアイコンタクトをとって、にんまり笑って図書館を後にした。

よし、おでんをつくろう。
家にあるものをあれこれ思い浮かべ、
大根を買い、卵を買い、結びこんにゃくを買い、ついでにシュークリームも買った。

帰り着いた勢いのまま、お鍋を出しておでんの具を次々に放り込んでことこと煮ながら、
掃除機をかけた。

本を手に入れて安心した。

あぁ。
生きてるなぁ。

あぁ。
読みたくて、読むために、生きてるなぁ。

私は、読みたいものがあれば、生き続けられる。

8月終わりから10月半ばまでの体調を崩した時期、
あさのあつこの『バッテリー』と『MANZAI』をごろ寝読みしながら
やり過ごした。

体調が戻った今日、寒い雨の中でも、
出かけて買い物をして食事を作って掃除をする元気がある。

本が命を支えてくれている。
やや大げさなのだけれど、しみじみと、お腹の底から思うんだ。
「読みたいものがあれば、生き続けられる。」
10歳の時にふと思ったその言葉は、ずっと変わらず、私の真ん中にある。

きっと、だから、図書館においで、という仕事を、今しているんだ。

『ちはやふる』も、『3月のライオン』も最新刊が12月に発売になる。
むむちゃんと、今、それを心から楽しみにしている。
私たちは12月のそれを読むまでは、絶対に死なない!という強い意志を持っている。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

子どもの貧困の活動をしていると、
私は甘いと、つくづく思う。
図書館の本は、パンに変えられない。鉛筆にも、靴にも、保険証にも。。。
それでも、希望は見つけることができる。

だから、本で命をつないできた生き証人として、
「本があれば、生きられる」と、
そっと言い続けたい。
とりわけ、孤独の淵から落ちてしまいそうな人たちに。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

先日の図書館総合展のセミナーの中で、
吉田右子さんが、北欧の公共図書館は人々の公平性を確保し、
特にマイノリティを支えるためにある、
それが当たり前に社会で共有されている図書館の価値だと、言っていた。

倉田百三は、本は「共存者」への橋渡し=つながるための道具だと、書いていた。

本は、図書館は、人生を豊かにするためにある。
そして、ときに孤立しがちな命を支えるためにある。
実感を支える理論は多々ある。

私は、私自身の読む喜びの実感を、たっぷりと味わおう。
by shiho_kato | 2012-11-23 11:30 | 読書ノート | Comments(0)

飛鳥あると『ゴーガイ!岩手チャグチャグ新聞社』1〜3号,シュープレス社『ともしび』

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どちらも、岩手県の新聞のお話。

『ゴーガイ!』はコミック、岩手県の地方紙で、
岩手県の盛岡以外の「これぞ」というものを
取材し記事にしていく記者のストーリー。

『ともしび』は、311直後に東北三県で出された震災関連の記事の
アンソロジー。

学校の校外学習先が、今期、岩手県になったということで、
資料を集めながら織り交ぜた二冊。

どちらも新聞のお話なのだけれど、
コミックのほうは、記者が何をどういう目で
見い出していくのか、
そしてそれをどう書いていくのか、が、
丁寧に描かれている。

生徒さんたちが、校外学習であちこち訪問先を決め、
見学し、質問し、調査し、レポートに仕上げていくプロセスの
一端を学ぶことができるなぁ。
と、入荷してから実物を読んで、ハナマルをつけたくなった。

私は歴史も、伝統も、郷土も、継承も、そして今も、
人によって成り立つ、だから「人を見る」「人を聴く」を大事に
したいと思っている。
それを、記者という立場の人が大事にしている視点で
描かれているコミックだから、ハナマルをつけたくなったのかもしれない。


シュープレス社の『ともしび』は、
震災関連のお話をあまり直裁に受け取ることを避けてきながら、
先日『おもかげ復元師』を読み、今回『ゴーガイ!』を読んで
勇気と勢いを得て読んだ。

やっぱりつらかった。

そして、あらためて、『おもかげ復元師』の笹原さんの仕事の大切さを思った。

・・・・・・・・・・・

そう、『おもかげ復元師』の最後の方に、依頼者のひとりのおばあちゃんが、
笹原さんの手をそっととって、「これからたくさんの死者に触れて」いくことを
いたわり、そのための力を分けてあげようと、いうくだりがある。
そのとき、けして復元の場面で関係者の前で涙しない笹原さんが、
おばあちゃんの腕の中で笹原さんが涙を流したと。

そうじゃないと、つらい。

私は笹原さんにはなれないけれど、そのおばあちゃんにはなろう、
そう思ったことを思い出した。
by shiho_kato | 2012-11-19 14:36 | 読書ノート | Comments(0)

小学校をあなどるなかれ、おどろきの展覧会、教える技術。

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いや、本当に、びっくりしました。

小学校の展覧会は、むむちゃん(や知り合いのお友だち)の作品を
見に行くものだと思っていた。

はじめは、そのつもりで、ふふふん、と気楽に見始めたのだけれど。

見るうちに惹きつけられて行く。

途中で方針変更。

この技術はなんなんだ!
小学生の子どもたちに「芸術作品」として仕上げる
教え方ができる技術ってなんなんだ!

子どもたちはビックリしただろうなぁ。
自分の作ってきたものは、こんなにステキな作品だったんだ!って。


私もこんなものを作ってみたい!
目的はそっち。

・緑の静物 
  青と黄色をまぜた緑色だけで描いた静物画。青と黄色の微妙な量の違いが個性としてあらわれる。
  緑の芸術。
・左右対称 
  画用紙にちぎり紙を貼ったり色を塗ったりした上に、画用紙と同じ大きさの黒い紙を
  半分に折ってあちこち切り抜いたものを貼り付けると、隙間からいろいろな色が見える。
  黒の芸術。
 
・写真と絵
  画用紙に写真を一枚置いて、それに連なるように一枚の絵を仕上げる。
  電車の写真の子は駅や線路を絵で描き、町の風景の写真を置いた子はそこから町を広げる。
 
・左右上下対称の版画
  小さな版画を一枚作る、それを、上下、左右、4倍にして、一枚の画用紙に刷る。
  画用紙一枚分の版画をはじめから彫るのとは違う面白さがある。
・アルマイトの町
  卵のパックや、牛乳パックやお菓子の箱や割り箸やストローで作ったロボットや建物に、
  隅から隅までシルバーのスプレーをかけると、まるでアルミ細工。
  そろえるとアルマイトの町が出来上がる。

他にも、紹介したい知恵が多数。
一年生でもできる工作、二年生でも描ける絵が、
それを仕上げる方法で、ぐぐぐぐぐっと、芸術度を増す。
きっと、子どもたちの作った達成感も10倍、100倍。

すごい。
これはすごい。

教える技術というのは、確かにあるんだ、
目で見て、空間を歩いて、まざまざと実感した。

思わず長居してしまった小学校の展覧会。
もしかしたら、「マウリッツハイス美術館展」の時よりも。


あ、もちろんむむちゃんの作品も、ばっちり見ました。
by shiho_kato | 2012-11-19 14:32 | 社会&地域&子どもノート | Comments(0)

むむちゃんのバースディイブ。「まだまだ生きるよ〜」

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むむちゃんの誕生日は、元義弟の結婚式。
前夜にバースディイブのお祝いをした。

誕生日プレゼントは、剣道のお道具一式で、元夫と折半でプレゼント済み。

ぷうちゃんと相談して、ぷうちゃんの選んだシールと共作のお手紙を当日のプレゼントにした。

水曜にケーキの替わりの雪ころクッキーを焼き、木曜にぷうちゃんとシールを買い、むむちゃんリクエストのドリアの具を作り、今日は仕上げとポテトサラダ。用意に、3日間。

ドリアは手違いでボロネーゼのパスタになった。

バースディの歌を歌って、ろうそくを2息で吹き消した。

あれこれした後にお洗濯をしていたら、私の袖の短めのカットソーをむむちゃんが当たり前のように着ていた。

あぁ、大きくなったんだ。
確実に育っているんだ。


むむちゃん、9年間生きていてくれてありがとう、と言ったら
むむちゃんは軽やかやに「まだまだ生きるよ〜」と、笑った。

あぁ、ほんとうに、よく育ってくれた。
奇跡のようで、なにものかに、感謝したい。
神さま、ありがとうございます。
どうぞこれからの一年も、無事に生きて、迎えられますように。
どうか。どうか。どうか。
by shiho_kato | 2012-11-16 22:18 | むむちゃんとぷうちゃん | Comments(0)

眠れぬ夜をありがと〜、読む喜びをありがとう。宮部みゆき『ソロモンの偽証』第1巻、第2巻

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宮部みゆきの『ソロモンの偽証』

手を出してはいけない、と思っていたのに。
読んでしまいました。
読み始めたら、とまりません。
あっという間に、時間が経っていく。

寝る時間も、食べる時間も、仕事の時間も、歩く時間も、
何もかも、読む時間にあてた〜い。

第1巻を2日がかりで、週末の休日をはさんで、
第2巻を1.5日がかりで、読みましたよ〜。
重たい1冊をどこに行くにも携え続けて。

うまいなぁ、宮部みゆき。ほんとうに。相も変わらず。

いらだちも、気弱さも、隠せないことも、思わずにじみ出てしまうことも、
それらすべて掬い取るように、盛り込んで丁寧に描きこんでいくということは、
それだけ、人の機微を理解していなくてはできない。
しかも、14歳を主人公にし、それを翻弄する大人たちには、
それぞれの職業があり、それぞれの立場に造詣がなされ。

ものすごく調べこんでるなぁ。
それぞれの人物も設定も、がっつりしっかり深く作りこんでるなぁ。
奥田〜、小説書くなら、ここまでやってほしいよ〜。

感嘆させられる2冊。

既刊の第3巻は、待っているところ。
よかった、これで3巻一気読みすることになっていたら、
せっかく体調が整うようになって、元気になってきたのに、
寝不足でよろよろのへろへろになってしまうところでした。

あぁ、子どもたちの学内裁判、どうなるの?
神原君は、いったい何を隠している?
最終巻は、むむちゃんの誕生日を終えたあたりに。

ほんとに、楽しいなぁ。読むって、楽しい。
宮部みゆき、ありがと〜。
by shiho_kato | 2012-11-16 08:33 | 読書ノート | Comments(0)