むむちゃんの散歩道

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今年最後の読書日記。​人の生きる物語を読み​たい。天童荒太『歓​喜の仔』と​『悼む人』を読む。

12月の後半を費やして、天童荒太の最新刊

『歓喜の仔』を読んだ。
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期待させる出版社の宣伝文句に、単純に心動き、

いい作品と思い込んでいた自分が悔しい。

ちゃんと、読んでよかった。



子どもたちのもつ力を封じ込めた、

子どもたちのもつ力を信じきれなかった作品になってしまっていました。

残念。



ラストで帳尻合わせるようでは、作品としてマルとは言えないです。



『永遠の仔』で本当に感動して、この人は信じられる、と

思ってから、もともと寡作であることもあって、

良い作品と巡り合える機会がなかったから、今回は期待していたのにな。



悔しくて、直木賞受賞作で読みそびれていた『悼む人』を読んだ。

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あぁ、惜しいな。

そうなのだけれど、そうなのだけれど。



死者に物語を与えることではダメなのです。

生者に生きている今を与えられる旅でなくては、ダメ、なのです。



私たちは、死後に記憶にとどめられるために生きているのではなくて、

今、この生きている今、でこぼこでも、蛇行してもいいから、

出会う人によって異なってもいいから、

知る人、知らぬ人、すれ違うばかりだけの人、の、時間の流れの中に

織り込まれる物語を持っている。



そんな物語の存在を信じる小説を、私は望みながら、読んでしまったのです。



『永遠の仔』には、あった。

これからをたくましく生きて行ける子どもたちの力を信じる天童荒太の姿。



それ以後の小説群には、人を信じる力が弱まってしまったようで、本当に残念です。



たくさんの本を今年は読むことができました。

今年も読むことができました。



私は女性が書くお話しが好きだな。

小さな揺らぎを、ぴたりと押さえて、書きとどめながら、物語をつづる。

人はそうして生きていくから。



目の前に生きる人や、渋谷の人ごみにすれ違う人たちに

それぞれに固有の物語があるということを、知らせてくれる小説が好きだな。



来年も、そんなお話に出会いたい。



書かれた物語の中にも、

そして、今を生きる人たちの人生の中に、こそ。



池上本門寺の、鐘の音が聴こえてくる。

さよなら2012年。

ステキな一年でした。

本当に、ステキな
by shiho_kato | 2012-12-31 23:56 | 読書ノート | Comments(0)

凧揚げとおもちつき。年末の帰省先、ふるさとがある。受け継がれていく時間と場があるということ。

仕事納めの翌日には、朝から実家へ帰省。
おうちの大掃除は、長らく放棄中。
小掃除を重ねることでマルなのです。

雨の傘マークが並ぶ天気予報のこの年末。
降り出す前に、遊ばなくちゃ。
遊ぶため、休むための、一年にわずかな一週間~10日あまりのお休みなのですから。

着いた日は、あえなく雨が降り出した。
雨が降り出す前に、弓あそび。
父が竹を切って作った弓矢。
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翌日。
「お花のお寿司」を買いに、「いちご」を買いに、
子ども4人と、お出かけがてら、お散歩へGO!

運動公園のきわのジョギングロードを駆けっこヨーイドン。

お花のお寿司が売り切れていたので、
場所を変えて、階段をたくさんのぼる歓喜寺に駆け上がって、手を合わせた。
その裏の展望台までのぼって、九十九里の海をのぞむ。
やすらぎの森の山道を駆け下りて、
牛舎の牛さんを見て、川に渡ってくる水鳥を見て、
田んぼからやまびこヤッホー。
子どもたちは声をそろえて、
「お・な・か・す・い・たぁ~っ!!!!」

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おひるごはんの後は、凧揚げ。
風がいい具合に吹き、曇り空など、なんのその。
去年より腕を上げた子どもたちの凧は、
四人四様に空にはためく。
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そして翌日。
おもちつきの日は、雨予報。
雨が降り出さないうちにおもちをつこう~!

たき火で蒸したもち米をつく。
みんなでぺったんぺったん。
美味しいおもち。
さっき朝ごはんを食べ終えたばっかりなのに、
伸ばしながら、丸めながら、
子どもたちのお口に次々と入る。

おとなは、たき火のうづみ火で、
お肉を焼き、烏賊を焼き、毛ガニをゆでて食べる。
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ふぁあ、お腹いっぱい。
この後は温泉に向かう。

おもちをつく要領も、おもちを丸める要領も、おもちを食べてお腹を満たす要領も、
おもちつきの日の過ごし方が、スムーズに流れるようになったのは、
子どもたちが、どう過ごしたらいいか、知っているから。

こうして家族に伝わる年末の過ごし方が「文化」とか「伝統」とかいう
形にできあがっていったりする。

その歴史の流れを眺めている、目撃者の一人なんだ、私たちは。
by shiho_kato | 2012-12-30 14:33 | むむちゃんとぷうちゃん | Comments(0)

2012年のクリスマスシーズン訪れる。手ごわい子どもたちと、楽しいクリスマスデイズ。

クリスマスウィークの到来。
今年の暦は、クリスマスデイを何日過ごせばいいんだ~。

二週間後をクリスマスに控えた夜。
子どもたちはいまだにサンタさんに頼んだプレゼントを明かさない。
予防接種を打つために行った病院の先生に、
「はやく手紙書かないと、欲しいものもらえないわよ」と言われて、
あわてて書いて、窓に貼る。が、「絶対に見ちゃダメ」と厳命。


一週間後をクリスマスに控えた夜。
むむちゃん、ぷうちゃんを誘い、リスマスカードづくりに励む。
なんとか、今年も間に合いそう。
かれこれ5年、6年のベテランになった子どもたちが慣れた手つきで、せっせと切って貼って。

誰に届けようか?
子どもサンタたちは、作業しつつあれこれ相談。
これまでは、私主導のその作業は、
やり方さえちょっぴり示せば、あとは自由自在に子どもたちが。
あげる相手も子どもたちが。
育っているんだなぁ、としみじみ。
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クリスマスリースも、むむちゃんがよりみちで作ったものに、
ぷうちゃんのポケットに日々集められてくる
まつぼっくりやどんぐりを添えて、リボンを増やして。
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12月21日
明日からお休み、今日は終業式だよ、の朝、
勤務校の門をくぐると、若サンタたちに迎えられました!
本物のサンタさんは、なかよしの守衛さん。
ハグして、ツーショットでパチリと写真まで撮ってもらいました。

ある学年のあるクラスの企画らしく、担任の先生に
他のクラスの先生が、「あれは担任としてどうよ」とたずねると、
「いやぁ、うれしいねぇ。」と満面の笑み。
じゃぁ、サンタやんなきゃ、の突っ込みに、それは守衛さんに譲ったということで、と。

楽しい朝でした。
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12月22日
あやみ~の合唱団の最後の練習。
毎週練習のたびに雨が降るのはなぜ、なぜなの・・・。
本番のクリスマス会は明日。
あやみ~の先生から、「お、いいんじゃない!?」の、お誉めの言葉いただきっ!
みな今日は張りきって声が出る。
練習の日は雨ばかりだったけど、毎週朝から楽しかったな。
明日で終わるのが今はちょっぴり寂しい。と思いつつ、
お家に帰ってケーキにクッキーを焼き、クリスマス会と、ホームクリスマスへの準備に励む。
甘い匂いがたっぷり漂う。

12月23日
保育園のクリスマス会。
クリスマス会の装飾道具を積んだ車で送迎してもらうため、
みなの集合よりも一時間早く家を出る。
今年ははじめて、クリスマス会にケーキを焼いて提供しました。
朝から飾り付けに奮闘。

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ぷうちゃんは今年はどうかな、と案じていたけれど、サンタさんにありがとうを言えた。
クリスマスの歌も歌えた。
「にんにん忍者」の踊りは、ばっちりリズムにのってノリノリで踊れて、
劇のセリフもしっかり言えた!
一年はおっきいなぁ。
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恒例のダンスバトルは今年も楽しかった!
アフロにサングラスに、肩を出してYMCA!を踊りました。
復習が足りなくて、踊りはややぼろっとしてたけど、
でも、楽しかった。

あやみーの合唱団の合唱は、あやみーのいわく、
音響効果に助けられながら、1.5倍増しの良さと!
声を出していて気持ち良かったでした。

そして、まごめサンタからのプレゼントに、
狂喜乱舞のむむちゃん。『ちはやふる』の入門編カルタを手に入れた。
ぷうちゃんは、『エルマーの冒険』の双六。
喜ぶむむちゃんを見ていると、本当にうれしい。
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いつも年の瀬でヘトヘトのこの時期のこのクリスマス会。
今年はまるっとまるごと楽しめたっ!上出来です。


そして、12月24日
子どもたちの希望で、いってQ?のクリスマスツリーを観に
横浜は赤レンガ倉庫へ。

先に出かけてワンピースの映画を観ている子どもたちをゆっくり後追い。
せっかく横浜、ポンパドールでパン買おう~と思ったら、
お店の中から外まで大行列、総勢40人は下回らない。
クリスマスのポンパはすごい。

通り抜けたパシフィコ横浜へ続く遊歩道は、
福山コンサートを待つ女子ぃの人人人。


そういえばクリスマスのお休みに外出するのは
久しぶりかも。
こんなに人があふれるんだ。

ずっと楽しみにしていた映画を観て
腑抜けになったぷうちゃんと
まだまだ元気いっぱいのむむちゃんと
手をつないで赤レンガ倉庫に向かった。

港だけあってよけいに寒い!そしてまたさらに人人人!

でも、しっかりツリーにたどりつき、鐘も鳴らして、大満足。
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イブの夕食は来慣れない横浜ではなく、
自宅から最寄り駅までもどって、イタリアンの外食。
お腹のすいたぷうちゃんが黙々と食べるのは、
外食では珍しい?
むむちゃんは、パパ、ママ、今年初めてそろっての食事に
うれしそうだった。

そしてお家に帰ってクリスマスケーキ。
ケーキを食べられないむむちゃんと、
ケーキを食べたいぷうちゃんのために、
土台はケーキ、その上にスノーボールクッキーを並べる苦心と工夫の作。
歓声をもらう好評で、ホッと一息。
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ママからのプレゼントの本は、
むむちゃんには『ちはやふる』の中学生編の小説二冊
ぷうちゃんには、サイン入りの『けんかのきもち』と、ともだちごっこの最新刊。

従妹宅、まりちゃんからのプレゼントは
『だじゃれ日本一周』と、『ちびまるこちゃんのことわざ』
そして、イブの終わりは疲れて兄弟げんかの二人を仲直りさせてお休みなさい。
まったく、サンタ、来るや否やのハラハラする夜だったのでした。

12月25日は私は出勤。むむちゃんは終業式。ぷうちゃんは保育園。
なので、朝から子どもたちを起こして、 サンタは来たか?
プレゼントはなんだ?の朝。

ぷうちゃんは「ベイブレードスタジアム」
むむちゃんは「なかよしコレクション」
歓声をあげっぱなしの二人。
なんとか朝ごはんを食べて、なんとか着替えて、なんとかそれぞれに出発。

お昼間の内に、パパんちのプレゼントも確認しに行ったむむちゃんは
ぷうちゃんの分の包みからWiiのリモコンとソフト、
むむちゃんの分の包みからは「シール帳セット」を取り出した。


むむちゃんからは、サンタさんあてに窓に貼った手紙は見ちゃダメ、と言われていたけれど・・・。
夕方帰ってくるとむむの欲しいものばっかりもらった、と
これまで見るの厳禁だった手紙をはがして見せてくれた。

サンタさんへ
「シール帳」と「なかよしコレクション」をください。
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あれ、盗み見た手紙では
サンタさんへ
DSの「ともだちコレクション」と「シール帳」をください、だったはずだけれど・・・。


それがむむちゃんの気持ち。
こういうむむちゃんが、大好きなんだ。
サンタさんもきっとそうに違いない。

プレゼントの山、君たちはなんてまあ、幸せな子どもたち。
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だって、一年間、ほんっとうにいい子で居てくれたもの。
私からも、ありがとう。
by shiho_kato | 2012-12-28 00:13 | むむちゃんとぷうちゃん | Comments(0)

仕事納めの三日間。生徒とステキな三日間。

今年最後の仕事納めは、
3日間かけて図書委員さんたちと蔵書点検。

初日の25日クリスマスが一番参加者が多かった。
もう、せっかくのクリスマスなのに~!!!
でもおかげで、1日目にして8割終了。
みな、要領のよい、働き者!
ご褒美に、クリスマスプレゼントは、うまい棒のくじ引き大会!
あたりが出ればもう一本、で最大7本の猛者あり。

二日目は蔵書点検の合間を縫って
2つの学校の図書委員さんたちと交流会。

お茶高と、東大附属から、女子高生たちが来てくれて、
うかれモードと、どうしていいかわからないモードが、混在。

蔵書点検はかなり進んでいたので、
たっぷりゆとりの交流会になりました!

打合せ無しのぶっつけ本番、コーディネートをするところまではがんばったけど、
ここから先は君たちのステージよ、とか思いつつ、
コミックのくじ引きで混合席にしてみるとか、
昨日の残りのうまい棒くじで、一回りして声をかけあってみるとか、
こちらもテンションをあげて、がんばる。

その間に、少し慣れてきた彼らは、知恵を絞って、
互いにお薦めの本を紹介しあったり、図書委員らしいトークに持ち込み。

交流会解散後も 残ってくれた3名の女子高生さんたちと、
一緒に作業を続行。
ばらければ、リラックスもして、おしゃべりもまずまず弾んだ様子。

それなりに、楽しんでもらえたかな。
冬休みの思い出づくりになったかな。


そして三日目。
二日目の内に蔵書のデータ読み込みが終わったので、
図書委員のみんなのお当番はお休みで良いよ~、と
言ってみたが、二日目、手持無沙汰の午後の時間にイスの背をバンバン叩きながら、
真っ白い埃を舞わせて、「掃除必要でしょ」と。

結局、三日目の最終日はお昼過ぎまで、椅子の埃をテーブルが真っ白になるほど払って、
掃除機で吸い、床にも掃除機をかけ、机や本棚の隙間まで雑巾で拭き。
床も、椅子の背も、机も、色が鮮やかに見違えました。

データの照合は淡々と終わらせつつ、
事務作業等は、来年回しになったところもあったけれど、
三日間、皆勤賞で働いてくれた生徒たちもいて、
のべ30名近いメンバーがきれいにしてくれた図書館で、
今年最後の仕事ができて、なんだかうれしい一日だった。

同僚司書さんと、蔵書点検終えられてよかったね~、
生徒さんたち楽しそうに働いてたね~、
とお話ししながら、外に出ると、空にはぽっかりまんまるの月。

あぁ、今年は、私にとって、ここが私の場所となる一年だったなぁ。
しみじみと思いながら、また、ここに帰ってくるときには、
来年になっているんだなぁ、なんて思いながら、
暖かい気持ちで、門を出ました。

ハッピーに今年の仕事納めを迎えさせてくれてありがとう。
図書委員の諸君。
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by shiho_kato | 2012-12-27 23:35 | ありがとノート | Comments(0)

幾度でも政治にNOを言える社会、選び直していける社会の始まり、面白い時代を生きている。

政権交代という結果はもう出ているようで、
夜更かしせずに済みそう。

あたたかい今日、身体がのびのびしているので、
だらだらしたい休日にも関わらず
ウキウキと10種類の具の入った豚汁に、きのことひじきの炊き込みご飯を作った。
明日、どれだけ寒くなっても大丈夫。

栄養を身体に入れながら考えた。
「今回の選挙をどう考えよう」と考えた。

私たちは2009年8月に、選挙でもって自民党を民主党に交代させた。
そして、今回、選挙でもって民主党を自民党に交代させた。

戦後、自民党を離脱した細川政権とか、自社連立での村山首相が生まれたりしたけれど、
真っ向から、政権が変わったのは、民主政権が誕生した時といってもおおよそ間違いではない。

と、するならば、
この数年の間で、二度、政権を交代させる経験をした23、4歳以上の人たちが、
今日ここに誕生したと言えるだろう。

そう、私たちは、政治の動きがよろしくなければ、変える力を持ったのです。
ダメだったら、変えよう、ということを選挙で実現していく、プロセスが社会の中に生まれたのです。

これが、「自民党に戻った」と、数十年後の教科書に書かれるのか、
政権は国民により選ばれる仕組みが社会に根付いた、と書かれるのか、
これからの、その都度都度の私たちの、行動にかかっているんだ。

次の与党がダメだったら、また選び直していこうぜぃ!

ね、私たちって、すごくない?
政治にNOと言えるおとなになっていっているんだよ~。


と、自分を励まして、明日からがんばって仕事に向かおう。

あぁ、美味しいお夕飯だった。
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by shiho_kato | 2012-12-16 21:12 | 私ノート | Comments(0)

むむちゃんと剣道と、クリスマス会と、『ちはやふる』最新刊発売。

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土曜日は、むむちゃんの剣道部のクリスマス会だった。
ペコちゃんのホールケーキにお菓子とハンバーガー、
ケーキにはキャンドル、クリスマスの光るブローチをプレゼント。
きよしこのよるを歌って、ビンゴをして、
ゲームのメインは、ににんばおり。

子どもたちは20人弱。4人の役員のお母さんたちが準備してくれた。
サービス精神たっぷり、笑顔たっぷりの、働きに頭が下がりました。

むむちゃんは、ときどき、こちらを見ながらも、お友だち上級生と
ゲラゲラ笑い、ビンゴの当てたい番号を大きな声で。
苦手なケーキは、そうと言い出せなくて、どうしようのSOSのまなざしを向けるけれど、
ににんばおりではくじ引きで上級生のおねえさんとペアで、楽しそうに挑戦していました。

二時間弱の時間、楽しいクリスマス会でした。

子どもたちはしっかり楽しんだ後、いつもの時間にお稽古をはじめた。

母たちは保護者会で1月に行われる初稽古と、地区大会の説明と係り決め。
これだけしてもらったら何か手伝いたくもなります。

剣道が好き、だけではないプラスアルファがあって、
剣道部であり続けること、多分にあるだろう。
当たり前のことを、おねえちゃんのはしゃぎようを見つめながらあらためて思った。
私自身も、それをサポートできる環境が保護者集団の中にあるから、
後押しできるなぁ、と思った。

むむちゃんを知っている人から、むむがなぜ剣道?とは、よく訊かれる。
私にもわからないのだけれど、この居心地の良さを、きっと嗅ぎつけたんだなぁ。
この3ヶ月を見てきてそう思う。
むむちゃんが、そんな場に巡り合えてよかったと心から思う。


先週は、13日に『ちはやふる』の最新刊が発売になるというので、
どこでどう買って家に帰るか、シュミレーションに忙しかった。
二人で競うように読んで、二人でため息をついて、
次は3月13日まで待たなくちゃね・・・。と。

そして、むむちゃんは1巻から読み返す作業を再び、三度はじめている。

剣道を終えて、むむちゃんが小さい声で
ね、ママ、剣道の袴とかるたの袴は一緒?と訊ねる。
ね、ママ、剣道と関係ないけど「つらぬきとめず玉ぞちりける」ってあってる?と訊ねる。

本物の百人一首や競技かるたに先に出会っていたら、
こんなに夢中にならなかったかもしれない。

何にどう、出会えるのか、不思議なものだ。
そして後で振り向いた時に、当人の持つ一本の糸がそれらをつなぎ合わせていたことに気付くのだろう。

親とて及びもつかない世界を生きる我が子を、
ワクワクしながら眺める楽しさを、どうかこれからも。
と、願う。
by shiho_kato | 2012-12-16 12:05 | むむちゃんとぷうちゃん | Comments(0)

投票に行く前に、考える。「選択肢から選ばない自由記述だとしたら」

一か月弱のあわただしい選挙。



・原発には反対してくれなくちゃ困るので、それはそうじゃない党を消去する。
・消費税増税は、使途の明確化が条件なので、その有無との整合性で消去する。
・生保について、受給者増は掘り起こしと申告しやすい空気を社会に作ったがためで
基準が緩いわけではないので、基準改悪をする党を消去する。


雇用の創出って、言葉だけ掲げてる党ばかりで、
どんな何の仕事をどう増やし、どうお金を払うのか。
仕事はマザーテレサが言うように、生きる価値、必要とされている価値を伴う。
「雇用」の枠、数、だけ安易に増やそうとすれば、
過労やうつや傷害による障害で生保・年金受給者へという巡回路を増やすばかりだ。


子どもの状況に関しては、問題外。
約31万のバウチャー支給だって子どもとお金を結んだフローイメージに乏しいのでまんま支持できない。

もう、これだけで、この小選挙区には残る候補者がいない、
比例区だって残る党も、無い。


どれもこれも哲学不足。
政治に哲学がなかったら、治政など無理。


掲出されている政策の中から選べないなぁ。
明日をリミットにいまだに。


**************

選挙だから、立候補した人の中から、掲げられたものの中から、
選ばなくちゃならないのだけれど、
選べないときは、どうしたら良いのだろう。

高校の現代文のセンター試験模試を思い出す。
この選択肢の中に、ぴったりこれという正解が選べなくて、
国語は不得意ではなかったのに、いつも足をひっぱる科目だった。

選択肢から選ばないとしたらどんな答えを書くだろうか。

私は、
女性であり、30代も終わりであり、仕事もしており、
母であり、保育園と小学校に通う子どももいて、体もあまりたくましくなく、
子どもに関わる仕事をなんだかんだ、長くやってきて、
学校という文化に自らが生徒学生院生としても、仕事のばとしても長く身を置く
人生になっている、という諸条件をそのまんまに、
わがままに願うとしたら、こんなことを書いてある選択肢なら選んでみたいと思う。


1.仕事をしながら子どもを育てる母は、(私が母なので、父の気持ちの代弁は今回はしない)、
だれもが就労時間6時間で、月々24万円の収入を得られる。

算出根拠は、1日を4等分にして、
仕事をする時間を4分の1、
子どもと過ごす時間を4分の1、
家事および自分のことをする時間(睡眠時間を含む)を4分の2と考える。

私にとってにっこり笑って、疲れ切ってへたりこむことなく、仕事も子どもも家庭もほどほどに回せる力配分。


2.学校で使う基本的なものは、シェアする文化を作る。

アメリカみたいに教科書をシェアしたり、ドイツや北欧みたいに鉛筆とか消しゴムとか定規とかをシェアしたり。
書道セットも、絵の具セットも、お道具箱セットも、シェアすればいい。
筆を30本、硯を30個、墨を30個、半紙を必要分、教室に備えておけばいい。

学校外で使いたいくらい興味の高まった子は、学校外で個人所有すればいい。
体操服とか、上履きとか、制服とか、学校鞄とか、そういうものも、
学校指定のものがあるのならば学校が支給すればいい。

書道に、学校の授業以外でも触れたいと思った時にはじめて、
自らの家庭のお金で書道セットを買い、使う場を探せばいい。
仕方なく触れているだけの子どもが書道道具費に、自分の欲しいものに費やす資源を
強制的にとられてしまうのは、もったいない。



3.たとえば300年壊さなくていい建物を建てる人には、300年分の給与を先に払う。

日本の建築物はどうしてこんなに寿命が短いのだろう。
最近、周囲ではお家がどんどん壊されて、
あっという間に新しいお家が建つ。
しかも、建つのは壊される前の家より小さいお家。

ヨーロッパの建物は100年寿命は当たり前って。
日本は湿度のせいはあるだろうけれど寿命短い。

仕事を恒常的に作り出して、生きている間ずっと仕事がある状態をつくるために、
壊れやすいものを作っているのだとしたら、
100年壊れないものを作ったら、それができあがった段階で
100歳まで生きるに必要な給与は払ってしまって、
仕事をしなくても生活できるようになってもらってしまえばいい。

そういう人たちが仕事をしなければ、その分、「枠」は、次々と空いていく。

そういう人たちは給与のための仕事をしないで、ぜひボランティアを。



4.保育とか介護とか教育とか、命をあずかって仕事をする人たちには、
命の重みをあずけるだけの給与を払い、
命をあずかる重みに耐えうるだけの休養をたっぷりとれるようにする。

多数が質の良い休養と仕事をできるようにする。

たとえば担任を2年もったら、次の一年はまるまるお休みしてもいいような。
保育士の月収18~20万円とかって、子どもの命ってそんなに安いか?
パートの保育士、時給1,000円で年長児の子ども20人みたら、1時間1人50円だぜ、
それってあんまりじゃない?

保育園のせいじゃなくって、保育に国がお金を回していないから、こうなる。
保育の仕事じゃなくって、子ども(を育てるってこと)をバカにしている。


5.保育園も、幼稚園も、小学校も、もっともっと子ども対おとなの比率を
さげてほしい。

小学校でも、おとなひとりが子ども10~15人くらいがいい。
保育園で保育士ひとりが子ども20人とか。一時間に一人の子を3分しか見られない。
これも、上記に同じ。子どもをバカにしている。

保育士ひとりに子ども6人だったら、10分見られる。
1時間に10分くらい、我が子に関心を持ってほしいわ、私は。

集団を小さくしろ、っていうことでもない。
小学校なら、30人のクラスに先生が2人とか、3人とかついたらいい。

これだって雇用の枠を増やす。
賃金下げずに、だ。

介護だって、看護だって、夜勤疲れのクマを化粧で隠す看護士さん、
タイムスケジュールに追われて梯子必死の介護士さんではなく、
余力たっぷり、心から余裕のスマイルができるゆとりある人にお世話されたい。
そのために、賃金あげて、人増やして、休みを増やすんだ。


雇用の拡大が、そんななら、賛成しようじゃないか。
そのための消費税増税なら、覚悟もしようじゃないか。



まだ、食べ物のこととか、学びのこととか、居場所のこととか、住まいのこととか、
他にもあれこれあるんだけど、きりがない。
いずれにしても得手勝手な私のたわごと。
そして、私には十分な眠りが必要だ。もう寝なくっちゃ。


きっと、ひとりひとりに聞けば、
ひとりひとりに答えたい自由筆記の回答はある(はず)。

それを粘り強く丁寧に回収してくれるのは政党なのかな。
メディアなのかな。なんなのだろう。
要望とか陳情とかじゃなくって、この社会はこうあったらいい、を
回答(表現)できる場って、どこにあるんだろう。


人間が生きている現場に足を運んで、聴く耳持って、
生協の白石さんのような、政党の白石さん?がいて、
投げ込まれた意見に対して、できるできない、秘策、飛び道具、等々もって、
返答を貼りだしてくれるような党ならば、
一緒に、日本をよくしていくパートナーとして選べそうな気がする。


**************

いまは、少なくとも私の投票する場所にはない。
他の場所にいるのかどうかまでは知らない。

とにかく、それでも選挙には行こう。
君たちが何をするのか、私たちはウォッチしてる。
そう伝える手段としての一票でもあるのだから、きっと。
それが、新たな可能性や、おかしなことへの抑止力になることを、期待して。
by shiho_kato | 2012-12-16 00:29 | 社会&地域&子どもノート | Comments(0)

むむちゃんのおみそ汁と、地震と。 時には「適当」ではない、約束ごと。

これまでご飯を炊くのを仕事と認識していたむむちゃんが、
おみそ汁を作る役をやりたい、と申し出た。
先週はむむちゃんのおみそ汁。

具は何にしたらいいのか聞かれるあわただしい朝。
「えっと、大根があって、さつまいももあって、じゃがいもと玉ねぎと、油揚げがあるから、
むむちゃんの好きな組み合わせで適当につくって」
と、答えた。

帰ってきてみると、お鍋いっぱいに、
玉ねぎと、大根と、さつまいもと、じゃがいもと、油揚げの入った、
ややおみその薄めのおみそ汁が出来上がっていた。

お友だちと一緒に作ったそうだ。

「適当に」というのが、むむちゃんには難しい言葉だったとわかって、
ちょっぴりうれしい。
そうだ、むむちゃんは、小学3年生なんだ!
だって、おみそ汁作れて、その具材のチョイスに、お味噌の量まで完璧だったら、心配。
そうなの、できないことを喜ぶ悪い母なのです、わたくしは。

金曜日、地震のあった時間、私は学校から帰りの最寄駅への道を歩いていた。
歩いていても気付く揺れ、クリーニング屋さんのおじさんが、「おいっ地震だ、大きいぞ!」
と道行く人に呼び掛けた。

足を止めずにずんずん歩きながら、揺れのおさまったのを確認して、
何度も何度も何度も家に電話をかけた。
電話が通じず、呼び出さずに切れてしまう。とにかく急いで帰らなくちゃ。
電車に乗るぎりぎりにようやくむむちゃんにつながり、ほっとする。

遅れがちの地下鉄がようやく下車駅にたどり着き、
駆け下りて保育園に向かい、ぷうちゃんに、
「地震があったでしょ。むむがひとりでお家で待ってるから、
急いで帰ってあげようね」
ぷうちゃんは、神妙な顔でさっさと帰る用意をしてくれた。

ぷうちゃん、怖かった?泣いちゃった?
うん、泣きそうになったけど泣かなかった。みんなでダンゴ虫になった。
そっか。みんなが一緒で良かったね。

むむちゃんは、おみそ汁をつくっていたそうだ。
揺れに気付いて火を消して、続きを作りやめて待っていた。
聡明な判断。心細かっただろう時間を、思う。
玉ねぎがてんこ盛りのお鍋。
今日もあるもの全部入れてのおみそ汁になる予定だったのだろう。

お鍋からあふれんばかりの玉ねぎのツンとした香りいっぱいの台所、
ふっと笑みがもれて、涙も一緒ににじみそうになる。

続きを引き受けて、具だくさんのおみそ汁に体がポカポカ。
一緒にいれば、大丈夫。
何があっても、大丈夫。

温まって、ほっとして、お話しする。
「むむちゃん、ママ、大家さんに電話してお願いした方がいいかなと思ったんだ。」
「あ、むむも大家さんのところに行こうかな、どうしようかな、って思った。も一回揺れたらそうしようと思った」
以前お話していた約束は、ちゃんとお互いの了解事項になっていた。

「適当」な判断ではなく、約束を交わしておくことの大切さを、つくづく思う。
12月11日が、少し怖い。
911に311. 11並びは、何かある気がして。
怖れるばかりでなく、備えるということを心にとめて。
by shiho_kato | 2012-12-09 23:35 | 読書ノート | Comments(0)

クリスマスの準備と、冬の始まり。焦っても、焦らなくても、季節は静かに進みゆく。

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12月に入ってから、日々は駆け足だ。
さすが、師走。

いつもは私が用意するクリスマスのリースを
今年はむむちゃんが作ってくれた。

入谷朝顔市の朝顔の弦に、「よりみち」のどんぐり工作で飾り付け。
綿は「よりみち公園」で、栽培されていて一緒に収穫させてもらった綿花の綿。
スパンコールやリボンをつけて、どんぐりには色を塗って。

さらに、ぷうちゃんが日々持ち帰る松ぼっくりと、
あれこれため込んでいるリボンもふんだんに使って、
次第に豪華に仕上がった。

オーナメントのツリーは、今年は一日ずつ配置を変えることにしたそうだ。
これもむむちゃんの発案。
アドベントカレンダーのことをどこかで聞いてきたのだろうか。

そして、今年はサンタさんへのお願いは「言わない」そうだ。
言うと、効き目がなくなる、って、なんのおまじないだっけ・・・。
お友だちから聞いてきたそうだ。

予防接種に病院に行ったときに、先生が、注射の気をそらすために
「もう、サンタさんに手紙は書いた?早くしないと間に合わなくなるよ」
そういえば、去年も、お手紙を窓に近いところに貼って、外から見えるようにしなかったっけ?
と、たたみかけてみたものの。

さて、どうするのだろう、サンタさん?

あわただしい12月、クリスマスに、各種クリスマス会に、学期末に、忘年会に、冬休みに、年末。
それらの仕事と家庭での、ボリュームを増すバリエーションの多様な仕事をこなし、
気ぜわしく、何か追い立てられるように焦る日々。
そして、力尽きる年の瀬。

今年は、むむちゃんに少しずつ少しずつ世代交代。
ほんの少し、荷を下ろしつつ・・・の気持ちで乗り切れるだろうか。

空を見上げると、青空に葉の落ちた桜の木。
落葉のあとは、寒さも増し本格的な冬のはじまり。
よく見ると、硬い芽がすでに春の準備を始めている。

人の慌ただしさなど、どこふく風。
季節は着々と先へ先へと進んでゆく。
by shiho_kato | 2012-12-09 23:32 | 読書ノート | Comments(0)

柴田愛子さんのお話を聞く。子どもを、「ひとり」と「ひとり」と「ひとり」と・・・に見ることのできる

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今日は朝から、柴田愛子さんのお話を聞きに自転車でびゅんと坂をこえてエセナ大田へ。
寝坊したので寒さもなんのそので飛び出しました。

柴田愛子さんは絵本作家さんで、りんごの木幼稚園の園長さん。
http://www.lares.dti.ne.jp/~ringo/who'who.html
『ケンカのきもち』の絵本や、チャイルドラインの関係でりんごの木のことも以前から知っていた。
でもご本人に会ってお話を聴くのははじめてでした。

去年同じ講演会でお話しされて、聞いた友たちがとっても良かった、と言っていたので、
今年再公演、うれしい!

いやぁ、笑った笑った。思わず、お腹から笑ってしまう、ユーモアたっぷりのお話し。
たっぷり笑って力が抜けました。

日々子どもに接している人で、子どもを子どもとしてくくらないで、ひとりひとりを知りたいと思っている人は
どういうわけか、おんなじ匂いがする。
品川のおばちゃんちのみこちゃんを思い浮かべたり、
北海道の山崎みっちゃんを思い浮かべたりした。

子どもたちと過ごしていると、反射神経が鍛えられる。
そして頭の回路を通さずに、パッと出る感性で勝負する場面が増える。
そのパッと出る感性を、自ら信じられるものに磨き上げていった結果、
「おんなじ匂い」になっていくのだろう。

自分自身に正直で、ありのままをさらすことができる。
でも、同時にとても観察者で、観察することに徹することができて、
手を出さず口を出さずにこらえることもできる。

・「育てる」の正しいやり方は、時代によって変わっていき、正答は無い。
正答がない「育て」の中で、子どもひとりひとりの、今、育つ力を、今、見守りながら待つ。
・子どもは今を生きている
・子どもが「子どもの時間」をたっぷり生きられることで、しっかりと根をはることができる
・共感するおとながそばにいるだけでいい
・おとなが周囲のおとなの顔色を見ながら子どもに接していたら子どもは混乱する


そういうお話は、今まで誰からか何度も聞いてきたお話し。
今日のお話の面白さでもあり、私自身がとっても共感した点は二点。

一つは、動物としての本能を持つ子どもであるから、危険の察知能力は高いということ。
私は、動物としての生物としての人間のあり方を大事にしたほうがいいと願っているから。(実行が伴わないのが悲しいかな)

もう一つは、
おとなとしての私が、イヤダ、ダメだ、と思ったことは、
迫力をもって叱る、叱った理由が理解されるのは、ずっとずっと後でいい、というところ。

柴田さんにとっての
イヤダは、人を侮辱したり、貶めたりすること。
ダメだは、お金のことや車のこと。

それはひとそれぞれに違うだろう、とも言っていた。

「私がイヤダ、ダメだ」を伝えることは、私が大事にしていることを伝えることであり、
子どもがそれぞれに大事にしていることを持つ、持って良い、ということを教えることでもあるのだろう。
そういう言い方はされなかったけれど、そういうことなのだと思う。

そして、「「私がイヤダ、ダメだ」は伝えるんだ」と、他者の前で言いきることができるのは、
柴田さん自身が、侮辱、貶め、車の怖さ、お金のことへの、信念みたいなものを揺るがず持っているからだ。
その信念が薄っぺらで、ぐらぐらするものであったら、これは言えない、話せない。

そうやって、信念というのか芯というのか、それさえあれば、
他のことは、いかようにもなることで、許すことも、受け流すことも、見送ることも、身を置くことも可能になる。


今、イライラするくらい足りないのは、
自らの「芯」とか「信念」を確かに持つ大人の姿じゃなかろうか。
(まさに今この瞬間、イライラするのは、もっぱら選挙カーの空虚な演説のリフレインによるのだけれど)


柴田さんは、
17歳の時に、「子どもが「生まれてよかった〜」と思える仕事をしよう」、と決めたそうだ。
現実の日本は、子どもの自己肯定感は低く、自殺率も高く、おとなになりたくない子どもが増えている。
おとなひとりひとりが素敵な姿を子どもに見せることが、子どももひとりひとりが自己肯定感の高い、
夢を持てる子どもに育ってゆく方法だと思う。
と、しめくくった。

子どもをどう育てるか、以上に、私がどう生きるか、生きて見せるか、が大事なんだ。

それだけはよくも悪くも、ちょっぴり自信がある。
むむちゃんにもぷうちゃんにも、親としても、大人としても、欠陥だらけで、
これと信じたようにしか生きてない。というか、生きられずにいるからなぁ。


終わってから本にサインをしてくださるというので、
ミーハーに、自己紹介してサインをいただいた。

「子どもの声に耳をすまそう。心の扉が開いてくる」

どこに居ても、どこに行っても手渡されるメッセージはいつもおんなじだ。


私も、いつか、「おんなじ匂い」のおとなになれるだろうか。
今は、まだまだまだまだ迷いと惑いの真っただ中だけど。
by shiho_kato | 2012-12-09 20:10 | 学習ノート | Comments(0)