むむちゃんの散歩道

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「遊び塾」その後。

長い三日間だった。

前回が毎日毎日お休みをもらっていたのに比べれば、
今回の方が盛りだくさんで、子どもの数も倍だったけれど、
一時間くらいの休憩で、川遊びをパスしただけで、
すべてのプログラムに参加することができた。

いつも飲んでいる薬を忘れても、三日目の朝以外は、
困ることなく過ごせた。

上出来だ。

子どもたちひとりひとりを思い起こすときりがない。
だいたいの子を未就学児から知っている。
久しぶりに会う顔も多いし、これだけ長く一緒に過ごすことは
在園時だってあまりない。

わぁ、しっかりしたなぁ、ねね、リーダシップをとれるようになったんだ。
けんしろう一年生なのに、しっかりついて来ているなぁ。
あいちゃんもゆうともたくみもしっかりしている、と思っていたけど、
遊びにここまで夢中になれちゃう子どもの心のまんまなんだ~!
あーたん、よく目配りと、気配りができるなぁ。フットワークも軽いし。
みーたん、この冷たい水であそべるんだ強くなったなぁ。
目立たなく、おとなしく、つまり叱られることもなく、淡々と自分のペースで楽しんでるなぁ。
等々。等々。等々。

おとなたちともこれだけ密につきあうことはめったにない。
寝起きの顔も、とりつくろわない疲れた顔も、はしゃいで遊んでいる顔も、
どれもこれも、新鮮でもあり、そういう顔をも見せ合える仲になっているんだ。

あっていなかった時間に比べたら短い短い三日間。
こんなにたくさん発見して、こんなにたくさん知り合った気分になれる。

なんて貴重な時間だろう。

翌日話を聞いたぷうちゃんは、来年小学生になったら、遊び塾行くと即答。
むむちゃんは、マイペースに剣道の合宿と重ならなかったらね、と。

来年はやめておこう、私には一泊二日がせいぜいだわ、と思っている。
でも、きっと、行きたくなるんだ。行ってしまったら、途中で帰りたくなくなるんだ。

遊び塾は、引率大人の数に制限があると今年初めて知った。
制限、無くしてほしいなぁ。
たくさん居て、少しずつ順繰りに休める時間があれば、
きっと、もう少し、自分の体調に慎重にならずに、遊ぶ時間を遊べる。
休むことを遠慮せずに、休める。
そしたら、もちょっと、楽に、楽しい時間として三日間を過ごせる。

************

翌朝、お金のことが気になり、あずかったお金で未精算のものを振り分けて、
赤字になることがわかった。
会計係りのもうひとりのフヨちゃんに、即行メール。
あとはまかせて、の頼もしい返事に、安堵。
こうしてそこに行かなくても役割をきっちり預かってくれるのもありがたい。
でも、子どもたちの早朝からのキラキラ笑顔、みんなに見せてあげたかったなぁ。

3日目、むむちゃんは淡々と宿題をこなし、本とマンガを読み、ピアノを練習して、
夕方のピアノレッスンに向かった。
私は、午前中をほぼ寝て過ごし、寝顔をむむちゃんに写真にとられ、
午後になって、40人のレポートの採点をし、
あまりに肩こりがひどいので、マッサージに行き、
週半ばから実家に里子に出る子どもたちの荷物を送る準備と、お土産を買って入れた。

そして会計を、キャンプ場の支払いも決算もすべてマルごと引き継いでもらって、
日曜を終え、遊び塾を終えた。

************

月曜からの仕事はつらかった。

夏風邪らしき、咳と鼻水。口内炎。ひどい首こりに頭痛。
飲めるだけの薬を飲み、とにかく早く寝た。

むむちゃんが一緒に出勤してくれたので、
なんとかしゃきっとしていられた。

翌日は病院に行った。
夏風邪の薬と、口内炎の薬、しめて6種類。
多すぎる~。でも、ばっちり効いている。

中でも、口内炎の塗り薬がとってもよく効いてくれて、
「遊び塾」でただでさえ減った体重が、
口の中が痛くて、ロクなものが食べれず、頬がこけていく感じ。
塗り薬を塗ると、痛みがまぎれる。
おかげで、再び、なんでも食べられるようになった。

今回の「遊び塾」は、その後の回復も早い。

水曜にしてやっと笑顔が浮かぶ自分に気づいた。
疲れがとれてきたんだ。

自信を失わないことが大事。
ダメダメな3日目に押しつぶされず、
前よりちょっとましになったところを拾い集めて。

痛まないことが大事。
薬で痛みや不調が抑えられるのなら、惜しまず、怯まず、
飲んでやる、早め早めに飲んでやる。

対処法だって、ちゃんと少しずつうまくなっていっているんだ。
遊びつくす体力なくても、落ち込むな。

会計係、赤字だって落ち込むな。
この子どもの人数ははじめてだっただんだ、
初めての場所でのキャンプだったんだ。
子どもたちが自由に動き回れて、火起こしや、
炊事場や、水遊びや、虫取りや、好きなポジションを
その都度選べて過ごせて良かったではないか。


土曜日に報告会&反省会。
みんなどんな話が聞きたいかな、
みんなどんな反省をしているのかな。

一足先に、自分の反省をきれいさっぱりすませて、
みんなの感想を楽しみにしよう。

ほら、楽しめる気持ちに戻ってる。
上出来だ。
by shiho_kato | 2013-07-31 23:07 | 社会&地域&子どもノート | Comments(0)

3日目、恨めしや「遊び塾」遊びきれない我が体力

三日目の朝がくるのが、恐ろしかった。
けれど、朝はくるのです。

起きれませ~ん。
亡霊のようにおとな女子たち。

外に出ると、すでにひと泳ぎした子たち、どころか、
大部屋はきれいに片付いているではありませんか!

からあげの号令は偉大だ!
からあげは何時に寝たんだ?何時間、寝たんだ?

大慌てで朝食づくり。
片づけを終えた子どもたちがせっせせっせと手伝ってくれる。
子どもたちリクエストの流水麺。
水で洗うだけで食べれる優れもの。
麺つゆも、ストレートで水で薄める必要なし。

残っている、ハム、コーン、ウインナー、きゅうりの昆布もみ、
そして、カレー。
好きなものをのせて食べる、バイキング式朝食。

カレーはここで完売となった。すばらしい~!

とか言ってる余裕なく、頭痛が頭痛が頭痛が~・・・。
平山女医に薬をもらって、少しすると沈静化。
たすかった。
私の任務はここでお終いの子どもたちを連れてバスと電車で帰ること。

荷物を持ってきたとおりに箱に入れ直し、
大きな荷物は帰宅号へと運び込み、
刻々とバスの時間が近づいて、
解散式もそこそこに、からあげ大将と、子ども7人と共に、
バス停に向かったのでした。

ほどなくバスが来て乗り込み、
からあげ大将のお金を両替しようとして、キャンプ場代が
そのままそこに入っていることを発見!
ひやぁ~、支払用のお金預けずにバスに乗り込んでしまった~。

私、何やってるんだろう~、とあわててその旨メールして、
内省内省内省。

が、その先の電車に乗り換えたところで電話が入り、
誰もはらってないことに気づかずキャンプ場を後にし、
キャンプ場の方々ににこやかに見送られたそうな。

そして、寄った温泉からあがったところに連着信。
お金いただいていません、と。

結局、払わないまま、気付かないまま、
双方、平和に分かれた、というオチ。

後日払うということで、平和的に解決?したのでした。
ひとつ心配事、解決。

あぁ、神様どうか頭痛の第二派が襲ってくる前に、
無事に着けますように。
からあげの慣れた追い立てと、みながスイカ(パスモ)を持参で
使い慣れていることと、
しょうたにいさんが子どもたちをまとめてしりとりプチゲームをし続けてくれたおかげで、
ほぼ時間通りの乗り換えで、最後の地下鉄だけ一本見送って
保育園着。

良かった、無事に着いた。
迎えに来た大人たちの顔を見て、誰より、きっと子どもたちより安心したのは私。

荷物と、子ども4人を乗せた車の到着を待ちながらお昼ご飯。
車到着連絡を、車組の親たちに伝えていなかった~・・・。
これも小さく内省。

荷物も子どももすべて引き渡し、
むむちゃんと共に、無事に懐かしのわが家へ帰り着いたのでした。
三日前の朝に、ここを出たとは思えないほど、
長く遠い旅に出ていた気分。

即行シャワーへ。
即行洗濯機回しへ。

即行服薬。
頭痛の波がきたぞきたぞきたぞ。

ごまかしながら、洗濯物を干し、一眠り。

その間、むむちゃんはピアノの練習をし、夏休みの宿題をしていた。
なんてタフガール。

TVで隅田川の花火大会を見ながら、おそばを食べた。
むむちゃんは、さっきまでの遊び塾ではなく、
花火で、自由研究のレポートを書くという。
せっかくむささび第二発見者となったのに・・・。
あっさりしているものだ。

そして、悲しい出来事。
帰り着いたら、カブトムシのはなちゃんがひっくりかえってバタバタしている。
よく見ると左前足の第一関節から先がなくなっている。

えさのゼリーを替えてあげて、食べられるように置いてあげるけれど、
何度もひっくり返る。
ひっくり返っては直しているうちに、しだいに弱っていった。
そして、とうとう動かなくなった。
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一日違いで保育園のキャンプに出かけたぷうちゃんに伝わるよう、報告のメールをして、
むむちゃんと二人で、土に埋めて、お葬式をした。
36時間くらいのあいだに、エサが足りなくて、ツバメくんと喧嘩になってしまったのだろうか。

むむちゃんが、ぷうちゃんが泣くのやだな、と涙ぐんだ。

そして、ふたりしてなじみのお布団にパタリと倒れこむようにして、寝たのでした。
by shiho_kato | 2013-07-30 22:53 | 社会&地域&子どもノート | Comments(0)

2日目の、恨めしや「遊び塾」遊びつくせぬ わが体力 

遊び塾、二日目。
子どもの声が聞こえて時計を見ると、4時20分・・・
寝ぼけているのか、何かの見間違い・・・?
もう一度寝るも、やっぱり声が聞こえる。

「おさんぽ行く~」
ななちゃんが、だれかおとないるの?
「いるよ、みゆきのとおさん」
も一度、時計を見ると、5時30分・・・。

早いよ、早すぎるだろ~。
一度あたりの様子を見に外へ出ると、バンガロー付近で虫網を持って遊ぶ子の群れに、
みゆきのとおさんを最後尾に、橋を渡る一群あり。

もう少し、寝よう。
だって、母たちのほとんどが、前日3時間程度の睡眠でキャンプ突入。
5時間寝た私は、よく寝たほうだった。
ここで眠りを稼がなくっちゃ。

さらに「水着に着替えて川に入るよ~」と子どもたち。
こんな朝っぱらから、あの冷たい川に・・・。

7時半頃、渋々みなで起きた。
起きてからはちゃっちゃか朝ごはんづくり。
ロールサンドにゆで卵に、コーンスープ。
当番は決めていないけれど、炊事場仕事が好きな子たちが寄ってくる。
お湯熱いから気をつけて~。
ロールパン、転がるから気をつけてね~。
と、声をかけながら、ちゃちゃちゃっと。

その間に、一晩目に散らかした荷物の片付けも。
ひとりひとり名前を呼ばれたり、「これだれの~?」の声。

朝食にたどり着いたのは9時過ぎでした。
その頃には朝合流の平山女医が到着。
一緒に朝ごはんタイム。

前日、展望台のおにぎり以降、何も食べていない子どもたち。
既に寝る前のナイトサファリの最中に、おなかすいた~と言っていた子もいたけど、
この時間までもたせたんだね~。
一応ひとり三つね、でも二つの子もいるから、お代わりありね、で、
6つを残して完売。

ご飯を食べたら、自分の食器を洗って、片付けて、
お昼ご飯のカレー作り。

三つのグループのリーダーたちが相談して、
洗う、切る、火で炒めたり煮たりする係りに分かれて作業。
「もう、切るのないの~」「もっと切りたい~」
「洗ったのどこに持ってくの~」
等々。

強気でご飯を多めに炊き、カレーを薪のとろ火にかけて、
朝ごはん用にゆでて間に合わなかったとうもろこしを持って出発。
午前中の行き先は名栗湖ダム。

カレーはお昼ご飯だけど、朝食が遅かったので、
お昼ご飯もカヌーの後にすることにした。

NPOが運営する名栗湖カヌー工房では、木材からカヌーをほり、
パドル(こぐバターナイフのようなの)も彫ったもの。
http://www.naguri-canoe.com/
カヌー以外の彫り物もたくさん。

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一人ずつライフジャケットを着て、ダムに降りて行って
お兄さんに説明を聞いた。
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聞いたらさっさと子ども同士で3~4人のグループをつくり、
取り残されるおとな5人。顔を見合わせ、二手に分かれて。
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初心者のまりこちゃんと私と、ベテラン?のなかざわキャプテンで乗り込み、
漕ぎ方指導から。

子どもたちはどんどん進むグループもあれば、同じ場所をぐるぐる回っているグループもあれば。

時が経つにつれて、あちこちで仲間割れ。
ひとり一本のペダルだから、右2人、左2人、同じ力で同じタイミングで漕がないと、
前に進まない。
この息が合うか合わないか、合わせられるか合わせられないかが
運命の分かれ道。

あちこちで勃発する水上の壮絶バトルに、
大人カヌーはハラハラと見守り、声をかけ、励まし。(でも手を出しようがない~)

そのうち着眼するカヌーが増えていき、最後の子どもカヌーが無事に岸に着いた後に、
おとなカヌーも着岸。

子どもたちは、手ぐすねを引いて、とっくんのパパ予約~!
ななちゃん、こっち一緒に乗ろ~よ~!
組替えは、大人をひとり仲間に引き込むことに決めたらしい。

私は、一回目にリーダーをやって疲れてまったりしたい女子グループに、
むむちゃんの誘いで入れてもらった。

リーダーは、一番後ろで右漕いで!、もっと左強く!、一度止めて~!等、
指示を出すのがたいへんだったらしい。
いちおうリーダー席に乗ったものの、まったりグループなので、
まったりと。
一回目にキャプテンに教えてもらった操作術で、行きたい方向に、
そっと後ろから手をまわし、のんびりだった。

二回乗って、たっぷり二時間。あがって、トウモロコシを食べて、
お昼ご飯を食べに帰ったのでした。

初カヌー体験は、漕ぐよりも、お昼寝したり、読書タイムをかせぐために、
ちょうどよい揺れ具合、と思ったしだい。
うとうとと眠りに落ちたら気持ちよさそうだった。

お昼のカレーは2時半。
しっかりお腹を空かせて、いくらでもお代わり可!
お代わりに立つのが面倒になった子どもたちは、お鍋とお釜の脇で、
立ち食い。それも可。

そして、お腹を満たしたら、川遊び。
川で泳いで、マスを釣るプラン。

マスのエサがイクラとは、ちょっと値が張り過ぎだよ~と、会計係りとしては心の中で悲鳴。
しかもマスは、30匹購入して、金網で川の中に作った生簀?に放すしてそれを釣るというもの。
それも、釣れた分だけ、食べたい分だけ食べて、あとは逃がす、と。
買ったマスだよ、全部食べようぜ~、あるいは食べる分だけ買おうぜ~と、心の中で悲鳴。


なかなか届かぬマスは、一時間半遅れで届き、
おそらくは釣り屋のおじさん、忘れてた模様。
値切るよう指示はあったものの、「今日のマスは美味しいよ~」と、
口で負けて、一銭も値切れず。みんな~、ごめんよ~。
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すでに4時を回り、5時近い川でマス釣り開始。
生簀のまわりを人間に取り囲まれて、マスたちは真ん中へ真ん中へ寄っていく。
たとえエサがイクラ上等だって、釣られてなるものか!
ゆりなととっくんが釣った2匹だけ脇の甘いのが居て、
あとはつかみ取りされ、19匹。

マスを待ちながら、マスを釣りながら、みな川に入っているわけだけれど、
この時間にはもう電池残量の少ない私。
足をつけるだけで、ぞぞぞ~っと、頭の先まで鳥肌の立つ川の冷たさ。
ダメだこりゃ。
せっかく水着も20年ぶりに買い換えたのに~。
マスのおじさんにお代を払って、お部屋でひと休みして過ごした。

6時近くなってさすがに寒くなってきて、
みなぼちぼちあがりはじめたのを合図に、バーベキュー。
火を起こしていれば子どもたちが集まり、
野菜を切っていれば子どもたちが集まり、
役割分担していなくても、好きな子たちが寄ってくる。

マスもさばいて、竹串をさし、塩焼きに。
さばくのも竹串をさすのも、子どもたちが上手にやる。

7時過ぎ、準備できた子から、カレーの残りとバーベキューで夜ご飯。
マスは、たしかに、たしかに、たしかに、美味しかった。
19匹じゃぜんぜん足りなかった。
よくよく見てると、中学生たちは焼き係、小学生たちは食べ係り。
小学生がひと段落したころ、中学生とおとなで少しゆっくり、
贅沢に食べた。

思っていたより、マスが美味しくて、
思っていたより、カレーがよくうれて、
お肉がたくさん残るバーベキュー。

もう食べられない~、とか言っているうちに、8時を回った。

やばいぞ、まだ夜のプランを残す。
キャンプファイアーと花火と、3つのグループからの出し物。
キャンプファイアーは9時までと時間制限あり。
片付けもそこそこに、キャンプファイアー開始は8時半。


アカペラで、マイムマイムを踊り、超特急で出し物をし、
ひとり10数本の手持ち花火をせっせと消化しつつ、
打ち上げ花火まで。
煙だらけで何も見えない。
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花火いっぺんにつけちゃダメ!とは言われても、
3本一緒に持って行って!と言われる経験は、そうそうないだろう。

9時ちょうどあたりに、「キャプテン」コールの中、
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中澤キャプテンが、およそ20年ぶりというジャグリングの中でも危険?な、
火を呑み込む?火を噴く、ジャグを披露してくれて、
拍手喝采で、お開きに。
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子どもたちは寝る準備をして10時消灯までは好きに過ごしていいよ、
の約束にして、せっせと後片付け。

片付けているあいだに、みゆきのとおさんがキャンプファイアーの埋み火を残し、
おとなの時間の用意。

寝た方がいい、絶対にいい、と、わかっていながら、
お話に引き込まれて、立ち上がるのも面倒になってしまって、
ぼんやりと、座りながらおとなトークに耳を傾けていたのでした。

それでも一足先におやすみなさい。
1時過ぎ。かなり、やばい。
でも、さすがに、もうシャワーなしじゃ、いられない。
コイン式シャワーを浴びて、携帯が無くなった~と、
みなをから騒ぎのお騒がせして、(いつものリュックの脇のポケットに入ってました)
眠りに落ちました。

これが二日目の一日。
なんて、長い、なんて、密度の濃い、時間だろう。

そして、とても疲れて、
常備薬を持ってき忘れたショックも忘れて、
とにかく寝れるときに、寝てしまいたい感じのまま二日目の夜も暮れていった。
by shiho_kato | 2013-07-29 22:15 | 社会&地域&子どもノート | Comments(0)

1日目、恨めしや「遊び塾」遊び倒せぬ我が体力

先週後半からむむちゃん参加の、
保育園の卒園生からなる2泊3日のキャンプ「遊び塾」の
引率で出掛けた。

おとな出入り含め7~8人に、子ども21人。
対数だけで見ると、程よい人数バランスだけれど、
役割分担していくと、なかなかに厳しい。

キャンプも夏も、あまり得意ではない身で、
引率しようと思ったのはなぜだ、自分でもわからない。

他の人に比べて休みがとりやすい時期であること、
むむちゃんと一緒に普段できない体験ができる機会であること。
そのあたりが手を挙げさせたのだろう。

前回の遊び塾の引率は四年前。
キャンプ場に到着して休み、
翌日川遊び後に具合が悪くなり休み、
役に立たないおとなだった。

今回は、はじめから、要所要所のみ働いて、
あとはゆるりと休み休み参加することをはじめから引率メンバーに宣言して参加した。

前日から子どもが二人増えた我が家で
朝は4人分のお弁当に、ぷうちゃんの保育園に行く用意。
いつもの出勤より早い7時50分保育園集合よりも前に、
参加費徴収、保険証預かりと荷積みのため、7時半過ぎに保育園に到着。

出勤時の地下鉄と山手線を切り抜け、
池袋線急行飯能行きに乗ってしまえば終点まで楽々。
飯能からバス1時間弱も、山道はなく、うねうね道もなく、
ひとりも酔うことなく到着。

一日目はお昼にキャンプ場に着いた後、持参したお弁当を食べて入村式。
川岸でのお弁当タイム。すでに川に入りたくてうずうずする子どもたち。
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入村式では、グループごとの紹介と、おとなの担当と、おとなキャプテンの紹介をして、
この日お誕生日のあいちゃんをスイカで祝って、スイカ割り。
むむちゃんと親友こっちゃんはリコーダー持参で演奏。みんなで歌って、ハッピーバースデー!
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盛り上がったまま、の、スイカ割は、「スイカ割って、こんなに面白かったっけ?」
私の史上いちばん面白いスイカ割だった。
ただの、スイカ割、なんです。なんの工夫もない。
なのに、どの子も9回ツーアウト満塁のホームのバッター並みに応援されて、
スイカに向かう感じ???
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大盛り上がりのスイカ割はまだ、入村式。
そのあと、予定に無かった川遊び。

中澤キャプテンの「そこに川があったから」
は至言なり。

父たちはマットレスと毛布を運び、
母たちはご飯を炊いておにぎりをにぎり。
おにぎりを握っていると子どもたちが順繰りに寄って来る。

お腹すいた~。
よね。そりゃそうだ、川遊びしたあとだもの。
予定外のおやつタイムをとり、おにぎり早炊きで増量、90個。

そして、ナイトウォークへGO!

森のガイドの熊谷さとしさんのガイド付きのナイトウォークに、ナイトサファリ!
http://www.kumagai-satoshi.com/

天覧山の一角を登り展望台へ。
飯能市街が見渡せる。風が涼しい~。
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ここでおにぎりタイム。
あっという間に90個。だって私も3つちゃんと食べちゃったもん。
おにぎりが進む場所だったのです。
最後は男子たちが4つ目争いのジャンケンポン。
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それから、カブトムシの木でカブトムシをとる。
高い高い木の上の方にいるいるいるよ~。
虫取り網をタオルでしばり、セロテープでぐるぐる巻いて、
二倍の長さにして、ゆーとが下から挑戦。
あっちだこっちだ、息をこらしたり、声をあげたり、おのおのに応援。
カブトムシが飛んだ瞬間、網に入った~!!!
網をおろしたときに、ころりん。
すかさずゆーとが上からキャッチ。野球で鍛えたキャッチング。
みんなで拍手。


次はムササビ探し。
熊谷さんはじめ、お仲間が少しずつ集まってきて4人がかりで
このあたりのムササビの生態を知り尽くしたガイドさんたちが
粘り強く探してくれる。

「もういいよ~」「もう眠い~」「はやくいこ~よ~」などなどの声。
の、中、
「見えた~、しっぽが揺れてる~」とゆりな。
「あ、ほんとだ、見えたよ、見えた、あそこ向き替えた~」とむむちゃん。

熊谷さんがサーチライトで照らして目を凝らすも、どれだけ見ても見当たらない。
「子どもにしか見えないムササビかな~」

「むむちゃん、どのへん、ママも見たいよ~」と寄っていくと、
バサバサと葉が揺れたとたん、見える枝にムササビ登場!
ゆうゆうと葉っぱを食んでいる。

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みんなして撮影タイム。大人ネコくらいのつぶらな瞳のムササビ!
撮り放題。
飛ぶところは見られなかったけど、十分満足でした。

車に戻りナイトサファリは、鹿の数頭の群れを見て。
車の中でぽつぽつとお休みタイムの子たち。

キャンプ場に戻って、一日目が終わったのでした。
お部屋に入ってものの10分で消灯。
小さなお話声も、間もなく聞こえなくなりました。

あぁ、これが一日目。
遊び塾は、まだまだまだまだ続くのです。
by shiho_kato | 2013-07-28 19:44 | 社会&地域&子どもノート | Comments(0)

『脱グローバル論』l講談社と、『失われた20年が生んだ幸せな十代』NHK放送文化研究所

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先に『失われた・・・』を読んだ。
NHKが行っている中学生・高校生の生活と意識調査で、
10年ごとに行われているらしい。
10年前との比較を多々掲載。

子どもたちには対面調査。
親たちには書面アンケート調査。

その回答によると、
いまの10代で「幸せを感じる」が9割を超えるそうだ。
尾木直樹さんとか、古市憲寿とか、菊池桃子に、調査結果へのコメントを求めている。
ひっくるめて大雑把に言うと、
身近な目の前の周辺の人たちとの関係が穏やかにいっていれば
「幸せ」であるという幸せ基準。

未来とか夢とか、「やりたいこと」とか「ほしいもの」とかは
さっさと、おおむね放棄。

古市君は、それのどこが悪いのか、と。
尾木さんは、その狭さが息苦しさも生んでいるということや調査方法調査時期によるバイアスがかかっていると。
桃子ちゃんは、中学生で就職のことなどを離していて堅実すぎるほどに堅実な自身の子どもともだちの様子と照らしてコメント。

未来とか、将来とか、夢とか、
今の私は今を生きるのが精いっぱいで、10年後自分が生きている姿を想像できない。
3年後だって、ちょっと無理。
実現できたら素敵だな、ということは持っている、割と頑固に。
でも実現可能性を追求したら潰れちゃうよね、今はね、みたいな棚上げの「今」。

おんなじ感じを子どもたちが持っているとは思えないけど、
「ちょっと無理」までは、どこか似通っているのだろうか。
受験はいま、どの程度のプレッシャーなのだろう。
私の時代よりは入りやすくなっているはず。
就職はどの程度のプレッシャーなのだろう。
これはかなり厳しいはずだ。
10代も、もしかしたら「棚上げ」せずには越えられない時代なのだろうか。

あるいは古市君いはくのように、諦念で生きて何が悪い、世代なのだろうか。

***********
とか、思いつつ、その勢いで
『脱グローバル論』を読む。

冒頭で平川克美が、日本は亜熱帯でゆるりとのんびりと生きなくてはならない、
と言っていて(この本はシンポジウムの様子を文字化したもの)
あ、言われてた!と、ちょっと悔しい。ちょっとうれしい。

この本の中にも20代のイケダハヤトという27歳と、高木新平という25歳が登場する。
ネット系のコンサルタントで生きてるイケダくんは、
年収200万あれば、妻とこれから生まれてくる子どもと生きていけそうだと
算出したそうだ。
洗濯機とか物は、物々交換や、ヘルプツイート等で手に入る故と。

シェアハウスを試みる高木くんは、いまホームレスで、
全国あちこちを、泊めてくださ〜い、住まわせてくださ〜いの、
SNS発信であちこちに住まわせてもらっているそうだ。

おじさんたちが彼らの生き方を物珍しく賞賛する姿に、
げげげっという気持ちになる。
「いま」だから、賞賛できるのであって、
息の短い評価であり、世代を代表する姿勢とか生き方というわけでもないのに。

ネットで彼らに共鳴する人の数は万単位で数えられるわけだけれど、
その数は「数えられる」という特性を持つネットの、単なる特性だ。
あげられた数の多寡は相対的なもので、絶対的な共鳴ではない。
だって、アクセスしない人間には知らないわからない世界だもの。

そして、宮台真二が結婚して子育て中の親になり言説を
ずいぶんと120度くらいは変化させているのと同じように、
古くからある土地と、その地域に根差した制度、
は、大げさだけど、保育園とか幼稚園とか小学校とか中学校とか
そういう文化に触れて、自ら入っていくと、
世の中の、社会の見方は随分と変わる。

眺めて批評しててもわからないことが、たくさんあるんだ、
暮らしと子育ての中には。
(子育てしていない人の批判ではない。
子育てする者はそういう実感をするというこ事実を述べるまでだ)
宮台君が、肩車したり手をつないだりしつつ保育園だか幼稚園に向かう場面に
時折遭遇する。
やさしい声音と、なにか寂しげな、なにか苦しさをオブラートに包んだような、
憂い顔が印象的なのです。

内田樹も、平川克美は、特に、
息の長い、刹那で消え去るような言説はして欲しくないなぁ、と思う。
小田嶋さんが特に若い人は!と衝撃を受けていたけれど、
簡単に衝撃など受けてほしくないな、と思う。

イケダくんも、高木君も、まだまだこれからだ。
いま、この瞬間の勝ち組であり、もしかすると
彼らはその生き方を貫けるかもしれないけれど、
その生き方が社会に広がるかというと、
残念だけれど、静かに消えていくと、予言しよう。

特に高木君のシェアハウスは、もう20年以上も前から、
一人身の女たちが一緒に年を取り、一緒に住まおうと、
すでに一部でははじめられ、さほど広がりを見せていない。
シェアハウスが広がっているのは知っているけれど、
それは仮の宿的な広がりで、終の棲家としては
グループホーム型に収れんされていっている。
彼のシェアハウスは「グループホームの自主的運営」であり、
けっして新しくも斬新でもない。

古市くんの言説も、残念だけれど、刹那的だ。根がない。
窓から眺めているばかりでは、ダメなのよ、チョコレート食べて
虫歯を増やしてばかりいても、社会は語れないわよ。

*********

内田さん、こういう若者たちの声を聴きたい、という姿勢にだけ、
賛同します。

いま必要なのは、時代によりぐらつかない、言説だ。
選挙直後の朝日新聞への寄稿文は、これらのシンポジウムを足掛かりにしながら、
すぐれたまとめになっている。
それでいい。

本書の中島岳志が最も年齢が近い。
彼の言う、そしてその他の人たちも共通の考え方だったようだけれど、
今の制度はそれほど悪くない。
使いこなせていないが故に、よろしくない社会状況を生んでいるという話は、
まさに日頃感じていること。
内田の「使いこなすべき人間の質の劣化」という言葉をどう咀嚼するか
考え中であったところに
Kさんとお会いして、この二冊の感想をお話していたら、
「今が幸せ、とりあえずこの職に就けて、食えればそれでいい、
という人が多くなったら、この国はどうなるんだろう」
と漏らした。
そう、それだ。
職への使命感の減退が、今ある割と良い制度を「良い」と言えるところまで
使い倒せないままに、「この制度が悪い」となってしまう。

少し前に法律成立への道すじをリアルタイムでたどり、国会での議論も聞いたけれど、
結局、法律も、制度も、運用の部分が占める実効性が感覚としては8割を超える。
誰かを救うために、
社会の公平性を維持するために、
機会の平等を担保するために、
といった仕事をする最前線の現場に、何をなすかの動機や使命感がなければ、
なぞるだけの仕事になっていくのは必然だ。

「人間の質の劣化」は拙速だ。
働く場の劣化が人間をおとしめている、と見る方が順当だろう。

ましてや雇用の場としてそれらが非正規雇用の人たちに委ねられたり、
リスクをとれない働き方をさせている現場であればなおさら。


この二冊をセットで読んでしまったがために、読み落としてしまった大事な点が多々ありそうだな。
いいか、『9条どうでしょう』の面白さで満足しよう。

ちなみに選挙の結果に照らしながら、
他人まかせの民主主義という言葉も出てきている。
今さら。

候補者への投票行為が民主主義になっている点で、
候補者へのお任せになっていて、
選ぶのもお任せになっていくのは、
やる気を失い、重力に身を任せる生活をしていたら、当たり前。

**********

亜熱帯の日本、もっと休んで、もっとゆるりと歩き、
もっとゆるりと生活して、ものを考える時間と気力を
手に入れなければ、
すみません、おまかせします、そんな余裕はないんで。
(目に見えてこないことに思いを馳せ、足を運ぶ余裕はないんで)
となるのは、当たり前だ。

子どもの貧困の会議をドタキャンし、
子ども22人を引率して行うキャンプの準備を優先させている私も、
似たようなものだ。

生きるのに与えられたエネルギーには限りがある。
その分配の一部を「民主主義」の体現、に、そそぐには、
その分の余力を獲得しなくてはならない。

貧しさに追われ、日々の生活に追われ、時間に追われていたら、
パツパツな資源(経済力、時間、体力等々)の中で、
日々を越えた未来将来に思いを馳せることなどできはしない。
それは「ゆとり」の範疇。

***********

えっと、何を書きたいのかわからなくなってきた。
要するに、夏休みの小学生の親は学期中に輪をかけて大変だということ。
夏の暑さの中で、体力を奪われつつ、
子どもたちが楽しみにするイベントに全力注ぎつつ、
日々の仕事と暮らしをこなしいて、まともにものを考える力無し、ということ。
そう、わたくしのこの夏休みはじまってからの5日間の総括はそんな感じ。
by shiho_kato | 2013-07-24 18:46 | 読書ノート | Comments(0)

「思考の力よりも言葉の力」(『9条どうでしょう』ちくま文庫)

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文庫化された『9条どうでしょう』
薄さがうれしくて読み始めたばかり。

小説読みなので、疲れてるときはノンフィクションはちと
ハードルが上がるけれど、
これは、読める。

内田樹、文章うまいなぁ。
よしもとばななの初期の作品並みに、
スイスイと体の中に入ってくる言葉。

身体感覚を磨き、言葉を磨くって、大事だな、と思う。
だって、テーマは憲法9条。
読めないさ、頭も体も疲れてるときには。

まえがきで書いている「思考の力よりも言葉の力」
最もだと思う。

どの言葉を用いてそれを伝えるかによって、
伝わるパンチ力、影響を与えるパンチ力は大きく異なる。
どれだけ思考を深めても、緩急ある言葉で、
届かせていくことができなければ、
それは思考として存在しないも一緒だ。
古き文章たちがいまだ読み継がれるのは、中身はされど
その文章力による。
夏目漱石の作品群を読めば一目瞭然だ。

外国の思想家や哲学者の文章は読まないけれど、
少し前に読んだアランの幸福論なんかも言葉が勝っている。


で、本書の内容であるわけですが、
護憲派と改憲派の二項対立構造をぶっこわす、というよりも、
二項対立を超えた論説にチャレンジしてみよ〜、という本。

4人の著者がチャレンジしているけれど、
どれも成功していると思う。

そして、書き手の著者たちにとってチャレンジではなく、
まっとうなこれまでも発信し続けている持論。

そう対立させるのって、見た目的にはわかりやすいけれど、
中身を空っぽにするときに有効な手段。

社民党の徹底的な敗北理由の、大きなところはそこにある。
読んだ方がいいんじゃない、福島さん。

自民党の安部なんちゃらに理解できるロジックだとは思わないし、
与党とは異論を理解する努力など徹底放棄する生き物だから、
期待しませ〜ん。
by shiho_kato | 2013-07-24 17:48 | 読書ノート | Comments(0)

ジブリのこの夏『風立ちぬ』を見る

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むむちゃん、ぷうちゃんと、公開翌日に
「風立ちぬ」を観に行った。

お気に入りの出かけやすいキネカ大森。

ぷうちゃんは、隣で「これはゆめ?」「これはほんとのこと?」
と度々、度々、話しかける。
夢と現実とを交錯して進む物語。

「この人はだれ」「これはおかあさん?」
乳母がお母さんだったり、お姉さんだったりに見えてくる。

「子どもが出てこないね」「なんにも出てこないね」
人の織り成す物語だからね。


子どもたちの感想は?
ぷうちゃんは「う〜ん、いまいちかな〜。紙飛行機くしゃってするところは面白かった」
むむちゃんは、「なんかわかんないけど、DVDが出たらもう一回観たい。面白かった気がする」

そうなのです。
子どもたちには、どうとらえていいのかわからない物語。

私は、堀辰雄の『風立ちぬ』を読み直してみよ〜と思ったしだいです。

なかなかに複雑にむずかしいストーリーの読みを求められる映画。
それを補って余りある、登場人物たちのさわやかさと清々しさでした。


そして、今朝の食卓で。
むむちゃんが「子どものときの二郎とおとなの二郎が同じ人だとはじめ気づかなかった。」
ぷうちゃんが「子どもの時の二郎、いいやつだよね」
むむちゃん「うん、そうそう、いじめっこやっつけてね〜」
ぷうちゃん「やっぱり紙飛行機ぱちんてするのが面白かった」
とかとか。
そう、じわりと思い出していくところのある作品です。

風立ちぬ、今は、秋。
と、なるころに、再びじっくり観たくなるに違いない。
by shiho_kato | 2013-07-23 19:06 | マラソン、かるたノート | Comments(0)

むむちゃん、初の合宿。「助けてもらう」を鍛える合宿。

終業式の午後から、合宿に突入したむむちゃん。
2泊3日の初合宿が無事に終わった。

とっても楽しみにしていて、
昨年参加できなかった悔いを晴らすべく、
1年待ちで待ち続けた合宿の日。
浮かれすぎるほど、ウキウキ。

初日は午後合宿所入りし、稽古、夜はバーベキュー。
2日目は午前中は稽古、午後はプール。
3日目は朝食を食べて片付けて解散。

よくよく見るとあまりお稽古はしていなかったりもして。
**********

この間、親たちは自宅と合宿所を行ったり来たりしながら、
炊事場を中心に、活動内容によって役割分担。

合宿初日は、勤務先も終業式。
図書館的には夏休み貸出しのかりいれ時。
午前中は出勤した。

朝からルンルンのむむちゃん。朝からテンパッてる私。
この日は午後早退してむむちゃんと合宿所入りし、
途中抜けしてぷうちゃんを保育園に迎えに行き、
夜の合宿のバーベキューに参加すべく、戻ってきて、、、のスケジュール。
朝の朝になって、迷った末に、4月に退職した保育士さん「シッターからあげ」にSOSの電話。
ぷうちゃんを保育園にお迎えに行き、合宿所のバーベキューに連れてきて、
バーベキューに参加してもらいながらぷうちゃんをその間もおもりを・・・。
「あ、いいよ」
かる〜く、OK。

あっという間に、荷が半分くらいに。
あぁ、迷ってないで早くお願いしておけばよかった。

シッターからあげは夕刻バーベキューのはじまりジャストに
ぷうちゃんを乗せて電動自転車で合宿バーベキュー場の脇につけ、
さくさくとお肉の焼きを手伝いに入った。
焼きそば、お好み焼きを子どもたちと共にいの一番に並んで食し、
むむちゃんの友だちとも仲良くなり。

はじめは場外へ場外へと向かっていたぷうちゃんも、
からあげが真ん中にいるのに誘われて、少しずつ中に入ってきて、
お肉に食らいついた。
だって、先生からの差し入れのとっても高級なとっても美味しいお肉。
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私もからあげのおかげでとっても美味しいお肉に手を付け、
美味しいお好み焼きを2回お代わりできました。


バーベキュー後のビンゴではぷうちゃん、からあげ共に、
2人そろって早いビンゴ!
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ぷうちゃんは大きな大きな水鉄砲、からあげは「うまい棒」の30本入りをゲット。
バーベキュー終了後の片付けも手伝ってもらい、
終わったころに「お腹空いた・・・」のぷうちゃんがおにぎりを食べるのにつきあい、
「あぁ、楽しかった、美味しかった」とご満悦で帰っていきました。
どんな場でも自由人でいられるからこそ頼める、この特殊場面のシッター。
ほんとうに、文字通り「有り難き」シッターからあげ。

むむちゃんは、さっさとお部屋に去っていき、
へとへとの私は炊事場を片付けて、
ご近所ママさんとタクシーでよろよろと帰りました。

2日目は道場当番で9時から。
ぷうちゃん同伴で当番をさせてもらおうと思っていたのだけれど、
初日に役員さんから小さい子連れは難しいかな、と。
初日の道場当番さんを見ると確かに・・・。
ひえぇ、今日はからあげで解決、明日はどうしよう・・・。
作業の合間を縫ってママ友にヘルプメール。即OKの返信あり。
仕事中なのに〜、ほんっとうにありがとう〜。
あっという間に解決。


道場当番では、めまいや頭痛の子が次々。
むむちゃんが二人目のダウン。
やや涼しくなった天候の中、熱中症もさながら、
前夜の夜更かし・寝不足がたたっている子どもたち。
涼しいお部屋で道着を着替えて横になったら、
次々にみな回復していきました。

合宿の楽しく眠りたくない夜と、
それじゃもたない合宿という稽古の場の洗礼を受けたむむちゃん。

午後は別のお仕事で一度抜けて渋谷に走り、
ふたたび合宿所に戻りお夕飯づくりと片付けと。

涼しい日であることに救われるよう。
むむちゃんは午後のプールには参加したものの、寒かったそうで、
戻ってきてからは、みながおやつのスイカを食べているのをパスして、
お部屋の冷房のあたらない場所に潜りこみ。

夜はカレー。
お母さんたちも、先生、子どもたちがお部屋にあがった後にカレー。

お片付けのあと、夜風に吹かれながら連チャリでおしゃべりしながら、
お母さんたちと帰った。

あ、もうあと明日の朝だけだ〜。
長い2日間だった、とホッとして、1日早くビールでお疲れさま。

3日目の朝は寝不足と疲れの重さをひきずりつつ、
朝食、お部屋の片づけ、合宿所の撤去に向かった。
予定より早い解散と相成り、3日間終了。

なんとか3日間過ごせてよかったね、むむちゃん、
と、声をかけようとして、むむちゃん以上にへとへと感ただよう自分を発見。

とは言うものの、夕方、夕食前に眠りに落ちたむむちゃんは
こんこんと眠り続けている。

はじめての合宿の感想、明日は聞けるかな。
濃密な2日ちょっと。剣道母さんたちといっぱいおしゃべりできて、
仲良くなれた2日間でした。

**********

それにしても、小学生の合宿は大変だ、
合宿では、食事の準備片付け、子どもたちに手伝わせることしないんだ、
とにかく親、それも母親だのみの日々なのだ、というのが驚きでした。

子どもたちは親(母親?)集団に助けてもらい合宿をこなし、
合宿を支える母親集団は、その場の仲間で励ましあいつつ、
かつ、さらにその周辺のママ友たちや
保育サポート仲間に助けてもらい合宿をこなす。

なんとも、「助けてもらう」関係性を鍛えられる合宿でありました。


合宿明けにあったからあげは、
「バーベキューの良しあしは肉のうまさで決まる」と、
早速身につけた経験をもっともらしく語り、
みなからブーイングを受けていました。
満足してもらえて、良かった。
そのからあげと一緒に今週後半からキャンプの引率!
こちらでもカレーとバーベキュー。
毎週からあげと、カレーとバーベキューの7月、夏休み。
by shiho_kato | 2013-07-21 22:15 | 社会&地域&子どもノート | Comments(0)

気温30℃という臨界点。

気温が30℃を割り込んだ今週は過ごしやすい。

命拾いをした、助かった〜、という気持ちで過ごしていたら、
あっという間に30℃越えに。

私の体感では30℃を超えるか、超えないか、は相当に体への負荷が異なる。

およそ30年前のロサンゼルスオリンピックの夏は、
福岡県で迎えた。
それまで北海道で過ごしていた私にとって、
「夏はこんなに暑いんだ・・・」を実感する夏だった。
はじめて、30℃という気温に接して、
それでも毎日が30℃以上という週は
夏休みの中の3週間くらいではなかったか。

30年前は日本の南西の福岡県でさえそうだったのです。

この30年かけて、日本は暑くなってきている。
そこまでさかのぼらなくても、この数年の気温の上昇率は著しい。

地理は苦手だったので、覚えはないが、
現在の日本は亜熱帯の地域に色を塗られてもいい気候なのではないだろうか。
で、あるなら、ライフスタイルを亜熱帯流に変えなくちゃ。

そうしなければ、熱中症で亡くなる人の数は減らない。
だって自然が人間という生命体を淘汰しているんだもの。

自然に逆らっちゃ、ダメなのです。
その自然のもとでどう生き延びるかの
行動のパターンをかえなくては、ダメなのです。

30年前の30℃越えの夏、父が仕事をしていない貴重な1年だった。
朝の散歩、夕涼み、昼間は扇風機のもとごろごろし、
素麺を食べ、トランプをし、プールで泳いだり、水浴びをしたりして、
思う存分、だらりだらりと過ごした夏だった。

親も子も、ともどもに、30℃を超える時期には、安心してゆるみきってだらりだらりと過ごせる
スタイルに変えていくことを提案。
児童館、保育園に子どもたちを追い立てて、
送り、お迎え、昼食づくり、習い事、わくわくスクール等々と
親子ともども、いつもの日々より忙しく駆け回る夏休み。

むむちゃんが夏休みだけのスケジュール帳を書きこんでいる姿を見ながら、
つくづくと思う。休みじゃないじゃん!

目いっぱい退屈する日々を送れる夏休みを、求む。
暑さにやられる体の力の無さにまかせてゆるりと休む夏休みを、求む。
社会全体が、生命を維持する程度にお休みすれば、
きっと消費電力量は減るだろう。それでいいじゃないか。原発なしで過ごせるさ。

なので、私が、とか私たち家族が、ということではなくて、
日本という社会、日本という国、日本という地域、が、
ライフスタイルを変化させていくことを望む。


選挙公約にそんなことを謳うセンス(というか、ゆとり?)がある候補者がいないのが残念な夏の選挙。
by shiho_kato | 2013-07-18 20:47 | 読書ノート | Comments(0)

♪連れて帰ったのは、涼しさでした♪ ~ 戸隠

体調を見事に崩し、、
思いのほか多忙に迎えてしまった週末でした。

そして、『レッド・データ・ガール』を読んで以来、
あぁ、行かねば!
私は戸隠に行かなくてはならない!!!
と、思い込み、かつ、戸隠神社で月に数回行われている「太太神楽」
上演に合わせた日にちで、行かなくては!!!
という思いにとらわれ、
上演日程にあう休日を探し、
なんとかムリやり確保できたのが、7月15日早朝6時半宝光社の神楽。

先週早退して病院に駆け込んで以来、諦めるか否かの葛藤の一週間。

でも、行かなかったら、ここで行かなかったら、
私は一生行けないまま人生を終えるかもしれない。
それは、とっても悔いが残る。
体調の悪いのは一週間か一か月かひきずるだけだけど、
一生行かないとなれば、死ぬ時に悔いが残る、
と、まで思いつめて、行くことにした。


そして、行ってよかったです。
だって、とってもとってもと~っても、涼しかったんですもの。
薄い長袖をひっかけてもいいかな、と思えるくらい、
半そでで、ぞぞぞっと鳥肌が程よくたつくらいに、
涼しかった。

来て、良かった・・・。
体が喜んでいるのが、しみじみとわかったのでした・・・。

時は善光寺の祇園祭とあたり、
長野市内の大渋滞をゆっくり抜けてバスは一時間かけて一路戸隠へ。

戸隠五社をまわりたかったので、
まず一番奥の「奥社」へ向かいました。

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よく写真にも載る杉木立。
涼やかな、ぶるっとするくらいの風が吹き抜けていく。
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その脇を山水が川を流れていく。
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帰ってきたよ、の気持ち。
生まれ育った北海道の裏の山の中と、同じ空気が流れている。

伊勢よりも、もっと自然と渾然一体な空間の参道。


「奥社」は、ボロッとしていて、小さくって、
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その隣の「九頭竜社」はさらに、ボロッとしていて、小さくって、
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なんだか、「社」の建物じゃなくって、
この自然そのものが、戸隠の「奥の院」すべてなのです、と、
全肯定しているようで。

天照大御神が、籠ってしまった天の岩戸の
「戸」がぽ~んと飛ばされてきて隠れた、戸隠。

日本の古来の始まりの伝説は、
八百万の神の宿る自然崇拝。
その原型を肌に感じた。

思っていたより、人は多くて、
冬場は立ち入り禁止になるエリアなので、
この時期ならではの、特別参拝ツアーなるバスツアーなども
あったりはして、、、だったけれど、それでも満足。


ちなみに奥社で引くおみくじは「年齢御籤」というもので、年齢を言ってもらう。
そしてどんな言葉が書かれていても持ち帰り生涯の教えにするように、と。
ちなみに「吉」
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苦労した分だけ、子どもたちにたくさんのものを残せる幸せがおとずれるよ、
と言う意味のことが書いてあって、生き様そのものというか、このままいっていいよ、
と言われている気分だった。
そうぷうちゃん、むむちゃんだけではなく、
子どもたちが子どもの時代を安心して思う存分送れるように。
そのための苦労はせよ、ということなら、
ほんと、このまま迷うな、と言われているのと一緒だ。



そのあと「中社」へ。
中社は開けていて、奥社よりも大きかった。
800年とか600年とか500年選手の三本杉があり、
運の良いことに、神楽舞ををやっていて、しばし見物。
ちょうどかわいらしい巫女さんたちが岩戸開きの舞を舞っているところでした。
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そこから「火御子社」と「宝光社」へ。
火之御子社」は無人の神社。
戸隠五社の中に無人の神社があるというのも、またなんとも言えず。
しかも祭神は岩戸を開ける功労者で超有名な「天鈿女命(あめのうずめのみこと)」なのに~。
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宝光社」はかろうじて神主さんがおひとり。
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「天表春命(あめのうわはるのみこと)」という初耳の、女子の守り神がご祭神。
急な傾斜の階段を三つにわたってのぼった先にあった。
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明朝の神楽上演の宝光社から徒歩1分のお宿に入りました。
宿坊を旅館仕様に手を入れたであろう作りのお宿でした。
水回りは、みな共有。

夜中に強い雨が降り、明日の神楽は大丈夫かな、と案じていたら、
翌朝は青空。
6時に起きだして、パパッと支度をして、
三つの急な階段を上って振り向いたら、向こうの山並みが青い空にきれいにくっきりと。

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境内に入り、「天の岩戸」の伝説の流れに沿った神楽を見た。
時間にして2時間弱。
笛に太鼓に舞。
『レッド・データ・ガール』にあるようなトランスはしなかったけれど、
時折ふっと、祭神の顔を見るような、時折ふっと意識が別のところを漂ってしまうような、
そんな時間だった。
風が吹くと寒いくらいの10度台の気温。

しっかり堪能したら、
お神酒と、ご供物をいただいてしまった。
見ることが神様への感謝になるらしい。
伝統芸能を支える力になるんですって。良かった、力になれて。

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宿に戻ったら、先ほど舞台で舞っていた舞人の一人が。
その宿のご主人は舞人さんでいらっしゃったそうです。
得した気分。


満足して、帰るばかり。
帰りも起点は長野駅。
せっかく来たからお参りくらいしようね、と、
善光寺詣で。
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戸隠神社との静謐さとのギャップに驚く。
こんなに俗っぽくっていいのか、善光寺!
と思えてくるくらいだった。

ご回廊も回ってしまったし、山門にものぼってしまったのだけれど。
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ついでに最近できたばかりのにぎり地蔵をみたり。
なんだっけ、ほら、あれ、あれに似てる、えっと・・・と言ってたら、
隣からおばさまが、「顔無しでしょ!」と。
そう、顔無し。かわいい顔無し。
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*********
神道の教義はわからないけれど、私が古典文学で学んできた
神代の時代の、自然崇拝の神様は、好き。

島が生まれるのと、人が生まれるのと、同じレベルで語られる伝説は好きだ。
土にも、水にも、山にも、木にも、石にも、火にも、花にも、草にも、風にも、
神は等しく宿る。

キリストだけを神としなくて良い。
ブッダをこそ神としなくて良い。

そこいらの、私が美しいとか畏れ多いと感じた、風音やら空の色に
神をみて、命あることにおのずと感謝を感じるのは心の在り方として自然で自由。

戸隠に行って、しみじみとそう感じた。
旅行は疲れる。
移動とか、日常を離れるのはとても疲れることなのだけれど、
今回は、行って良かった。
暑さを一休みして、
この夏、乗り切れそうな気がしてきた。

と、思って帰ってきたら、東京は涼しくなっていた。


「連れ帰ったのは、涼しさでした ~ 戸隠」
と、勝手にコピーと作り、音楽を頭の中で流して、ひとりCM。
by shiho_kato | 2013-07-17 21:09 | 旅ノート | Comments(0)