むむちゃんの散歩道

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子どもの貧困を考える連続セミナー第二回 もやい稲葉剛さん

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今日は「なくそう!子どもの貧困」の世話人会と、連続セミナー第二回。
講師はもやいの稲葉剛さん。

現場に動く人は、問題課題の把握が的確だ。
背景と、この数年の動きも含めて、それと子どもが置かれた貧困状態がどう関わっているか、
お話はわかりやすい。

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もやいと言えば日本の貧困問題の顕在化、社会問題化をしてきた。

この連続セミナーの第一回は、ライフリンクの清水さん。
ライフリンクは日本の自殺問題を顕在化してきた。


子どもの貧困は、法律が先に成った。
社会問題化仕切れないまま、先に制度ができたと評価している。
中身がともない、社会が対策を作り上げていく動きに結んでいくには、
ライフリンクや、もやいが起こしたような、
市民にわかる問題把握のプロセスを生み出すことが必要です。

ライフリンクや、もやいのように、体力のある年齢で身軽に動ける30~40代が中心にいない私たちの団体がそれをかなえていくには、
関心ある人たちの掘り起こしと、
次の一歩を踏める学びや勢いを得る機会を作り出すことなのだろう。

毎回満員御礼。
毎回来る層が異なり、少しずつ参加層の平均年齢が下がりつつある。
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せめて、種を蒔けていますように。

*******
生活保護の不正受給は、歳出の0.5%以下。
発見できない不正受給があったとして、倍行われたとしても1%。
99%以上が適正に使われている予算とは、他の予算に比べて健全じゃないか。と、稲葉さん。

生活保護水準以下の低所得者で、受給していない層は、受給者数の4倍はいるそうです。

より拡大することが健全な歳出をうながすことになるのに。

時限的な復興予算は50%程度しか適切に用いられない。
時限のない、社会保障制度があまねく行き渡ることのほうが健全な予算執行になると考えるのが政府だけれど、
そのようには考えないのが、政府。
このロジックでも、動かぬ政府や省庁に向かい続けるのはなかなかに、しんどい。

だから、たくさんの仲間と粘り強くを、大切にしていくことが必要なのだろう。
by shiho_kato | 2013-08-31 13:22 | 学習ノート | Comments(0)

カブトムシ四人との、出会いと別れ。

この夏、わが家に四匹のカブトムシがやってきた。
はじめてのお世話を要する生き物たち。

保育園のお友だちにもらった
つばめくん
はなちゃん

千葉でもらった
ねこちゃん

青森でつかまえた
すずちゃん。

はなちゃん、つばめくん、すずちゃんの順に、見送り、
いま、ねこちゃんひとりになった。

ぷうちゃんは彼らを一匹と言う時もあれば、
ひとりと言うときもある。
飼うとは、どんなことか、あらためて考えたりする。

最後に残ったねこちゃんは日中を土の中で過ごす。
深夜から明け方に、土から出てきて、
飛んだり、はい上ったり、木をかじったり、ゼリーを食べる。
ねこちゃんの生存確認は、深夜から明け方にしかできない。

が、ために、ねこちゃんがひとりになってからは寝るお部屋の
光が当たらないところが、ねこちゃんの定位置だ。
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夜中に羽ばたく音や、ガリガリする音が聞こえると、
あぁ、ねこちゃん生きてるな、
と、ホッとする。

つばめくんとはなちゃんがやってきた時には、
それらの音がお隣の部屋から夜中に聞こえるのを
ぶぅぶぅ言っていたむむちゃんも、
3びきを見送って、
あと一匹の命、枕元で聞こえるとホッとすると言う。


はなちゃんとすずちゃんは、
ぷうちゃんがいないときに逝った。

むむちゃんと私で、さよならをした。
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ぷうちゃんがさよならの場面に立ち会ったのは、
つばめくんだけだ。

ねこちゃんの命も、あと少し。

ぷうちゃんにとって、むむちゃんにとって、はじめての
家族以外の、お家の中にやってきて世話を要する命たち。

ひとりと呼ぶぷうちゃんにとっての出会いと別れ、
ぷうちゃんの表情からうかがうことは出来ずにいる。

むむちゃんは、3匹めのすずちゃんには、さいごはじめて触れてそっと撫でた。

これもこの夏の、出来事。

*********
飼うことについて、少し。

かつて飼い犬とわが子の名を混同されてしきりに腹を立てていた。

子どもの代わりにペットを飼うという選択をする、という話にも、
代わりになるはずがなかろうが、という気持ちになる。
家族の一員であり、喪った人たちは「ペットモーニング」に陥り、「ペットロス」をケアする業種も生まれている。

それらへの私の異和はどこに由来するのだろう。
考えていて、この夏の津軽三味線の話に、答を見つけた。
三味線の皮は主に犬を使うそうだ。
猫も時に使われる。

人間の皮は使われない。

私は自然との共生は大事にしたいと常々思っているけど、
三味線に犬猫の皮を用いることに欠片も反対する気は起きない。
蚊もゴキブリもブヨもアブも蛾も忌むもの。

私は人という種であり、
人という種は、自らの文化に犬猫を利用する種なんだ。

ペットとして家族に迎えた犬も、猫も、カブトムシも、
存在の意味合いの点で一線を画している。

一線を画していることを承知しながら、尊い命として愛情を注ぐのは良い。
学ぶ対象であって良い。

ただし、一線は越えられない。
同じ命、で、ありながら、異なる在り方で、
存在している命がある。

被災し、ペットという家族を喪った傷みを伴う只中にある人には
突きつけてられない。

それでも、わが子たちにはいつかそう話せる私でありたい。
by shiho_kato | 2013-08-31 06:47 | むむちゃんとぷうちゃん | Comments(0)

小川糸『ようこそ、地球食堂へ』『さよなら、わたし』

小川糸、連読。
物足りないけど、
読んでいて疲れない。
これはこれで、大事な本の役割。

小説『さよなら、わたし』は、
相変わらず、ひとりよがりな展開と文体。
読む側として、慣れてきた。

エッセイ『ようこそ、地球食堂へ』は、全体に誉めるに過ぎるけど、
それでも描写の筆致は読んでいて楽しくなる。
抜群にうまいと言ってあげても良い。(とりわけ小説に比して)

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小説書きより、こちらが向いているのだろうな。
向いているのだけど、
これらのネタを小説仕立てにしたいんだろうな。

好きとは違うのだけれど、
あると気が楽に読めて、
気が楽にこき下ろしていながらも、
イヤな気分にならない本もあり、
今週のように、ヘトヘトに疲れる毎日を繰り返してる日々に、
ちょうど良い。

こんな評価でごめんよ~、小川糸。
by shiho_kato | 2013-08-30 20:25 | 読書ノート | Comments(0)

受け取る自由、受け取らない自由ー『裸足のゲン』騒動にひと言

松江市の『裸足のゲン』の閲覧制限が撤回になったので、
安心して、ここに書ける。


私は『裸足のゲン』が、大嫌いだ。
小学一年生の時に、教室のテレビ画面で全校放送として、
毎日まいにち、お昼に(給食時と、記憶している)見せられた。

アニメーションなのでコミックよりゆるやかな表現に変えられていたであろうけれど、
そのショッキングな惨酷な内容は、子どもごころに重荷であり、
吐き気を覚えるものだった。

コミックもその後、どういう経緯か忘れたが、
読むべきものとして、読んだ、という覚えはあるが、
直視に耐えなかった印象ばかりが先立つ。

それ以後、戦争ものはず〜っと苦手であるのです。
絵本と児童文学くらいまでで勘弁して欲しい。
原爆資料館に足を運べたのも、広島は30代になってからだ。
シンドラーのリストも、戦場のピアニストも、サラの鍵も、
観るのは勇気と薬とを持参の上。

『裸足のゲン』を、これはなんだろうと手にとり読む子どもに
表現を受け取る權利は保障されなくてはならない。

読みたくない子どもにも、読まないという選択を
表現を受け取らない自由として、権利保障されるべきだ。

今回のこの一連のマスコミ騒動で、
これぞ子どもに読ませるべきものである、
と、勘違いした啓蒙のされ方をする大人が出ないことを願う。

今回の論点は選べる自由を保障するところにあり、
見せるべきものか否かの良書禁書の話では無い。


ここまで書いてきて、はたと思う。
私の小学生時の裸足のゲン体験は
教育的な行為として行われていたはずだ。
教材を授受しない権利は、教育の現場で
子どもには、どのように保障されているのだろう。

給食を残していい、残してはいけない、
と、同じレベルで、気になってきた。

ある、ことが問題なのではなく、
拒むことを選べるのか、そこ。
by shiho_kato | 2013-08-28 06:02 | 社会&地域&子どもノート | Comments(0)

母との二人旅@「北海道マラソン」をダシに!

母との二人旅は人生二度目。

10時20分発だと思っていた飛行機が、9時40分発と気づいたのは、
母からのメールにて。家を出て間もなくのバスの中でした。
ひえ~!!!
駅前でバスを降りてタクシーに飛び乗って、
「おにいさんっ!この飛行機に乗りたいのです、なんとかなりませんか~っっっ」
悲鳴。

勢いに呑まれてくれてありがとう、お兄さん。
間に合わせてくれて、本当にありがとう、お兄さん。
交通ルールは逸脱しませんでした。

チケット持ってて、見なかった私って・・・。
しかも予約したの自分なのに~・・・。
母、不安にさせてごめん~・・・。

空港に駆けこんでCAさんにギリギリなんです~と訴えると、
10分遅れてるので、フツーに入って大丈夫です。
脱力・・・。いや、安心で。

こんな場面でイライラせずに待てる母、本当にえらいです。
「キャンセル待ちがいっぱいだから、次の便に替えたら1万円キャッシュバックって言うから、
それでもいいかな~って、迷いながら、もう少し待とうかな、と思ったらあなたが来た」
って。
母、エライ。「何やってるの!」って、ひとっことも言わない、母エライです。
真似したい、できない気がするけど。


***********

新千歳空港についてからのスケジュールはばっちり調べておいたのです。
空港でお昼ご飯を食べて、小樽までの直通の快速。
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小樽で乗り換えて、余市へ。
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余市駅で車を借りられるレンタカー屋さんを二つメモしてきたので、
お昼を食べながら、今日使える車探し。

軽自動車を借りて、昔住んでいた場所巡り。

昨年の春、札幌のみっちゃんにお世話になりながら、
むむちゃん、ぷうちゃんと共にめぐったところを、
今度は母と2人で回ることに。

運転はもちろん母。
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途中まで、道がわからない、覚えてない、思い出せない~、
と観光地図頼みも、途中からはすいすい。


昨年会えた場所で、会える人に会えず、
みっちゃんのタイミング良いメールに返信がわりに電話をかけて
どうしたらいいか尋ねた。
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母は20数年ぶりのご夫婦宅を訪ねた。
母ではなく私を見てあらあらあら、と気づいたおばちゃん。
去年会っていること、プラス母のかつての年齢と、ほぼ同じ年の今の私ゆえらしい。

ブルーベリーとミニトマトを山ほどもらい
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町中で、残っている知人の家を片っ端から教えてもらって、
訪ねて歩くことに。


どこも不在。

それもそのはず、母の旧職場総出の交流会が
別の場所で行われていて、みなさま、そちらに集まっていると。
そこまで乗り込む勇気はなく、
あちこち巡り歩くことで、満足。


私は30年ぶりの同級生に再会。母はそこのお母様に会いたかったけれど空振り。
表札を見て訪ねて出てきた同じ年くらいのお父さん。
「かっくん?」まったくわからなかった。「あれ、しほちゃん」あちらはわかったようで。
彼の子どもが彼の弟の小さい時の顔をしていて、はじめて確信。

会えなかった母の親しき人たちにはメモとお土産を残して、
3時間の滞在で「余市」を後にした。
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昨年は、「お母さん連れてきて~」と強烈に言われて連れてきましたよ!
約束果たしましたよ!
言ったご本人には会えなかったけれど。

今年は「お父さん連れてきてよ」と強烈に言われて、
うむ、その約束は果たせるだろうか・・・。

***********

二年続けての生まれ育った北の大地訪問。
「銀山」大好きだ、今年もう一度思った。
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昨年子どもたちと一緒に訪ねた時は、自分が子どもの時にどう遊んだかを思い出し、
今年母と一緒に訪ねた時間には、母たちおばさまおじさまたちにどう育てられたか記憶を辿り直した。


きっと、「銀山」が好きなのは、
卒園後したむむちゃんが、いままさに現役でぷうちゃんが"まごめ"(保育園)を好きなのと同じようなのだろう。
生まれてからのわずか9年の中に楽しく幸せな思い出がたくさん詰まっている。
今の私がこうして長いブランクののちにも銀山を訪ねてしまうように、
子どもたちがおとなになっても"まごめ"を好きで、訪ねたくなる場所で、いつだって訪ねられる場所であり続けますように。

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そして、今年あらためて思ったのは、
風も、光も、陽射しも、草も、花も、空も、土も、山も、木々も、水も、妖精が宿っている。
八百万の神というほど、エラそうではない精たちが、そこここにいて、
子どもの頃の私たちは彼ら彼女らと友だちだった。
その経験のままに、今の私はここに居る。

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*************

さて夕方には札幌に戻った。
駅徒歩1分のホテル。電車の音がうるさかったらどうしよう、等々、
母をともなっての旅、案じたりしたけれど、ベッドも大きい、静かな広いお部屋。
ほっと一安心。

そして、今回の旅のメインは私の「北海道マラソン」ファンラン(11.5キロ)参加!

その受付手続きのために、ホテルを出て、
道庁の脇を通って、受付をしている大通り公園へ。
テレビ塔の真ん前。
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ここでも、ポカ。事前に送られてきたはがきがゼッケン等、受付グッズとの引換券だったんですって。
そんなはがき、記憶の片隅にもありません・・・。
再発行してもらい、無事に、受付終了。

「明日の待ち合わせ場所の下見になって良かったわ、わかりやすい場所で良かったわ」と母。
良かった、良かった。

ホテルの側でお夕飯を食べて、お休みなさいと、隣同士のお部屋に分かれた。
母は、翌日はファンランのゴールの時間に道庁で、数十年ぶりの再会の日。
今度は約束してあるので、必ず会える。

ほとんど走る練習など暑さに負けてできないままの7月8月の末、
どうやら雨になりそう。

「雨の中、走るのってどう?」と母に聞くと、
「いつもと大してかわんないわよ」と。

あ、そうですか。


**********
翌朝、起きたときに降っていた雨は、朝食後雲が切れて陽射しがのぞいた。
雨じゃなくて、やっぱりよかった。
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荷物を母にあずけて、会場へ。

プログラムも何もかもあずけて、集合場所って、この辺だったはずだけど~。
同じ種類のゼッケンの人に訊ねて、一緒にお手洗いに並んでおしゃべり。

長々と開会式。
フルマラソン1万2千人、11.5キロのファンラン3千人。
1万5千人のおおきな大会だったということを、はじめて知った。

スタートの号砲が鳴ってから、スタートラインにたどり着くまでに10分強。
そのあとも団子で、体育の整列マラソン並みの人口密度。
結局ばらけぬまま、10キロくらいまで行ってしまいました。

土地勘無し、タイムもあてにならない中、流されながら走ってるうちに
5キロの給水所。
給水所も初体験。
並んで、さらにもみくちゃ。
は、はじめの方のテーブルだけで、奥の方のテーブルでは、
差し出してくれたお水がとれることを学びました。

飲むお水と、首にかけるお水と、二回とって、
あぁ、ここが半分なんだ。

交通規制された車道を走るのもはじめて。
舗装された道はでこぼこが少なくきれいで、
坂道も少なく、走りやすかった。

時折、橋を渡るときには、涼しい風が吹いてくる。

団子の一部と化して、走り続け、
テレビ塔が見えたあたりから、あ、戻ってきた、あと少しだ!
と、少し、自分のペースで、隙間を縫って走れるようになった。

9キロの看板を見つけることができて、
あと2.5キロだ~、余力はもう残さなくっていいや~と加速してみたら、
最後の1キロ、道庁の姿が見えたころにばてました。

フィニッシュライン、救護テントの向かい側で待ってるね、と母たち。
看護師さんたちらしい、場所のチョイス。
どこに居るのやら見つけられないまま、ゴール。

スタートラインまでの10分とか、11.5という半端な距離とか、
タイムの良しあしはわからなかったけれど、
楽しい気持ちで、嬉しいな、の気持ちで走り切れて、何より。

お水とスポーツドリンクをもらって、記録証を発行してもらって、
母たちを探したら、母たちからはゴールが見えていたそう。

「よくがんばったね~、エラカッたね~、はやかったね~」。
30年前の声のかけ方そのまんま。
走った功績と、母を連れてきた功績を、同じくらい称えられて、
あはははは~、それこそ子ども気分の満面の笑み。
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「ファンランの抽選にあたって北海道行くんだ」、と自慢したら、
母が、私も北海道行きたい、と言ったので、じゃ一緒に行こうか、という、
事の顛末は、些事。

会えたんだから、それで〇。来れたんだから、それで〇。
去年連れてきて~と言ったみっちゃんとの約束を、
結果的に果たせたので〇。


母を残して一日早くお昼過ぎの便で帰る私に合わせ、早めの昼食。
その短い時間に、あれやこれや歩きながら食べながら話して話して。

あのころの母は、今の私のようだった、と今日も繰り返し繰り返し、聞きました。
あまり似てる気がしないんだけどな~。
母は昔っからボーイッシュな感じで、私はどこからどこまでも女(の子)の感じ。

みなに見送られて、今度は危なげない時刻に空港に向かった。
母たちは、間違いなく尽きることないおしゃべりを、今日と明日と。


今回の母の分の旅費は留守番の父が、
旅先の食費等は母がせっせと出してくれた。

にもかかわらず、
半年遅れの退職祝いの親孝行を十分にした気分でございます。

夏休みの宿題、完璧だ!


あ、いや、待てよ、ピアノの練習~。
発表会まで二週間だよ~。
by shiho_kato | 2013-08-25 23:46 | 旅ノート | Comments(0)

両国花火資料館&水上バス「カワセミ」

本日は、午前中はむむちゃんを連れて出勤。
午後はお休みをもらい、むむちゃんの自由研究にお付き合い。

行先は「両国花火資料館

http://visit-sumida.jp/spot/SpotDetail/tabid/60/pdid/284/catid/7/Default.aspx
ほんとうに、ここでいいのか??と建物を回り込んだところに入口があり、無人。
と、思いきや、私たちの入場を見届け、ガイドのおじさんがやってきました。

長崎さん。隔週のボランティアなのだそうです。本業はカラオケ屋経営とのこと。
(などなどのお話もまた、楽しかった)

自由研究慣れしていて、「自由研究?何年生?書くこと決まってる?」
と訊ねながら、おもむろに手作りファイルを持ってきて、

「えっと4年生くらいだと、このあたりの花火の大きさと高さと重さと、あと色ね、
ここをコピーするか、写真とっておいて、書くといいよ。」
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それから年表年表、大事なのはね、ここのこれとね、あれとね、と。

ハハハハハハ・・・。

ありがたくも、セーフだったのは、見せていただいたファイルに
ファイリングされている資料のほとんどは、
むむちゃんが自ら図書館で選んで借りてきた事典を
コピーしたもので、かつむむちゃん自身が、
自由研究のレポートに用いることを前提に付箋を貼っていた箇所だったこと。

本日、新たに仕入れた知識は!

・徳川吉宗公が1713年(?)にコレラの流行を食い止める厄払いのために、両国にて20発の花火をあげたのが、
両国花火(のちの隅田川花火大会)のはじまりだった。花火は祈祷の意味があったのか。
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・当時の花火は朱オンリーで、カラフルになったのは鎖国がとけて、海外より様々な金属が輸入できるようになったことが契機である。

・徳川吉宗公は、大川沿いにせっせと桜を植え、花見客の歩く足によって、護岸の整備を行ったこと。

・日本でいちばん大きな花火は、片貝(9月のはじめ@新潟)の花火で4尺玉を打ち上げる。
4尺というと、打ちあがった際には直径800メートルの花火になるそうだ。打ち上げる筒は5メートルになり、半分以上を地中に埋めるとのこと。
この花火は日本一。一度は観る価値がある。

・新潟は、長岡、柏崎、片貝と、3箇所も尺玉をあげる花火大会を行う唯一の県である。

・でもお勧めは熱海の花火。今後の予定は8月末と9月と12月。年13回花火大会を行う。
(個人的にホテルニューアカオの部屋を押さえることができるので、そこから見る花火が一番。
この夏8組の方に紹介しちゃいました、とのこと)

・女性花火師は日本にはまだ一人だけ。鍵屋の15代当主天野あきよ?あきこ?

・花火を作る職人(業者)と、花火をあげる職人(業者)は、まったく業種が異なること。
作った人があげるわけではない。

・あげる職人がもっとも気を使うのは二点。風と、静電気。着衣は綿オンリー。
(女性はナイロン混入の素材を着ることがあるので、敬遠されるらしい)

・作る職人がもっとも気を使うのは一点。半円に火薬をつめた二つを合わせる瞬間。
少しでも火薬がずれて、隙間が生まれるとそこに摩擦で熱が発生し、暴発につながるため。

・今年は隅田川と諏訪の花火大会が中止となった。諏訪も盆地で音が地面から響いてよい。
ファイナルで二尺玉を両脇と中央により高くあげる花火が見事。

・隅田川で用いられなかった花火は1万9千個。1億5千万相当。これらは他の花火大会で使われている。

・花火の禁止には、3項目あり、一つ目は風速10メートル以上、二つ目は落雷警報、三つ目は事故・事件発生時。この二つ目に今回の隅田川は該当してしまったそうです。
落雷、今年は多発中だものね。
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・隅田川の花火大会が中止になったことで、翌週の江戸川の花火大会には例年の50万人の3倍弱、130万人の人がくりだし、運営する側は大変だったとのこと。これらの現象が他の花火大会でも多発しており、例年になく花火大会の人の出足が多い年である。

・隅田川の花火大会のプログラムには「コンクール」という項目がある。10社各20発で競い合う。
20発は各社それぞれにテーマにあった20発の流れを構築できるように工夫していて、
それも審査の大きなポイントとなる。
この20発は、吉宗公がはじめに両国花火を行った時の20発に由来する。


えっと、あとまとめててわからないことがあれば、いつでも電話しておいで。
とのことでした。

私の関心のあるところと、むむちゃんのメモは大きく乖離していたようなので、
質問攻めにした私も、応答攻めの長崎さんも、むむちゃんの自由研究を
邪魔はしなかったことでしょう。スルーはされたけれど・・・。
ビデオを真剣に見ている間のおしゃべりは、かなりお邪魔様だったようですが。

せっかくだから、記念に一枚、と長崎さん。
長崎さんにも入っていただいて、一枚。
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さて、思ったよりも時間がきゅっと詰まって目的を終えてしまい、
このままぷうちゃんのお迎えに行くには少し早い、かも。
ということで、最近マイブームの川下り、
隅田川は水上バスにむむちゃんを誘う。

見るだけね、と言っていたむむちゃんは、見たら、
乗りたい!と。

ちょうど発船5分前、チケットを買いに一度戻って、
その間女性船長さんが待っていてくれて、
小型船の「カワセミ」で浅草まで。
http://www.tokyo-park.or.jp/waterbus/course/10.html

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スカイツリーが大きく見えてくるのを眺めながら、
かなりざんぶり揺れる感じだったけれど、
酔うことなく、大はしゃぎで楽しみました。
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花火の記憶が吹き飛んでしまうのではなかろうか、と思われるくらいの
むむちゃんの生き生きとした笑顔。
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そして、ぷうちゃんには内緒にした方がいいかなぁ・・・。
と、思うくらい、二人だけで楽しむのがもったいない楽しさだったらしい。
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夏休みだ。
これこそ、夏休みだ。
行き当たりばったりの。

さて、むむちゃんの自由研究は終わるのか・・・。
材料は多々あるものの、、、。

ここから先は、おまかせ。
撮った写真のプリントくらいはお手伝いしましょう。
by shiho_kato | 2013-08-22 21:20 | むむちゃんとぷうちゃん | Comments(2)

木皿泉『昨夜のカレー、明日のパン』と、湊かなえ『白ゆき姫殺人事件』『母性』。

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木皿泉の『昨夜のカレー、明日のパン』、後味の良いお話でした。
後味の良いお話、好きだなぁ。
ドラマ「スイカ」の脚本を書いた二人組。
なるほど、あたたかくて、静かで、、、」。


湊かなえの『白ゆき姫殺人事件』は、後味の悪いお話でした。
湊かなえはたいていそうなのだけれど。
スキッと、そっと、やさしく着地してくれない。
ほっと、一息ついたところで、背中をドンと押される。
それが魅力の人もいるのだろうけれど。

それにしても、
オムニバス形式の小説が増えてきているなぁ。
木皿泉の『昨夜のカレー、明日のパン』も、
湊かなえの『白ゆき姫殺人事件』も。

登場人物を次々主役に据えて、
その目から見る、同じひとつの出来事。
同じ出来事でも、見る人の視点、関わる人の立場によって違ってうつる。

多様な視点、多様な価値観とは、机上で学び、実践に照らして考えるテーマだった。
今は、SNS(という言葉は身になじんでいない単語なのだけれど)のおかで?で、
多様な視点、多様な価値観の存在を日々の中で体験することの方が、学ぶより先にある。

そんな今を映しているかのように。
『白ゆき姫』は、ツイッターを使った犯人捜しなのだから、まさに。


湊かなえの『母性』
これが書けたら、作家を辞めてもいい、とまで言い放ったそうだ。
本当?
だとしたら、湊かなえ自身の持つ闇を、差し出した作品として、
読んでいいのだろう。

娘を愛するのではなく、家族の形を愛した母。

娘が母の愛情を希求するところはよくわかる。
母が祖母の愛情を希求するところもわかる。
それでは、祖母が母に与えたものは愛情ではなかったのか?

そこがわからない。
祖母は、母をまるごと愛してたように読めるのだけれど、
それは祖母の自己満足だったのか?
母は祖母の愛情を、満点の者にしか注がれえないものと取り違えていたのか?

母性は、簡単には伝わらない、ということを描くために、あるいは、
母性の在り方もさまざまである、ということを描くために、
この小説は書かれたのだろうか?

湊かなえの持つ闇に触れられぬまま、読了。
by shiho_kato | 2013-08-20 17:37 | 読書ノート | Comments(1)

男湯一人旅、ぷうちゃんの冒険続話

青森旅行最後の日、ぷうちゃんは一人で温泉の男湯に入った。

突如、ぷうちゃんはこっちに入る、ばいば〜いいと、
暖簾の向こうに消えていった。

お風呂の中からむむちゃんが「ぷうちゃ〜ん」と叫ぶと「はぁ〜い」と返ってくる。
「だいじょうぶ〜?」と叫ぶと、「だいじょうぶ〜」と返ってくる。
何かあれば、誰かが助けてくれるだろう、と、
案ずるのをやめて、しっかりお湯につかった。

案の定、先にあがったぷうちゃんは、ピカピカの顔で着替えて
脱衣所にあらわれ、満面の笑みだった。
冒険したね、一人でスゴイね、と、賞賛の嵐をむむちゃんと贈った。
*********

そのあと、少しずつ明らかになっていったことがある。

ボディソープの袋が破れなくて、困っておじさんに
「あけてください」とお願いして、開けてもらったそうだ。
おじさんは出てくるところまで一緒だったと言っていたので、
ずっと一緒にいてくれたのかと思ったら、
洗うのも、流すのも、ぷうちゃん一人でして、お風呂も、
お外お風呂(露天風呂)に入りたかったから、一人で入ったそうだ。
たまたま出るときにおじさんの後に着いていく形になったと。

お願いしたというお話を聞いて、お節介なおじさんが手出し足出ししたのではなく、
助けてくれる人を「自ら頼んだ」ところにあらためて驚きと、
よくがんばった、の気持ちになった。

そして、もうひとつ、袋を破れなくて、困ったときに、
となりのお兄さんには頼まなかったそうだ。
怖そうに見えたのと、肩のところに絵が描いてあったからだそうだ。
それでやさしそうな人を探して、後ろにいたおじさんにお願いしたそうだ。
けして、入れ墨やタトゥーがある人が怖い人とは限らないけれど、
そしてそんなことは教えたこともないのだけれど、
ぷうちゃんのアンテナはそんな風に働いたんだ。

「適切な人を探した」ところに、あらためて、感銘を受けた。

そのおじさんは、ぷうちゃんのことをなんて呼んでいた?
ぼうや、とか、ぼく、とか呼ばれた?
ひとりでお風呂に来たの?ひとりで入ってるの?とか聞かれた?


ぷうちゃんは、少し考えて、「きかれなかったと思う」。
また少し考えて、「おじさんは「キミ」って呼んだ」。


5歳の子を「キミ」と呼ぶおじさん、かっこいいではないか。
ぷうちゃんを、チビッ子じゃなく、
いっぱしの男の子として、接してくれてるようで。


母としては、手をさしのべてくれたおじさんにすぐにでも出て行って、
ありがとうございました、と伝えるべきだったのだろうな、と思っていたりもした。

だけれど、ぷうちゃんを「キミ」と読んでくれたその人に、それはそぐわない。
きっと当たり前のことを、当たり前にしただけで、
誰かに頭を下げられるようなことはしていない、
きっとその人はそういう人だ、と、
私は勝手にいま、そう思っている。

そして、人を選び、人を頼み、自らの冒険をやってのけたぷうちゃんは
必要最小限の手助けしか受けなかった。
余計な感謝は、そのぷうちゃんのやってのけた所業を少しばかり損なう。


あらためて、ありがたい、とお腹の底から思っているのは、
手伝ってくれたことではなく、手を貸すことを最小限に留めてくれたこと。


昨日の久々の保育園で、ぷうちゃんのお休みしていた期間の一番の思い出は、
青森の温泉で、男湯にひとりで入ったことだったそうだ。
by shiho_kato | 2013-08-20 17:36 | 読書ノート | Comments(0)

「成長痛」に対する、むむちゃんの見識

青森旅行中の初日の夜、ぷうちゃんが成長痛で痛がってぼろぼろ泣いた。

それまでなんともなかったので、これはどうしたものか、と思案に暮れた。

未就学児の成長痛について、私が言われた説は二とおり。

1.骨、筋肉、の伸びるスピードのバランスが悪くて、痛い
2.気持ちの上で不安があって、痛いように感じる

成長痛を経験した人は1を語ってくれた。
整形外科のお医者さんはレントゲンを撮ったうえで、
2を語り、「特に母親への不安」と添え脅しをかけてきたので、
その整形外科には、2度と行かない。


ぷうちゃんが泣きながらも、痛むところにしっぷを貼って、保冷剤を添えて、
包帯ぐるぐる巻きのようにタオルを巻いて、
ちょっと落ち着いて眠りに落ちた夜、
むむちゃんが小さな声で隣の枕から教えてくれた。

ママ、あので、4歳〜5歳くらいと、9歳〜10歳くらいの時って、
成長する時期なんだって。
成長する時期には大きな病気もしたりするんだって。
むむがアデノウイルスになったのも5歳くらいでしょ。
むむがマイコプラズマになったのも9歳くらいでしょ。
ぷうちゃんも成長する時期だから仕方ないね。

誰が教えてくれたの?

鈴木先生。
と、学年の先生の名前をあげた。
鈴木先生は、4年生になった当初、子どもたちに、
運動も、勉強も、それ以外のことも、
一生懸命やるとぐ〜んと伸びる時期で、
それを「ゴールデンエイジ」というんだよ、
伸びる時期でもあるからバランスも崩れることもあるんだ、
君たちはゴールデンエイジなんだ、
というような話をしてくれた、とむむちゃんに聞いた。

礼儀がなっていない、いい加減な先生だから、むむはちょっと・・・、
と言っていたけれど、話された内容は胸に留まっているよう。


ピアノを教えてくれるあやみーのにも、
10歳前後で弾ける子はぐーんと伸びるんだよね。
だから、今がんばりどきだよ、とも。


むむちゃんは、そういう風に理解しながら、
涙をぽろぽろ流すぷうちゃんをおんぶして2階に連れて行こうとしたり、
足をさすってあげたりしていたんだなぁ、と気付く。

細胞が不均衡に分裂していて痛いのでも、
心が不安定になっていて痛いのでも、ない。


故なき「痛み」の根拠さがしなどせず、
痛がっているぷうちゃんと向き合って、
痛みが少しでも収まる方法をぷうちゃんに訊ねながら一生懸命探せばいい。
少なくとも、今夜ぷうちゃんは眠れたのだから。


根拠が欲しくば、「そういう時期だから」で十分なんだ。
むむちゃんに、教えてくれてありがとう、とつぶやく。
鈴木先生もたまにはいいこと言うね、とむむちゃんがつぶやいた。
by shiho_kato | 2013-08-20 17:32 | 読書ノート | Comments(0)

「いけてるおとな女子」 ≧(死語)オバタリアン

まるまる一週間、前後の土日含め10日間の連日休暇。
幸せだったなぁ・・・・。

そしてはじまる通勤生活。
気合いを入れずに、のろのろと。

遅刻必至のホームのベンチで、
タオルで口や頭を押さえている妊婦マーク。
安定期前と思われる細身のお腹。顔色悪し。

自販機で小さいお水を買って、差し出すと、
ありがとございます、とすぐにフタを開けて口をつけてくれた。


***************
昨日、大家さんの娘さんと久しぶりに会い、
間もなく出産の大きなおなかで、嬉しいびっくり。

たいへんだったなぁ、つわりのとき。
たいへんだったなぁ、出産間近。

そんなことを思っていたから、
混む電車の中で席をゆずられるだけで、
涙が出るほどうれしかったことを思い出して、ホームを引き返す気になった。


あわせて遅刻モードのうしろめたさを、自己満足と共に一掃。


こういうことができちゃったりするるのであれば、
「おばさん」年齢になってきたことがうれしいアラフォー。
でも、おばさんはピンとこないから、
これも含めて「いけてるおとな女子」ってので。

「いけてるおとな女子」は、(死語)オバタリアンと紙一重だけど、
一枚上手のスマートなお節介焼き。
by shiho_kato | 2013-08-19 18:54 | 私ノート | Comments(0)