むむちゃんの散歩道

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三歩と散歩のさんぽみち ~ことばの根っこはどこにある

ぷうちゃんが宿題で漢字のノートを前に、ぽろぽろ涙をこぼしている。
どうしたの?
(わが家の子どもたちはなぜに、こうして静かに涙するのか・・・)

「ちがうって言われた…」
漢字の「三」を使った単語と文章を作る宿題。
単語を三つつくるところまではやってきたそうだ。
「三ぽ」に「三じ」に「三ご」
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ひとつめの「三ぽ」を先生にも、隣の席のおせっかいな口やかましい友だち(だということがこの数日で判明)にも、ちがうと言われたそうだ。
どこが違うんだ・・・?あ、そうね「散歩」違いか。。。

って、違わないじゃん、思い至らぬ先生と友だちのボキャブラリーが貧困。
と、カッとしそうになるところを抑えて、
ゆっくりお話タイム。

*************

-ママは間違いじゃないと思うよ。
ぷうちゃんはさ、「だるまさんが転んだ」するとき鬼になったら、最後捕まえるときなんて言う?

「ストップ」

-うんその次は?タッチするまで数えるよね。

「うん、、、」

-大股5歩、小股10歩って言われたら?

「いっぽ、に~ほ、さんぽ、よんぽ、ごほ」

-(ん?よんぽは違うな・・・は置いといて)ね、さんぽって言うでしょ。

指を一本、二本・・・、と立てていきながら、一緒に数えた。

-三つ歩くのは「三ぽ」だね。あってるよ。

「うん!」

文章は三の漢字からはじまる文章を作らなくてはならないそうで、
「三ぽ、4ほ、5ほあるいた。」と書いた。

みっつめの「三ご」は、「三語」とか「三五(十五)」とかすればあっているけれど、
彼のボキャブラリーにはないので、違うのを考えて、「三こ」に落ち着いた。
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***************

宿題を終えて安心したのか、別の涙。
なんでもかんでも、ダメ、違う、間違い、とダメだしばかりする隣の席の女の子に打ちのめされているらしい。
先生はずるいそうだ。自分より大きい人の前では静かなのに、そうでないときは怖いと。

「ママ、先生に席替えしてって言って」
・・・うむ・・・親が出張る場面なのかどうか、少し考える。

「お話しに行く時間がないのね、ぷうちゃん。だから連絡帳に書いてあげる。
丁寧に丁寧にちゃんと伝わるように書くから大丈夫よ」

席替えしてくださいとは書かなかった。
ダメだしされ続けの状況にダメージを受けていることと、
家庭でもフォローしますが、先生も気に留めておいてください、と。

学校に行きたくなれない理由をひとつひとつ解きほぐしていくための時間。
親にできるわずかなことが手元に転がってきた時には、
アンテナをめぐらせながら、全力で。

*************
翌朝は、三人とも、「学校行きたくな~い」とぶうぶう言いながらの金曜の朝。

学校まで送っていく道すがら、トトロのさんぽを歌いながら手をつないで歩いた。
「だからさ、そやって(何がちがうか)言ってくれたらいいんだけどさ~」
小さな声でつぶやいた。
そうよね、三歩じゃ散歩にならないことくらい、すぐに気づく。

先生に宣戦布告!など、必要ないけれど、
「違うよ」ではなく、「あってる」で、新たな発見に出会えるように
私は子どもを育てます。
先生がひとりひとりに付き合いきれないことなど重々承知しているもの。
人によるのだろうけれど、発想の貧困、柔軟性の不足もね。

今回の件、「先生間違ってますよ」って頭ごなしに言ったら、何か改善しただろうか。
しません、ぜったいに。
「三歩も知らないんですか?」って詰め寄ったって何も改善しない。
だから、いいんです。これで。
せめて、安易に「間違ってます」と言わない先生でさえ居てくれれば。


ぷうちゃんが、どんな単語をつくってきたって、「あってる」を探し当ててみせる。

だって、彼の中にあるたくさんの言葉は、何もないところから生まれたのではなくて、
毎日の遊びや、会話や、読書や、読み聞かせや、日々を生きている中で養われている
言葉のストックから生まれてくるものなんですもの。


小さくファイティングポーズをとっちゃう私。
ひそやかな闘志がね、メラっと。
敵の姿は見えないながら。
by shiho_kato | 2014-09-26 18:43 | むむちゃんとぷうちゃん | Comments(1)

3月横浜マラソンでフルデビューに向けて ~走りは孤独か

ランニングをはじめて一年半。
着々と距離を伸ばしてきて、そろそろハーフが物足りなくなってきた。

去年の冬から一年後にはフルマラソン走れるようになりたいな、、、
と抱いていたおぼろげな目標。

フルマラソンを走るために必要な第一の関門が、
まず、「抽選に勝ち抜く!」であることをこの秋になり知りました。

抽せん日には、当落に悲喜交々のランナーのみなさん。
そういうものなのかな、とよそ目に見ていたけれど、
いざ我が身に訪れると・・・。

マラソンのオンシーズンにあわせ、エントリー時期もいくつも集中していた夏のはじめ。
走りたいものをまずエントリーして、ダメだった時に遠征になってもいいからどれか当たりますように、とエントリーした。

今見てみると、どう考えても、当たっても行けないよね、というところも含めて。
血迷っていたらしい、というのか、血気盛んだった?

体調が落ち気味の今のこの時期、その結果が次々と届く。

いちばん初めにお知らせの届いた「横浜マラソン」で当選。
覚えのない「姫路、熊本初心者」で落選。
覚えのない「熊本一般」で当選。
思い入れたっぷりの「東京マラソン」で落選。

残すは京都ばかり・・・のはず。あれ、愛媛もかな。。。
熊本は出ない、愛媛も当たっても出ない。
京都は、当たったら、出たい。
と、明確にあるのだけれど。。。


抽選結果というのは、届いてみないとどう受けとめるものか、
自分自身でもわからないものだった。


当選して嬉しいはずの「横浜マラソン」は、当選の文字に手が震えた。
ひぇ~、ほんとうに走るの?走れるのかな、私???
まわりの当落の浮き沈みに、いっそう気分が下がり気味に・・・。
ど、どうしよう・・・。

落選して悲しいはずの「東京マラソン」は、なぜかホッとした。
う、うん、そうだよね、仕方ないよね。倍率高いしね。
周囲の方々のものすごい落胆ぶりに、このホッとした感を感じていることに
罪悪感さえ覚える。

************

そう。
そして、横浜に向けて練習を開始しました。
これまで走っていたのだって、十分、フルマラソンを意識していたけれど、
わたしのそもそもの基礎体力では、そうとう準備を入念にしないと、
フルもたないことも、よくよくわかっているから。

とってもありがたいことに、走り始めて半年くらいから、
ぎっくり腰を3ヶ月ごとに繰り返し、通いつづけている整骨院のマラソンランナー先生は、
この一年余りの、私の走力、練習の距離や頻度、故障の傾向、伸びしろ、
すべてみてきてくださっている。

フルマラソン、ぜひ走って欲しいですね、完走しましょう、と、
トレーナー?監督?キャプテン?を、かってでてくださり、
すぐに、半年分の練習計画を立ててくださった。
指導者ありの練習ができるなんてラッキーです。

*************

マラソンにはまるのはなぜだろう。
人に問われつつ、自らにも問う。

説明しがたいのだけれど、私にとっては
「ひとりでいる(闘う)ことが許される(当たり前の)場だから」
というのが、いちばん近い。

と、思っていたら、須藤靖樹の『デッドヒート』の最新刊四巻にも、そんなことが書かれていた。

そして、私は大会フリーク。月に、二つ、三つ大会に出る。
「大会でゴール目指している間は、ひとりで走っている人たちと、一緒に走っている同士意識を抱けるから」
だと、思う。

しかしながら、一年余りを経て、
一緒に(かなり真剣に)大会に出る人があればいいな、
一緒に(かなり真面目に)練習できる人があればいいな、
と思うようになっている自分にとまどう。

ひとりで過ごすのに最適な時間であることが心地良かったはずなのに、
ひとりではないことへの期待も広がるとは、、、。
困ったもんだ。

*************

フルマラソンに向けて、私に欠けているのは、
ゆっくりでいいから長い時間走り続ける練習と、
ゆっくりでいいから長い距離を走ってみる経験なのだそうだ。

ハーフの大会になれば、二時間走り続けられるけれど、
ひとり練習で二時間は、さすがに、心が折れる。
ひとり練習で三〇キロとかは、ほんとに、チャレンジすらしたくなれない。

完走のための練習プログラムは、しょっぱなから挫折・・・。

監督が同行してくださった。
おしゃべりしながら走る。(なんてことが可能だとは知らなかった)
楽しい時間、あっという間に15キロを軽く。二時間近く走れてしまった。
私のペースに如何様にでも合わせてくれるからなのだろう。
マラソンは、ひとりでするもんだ、の見識?が覆る。

走りの孤独って何なんだろう。孤独の心地よさって何なんだろう。
走りの共感性って何なんだろう。共感性の心地よさって何なんだろう。
フルマラソンを走り抜いてみたら、その答えが見つかるのだろうか。

可能な限り、練習を見てくれるそうだ。
横浜マラソンは、孤独な挑戦ではなくなった。
かの、ように見える。
走るとは・・・。答えを見つけたい。
そのためにも、3月15日を迎えられたらいいな。

恐れる気持ちから、走りたい気持ちに少しずつ変わってきた。

でも、13キロ、15キロ、16キロと、練習の最長距離を更新し続け、
さすがに疲労感がたまってきた。
調子に乗らないように、気を付けなくちゃ。

by shiho_kato | 2014-09-25 21:14 | マラソン、かるたノート | Comments(0)

有川浩『明日の子供たち』

またしても、有川浩にしてやられた。

児童養護施設の子どもから手紙を受け取って、
自分たちの状況を小説に書いてくれという依頼に応えて書かれた小説。
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よく、書けています。

このジャンルで、これだけきっぱり誉めるのは、内心悔しくもある。
が、白はた。完敗だ。

『隣る人』と『明日ママ』への評価、批判もデフォルメした形でちょろりと入る。
『隣る人』への子ども自身の発言による手厳しい批判には、大大大共感。
『明日ママ』へは同感ではないけれど、こういう影響を与える作品だったよね、には共感できる。


黒川翔子の『誕生日を知らない女の子』よりもずっとよく書けている。
あれはルポであるにも関わらず、だ。
ルポルタージュをフィクションである小説が越えて核心を描き出せる可能性を目の当たりにした気分。

『誕生日…』は有川が最終ページな示した参考文献にも入ってこない。それはそういうことなのだろう。

児童養護施設を子どもの眼差しから描くとこうなる。
それをがっつり書ききれるこの人の筆の力に、悔しいけれど感服。

佐川光晴の「ぼくのおばさん」シリーズも視線は良かったなぁ、と思ったけれど、
シリアスに、ぐっとこらした眼差しでは、『明日の子供たち』にかなわない。


10月に子どもについてお話できる場がある。
自信をもってお薦めできる一冊と出会えたことに感謝。

有川浩、自衛隊はもういいから、子どもたちの眼差し、
もうひとがんばり、書いてよ、ぜひ。
by shiho_kato | 2014-09-19 21:53 | 読書ノート | Comments(0)

ぷうちゃんの「学校に行きたくない病」に吹く嵐

ぷうちゃんが、学校に行きたくない病にかかっている。

そうだよね、行きたくなかったよ、私も。
と、安易に共感してしまいそうになる。

校門まで一緒に登校。
昇降口まで手をつないで入ると、その先は振り向くこともなく、
そして笑顔もなく、うつむきがちに上履きに履き替え、うつむきがちに教室へ向かう。

あぁ、気の毒だなぁ、この心性にいたってしまったことが。
と、過去の私に重ねて思う。

むむちゃんは、割り切りが上手だった。今も上手。
休めない日は、「行かなくちゃ行けないもんなんだから」と、
ぐじぐじ文句も言わずに、行く。
休もうと決めた日、休める日は、スイッチを完全にオフにして、
静かにだらだらと過ごす。

涙にくれるネガティブスパイラルに陥ることはなかった。
お見事!と思いながら、見守ってきた。

何が嫌か、言葉にできないぷうちゃん。
私も学校嫌いの明確な理由を説明などできなかったし、今振り返ってみてもできないから、しつこく聞くことはできなかった。

そんなことを考えていたら、
少しはやく帰れた日、
思いのほか早い私の帰りに驚いた勢いなのか、
ぷうちゃんが足元に泣きべそで寄ってきて
「やなことがあった・・・」

(チャ~ンス!)

しかも訴えている内容は学童でのことで、
たったいま、ちょっと前に起きたばかりのことで、
児童館もまだ開いている時間帯で、
先生にお話しておきたいこともあった。

そのやなことは、そのままでいいのか、
トラブルを起こしたお友だちにお話したいのか、
それとも先生に聞いて欲しいのか尋ねると、
児童館の先生にお話したいと言う。

(チャ~ンス!)

即、手をつないで、児童館に行き、先生に聞いてもらいたいお話があると言っているのですが、
とおたずねすると、
館長さんが、ぷうちゃんに何があったか訊ねてくれた。
「わかった、こういうときは母さん一緒じゃない方が子どもたちは本音が言いやすいのよね。お母さんもせっかく来たのだから、ここでなにかお話して行って」
と言って、ぷうちゃんと旅たっていった。

その間、もうひとりの職員さんが話相手になってくださる。

学校に行きたくない、のお話、夏休みは学童に行きたくないと言い続けていたお話、
学童で「死ね!消えろ!」という言葉を(おそらくは軽く)投げられて、涙にくれ、
おねえちゃんに、その言葉を使ったお話。

ポツリポツリとお伝えする。
「最近、本当に言葉を使えない子が増えていて。人数も多くなっちゃって、わさわさしているのが落ち着かないのでしょうね」と職員さん。

そんなこんな話をしていると館長さんだけが帰ってきて、
解決しました。と、内容を報告してくださり、いま一緒に遊んでるので、
もう少し一緒に遊んですっきりしましょう、と。
さっきまでの話を受けて、「死ね!消えろ!」は誰が言ったか、名前言ってましたか?、等々。

しばらくして、ぷうちゃんが窓から顔をのぞかせると、「あなたもいらっしゃい」と呼び込んで、
学校の何がいやなの?ほら教えて、ここでは内緒の話OKなのよ。なんでも言っちゃっていいんだから。
と、ぐいぐいぐいぐいと聞き出す。わかった、学校とか児童館にイヤな子がいるんでしょ、名前教えてよ。と迫る。

私とは異なるアプローチだなぁ、とやりとりを眺めていると、
言葉少なにぽつりと名前をひとつ。

どこがいやなの?何、何するの?
言葉少なにぽつりと一言。

そのあとは、傾向と対策の知恵をわ~っとお話された。

明日から、毎日どうだったって聞いたあげるから、教えてよ。

そんなやりとりを繰り返し、一時間ほどの滞在で、放免。

こちらが1、話すと、あちらが9、話す。
そういうタイプは、私が関わってきた世界の中では、あまり子どもの相談に望ましくないタイプ。とされてきた。

なのだけれど。

ぷうちゃんは、晴れ晴れとした顔をしている。
館長が言っていた話、どうだった?と聞くと首をかしげる。
けれど笑顔。

できそう?
「う~ん、ムリかな・・・」
私もそう思う。
だけれど笑顔。

パワフルな「聞くよ」「いつでもお出で」「で、どうなの」「こうしなさいよ」「ね、わかったよね」
言葉はぷうちゃんの気持ちと噛み合っていなかったけれど、
そうやってぷうちゃんの嫌な気持ちを力強く支えようとする姿勢、ベクトルの向きは、
ぷうちゃんを勇気づけて、安心を与えたんだなぁ。

あらためて字面にすると、
これらの押し付けがましいだけの言葉に耐えた私もエライな、と思うわけだけれど
私の胸にも、いま安心がある。
何をかして、今のぷうちゃんと向きあおうとしてくれることに。


子どもを支えるって、難しいな。

正解は、ないんだってことを、今回あらためて思い知る。
正反対のカードを切ることも、必ずしもリスクとは言えないんだ、と
今回あらためて思い知った。

翌朝も、ぷうちゃんと手をつないで昇降口まで歩いた。
通学路から昇降口まで、歩いている間、ぷうちゃんは終始笑顔だった。このところ見せることのなかった朝の笑顔。

すべては、結果オーライ。


でも「死ね!消えろ」は、解決してほしいな。
言葉は、使うだけ、発するだけで、他者のみならず自身をも傷つけ続けることがある。
それに類する言葉だと、思えてならないから。
by shiho_kato | 2014-09-18 11:22 | むむちゃんとぷうちゃん | Comments(0)

溶連菌とわたし

実家から帰ってくる最終日、
だるくてごろごろしたい病。

今頃、気が緩んだか~・・・。
とにかく東京に帰ろう、むむちゃんもいることだし。

帰って熱を計ると、いい感じに予想通りの38度台。
今日一日お休みで良かった~。
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喉の痛みが半端なし。
昨日焼畑の煙の中を走ったせいか?
夕刻、走った後の汗をかいたシャツをすぐに着替えずにいたせいか?

ツバを飲んでも、イタイ・・・。

翌朝も38度台。ダメだ、仕事行けない。
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デング熱の可能性やいかに・・・。
病院へすぐに行く。

のどが見事ね、夏風邪かしらね、子どもたち何か流行ってない?
流行ってない、子どもたちはピンピン元気だ・・・。
病院から戻り、部会や職員会議欠席の連絡をすると、
養護の先生から同じ症状の風邪、診断によっては溶連菌感染症が流行っていると・・・。
あぁ、それか。
わが家の子どもたちだけでなく、職場の子どもたちもまた、気に留めるべき周囲の子どもでした。

翌朝、一瞬下がった気がして行けるかも、と思えたのも束の間、またあがってくる。
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病院に溶連菌で再受診の必要性をうかがうと、
そのつもりで薬を処方してるから来なくてよし、と。
その、つもり、だったですか。。。さいですか。。。

ふと思い返すと、自分自身の発熱による勤務休み、この3年、無かったかも。
子どもたちの熱や風邪と、病院受診等々はあったけれど、
私自身の体調が休むほどに悪化したことはなかったような気がする。
記憶違いでなければ。

随分と、たくましくなったんだなぁ。
随分と、崩れないようにコントロールできるようになったんだなぁ。
感慨深い。

倒れるほど、起き上がれないほど、働いていた私は過去もの。
おたふくであろうが(と判明したのは後日だけれど)、
熱があろうが、感染拡大しないように対策をがっつりして出勤せざるを得なかったあの頃も、過去のもの。
体調管理できない自分の至らなさをひたすら責めたあの頃も、過去のもの。

人間らしく働きながら生活する日々に身を置けている今に、心から感謝。
そう思えたら、午前も午後も3時間ずつしっかりと眠ることができた。
by shiho_kato | 2014-09-17 21:07 | 私ノート | Comments(0)

ススキ片手にお散歩日和

連休はお姉ちゃんと実家に向かった。
いとこちゃんと夏休みは2回泊まる、の約束が果たせなかった。それを取り戻すために。

お姉ちゃんの目的は私の昔の写真を見ること。
母に出してもらったアルバムに子どもの頃の私を発見。
あちこちに自らの面影を見つけて歓声をあげていた。
私は母が私よりずっと若くして「お母さん」をしていたことをあらためて認識。
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私などこうして帰省すると、いまだに子どもだ。

お姉ちゃんいとこちゃんたち女子~ズが、ピアノに、百人一首に、アナ雪ごっこと平和に遊ぶ。

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ぷうちゃんがいないと、むむちゃんは子どもらしくて、おしゃべりで、べたべた甘えんぼだ。

いつもお姉ちゃんをしてくれているんだな、と、思う。

みなの輪をするりと抜けて、青空のもとお散歩。
家のまわりをお散歩するのが好きだった。今も。
広い空のどこまでも、頭の中の空想が自由に飛び回る。
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ススキをくるくると空に向けて回しながら、脈絡なく想いを遊ばせる。
写真を見たばかりだからだったからか、10代の私をなぞるような気分で。

夕方になり、みなでかけっこの練習に出掛けた。

夕方の空も広くて、空気がたっぷりあって、どこまでも走れそうな気分になる。
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10代の時よりも自由な私、
10代の時よりも元気な私、
発見できた今回の里帰り。

むむちゃん、はじまったばかりのあなたの10代は、どんな感じになるかしら。
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by shiho_kato | 2014-09-14 22:04 | むむちゃんとぷうちゃん | Comments(0)

おばあちゃんのリンゴの季節

青森のおばあちゃんから、リンゴ、第一便が届いた。
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例年よりはやい第一便。
あしのはやいリンゴだから、とのメッセージ。
自転車に積み込んでお友だちのうちに配達に回った。

医者いらずのリンゴ。

この夏は体力低下を今までで最小限におさえることができた。

その代わり、ガン検診にふたつひっかかり、精密検査のために
大学病院通いが加わった。
昨日、すべての結果がわかり、いずれも経過観察にとどまった。
ひとつは3ヶ月後に再検査だけれど、ほぼ心配なし。
ほっと胸をなでおろす。

そして、こうしてリンゴが届いた。
もう、大丈夫。
一番苦手な季節をなんとか今年も乗り切れた。
例年よりはやく私の好きな季節が始まる。

・・・・・・・・・・
後日、お友だちから、おすそわけリンゴを使ったマフィンと、栗ご飯!
美味しい秋の味。
美味しい循環に恵まれてます。
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by shiho_kato | 2014-09-12 22:05 | 自然ノート | Comments(0)

人生二度目のピアノ発表会

9月第1週の土曜日は、ピアノ発表会の日。
夏休みはこれに向けた練習を大きな宿題として抱えた。

むむちゃんは三曲。
・ソロ「エリーゼのために」
・連弾「さよならの夏」(コクリコ坂)を先生と
・連弾「アナと雪の女王」を、年下の3年生と年長さんと三人で。
夏休みの最終週から新学期初めになってぐんと練習に力が入って、
毎日1時間以上引き続けた。


私は二曲。
・ソロ「別れの曲」半年以上前に決めて、飽きずに練習し続けた。
・連弾「あまちゃん」楽譜を先生に決めてもらい、7月終わりにパートナーをお願いした友だち朝ちゃんと練習。
働く母同士、週に一度仕事の後の30分~1時間くらい合わせの練習。
合わせながら、ここが弱いね、ここも一回やろー、次までにここがんばろー、とリードしてもらって、
練習の度に、ここ弾けるようになったじゃない!すごい!
褒めまくり作戦で、次はじゃ、ここね!と、私のやる気を盛り上げて練習方針を決めてくれた。
毎回がスリリングで、楽しかった。
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どちらも短い曲だったので、朝練・夜練各5回とか10回とか、部活のノリも楽しかった。

**************

当日。午前中から午後のあたままでがリハーサル。

午前中、防災訓練のために出勤のあと、走って会場へ向かった。
向かう最中に、連弾パートナーのお友だちからメール。
「いまどこ」「がんばれ」「いそげ」
駅を降りて地図を片手に迷ってたら、車道から名を呼ぶ友の声!
「乗ってく~?」といつもののんびりしたなほちゃんの声。
「乗ってく!」ガードレールをまたいで飛び越えた。
ありがとう!なほちゃん、あきらくん。

拾ってもらって、会場になんとかすべりこんだ勢いでリハーサル。
連弾3回、ソロ2回。
汗をぬぐって、着替えたらもう開演の時間。

順番上、はじめからステージそでの控え室。
気持ちを整える間もなく、はじまって。
はじめて出演した去年は「心臓が飛び出そう」を実感しながら、
震えながらの舞台。
今年はそこまで緊張していないことがいいのか、悪いのか、
走って飛び込んできた勢いのまま、ステージに。

あ、私、弾き始めちゃった~。大丈夫かな~。
と、思っている自分にとまどいつつ、弾きすすめ、
いつもは止まることのないところで、突然の空白。あれれ。
弾き直してからは終わりまですんなりいけたものの。
あ~ぁ、残念賞。

連弾ではこうならないように、集中しなくちゃ。
気を落ち着けるために、舞台袖で、みなの曲を聴き続けた。

むむちゃんの「エリーゼのために」が聴こえてきた。
しっかりとした音で、難しい指の動きもなめらかに。
練習では一度も聴かせてもらえなかったエリーゼのためには、とってもとってもよく弾けるようになっていた。

むむちゃんに限らず、ソロに出演した子どもたちもおとなもみんな(私をのぞく)、
昨年に比べて、着実に確実に「ピアノを弾く人」になっていっていて、
堂々と弾きこなしている様子が眩しかった。

連弾は、母と妹にかりた「じぇじぇじぇ」Tシャツと三つ折手ぬぐいで頭をぐるりと結んで。
「わかれの曲」よりは集中して、朝ちゃんに気合をいれてもらって、ピアノの前に座った。
朝ちゃんのうなづく合図とともに弾き始める。
はやいかも~、、、ひとつめのハードルクリア!した後に鍵盤を抑え外し、動揺。
即座に、朝ちゃんが前日の打ち合わせ通りの弾き直しポイントまで戻ってくれる。
そこからは、勢いでいくつかもミスタッチはご愛嬌の範囲で、弾き通した。
朝ちゃん、ごめんね~。ありがとう~。
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どちらもそんなわけで、よろしい出来とはいかなかったけれど、
気分は爽快、すっきり。
先生には、進化したよ、と褒められた言葉もそのままいただこう。


大人になってから、ピアノを弾けるようになるなんて、
音楽のある生活ができるなんて、夢にしか思わなかった。
夢は叶う。本当に叶う。

楽しかった。
ステキな夏の思い出。
朝ちゃん、あやみ~の先生、ありがとう。
子どもたちや一緒に楽しんだ友たちにも感謝たっぷり。
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朝ちゃんは、またオファーして!また一緒に弾こう!楽しかったよ!!!と、
言ってくれた。
うれしい。
終わっても、次が見える。
失敗しても、次が見える。
その積み重ねが、うれしい。
by shiho_kato | 2014-09-06 23:31 | 音楽ノート | Comments(0)

お誕生日休暇

お誕生日の夜、7歳になってしたいことがある?
たずねると、考えて、困ったように、「特にない・・・」。

そうか、じゃ、いま、したいことはある?
即答で「学校おやすみしたい!」

むむむむむ。

新学期はじまってからのぷうちゃんの願望は、そうだよね。
涙ながらの朝登校だものね。

翌日は、一日有給をとっていた。

夏前に受けた検査で、いくつか再検の指摘あり。
夏休みを使って、再検査を受けたり、再検前の基礎検査を受けた。
いくつかは新学期初めにはみ出してしまったので、全部こなす日を一日。
ぷうちゃんの保護者会の日をそこにあてて、お休みをとった。

私の検査のために病院、ピアノレッスン
別の検査のための病院、保護者会、
診療のための病院、保育園の会議。

そんな平日休みの一日の予定。
お休みとは言え過密スケジュール・・・。

それでも、しぶとく、心弱そうに「学校お休みしたい・・・」をくり返し、うなだれるぷうちゃんに敗北。

ママの予定はこんな予定だけど、それにお付き合いするお休みでよかったら、お休みしてもいいよ。

即「それでいい」

朝一で、病院の待ち時間に読む本を借りに図書館に行った。
本を入れたスノーマンバッグを抱えたぷうちゃんを乗せて、
自転車で病院と家の往復。
お休みしたことで、保護者会がなくなった分だけ、気が楽になったのも事実。

振り向くと、自転車の後ろに乗りながら本を読んでいる。
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ピアノレッスンに伴っていくと、先生で同級生のお友だちママさんに「どうしたの、誕生日休暇?」
と、声をかけられる。
子どもたちには子どもたちの自分のための誕生日休暇、ありだよね!

と励まされ、保育園の会議に一緒に行くと、そこでも「なに、お誕生日休暇?」と。

学校をお休みしたことを咎めることのないコミュニティに居る私たち。
よかったねぷうちゃん。

むむちゃんもそうやって、お休みを見咎められることなく、
休んで復活して登校して、疲れたらまた休んで復活して、をくりかえしてきたなぁ。
そして、昨年は皆勤賞。今年も皆勤賞狙い。
学校が楽しいわけじゃないけどね、と言いながら。

「お誕生日休暇」をとって、ぷうちゃんは少し気分がすっきりしたかな。
私はとってもほっとした。
子どもにも休暇あり、私自身は思っているけれど、
周囲のおとなたちにも肯定されて、気が楽になった。

ありがたいです。
一緒に育ちを見守ってくれている仲間がいるこの場所が。
by shiho_kato | 2014-09-05 11:42 | むむちゃんとぷうちゃん | Comments(0)

ぷうちゃん、7歳のお誕生日

ぷうちゃんの誕生日。

夏休みが終わり、新学期始まる緊張感に紛れて、
8月31日の夜になり、にわかに思い出して、おおわらわ。
今年も同じ轍を踏んでしまった・・・。

直前になって、ケーキどんなのがいい?お料理何がいい?プレゼントは何がいい?
おそるおそる尋ねる。
チョコレートのケーキがいい、食べるのはなんでもいい。
チョコスポンジは焼けるけれど、チョコクリームをつくる技量はないので、
夕飯を用意してから、お買い求めに数件走るけれど、なし。
どんな代用が可か目まぐるしく考える。

プレゼントは、「ちょっと考える。」熟考一日半の後、
「思いつかない・・・。」
ものじゃなくてもいいんだよ、と声をかけると、再び熟考。

「あのさ、おでかけしてさ、帰ってきてさ、お料理食べてさ、ケーキ食べるのでもいいの?」
ん?どういうことかな?
「お出かけしたい。」
どこに行きたい?「水族館!」
よし、デートのプレゼントね、OK!OK!
お誕生のその日は難しいけど、そうでなくてもいい?
「うん」

ほっ。短時間で入手困難なプレゼントじゃなくてよかった。
いずれにしてもすぐには果たせそうにないので、
今夏、はまったDVDをいくつか用意した。
ET、ゴースト・バスターズ、グレムリン、、、。
妖怪ウォッチの発展系のランナップは、私の懐かしさ故に80年代のものばかり。
安心して観られて、ぷうちゃんは二度も、三度も、ゲラゲラ笑いながら観た。

お誕生日前日に用意しかけていたプレゼントはあけられてしまった。
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お誕生日当日は、ポテトサラダにハンバーグの定番と、ぷうちゃんが唯一リクエストしたお豆ごはん。
サラダもハンバーグも焦げた上に、お豆を入れ忘れてご飯を出してしまってやり直したり。
それでもハンバーグを焼いている間まとわりついて、楽しみにし、
お豆を鞘から出している脇で、それお豆ご飯のお豆だね、と目をキラキラさせ。
挙句、前日に焼いたスポンジの端をがぶりとかじり、「食べちゃった!」といたずらに笑う。
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とっても楽しみにしていたんだね、誕生日。
こちらの失敗など、なんのその。

クリームがダメなむむちゃんのことも考えて、チョコシロップでホットケーキ風の
お誕生日ケーキになってしまったけれど、それもたいそう喜ばれ。
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7歳、あっという間。

7歳のぷうちゃんは、母の失態をフォローできる気の使い方や優しさを持っている。
7歳のぷうちゃんは、大きくならないで寂しいよ、という母に、デートのプレゼントをチョイスする優しさを持っている。
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出来すぎ君だよ。
もっと子どものままでいいのに。
とってもとっても助けられて、感謝ばかりの、7歳のお誕生日。
生まれてきてくれてありがとう。
こんなにステキに育ってくれて、ほんとうにありがとう。
by shiho_kato | 2014-09-04 22:32 | むむちゃんとぷうちゃん | Comments(0)