むむちゃんの散歩道

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北海道マラソン

走り始めてからの夢だった
北海道マラソンのフルマラソン。
夢は叶うものだなぁ。
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3度目のフルマラソン。
4時間10分39秒。
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タイムは出来すぎなくらい。
でも、楽しさが苦しさに負けてしまった、敗北感たっぷり。

スタートを待ちながら、ぼんやりと嬉しかった。
ぼんやりと嬉しい気持ちを、
もっとくっきりした嬉しい気持ちに変えておけばよかったわ、と走り終えて思う。
一歩一歩、1km、1kmを惜しんで走ればよかったわ。

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二年前のファンランほど暑くなく、雨の心配もなく。
空は青く、気持ち良い朝でした。

二年前のファンランで走った11.5kmはあっけないほど、あっという間。

そのあとの長い海へ向かう一本道、新川通りも
言われていたほど退屈な単調な道だと感じずに進んでいった。

走り出す前はウォークマンを忘れてしまったことを悔いていたけれど、
走るリズムが一定で気持ちよかった。
ハーフのあたりまで、なんだかとても調子が良かったのです。
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このままの感じでトットコ行けたらいいなぁ。
しばらく行ったところで監督、コバさんとすれ違い、
つづいてそらさんを探しながら走り、見つけられぬまま、
折り返しのコーンにたどり着いた。


折り返すとやや向かい風の軽いのぼり。
そこでぐっと足を踏ん張っていたら、左足のふくらはぎと太ももがにわかに
パンパンに張る感じに固まって、急に足が動かなくなる。

まだ25kmにもたどり着けていないのに。
まだ15km以上もあるのにどうしよう。


足をとめて、固まっているところをぐーっと伸ばしたい。
沿道に応援が途切れたら、と、思うけれど、途切れる場所が無く
止まるタイミングを逸し続ける。


さっきまで走っていたところを、時間の関門を告げるアナウンスカーと
それに続いて収容のバス。

これに乗れてしまった方がいいんじゃない?
これに追いつかれたら諦めもついて気も楽じゃない?
と、思う。

思いながら、そんなのダメだ、絶対ダメだ。
の気持ちがこみ上げてきた。


この北海道マラソンを走るために、子どもたちに負担をかけたのだから。

子どもたちは子どもたちの旅行の予定が無くなったために、
金曜は朝はかろうじて一緒、お昼をむむちゃんだけ、
夜もいつもより遅い時間まで子どもたちだけで過ごすことになってしまった。
土曜は終日かるたのために、むむちゃんはお弁当。
金曜の朝、つくって冷凍した。土曜の朝、レンジで解凍して持つように言ったけれど
大丈夫だったかな。

そうやって、協力してもらって走れる大会なんだ。

この夏はそんなことが幾度もあった。
学校図書館の大会に行くのに、
朝4時半に起きて朝ごはんとお弁当と夜ご飯とつくって、子どもたちが起き出す前に家を出た。
私も大変だったけど、むむちゃんとぷうちゃんも大変じゃないはずがない。
一緒に淡々とした日常に溶け込ませて、動揺なく乗り越えてくれた。

そうやって、協力してもらって乗り越えてきた夏休みの締めくくりなんだ。

思えば、私とともにあることで、
生まれてきてから大変なことばっかりの人生をむむちゃんもぷうちゃんも歩んでいるけれど、
よくいっしょに乗り越えてきてくれた。
君たちは、いつも同志だった。

そのおかげで、いまこうして元気になって走らせてもらえているんだ。

そして、きっと、こんなに遠くまで来て走る機会は
これからもそうそうは、無い。
せめて、子どもたちに完走できたことを、何時間と何分で走ったよ、
と報告できるように、ゴールを目指さなくっちゃ。



人生の凸凹の苦しさに比べたら、
距離と時間が限られているマラソンの苦しさなんて、
小さい。
これまで、いつもいつも、マラソンで苦しい時には
おのずとそう思っていた。

今回、自分が逆のことを思い浮かべていることに驚いた。

このいまの苦しさを越えられたら、
日々の大変なことももう少し乗り越えやすくなるかもしれない、と。

身体や生活やあれやこれやが大変さでぎゅうーっっと煮詰まっていた日々が
少しずつ過去になってきているのだろうか。
今の大変さは以前に比べれば随分と軽い。
走ることよりも、大変ではない日常に、身を置けるようになったということなのだろうか。


そんなことをぐるりぐるりと考えながら、
長い長い1kmを、ひとつひとつ踏み越えて、
あと5km、あと4km、あと3km。

北大に近づき景色が変わった。
味わうゆとりがない。

北大を出て旧道庁のれんがづくりが見えた。
道庁の中も抜けて、大通り公園のゴールまで長かった。



苦しんで苦しんで、たどり着いた私の二本の足、よくがんばりました。
ゴール後、メダルをもらったり、タオルをもらったり、
お水をもらったり、記録証をもらったり、荷物を取りに行くまでの道のりを
そのまま流れにのって歩ききれず、途中でコースを外れて座りこんだ。

不甲斐ないなぁ、そんな余力も無いなんて。

座り込んで、動かない足を休めながら、
この夏休み、よくがんばったなぁ。
その疲れもがんばりも全部引き受けて走った42.195km。
走りきれただけで、エライのかも、しれない、なぁ。
昨年の、おととしの、その前の、前の、夏の私に比べたら。

二時間後に、ようやく笑顔になれた。
二時間で復活するくらいなんだから、
人生とか、おおげさ過ぎるぜぃ。
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by shiho_kato | 2015-08-30 16:15 | マラソン、かるたノート | Comments(0)

夏休みの自由研究

むむちゃんは、去年と同様に京都旅行をモチーフにした自由研究。

今年のテーマは、京都の世界遺産だそうだ。
旅に出る前から決めていたので
京都では、行く予定のところを回り終えて、
いくつか世界遺産を追加した。

清水寺
銀閣寺
金閣寺
仁和寺
下鴨神社・糺の森

写真をとって、パンフレットをもらって、
それ以外は帰ってきてからiPadと、
図書館で借りた世界遺産の本2冊とるるぶを使って調べていた。
作成もiPadを用いて。

ほぼ一週間で完成。
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ぷうちゃんは、夏休みのはじめにカブトムシをもらったので、
カブトムシについてやる!
と、決めていたものの、カブトムシの何をするのか・・・が浮かばない。

青森旅行に行く新幹線の道中の退屈しのぎに
止まる駅全部覚えてみたら?
「おぼえるの、めんどくさいから写真にとる。」
が、そのまま自由研究に。

行きは5つしか止まらなかった駅も、帰りは10も止まってくれたので
それなりのボリュームになった。

大胆に、紙を長くつなげて真ん中に線路を書き、
線路の下には順番に写真を貼っていった。

早々に宿題をすべてやり終えているむむちゃんに
線路を書くお手伝いをお願い。
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口出しを極力がまんしつつ手伝ったむむちゃんがエライ。
いつもだったら、一言二言では済まないダメ出しがありそうなところを、
これはぷうちゃんの宿題だから、と、ぷうちゃんからの指示出しを待っていた。

線路の上には切った紙にコメントを書いて、順番に貼っていった。

「ヒーおばあちゃん」のところへ行く旅行だったのだそうです。


最後の巻き巻きに、青森から東京までの
1000kmリレーのコースのコピーも貼って、
これも走った、と。
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新青森の駅の上にひいおばあちゃんの写真を貼ろうかどうか
逡巡したあげく、やめた。

貼りはしなかったけれど、ぷうちゃんの今年の自由研究の原動力は
青森のあーちゃん。
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1000kmリレーも、あーちゃんのいる青森からのタスキだから、
走ったに違いない。
いい方たちに恵まれて、走ったことが誇りになっている。

自由研究のまきまきの紙に、リレーでもらったTシャツも添えて出す、
と、準備している。

by shiho_kato | 2015-08-28 20:17 | むむちゃんとぷうちゃん | Comments(0)

新学期を迎える準備。夏の終わりの蔵書点検と大掃除

夏休みの最後のお仕事は蔵書点検。

図書委員のみんなと隅から隅まで、本をさらって、
なくなっている本がないか、確認する作業。

並びを整えたり、破損を見つけたり、後ろに落ちている本を見つけ出したり。
毎度毎度、あ、こんな本もあったのか、という発見があって、
好きな仕事。


毎年毎年、短い時間で作業を終えられるようになって、
二日で終了。
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予備日にしていた一日を、大掃除に使った。

本は以外に汚れる。
書棚はびっくりするほど汚れる。

机も書棚もブックトラックも全部を拭きあげて、
フロアも隅から隅まで掃除機をかけた。
見渡す館内は、明るさが3割増し。


一日仕事。
終えたらぎっくり腰寸前。
腰が伸びない。
まずいわ、とほほ。


机を二分する衝立を、
夏休みのうちに用務員のNさんと事務のTさんが工夫をこらして外してくださった。
三年越しの夢叶う。

衝立のない机のおかげで、明るささらに、5割増。



うん、これで、新学期、みなを迎えいれられる。
どうぞどうぞ、おいでおいで、の気持ちで満たした。



蔵書点検の結果、残念ながら不明の本が多い。
昨年よりもぐんと増えた。

出入り自由の、鍵のかからない図書館の造りに照らすと、
昨年までが、少なめだったとも言える、けれど。

あらら、多いわ。
不明本のリストを眺めていたら、
これは役に立ちそう、使えそう、読まれそう、好まれそう、等々、
思いを致しながら選んだ本たちのラインナップ。

選書が的を射て、読まれ、使われている、
が、故の不明であるのか。

嬉しいような気持ちが先立ちそうになるのを、ぐいっと抑えて。


借りる手続きのハードルを下げるためには、どうしたらいいかしら。
次なる課題、ひとつ。

by shiho_kato | 2015-08-27 10:51 | 私ノート | Comments(0)

学び手のための学校図書館

図書館は学び手のためにある。
図書館のために学び手が居るのではない。


学び手にとって図書館は、
学びの場所としても機能としても、
ひとつのチャンネルに過ぎない。

それは児童生徒における学校図書館も同じ。

それを選ばないからといって、
選ばぬ人を「学び手ではない」と断じる愚を、
この学校のこの図書館には決して持ち込むまい。


お盆休み明けのぼんやりした頭に、
そのこと決意ばかりがくっきり浮かびあがる。

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by shiho_kato | 2015-08-17 19:26 | 私ノート | Comments(0)

大田区平和都市宣言記念事業「花火の祭典」

毎年8月15日は大田区の花火大会。
いつも走っている多摩川沿い下流で行われる。

昨年は午後に病院の検査を入れたら検査中にダウン。
夜の花火は音ばかり聞いた。

今年はそんな予定は入れなかったので、観に行けそう。

夕刻。
無線放送で花火大会のお知らせ。
お隣の旦那さんが出てきて、花火を観る穴場スポットを教えてくださる。
川崎側の土手、競馬馬の練習場の先あたり。
ふむふむ、そんなところから見られるのか。

いつもは走ってゆくけれど、今日はバス。
とうもろこし、枝豆、おいなりさん、等々を持って。

教えていただいた曲がり角付近で、お隣の旦那さんと遭遇。
すでにお昼に場所取りされたところへ案内してくださる。

日が少しずつ落ち、涼しい川風。
いつもこうだったら、走るのはもっとラクなのだけれど。

花火は正面にあがった。
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遮るものなく、川の向こうに打ち上げ場所。
下の方から上のほうまで、全部全部が見えた。
そうか、下のほうではウェーブで上げているんだ。
クロスさせてあげているんだ、とか。
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周囲の歓声やさざめきから、今年はいつになく豪華であることを知る。
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2011年、東日本大震災のあった年、花火は中止となった。
実施されるのは平和の証。平穏無事の証。
華やかなのは期待の証。
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平和都市宣言の記念。平和であり続けますように。
戦火ではなく、花火にならば、つぎ込んでもいいではないか。
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ふと、ここが川崎の少年が亡くなった場所にほど近いことに気づく。
殺されてはダメ。殺してはダメ。殺させてはダメ。
命あることはかけがえのないこととすみずみまで伝わる社会であらなくては。
どうか、生きることを、生かすことを、生き延びることを、生き続けられることを、選び取る力を子どもたちに。
命を落とした彼だけではなく、加害の側に回ってしまった彼らも。

平和な花火を見上げる夏を
どうか、すべての子どもたちに。

by shiho_kato | 2015-08-15 21:38 | ありがとノート | Comments(0)

戦争を忌む。「戦後」

終戦の日。
敗戦の日。


“「戦後」とは・・・から、とらえない歴史観が必要だ。”

という声が、あちこちから聞こえる。
謝罪し続けるのはこのあたりできりあげよう、とか、
敗戦直後のイデオロギーの分裂を源とした思想の隔てが現在を公平に見ることを邪魔している、とか。



明確に、私はこうです、と胸を張って打ち出せるスタンスは無い。
だけれど、戦後70年で、戦争をまったく知らない、かすりもしない私たち世代は
「戦争は嫌だ」「戦争はしたくない」「戦争はしません」
そのあたりの心持ちでは一致できる、一致したいと思っている。

とにかく、そこを、そこだけは堅持しなくっちゃね、と思う。
どこでぶつかり、どこで摩擦があってもいい。

だけど、
「誰も殺さない、誰にも殺す作業をさせない、誰にも殺されない」
社会であり続けるんだ。

ごくごく当たり前のそれを、生涯貫き、後へ託し、死んでゆくんだ。



戦争はきらい。
戦争小説もきらい。

「過去の敗戦に学ぶ」「過去の戦争に学ぶ」の言葉で
多くの人を殺した歴史を客観的に学ぼう、という方法を私はとることができない。
辛すぎる事実に向き合うことができない精神の貧弱ゆえに。


だから、その到らなさの分も引き受けるために、
ひたすら私の内に刻み付ける。
「殺すのはダメ、殺されるのもダメ、殺させるのはもってのほか。
「殺」に近づきそうになったら、首根っこをひっつかまえて、
そっちに行ってはダメ!と、言い続けるんだ。」と。

そうすることに、理由も理屈も言い訳も要らない。

悲惨な戦争を知っていても知らなくっても、
愛するわが子を殺し殺されるただなかに送り込むことも、
大好きな友を危険なところへ送り出すことも、
日々の生活が恐怖とともにあり、ビクつきながら生き続けることも、
どれもこれも心底イヤなんだ。


8月15日が、今後の未来もずっとずっと
「日本が永遠に戦争を終わりにした日」となりますように。
そういう意味で、永遠に戦後であり続けることを願う。
by shiho_kato | 2015-08-15 13:01 | 私ノート | Comments(0)

22年ぶりの再会。恩師と仲間たち。

顧問だった恩師が校長先生に昇進したお祝いにかこつけて
高校卓球部の同窓会。
久しぶりに茂原に降り立った。

「久しぶり。ご無沙汰。」

駅で声をかけてくれたのは
同期の男子部長。
連れ立って会場へ向かった。

少人数で、
上下や男女の別を極力避けなくてはなりたたない。
おだやかな人が多かったことも幸いして、
学年を越えて仲が良かった私たち。
卒業後も数年に一度顔を合わせることはあったけれど
みなで一堂に会するのは久しぶり。

久しぶりの緊張と楽しみを半分ずつ持ち合わせて。


先輩も後輩も男子はみな一様に体格に貫録を増していることに驚いていたら、
S先生が誰よりも変わらぬ姿で現れた。

時間があっという間に巻き戻る。
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後輩の中には代が離れ、今日はじめましてのメンバーも。

自己紹介と近況報告を順繰りにしていく。
それぞれが自身の最終戦籍を覚えていることに驚く。

どの試合でどの学校のどの選手に、何セット何対何で勝った、負けた。

私が覚えていられたのは、自己ベストくらい。
県大団体ベスト8、ダブルスベスト8、シングルはおそらくベスト16。
どこに負けたかもスコアも、さっぱりだ。

自己紹介をひとまわりしていくだけでも十分に掘り起こされる思い出があり、
曖昧な記憶を、周囲でくっきりと色付けして浮かび上がらせてくれる。

何よりS先生が、どのひとりひとりのどのひとつひとつの大会での試合の様子を鮮明に覚えていることに驚く。
オーダーを組むときに迷ったことや、あたりはずれや、
セットオールからの試合運びや、対戦相手の戦型やアドバイスしたこと等。

次々と出てくるそれに、聴いている私たちばかりか先生自身が驚き、
予習してきたわけじゃないよ、と言い訳までする始末。


高校時代の記憶の7~8割を卓球部での記憶が占める。
それはそうだ。
朝に放課後、休みの日はすべて卓球の時間だった。

クラスメートと過ごすよりも、部活の仲間と共に過ごす時間の方がはるかに長く、
向き合い、おしゃべりし、3年間付き合い続けたのだから。

よく考えてみると先生も、だ。
担任との接点は小さく、教科ごとにくるくる変わる教員。
S先生とは毎日毎日休みの日も共に過ごし続けてきた。


英語科の先生。
授業を持ってもらったことは無かった。
どんな先生だったのか、思い浮かべようとしたときに、
どれだけ長い時間を共に過ごしても、授業を受けずに像を結ぶのは難しい。


今日は思い出にかこつけたS先生の種明かしの時間。
あのとき、何を思いながら、何を狙いながら、こう言った、言うのをやめた、
こう接した、見守った、誘うのをぐっとこらえた。
おとなしいけれど強く言っても大丈夫な生徒、
あれこれ言わない方がいい生徒、etc.

膨大な卓球の記憶とそれと、あわさって、
ひとりひとりを丁寧に詳細に見ていたことをつくづくと知った。

S先生にあれこれ言われた記憶が私には無く、
好きなようにがんばれるように、励まされた記憶ばかり。
自分の体力の限界を超えて練習中に倒れることがあっても、
不用意に一方的に制限された覚えはない。

思春期の難しさを丸ごと抱えて過ごした高校時代は、
ひとつことに打ち込めば他を退けられるほど単純ではなかった。
たぶん、私が自覚している以上に、揺れ幅大きく不安定なあやうさを背負って、
日々立っていたことだろう。

まっすぐな気持ちで台に向かうことができる日もあれば、
千々に乱れて集中できない時もあっただろう。

それでも体育館でラケットを持ち、ボールを打ち合う時間から
逃げだしたくなるような気持ちになった記憶もまた無い。
そこには私の場所があり、そこでは私の卓球ができた。

卓球部を「強くすること」を前任者から引き継いで長高に着任し、
顧問になったそうだ。
そんな経緯もはじめて知った。

「強くなること」を強いられた記憶もない。
楽しくて夢中になってやっていたら、
どんどんと勝てるようになっていた。

今日聞いたところによると、私だけではなく、
みな一様に、入学時、入部時より強くなっていた。

クセのあるフォームで打つ人が多かった。

クセを直すことよりも、そこにパワーを加えたり、ラバーを変えたり、
高い位置に変えたり、動きを早くしたり、
矯正するのではなく、補充、付加することで、伸ばそうとした。


それが先生の教え方、教育観だったのだ、と今日はじめて知った。
先生は、教員だったのだな、と今日はじめて思った。


より少ない働きかけで、伸び伸びと向かう場を用意し、
しっかりと見つめ見守りながら、重たい視線は感じさせない、
あるものを生かし、少しずつキャパを拡げさせる。
S先生はそんな教員だったんだ。


先生の今の年齢から、私たちが卒業してからの年月を引いてみる。
私の在学時の年齢は33歳~35歳。

あのころの私たちは、そんな若い先生と向き合っていたんだ。


越えられていないな。かけらも。
追いつくことすらできていないや。

悔しいような、うれしいような、ほろ苦いような、甘ったれるような、、、。

いつまでも先生と呼びたくなる先生に高校時代に出会えたことは、幸運だったのだろうと思う。
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心地よい4時間。
恩師との、皆との、寛げるひととき。
今の私に連なり、支えている3年間が確かにあったことを教えてくれた。
同じ時代にあの3年間を過ごせたことに感謝。
再びこうして出会えることに感謝。


22年ぶりの再会の夏。
かけがえのない思い出をひとつ増やす夏。

by shiho_kato | 2015-08-14 23:37 | ありがとノート | Comments(0)

岩木山RUN@青森の旅三日目

旅先ではいつもに輪をかけてはやく寝る。

ので、はやく目が覚める。
こんなに涼しいのだから走らなきゃソン。

オモテに出て、まずはクワガタのオス探し。
5時に近い時間はかなり明るい。さすがにもういないかな。
と、角が光った。
オス!!!そっと戻ってぷうちゃんの虫かごに入れた。
かぶとむしのメスを二匹もゆずったから、ご褒美がもらえたね。

あらためて、走り出す。
と、言ってもここは岩木山の中腹。
当たり前だけど、見事に坂ばかり。

高照神社に詣でて、
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岩木山神社に詣でて、
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えっほえっほと坂を登り続け、
岩木荘を通り過ぎてリフトのたもとまで登り切り、最後はびゅんびゅん下って約8km。

たっぷり汗をかいてもここは温泉。
すぐさまさっぱり。嬉しい。
これなら、日に何度も走って、何度も温泉に入って、楽しめそう。

美味しい朝ごはんを食べて、弘前城へ。

お城よりも公園遊び。
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カランカランのアイスクリーム屋さんは、りんごシャーベットを売っています。
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遊んで乾いた喉にやさしいシャーベット。
みんなご機嫌。
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そして、二泊三日の旅も終わり。
弘前駅から電車に乗り、新青森駅から新幹線。

電車に乗る前に、本日発売の『ちはやふる』最新刊をゲット!
昨日ゲットした『ちはやふる』の副読本とあわせて、
むむちゃんの車中のお楽しみ。


新幹線ではぷうちゃんが夏休みの宿題。
青森とつなぐ新幹線の停車駅を次々と写真におさめて、旅路をつづる???

どうか、来年も。
おばあちゃんの年齢はまだ平均寿命より少し下。
あくまで、平均。それより長く生きる人があての平均。
まだまだ一年、二年、三年、いや十年先もある。

子どもたちは、いくつになるまで一緒に行ってくれるだろうか。
一年、二年、三年、いや十年先もつきあってくれるだろうか。

今年もぷうちゃんはおばあちゃんを師匠と慕った。
おじさんを新たにアニキと呼びはじめた。
まだまだだ。まだまだ大丈夫。


蒸し暑い東京に降り立った。
今年の夢見る旅時間が終わりを告げる。

by shiho_kato | 2015-08-13 20:06 | 私ノート | Comments(0)

祖父の名は@青森の旅二日目

青森二日目はお墓参り。

おばあちゃんの家に向かい、お仏壇に手を合わせた。
生まれた時からずっとずっと変わらずにあり続ける祖母の家。
もうかれこれ50年近くになるそうだ。
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帰ってきたな、の気持ちと、
変わらずにありつづける絆や縁というものを体現してくれている家。
箱が支えになる、ということがある。その確かさを実感する。
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近くのお寺へお墓参り。

「おじいちゃん、名前なんていうの?」
聞いたのはぷうちゃんだったか、Pちゃんだったか。

聞かれてハッとする。
そういえば知らないや。

40年手を合わせ続けてきたのに、名前を知らずにいたことに驚いた。
母が中学生のときに亡くなっている。
呼びかける場面の無かった祖父の名に心を留めたことがなかった。
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ようやく名のある祖父になりにけり。

墓参りのあとは、叔母さんの喫茶店「さくらんぼ」へ。

その前にお昼の混雑する時間を外すために、寄り道。
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「さくらんぼ」ではオムライスにきのこのパスタに焼肉にケーキ、そして美味しいコーヒー。
注文を聞いて作って出して、おしゃべりして、片付けて洗い物して。全部をひとりでこなす。
もう25年くらい続いている喫茶店。
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私には到底無理です、叔母さん。すごいなぁ。
カウンターに入ったものの、洗い物をちょろちょろと手伝うくらい。
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そのあとはここ数年毎年利用しているアソベの森岩木荘へ。

名に違い遊具も何も無い森に林。しかしながら子どもたちはよく遊ぶ。
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鬼ごっこをして汗をかいたところで、温泉へ。
ヒバの湯が心地よい。

美味しいお料理をたっぷりと食べた。
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毎回恒例の津軽三味線ライブ。
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そして、ぷうちゃんとクワガタをつかまえに外に出た。
この4年、一度も自ら捕獲したことがない。
大きなお兄さんとお母さん二人連れの先客がまさに捕獲の真っ最中。
お、これは捕れるかも。今年こそ。

はじめに見つけたこれはどうかな?は、カブトムシのメス。お母さんが教えてくれた。
おうちにカブトムシはハナちゃんとゲジゲジくんがいるので、
この一匹は大きいお兄さんにゆずった。

次にクワガタのメスを発見。
よし!初捕獲成功。
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虫かごを持っていなかったので、ホテルの売店へ急ぐと店じまいの最中。
お願いすると、しめた鍵を再びあけてくれた。

もう一匹を自力で、もう一匹をお母さんに教えてもらい、クワガタのメスばかり三匹を獲った。
オスを見つけるまでがんばることにしたけれど、10時にしだいに近づき眠さとの闘い。
切り上げて、帰ることに決め、身を翻したところで、さっきまで見ていたところにクワガタのオス。
残念ながら、別の男の子の手に。彼はクワガタのオスをすでに三匹捕獲。

ホテルの入口前の電灯の下に再びカブトムシのメス。
これは連れて行かないよね。と言っていると
クワガタのオス三匹の男の子が背後からやってくる。
カブトムシのメス、欲しい?声をかけると駆けてきた。

交換を申し出るか・・・心の中で迷ったけれど、切り出せなかった。
男の子と別れたあと、ぷうちゃんが小さな声で、
「交換してくれたらよかったのになぁ。。。」
同じことを考えていたね。言い出せなかったのも一緒。

神様が見てるよ、きっと。

お部屋に戻ると、むむちゃん、Pちゃん、みぃちゃんが帰りを待って起きていてくれた。

今日も楽しい一日でした。
おやすみなさい。

by shiho_kato | 2015-08-12 14:16 | 私ノート | Comments(0)

女系四代@青森の旅

今日から夏休み。
脱東京、一路新幹線にて青森のおばあちゃんのもとへ。

木陰は涼しいも、陽射しは元気。

宿泊する南田温泉アップルランドで
別便で来たいとこちゃんたちと落ち合いました。
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おばあちゃん、おじさん、おばさんも合流して、リンゴのぷかぷか浮かぶ温泉に。

お夕飯もみなで食べました。
おばあちゃん85歳から、ひまごちゃん6歳まで女系四代勢ぞろい。
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夕食後は、
館内スタッフラリーで、子どもたちが獲得した花火。
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おばあちゃんが元気で居てくれて、
おばさんおじさんも元気で居てくれて、
母父も元気で居てくれて、
子どもたちが元気で居てくれて、
だから叶う毎夏の青森行。


どうか、いつまでも。
願いながら、今夏の再会を惜しみ噛み締める。

by shiho_kato | 2015-08-11 21:22 | 私ノート | Comments(0)