むむちゃんの散歩道

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走って、歩いて -月例川崎マラソンと浅草遠足

ぷうちゃんとまる一日デートの日。
ルンルンだ。


朝イチで多摩川へ。
月に一度の月例川崎マラソン。
4回連続出場を目標にした、3回目。

今日も晴れ。
多摩川大橋から富士山がとてもきれいに見える。
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今月から一時間スタートが遅くなったので、朝が少し楽になった。
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音楽にのせた楽しい体操をしてからスタート。
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場になれてきたのか、今日はスムーズな走り出し。
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最後、少し疲れたけれど、手元のタイムで
5分37秒。
1分近く早い。
速さはさておき、ぷうちゃんが走る気で走ったことが今日は何より。


すぐに自転車で引き返して、「からあげ遠足」に合流した。
保育園の園外企画。
都営浅草線の始発駅から終着駅まで歩き通そうという遠足。

走っているあいだに出発しているので、
時間を見て、五反田で合流。

三田駅ちかくの公園でお弁当を食べて一時間休憩。
ぷうちゃんはお弁当を食べるのももどかしく、
公園でおにごっこやら何やら、みなと遊びはじめた。

ベビーカーで参加する人たちがここから合流した。

歩き出すと、しっかり体も心もほぐれたのか
ぷうちゃんが走りたい、走っていこう、とせがむので、
ちょっと先まで先回りで走った。

すぐに信号にひっかかるので、休み休みの2キロ程度。
ふたりではつまらないと気がつき、
みなを待った。

みんなが追いついたあとは、ひとりひとり口説き落として、一緒に走る。

子どもたちのかたまりが走るのを追いかけながら、
そういえばからあげの遠足は、歩き遠足じゃなく、走り遠足だったことを思い出した。

銀座のど真ん中、歩行者天国の道を「銀ブラ」しながら通過。
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クリスマスの飾りつけで、目に入るウィンドウに引き寄せられる。
銀ブラなんて、いつ以来?
ちょっと豊かな気持ちになる。

コレド日本橋でおトイレ休憩。
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お買いものによろめきそうになるのをぐっとこらえる。
2時を過ぎると日差しのあるところもうっすら寒い。
室内のあたたかさにホッとした。

そこからは一気に浅草まで。

コレド室町なるものもできていて、その周辺はアンテナショップがたくさんあって、
楽しかった。

馬喰町付近の「鳴門たい焼き」は、前回浅草ランをしたときにも誘惑されたけれど、
今回も強い誘惑ありのまま、やり過ごしてしまった。
次こそ必ず。

浅草近くなり、人も増えるので、隅田川沿いのデッキを歩くことにするけれど
通行止めで降りることができず、残念。
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雷門の提灯を正面に見て、ゴール。

子どもたちはここがゴールは納得できず。

遠足の目的地は「遊べる場所」であり、遠足の目的は「遊びに行く」ことだと主張。
歩くことそのものを目的とするおとなとは違うわけです。

日が陰る中、
スカイツリーを正面にみながら、隅田公園でひと遊び。
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30分ちょっと遊んで満足。
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解散して、お疲れ様乾杯飲み組と、帰宅組に別れた。


しっかり走って、たっぷり歩いて、楽しい一日だった。
毎週こんな週末でもいいのになぁ。

by shiho_kato | 2015-11-29 21:07 | むむちゃんとぷうちゃん | Comments(0)

西加奈子『漁港の肉子ちゃん』

西加奈子の描くどこかずれた人物。

ぼんやりとした主人公が
少しひいて眺める目線で
ずれた人物を描くから、成功している。

そうでなかったら、ふわふわあっちの方へ流れていって、
一緒には読み進めることができない。

今回の肉子ちゃんのぶっとび方は、
キクリンがしっかりしているから、ついていけた。
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それどころか、肉子ちゃんのような在り方がうらやましくさえ思えてゆく。



やがて、キクリンのしっかりが、
肉子ちゃんに依存していることが明かされたとき、
不覚にも(最近不覚にも泣けることが多すぎるのですが)、号泣してしまった。


自分が大事にするものに正直で、それ以外に脇目をふらずにおれる人は強い。
傍から見てどうか、などということに振り回されない人は強い。

強さは人をはじく。
一緒にいると疲れてしまう。


キクリンが肉子ちゃんへの反発ばかりではなく、
むしろ肉子ちゃんによって守られて生きていることに
気が付くことができる子で良かった、と、思った。

守られていることに遠慮して息をひそめているキクリンに
気づけるおとなが肉子ちゃん以外に周囲に居て良かった、と、思った。

がんばってきた子にかける「がんばらないでいい」という言葉は
私の胸には強く響くらしい。


なんだかとても温かい気持ちで読み終えることができた。

西加奈子、なかなかやるな。


(でも、このタイトルはイケてないと思う)
by shiho_kato | 2015-11-28 22:53 | 読書ノート | Comments(0)

一年おきの学芸会

むむちゃんとぷうちゃんの学芸会。

6年生のむむちゃんの学年は、
自分たちが出る劇だけではなくて、
舞台転換やライトやアナウンスなども、係りとして担う。

むむちゃんは照明を。
台本を片手にどこで照らすか、どこを照らすか、
友人とペアで働いていた。
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仕事をするむむちゃんに、大きくなったとしみじみと思う。


ぷうちゃんの学年は
かこさとしの『どろぼうがっこう』
ぷうちゃんはピーチク先生の役を自ら選んだらしい。
金曜、土曜の二日間行われる学芸会、
ダブルキャストで、金曜に出たら土曜は出ない。
ぷうちゃんの出番は金曜日、一度きり。見逃せない。

どろぼう学校の先生役。
校長先生のもとで、そそっかしいどろぼうの下手な、冴えない先生。
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セリフも後ろまで聞こえる声を出していて、
何度か転んだり、とぼけたり焦ったりする演技も上手だった。
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毎日、機嫌よく歌っていたので、気持ちよく参加することができたんだなぁ。

七夕のときに、願い事をクラス代表で全校生徒の前で言うことがイヤで
泣きながら学校に行ったことを思い出しながら案じていたけれど、
今回は、よい意味で勝手が違ったよう。

劇全体も、まとまりがあって、楽しめました。
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むむちゃんの学年は、『エルコスの祈り』
演技の上手な子が何人も居て、全体の出来を引き上げていた。

このくらいの学年になると、個性として、その子の特性として、
演じることが好きだったり、上手だったり、得意だったりする子と
興味がなかったり、適応しなかったりする子と
はっきりと分かれてくることがよくわかった。

むむちゃんは、埋没しようしようと努めていた。
飛び抜けないように、足を引っ張らないように。
ほどほどにそこそこに。
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つまるところ、演技にはあまり興味が無いということがよくわかった。
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ぷうちゃんとの違いが性格の違いなのか、特性の違いなのか、
年齢の違いなのか、わからないけれど、
はりきって配役をしっかりこなすぷうちゃんと、
そこそこでやり過ごすむむちゃんとの違いが際立って面白かった。



むむちゃんやぷうちゃんの学年ではないけれど、
5年生の『葉っぱのフレディ』は、
まとまりがあって、粒ぞろいにでこぼこ少なくそろっていて、
劇として、観ることができた。
(だれだれちゃんが出てる!だれだれくんが出てる!ではなく)

不覚にも、温かいものがこみあげてきたりして、
そんな自分に驚いた。
帰ったら『葉っぱのフレディ』読み返そう、と思わされた。


勤務先の文化祭で行われる劇に比べるべくもないのだけれど、
心を揺さぶるところでは、侮れないものがある。
油断大敵。


学芸会と、展覧会と一年おきにあるのだけれど、
どちらも毎年だったらいいのにな、と思う。



教科の学習以上に、個々人それぞれのふくらみを予想もつかぬ方向へ広げていく可能性があるのだから。

by shiho_kato | 2015-11-27 15:27 | むむちゃんとぷうちゃん | Comments(0)

ヒュー・グラント『Re:Life』

久しぶりにヒュー・グラントの映画がやってきた。

11月21日に封切られた『Re:LIFE

迷わず観に出かけた。
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久しぶりにみるヒュー・グラントは、それなりの年を重ねていた。
けれど、情けないダメ男なのに汚れることがない感じはそのまんま。

ありがちなハッピーエンドの物語、
あちこちのほつれを拾い上げて、すべて良しにまとめてくれてありがとうの気持ちになった。


映画ネタがそこここにあふれていて、
観直したくなる懐かしさや、あらたに観たくなる気持ちをそそられた。



人生の、連なる日常の、ひとやすみ。
by shiho_kato | 2015-11-23 20:17 | 休日の過ごし方 | Comments(0)

ひまわりの咲く11月@川崎少年事件

はじめて、そこを訪れた。

どこなのか、探し当てるのに苦心した。

ひまわりが一本。
すっくと立って咲いている。

この季節に。
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風が冷たく吹きつけて、雨粒もぱらり降り始めた。

ひまわりの色が、そこだけあたたかに照らしていた。





朝、子どもたちが家を出たのを確認して鍵を閉めるとき。
夕方、一分でも地下鉄一本分でもはやくと家路を急ぐとき。
子どもたちよりも早く出て、夜帰ってきて朝食の洗い物が台所につまれ、
敷きっぱなしのままの布団を目にするとき。
夜7時からの会議に欠席連絡のメールを送るとき。
学校に持っていくものをプリントで知ったとき。
それらを期限までに持ち物が準備できたとき、間に合わないとき。
安心してゲラゲラと笑いころげ、だらだらとゴロゴロと過ごしている子どもたちを目の端に見ながら夕食の支度をしているとき。

あなたと、あなたのお母さんのことを思い起こします。



気づかない母にならないように、
見過ごしてしまう母にならないように、
ちょっとしたことを言い出せない母にならないように。
長く家をあけてしまう母にならないように。
夜遅い帰りにならないように。
会話する余裕を残して食卓に向かえるように。

外で何か役割を果たさねばならない気持ち、いま学びたい気持ち、いま出会いたい外に向かっていく気持ちと、それらからすっと身をかわして家の中の淡々とした日常をキープし続けていく気持ちと、
揺れ動き、葛藤しながら出かけては悔やみ、出かけなくては悔やみ、落ち着き悪く過ごしてきたこの数年間。
2月以降、私の心は固まりました。

出かけない。
子どもたちが、子どもとして居る時間はそう長くはない。
今日は、明日は、常に一度きり。
この今を、丁寧に、これまでよりいっそう丁寧に、
落ち着いて送れる日々にすること以上に、いますべきことはない。
自分自身のことでも悔いにはいくらでも苛まれよう。
でも、子どもたちのことだけは後悔を残したくない。

そう、心に決めました。




他でもないあなたたち家族は
そんな風に私たちを守ってくれています。
by shiho_kato | 2015-11-23 13:51 | 社会&地域&子どもノート | Comments(0)

第18回神奈川県かるた選手権大会@鎌倉武道館

A級からG級まで、400人あまりが集う大きな大会。
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昨年のこの大会で個人戦デビューした。
昨年は
私は初戦敗退。したものの、
むむちゃんが優勝して、心のなか、ぽっかぽかで帰ることができた。

今年は。
この一年でE級にあがったむむちゃんは、一回戦で負けました。
級があがってから、勝ちがぐっと難しくなった模様。

私は、今年もG級で。
一回戦は16枚差で勝ち進むことができた!
と、言っても、小学生の中学年くらいの男の子を相手に、
タイミングが少しくらい遅れても自陣の札はとらせてもらえるかるただった。

次はこうはいかないよね、と覚悟。

さがみの会の中学生くらいの女の子。
荒いけれど、速い。
こういうときは丁寧に、自陣の近い札をしっかり抑えていかなくてはならない。
のに、札が指をよぶとりになかなかならず、苦戦。
一回戦目の暗記がまだらに残り、お手つき。
これはほんとうに、いけない。

11枚差で負けました。
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かるたは練習量の競技だなぁ、と思う。
コンマ何秒差で先に取るには、体が覚え込むしかない。
覚えて覚えて覚えさせて、頭が動かなくても体が動くところまでもっていって、
はじめて作戦を練った戦いになるんだわ、、、。
そこまでいく練習はできていない。

悔し泣きはしないけれど、めちゃめちゃ悔しくて、
珍しく反省なんぞをしてみた。


一年前から「百人一首に遊ぶ会」に来はじめて、
半年前から一緒に神奈川に通うようになったAちゃんは、
前回大会デビューを果たし、今回3位入賞。
F級にあがった。
来週の日野の大会で勝って、一気にE級も夢ではない気がする。


子どもたちにどんどん置いてかれちゃうわ、とぼやいていたら。
むむちゃんが「今度から読める子どもが読むから、ママはとるの練習したほうがいいよ」

まったくです。


自分の戦いをちょっと横に置いて、
おとなとしてちょっとした自己満足としては、
私の読みで練習している「百人一首で遊ぶ会」の子どもたちは、
神奈川に行ってもずば抜けて強い。伸びが早い。
これはきっと、私の読みがいいに違いない。

このくらいの自負を、今日は許して欲しい。


練習方法を変えてがんばろう。
by shiho_kato | 2015-11-22 19:25 | マラソン、かるたノート | Comments(2)

むむちゃんの誕生日

むむちゃんの誕生日。

むむちゃんは2階の和室でかるた部の活動をしていた。

「今日はかるたの日だから、明日でいいよ。」


むむちゃんがそう言うので、
ぷうちゃんと二人でこっそり、心置きなく
サプライズのお誕生日の準備ができた。

雪ころクッキーのバースデーケーキ。
いつものドリア。

手のかからないものばかりをリクエストしてくれる。


かるたを終えて、さよならをして、
1階をのぞいたむむちゃんが、歓声をあげる。

「今日してくれるの?」

ぷうちゃんは空腹を我慢して、先にお風呂に入って待った。

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実家から友達からプレゼントがたくさん。
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ひとつひとつに、ありがとう~、かわい~、欲しかった~。
うれしい悲鳴をあげる。
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ぷうちゃんからは、
直前の児童館の講座に参加して作った万華鏡。
長いお手紙もしっかり自分で用意していた。
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私からはむむちゃんのリクエストでたくさんの本。
本はむむちゃんが自分で選んだ。
いつもはいかない大きい本屋さんで一時間たっぷり吟味した本に抜けている巻や、続きの巻を、こっそり加えて。


「よだれが出そう~」



私へのむむちゃんからのプレゼントのような言葉。

親子だわ。
私が大学生になり、大学図書館にはじめて足を踏み入れた時に、
文字通り「よだれが出そう」だった。
18歳だった当時の私に、むむちゃんはいつの間にか近づいている。


気づかぬうちに、その頃の私を越えていくのだろうか。
ふっと寂しさにも襲われながら、
こんなふうに育ってくれて、ほんとうにありがとう。


心の底から、感謝。

by shiho_kato | 2015-11-17 22:45 | むむちゃんとぷうちゃん | Comments(0)

たかのちゃんとの4時間@さいたま国際マラソン

たかのちゃんの眠る脇を走るマラソン大会。

4時間の時間制限がある。


はじめてのフルマラソンでまぐれのようにぎりぎり切った4時間。
私の走力ではそんなきわどい勝負になるレースは出ないのに。


でも、これは”たかのちゃん”。
コースをみた瞬間に、ぜったいに走りたい気持ちが満タンになった。



夏を越えて、北海道での苦しかったフルマラソンの記憶が濃いなか、
さいたまが近づいて来るにつれて、気持ちが重たくなる。

10月下旬から11月中旬まではいっつも、毎年毎年とっても忙しい。
気持ちにも体力にも時間にも余裕がなくなっていき、
張り詰め感と疲労感。

開催1ヶ月前になってようやく発表された関門の時間は?
厳しいなぁ。


さいたま国際マラソンは、女子のオリンピック代表の選考レースにもなっていて、
前日受付。

金曜に受付を済ませ、ボランティアのスタッフの方々にエールを送られ、
低迷していた気持ちが少しだけあがった。
できるだけのことをしよう。


前日の土曜日
午前中は直前ラストの練習会に参加するつもりでいたけれど雨。
怪我とか、冷えて風邪とか、避けるためにおやすみにした。
これまでほとんど無かった空白の時間を持つことができてホッとした。

午後はかるた。
ふるわない。ちっとも思うように体が動かず、
集中しているつもりなのに、取れない。不完全燃焼。

そして前夜。
夜中に目が覚め、たかのちゃんのことばかり頭に心に浮かんだ。
朝は早々に起き出して、すぐ取れるところに置いてあった文集をひらいた。
はじめにぱらりと開いたページは、たかのちゃんの文章。
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とても、いい。
たかのちゃんの文章を拾い出して読み、
続けて、他の友、後輩、先輩、先生たちの文章を読んだ。
いい。
みな、いい。

この文集を作った頃の自分を思い出し、
そんな時期を過ごせた私が居たことをありがたく思った。

たかのちゃんが未来を書いていた。
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予期せぬ未来。
でも、そのときたしかに「ある」と思っていた未来。

ツンとする。


大会に背負っていくリュックに文集を入れた。

今日はたかのちゃんと走る。
4時間めいっぱい、たかのちゃんと思う存分過ごすんだ。


監督が今日の指針をくれた。
指針とはおおげさだけれど、
私にとっては「この方向で進めば迷わない」数字。
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5kmを27分台。
早すぎたら後半苦しくなる。遅すぎたら関門を越えられない。

1kmを5分32秒。
5分20秒から40秒の間におさまる感じは、がんばらないときのいつものスピード。

苦手な冷たい雨は、
くもりに変わるらしい、気温も少しずつあたたかくなるらしい。
私に味方している。
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スタートロス、時計を見つけられなかったけれど手元で5分。
はじめの1kmは5分48秒。6分を切っていることにほっとした。
次の1kmは5分5秒。少しあげすぎ。

ペースがつかめるようになったので、周りから応援をいただく。
視線があうとゼッケンを呼んでくれたり、
女子がんばれ~、と声をかけてくれる。
(一般は、女子率の低い大会だった。)


声援嬉しいね、と、たかのちゃんに声をかける。
笑顔でカクカクうなづく。

マラソン、楽しいでしょ、と、たかのちゃんに声をかける。
首をかしげながらもニヤリ。

一緒に4時間楽しんでね、と、たかのちゃんに声をかける。
ふわっとあったかく笑う。

はじめの関門6kmを、7分前に通過。
二つ目の関門14kmは5分前に通過。
通過のゆとり時間が目減りしていく。
次の関門は10km先。不安がつのる。

焦るな。ペースが落なければ大丈夫だから。
揺らぎそうな気持ちをぐっとこらえる。


気づいたら、美園。
見たことのある建物が近づいてきたと思ったら、
たかのちゃんの眠る霊園脇をあっさりと通過した。

浦和スタジアムをぐるりと回って戻ってまたここを通るコース。

置いてかないよ、一緒に行くよ。
折り返して戻ってきて、ゴールまで連れて帰るからね。

その間に関門が二つある。
どうしたってそこは通過しなくちゃ。

すっかり雨があがり、青空まで見え始めた。
空が広いね。
気持ちがいいね。


3つ目の25kmの関門まで、あと2km弱のところでコールが聞こえる。
残りあと15分。15分あれば次は通過できる。


4つ目の関門が30km、5つ目は35km、6つ目が39kmと続く。
35kmの関門から39kmの関門の間は20分しかない。
キロ5分でいくのは無理なので、そこまでで貯金を作る必要がある。

25~35kmを落とさない。できればあげる。
イーブンペースで走る中に一箇所だけがんばるところを作った。
前半がまんしながら走るときは、後半少しがんばれる。
どうか、今回もそれができますように。

たかのちゃんの霊園は30km関門のあたり。
25kmから30kmはゆるくアップダウンのあるコース。

青空を背景に、ランナーの大波小波。
空だけど海みたいね、たかのちゃん。

ペースはあげられなかったけれど、坂の割には落なかった。

30kmを通過。
たかのちゃん、約束通りゴールまで行くよ。

関門の時計を見そびれて、
どのくらいの時間の貯金があるのか計算できなくなってしまった。

予定から遅れていないから、きっと大丈夫。
でも、ここは少しがんばらせてね。力を貸して。


35kmを通過。
ほんのちょっとだけ、これまでより早い。

最後の関門まであと4km、なんとかあと4km。

商店街を抜けていくような道に入り、応援が増えた。

うれしいね。たかのちゃん。
笑顔でこたえながら、足を運んだ。

39kmの関門はするりと過ぎた。
500m前の関門予告ののぼりを見ることなく、気づいたら過ぎていた。

残り3km。
もうこのまま止められることなく、ゴールに向かえる。
緊張がとけたら、足が重くなった。

走り出したさいたまアリーナを目の前にしながら、
ぐるりと迂回していくコース。
たどり着いたのに、ゴールさせてくれない。
残りの2kmは長かった。

ダメ押しのゆるいアップダウン。
歩き出す人たちをみやりながら、
ここで歩いたら二度と走り出せない気がして、
小さく刻みながらも走り続けた。

曲がっても曲がっても曲がってもゴールが見えない。

ふっと影に入ったところで、後輩の顔を見つけた。
えっちゃん!
声を出したら力がふわっと湧き上がって、
遠い先にFINISHのゲート。


3時間55分6秒

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たかのちゃん。
4時間しっかり一緒に居られたね。

ありがとう。
私の声に、たかのちゃんの声が重なった。
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by shiho_kato | 2015-11-15 20:35 | マラソン、かるたノート | Comments(0)

ボランティアの内的動機

間もなくサイバー大学でのボランティア論・秋学期がはじまる。

8年目に入るだろうか。


一度収録したものを用いながらの授業。

私の中に流れてきた時間は、おのずと知識と経験とを増やす。

社会そのものも、地震や水害や噴火等々の自然災害等の
リアルな体験を増やしている。

そうなると(そうでなくとも自分に対しては)、
かつて収録したものに対して、冷ややかに批判的になるのも仕方なし。


その中で、あぁ、あの頃の私は正しかったな、と教えられものもある。


ボランティアで最も重要なのは「内的動機」であるということ。

私がいかなる場面でも、くりかえし教えられてきたことでもあり、
私自身が実感をともなって経験したことでもあり、
伝えるべき重要事項のひとつとして決して落としてはいけないもの。



一昨年から少しずつ、活動総量を減らしている。

社会的な使命感に駆り立てられるように始めたことも、
ときを経て、なんらかの成果だったり(成果がなくとも)、手応えだったりを得て(得なくても)、
ステージを変える時期がある。
3年だったり、5年だったりという時のサイクルだったり、
活動の内容だったり、契機は様々。

「がんばって」そこに携わらなくては「ならない」としている自分に気づいたとたん、
活動への関わりは、あっという間にウソくさくなる。


対価や称賛を得なければ続けられないな、
そう思ったときには、ボランティアの立場は放棄したほうがよい。
みなと同じ立場で、そこに関わることをやめたほうがよい。


そこをひとつの私自身のボランティアかそうでないかの線引きに使ってきた。

やめてしまった活動も、遠くから応援していることに変わりはない。
ボランティアではなく、アルバイトという形に変えたものもある。
できることを限りなく小さくして、「無理のない範囲」を狭めて関わるようになったものもある。


良くないのは、突き動かされるものに突き動かされて身を注いできたことを、
「心ここにあらず(熱意のない)」の状態で、続けようとすることだ。
おのずと、一緒にやっている人たちへの不満が増え、
いままでこなせたはずの仕事量が手に余るようになる。

そんなふうに、すでに内的動機が薄らいでしまった状態では、
活動の活力を削ぐばかりだ。


ボランティア論では、
ボランティアをしたことがない人が自らのうちにあるボランタリーな、
ぼんやりとした何かしたいを、
はっきりとした輪郭を得たり、
さらに進められる人には手応えをもって感じてもらえるようになればいい。





私自身
賃金をもらって働く立場に変わったならば、関わりは変わる。
かつてNPOで働いていたときに、そこをもっと
by shiho_kato | 2015-11-12 14:59 | 学習ノート | Comments(0)

成田POPラン

雨の中のレースになった。

雨だけど、気持ちが明るいのは、
共生マラソンが今日は無いと知ったから。

共生マラソンではお店を出しながら、
5時間リレーで走り続ける。
私はもっぱらリレーが途切れないようにするところしか役に立たない。

にも関わらず、今年は走ることにすらかけらも貢献できずに、
同じ走る先を、成田に選んでいることに、気が咎めていた。


いつもの共生マラソンの開催日を常にチェックし続けながら、
例年の開催時期に他に出たい大会があったけれどエントリーせずに開けていたのだから、
咎があるとすれば、開催時期を変え、変わった日程の発表が遅い共生マラソンの側。

では、あるけれど。

どうしてこんなに後ろめたく感じるのだろう。
と、ず~っとグジグじと考えていた。


朝の開催中止の連絡にホッとする。
お店だけ半日開催するそうだ。
走る役目は必要ないので、気の咎めが半減。

こんなことなら、下手なお菓子作り、しなければ良かった。
お客の少ないお店の残在庫を増やしてしまうばかりだ。



さて、成田。
父がかつて参加していたマラソン大会。
コースはかつての同じなのだろうか。
父は雨の中を走ったりしたのだろうか。


来週のさいたまも雨かもしれないと思うと、
今日カッパを着て走る練習ができてよかったと思える。

更衣室、控え室に体育館の中を使えたので、雨でもそれほど惨めな気分にならない。
河川敷の大会ではこうはいかない。





スタート前に時間切れでトイレに行きそびれたのは痛恨。
前半は仮設のトイレにたどるつくまでは緊張感120%で、
走っている気すらしないくらいだった。
時間に余裕をもって動くことはほんとうに大事です。

それもあってか、この数週間の疲れが抜けないままの体は
走り出してもどんと重く、ちっとも動かない。
今日はフルマラソンのスピードを体感する日にしようと決めた。

コースはうわさどおり、のぼったりくだったりだったけれど、変化があって楽しかった。
紅葉のきれいな中を走るコースも楽しかった。
千葉らしいたんぼの中の道も、遠くまでうねうねとランナーを見渡すことができて好きなコースだ。
それもあり雨もあり坂もあり、の中で、いつもとさして変わらぬタイム。

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来週にはもう少し重さが抜けるかな。
雨、できれば降らないでいて欲しいなぁ。
by shiho_kato | 2015-11-08 16:39 | マラソン、かるたノート | Comments(0)