むむちゃんの散歩道

mumugi.exblog.jp
ブログトップ | ログイン

<   2016年 03月 ( 13 )   > この月の画像一覧

小川洋子『琥珀のまたたき』

心配性の母親に、
壁の内側から出ないように育てられた3人の子どもたちの物語。

母親は毎日仕事へ出かけてゆく。
3人の子どもたちは、ただ教えを守っているだけで、
壁の外へ出てゆくことは容易かった。

にも関わらず、壁を越えず、ひっそりとその内側に身を置き続けた。
そこを世界のすべてと思い込もうとしながら。


だれにも気づかれることなく、
この世の中から身を隠すなんて物語の中の世界だから可能なんだ。


それをちょっぴり羨ましく思いながら、
読んでいた矢先に、
二年間行方不明だった朝霞市の中学生がみつかった。
監禁されていた場所から自ら逃げ出し、助けを求めた、と。

監禁していた人物は大学に通っていたそうだ。
外出の留守の時間があっても逃げられず、そこに居て、
だれに気づかれることなく、2年の時が過ぎてゆく。

そんなことが現実にもあるんだ。



身を潜めるのを羨むのは、それが自分の意思でなされる場合ばかり。
そして、手の届かぬ夢物語であればこそ。

実際に誰にも気づかれずにひっそりと生きる、
そんなとてつもない孤独には耐えられないだろうと思えるほどに、
いま、陽の光のなかで生きていることに気づいた。
by shiho_kato | 2016-03-30 16:22 | 読書ノート | Comments(0)

佐倉朝日健康マラソン

桜の開花のはやい今年は、お花見ランになるかしら?

佐倉の桜は、寒の戻りで二分咲き程度。
そのかわり、花盛りの菜の花、雪柳、レンギョウをたっぷり愛でて走ってきた。


名古屋を一生懸命走ったので、これからはじっくり42kmを味わうラン。

たとえゆっくりのんびりでも42kmはひとりではとてもじゃないけれど走れない。
d0134102_13484741.jpeg

千葉らしいコース。
牛舎の脇を抜け、田畑の中をゆく。
先ゆくランナーの帯を見渡せるコースは好きだ。


今日は名古屋のTシャツを着た。
d0134102_13490754.jpeg
あちこちの応援で「私も出たよー、がんばってー」と声をかけられる。知らない者同士なのに、新幹線で出掛け一泊するくらい離れている場所での大会だったのに、年齢も住まいもバラバラなのに、走ることでつながり走るところで人生を交差させてゆく。

出走する年齢層は圧倒的に40代が多い。
名古屋を走った人の大会レポを読むと、子育てをしながら、仕事をしながら、少ない自分の時間をやりくりしながら走って走って、名古屋の二日間を自らにプレゼント。そんなランナーがなんて多いことか。

さまざまなことが次々と舞い込む毎日の安定と安心を保持続けることに比べたら、ただただ4時間、5時間前に進みさえすれば、完走のご褒美をもらえるマラソンのなんて幸せなことか。

働きながら、子育てをしながら、人生をなんとかやり抜けながら、走ることのできる喜びと楽しみを、私たちは知っているよね。そんな連帯が40代の女性ランナーたちにはある。(と、勝手に思っている。)
だから、どの声にもありがとうと笑顔でこたえ続けた。


スタート直後に降りだした雨は半分を過ぎる前にあがった。青空ものぞきはじめた。

止まない雨は無い。
辛い上り坂も、必ず下りに変わる。

前をゆくランナーの帯、私のあとに連なる帯、どこをとってもみな前に向かって走っていく。
立ち止まる人も、やがて走りはじめる。後ずさりする人はひとりもいない。

ひとりひとりに尋ねれば、進まない足をなだめたり、止まりませんようにと祈ったり、痛みに耐えたり、棒のような足にムチ打ったり、おぼつかない体を叱咤したり。
それぞれに各々の方法で心を砕いて、なんとかこの先のずっと先にあるゴールにたどり着こうと必死だ。

それでも、みなが前を向き続けるこの光景は、わかりやすい健やかさに満ちていて、印旛沼も木立も風車も、揺れる雪柳も、二分咲きの桜も、応援のうちわも、どこをとっても平和な光景。
その一端に身を置いていることが嬉しくて笑みがこぼれる。嬉しくて涙ぐみそうになる。
d0134102_13493224.jpeg

2週前にフルマラソンを走ったばかりの足は、早々にいうことをきかなくなったけれど、
気持ちは、あちこちの痛みにも心が折れないくらいに清々しかった。

d0134102_13494897.jpeg

by shiho_kato | 2016-03-28 11:24 | マラソン、かるたノート | Comments(0)

ふうちゃんと朝の桜

今日から春休み。

ルンルン早起きのぷうちゃんと、朝桜を観に。
d0134102_13554905.jpeg

d0134102_13561575.jpeg

d0134102_13564888.jpeg

宿題も無い春休み。
三月は、何もかも終えていくばかりではじめなくて良い。
ひと息つける季節。

d0134102_13584533.jpeg

by shiho_kato | 2016-03-26 13:54 | Comments(1)

映画「アーロと少年」@修了式

ぷうちゃんが観たいと主張していた映画「アーロと少年」

修了式の夕方に待ち合わせをして観に出かけた。

むむちゃんがぷうちゃんを連れて、バスに乗って。
私は職場から乗り換えをしながら。

駅で待ち合わせ。

移動に、1から10まで一緒じゃなくても大丈夫になったというのはとっても大きなこと。
3や5の地点からはじめることができる。
d0134102_13341268.jpeg
むむちゃんはぷうちゃんを連れて行く責任をもち、
ぷうちゃんはただただついて行くばかりの気楽さ。
むむちゃんのちょっとイラっとする感じ、よくわかる。


ネットで席予約ができる映画館だったので、予約しておいたけれど
館内は座りたい放題の客入り。
ゆっくりと観ることができた。

アーロと少年」は、
家族とはぐれてしまった臆病者の子ども恐竜「アーロ」と、家族のいない勇ましい少年「スポット」が
一緒に家族のもとへ帰る旅をしながら、友情を育み、たくましくなっていくお話。


言葉をしゃべるのは「アーロ」。人間の少年、スポットは言葉を話すことができない。
たいてい強くて憎まれ役のティラノサウルスが頼もしい味方になってくれたりする。
それらがなんだか新鮮だった。


劇場によっては3D上映もあるようで、川や滝の濁流のシーンが圧巻だった。
どんな敵との戦いよりも、水が怖かった、とは、ぷうちゃんの感想。

d0134102_13334076.jpeg
家族に守られる「私」から、家族を守る「私」へ。

君たちはそんなに急がなくていいよ、と、心の中で呟きながら、
こうして待ち合わせてお出かけできることを嬉しく思ったりもして矛盾。


観終えて劇場を出ると、外は夜。
たまには外食しようか。
イタリアンでも・・・と、目指して歩き、むむちゃんとぷうちゃん即決のサイゼリア。
行き慣れた所(ファミレス)がいい。
そんなところに垣間見える子どもらしさにホッとする。


おみやげはミスタードーナツのドーナツ。
さ、明日から宿題の無い、楽しい春休みがはじまるね。
by shiho_kato | 2016-03-25 21:48 | むむちゃんとぷうちゃん | Comments(0)

物語の浄化力

いやなことがあり、
グサグサと傷つくことが二重三重に重なり、
傷つき防御のために、毒発生中。

頭の先から足の先まで、指先からお腹の奥まで、毒に満たされ爆発寸前。


こんな日にお酒なんか、ぜったい飲みたくない。
疲れるだけだし、だだこぼれの自分の感情の凄まじさにノックアウトされるだけだ。


夕方DVDを4本借りこんで、次から次へと観ていく。
本を読みながら、札を切りぬく作業をしながら。
この「ながら観」の贅沢は、わかる人にしかわからない。



一本目は「青天の霹靂
大泉洋と劇団ひとり、柴咲こう。
はやく旧作扱いにならないかな、と待っていた。
「なんで何をやってもうまくいかないんだ」、「生きるのつらいよ」と空に呟く。

だよねだよね、一生懸命やっても報われないっていう気持ちにドーンとなること、あるあるだぜ、と思いながらひとりじゃない感が高まる。



二本目は「すーちゃん、まいちゃん、さわ子さん
たまたまだけど、こちらも柴咲コウ。それと、真木よう子、寺島しのぶ。

30代なんてまだまだだ、とか思うけれど、この3人はそれぞれに渋みがあるので、良し。
仕事や結婚や介護や、先を見なければ充実しているような毎日だけど、
先を見ると、何をやっても宙ぶらりんなような、どうなっちゃんのか不安ばかり膨張していくような。
ひしひし伝わる。
ドラマチックな出来事は何もないけど、ぼんやりとした焦燥感、ぼんやりとした充実感、ぼんやりとした向上心を上手に描き込んでいて、とっても良かった。

だよね。どうしたってうまくいかないことはあるし、知らぬところで見てもらえてることもある。
丁寧にいまを受け取りながら、がんばっている自分をほめながら、少しずつ少しずつ不安の膨らみ度が小さくなっていくんだ。

ひとりの戦いだけど、ひとりひとりあちこちでそこここで、似たような、同じような戦いを繰り広げている同士が散らばっている。

終わりもドラマチックでは全然ないけれど、爽快な気分になった。

アイコちゃん、私たちもそうやってここまで生き延びてきたよね。
サトコちゃん、私たち、そんなこんなで、よくここまでやってきているよね。
仲のいい友たちにテレパスで話しかけていた。



三本目は「ぶどうのなみだ
大好きな「幸せのパン」の監督三島有紀子の作品。
北海道が舞台、空とか地面とか、空気とか、ホッとする。

原作本というのか映画のノベライズ本を先に読んでしまっていたので、
既視感たっぷり。

土に水に力を与える目に見えない自然の力のスピリチュアルな感じ。
直前まで読んでいた宮部みゆきの『ミヤマ物語』と呼応する。


3本目の途中で、まささんがやって来た。
目の前にいたら、人畜無害で、なんの咎もないまささんに毒をぶつけずにはいられない。
そうしたら、毒を吐いた自分のダメダメさにいっそう打ちのめされてしまいそうで、
来るなと言っていたのに。

でも、その頃には、爆発しない程度に、目の前に居ても寡黙ながら、
ぶつけずにやり過ごすことができそうなくらいには、
落ち着けることができていた。

察して、そーっと静かに立ち回るまささんに感謝できる程度には回復していた。


3本観終えたころには、身体中を満たしていた毒素は半分以下に減っていた。

明日を「元気に」迎えられるほどではないけれど、
今日はもういいや、と思えるくらいまで。
眠りをジャマされないくらいまで。



物語の浄化力を見直す夜。

それにしても「すーちゃん、まいちゃん、さわ子さん」はよかったなー。
こういう映画、大好きだ。
by shiho_kato | 2016-03-25 21:19 | 私ノート | Comments(0)

むむちゃん卒業おめでとう

むむちゃんの卒業式でした。
d0134102_15394137.jpeg

d0134102_15410506.jpeg


d0134102_15412699.jpeg
小学校6年間が無事に終わった。
いや、「無事に」は正しくない。

たくさんいろんなことがあったけれど、どれもこれも乗り越え踏ん張り踏み応えやり過ごし、
たくさんいろんなことがあったけれど、大事にいたらぬよう、小事におさめられるよう、限りない努力を積み重ねて、この6年間を終えるところまで至ることができたんだ。

がんばったね、私。
めちゃ、がんばったよ、私。


そして、私のあらん限りの努力の死闘の傍らで、
できるかぎり淡々と、落ち着きを保ち続けてくれたむむちゃんは、
本当にエライです。
本当にがんばった。


競技かるたに出会って、好きになって、夢中になって、
かるたを通して友だちに出会い、先生に出会い、
日々の中でも、笑顔がぐんぐん増えていくむむちゃんに、心底ホッとした。
d0134102_15420182.jpeg

d0134102_15422262.jpeg

ひとつひとつの出来事を丁寧に思い出し始めたら、三日三晩泣き続けられそう。立ち上がれないくらい力抜けちゃいそうだ。扉をあけるのは、まだまだ先の、老後の楽しみにとっておこう。



支えてくれている人たち、見守ってくれている人たち、みなに感謝。

むむちゃんと私のいちばんの味方でいてくれるぷうちゃんに感謝。


何よりも、すくすくと伸びやかに育ってくれたむむちゃんに、感謝。

d0134102_15521141.jpeg




そして、最後は
ここまで持ち直し、持ち堪えた自分に感謝してあげたい卒業式。

by shiho_kato | 2016-03-24 17:59 | むむちゃんとぷうちゃん | Comments(0)

第19回神奈川県団体対抗かるた大会

年に一度の団体戦。
神奈川県団体対抗かるた大会に出場した。
d0134102_17212173.jpeg
むむちゃんは、「クローバーチーム」の3将。
私は、「チームまにまに」の4将。実力的には6将なので去年同様補欠相当の気楽な身。

とはいえ、直前に映画「ちはやふる」を観たばかり。
団体戦で戦う時の自分のためじゃない戦いの感じで気持ちが高まる。
去年、一試合だけ出場させてもらった試合を思い起こして、始まる前から胸が熱くなってしまう。


1回戦目、
むむちゃんのクローバーの対戦相手はひさかた会のチーム。
苦戦を強いられる中、むむちゃんは落ち着いてひとり連取を続けていた。
d0134102_17221146.jpeg
いちばん手前に座ったこともあって、よく見える。
息を呑んで見守る中、
「とった!」
「またとった!」

こんなに強かったっけ。

集中も緊張も、乱れることがない。
太くはないけれど、細く張り詰めてもいない。
淡々と、一枚一枚の一音一音に集中し、聞き、取り、を繰り返す。
顔色ひとつ変えることもなく。取っても取られても落ち着いた顔つきのまま。

0コンマ何秒の世界。
40枚、50枚、70枚、読まれる札の枚数だけ集中を繰り返す、なんてタフな競技だろうとあらためて思う。
d0134102_17223727.jpeg
そして、札へのアプローチがきれい。指先のそろいもそうだけれど、はらった札はバラバラにならずまとまって飛んでいくのは力の方向が一定だからだ。

強い選手はたくさんいるけれど、私は札が荒れないプレイが好きだ。
「ちはやふる」のしのぶちゃんやかなちゃんじゃないけれど、
一首一首、ひとりひとりの歌人の手になるものだから。


私の場合、べちゃっ、ばたっ、がさっ、と洗練までは程遠い。
その札、この札を、すっとまっすぐ取りに行けるようになりたい。
勝てるようになることも大事だけど、願わくはきれいな取りで強くなりたい。
そう思っていたら、
いつの間にかむむちゃんは、その憧れの取りを体現する選手になっていた。

もうそれだけで、泣きそうになる。


私のチームは、キャプテンのちぃちゃんがキャプテンとしてのプレッシャーに押されながら、
一枚一枚薄氷を踏むきわどさで、数枚のリードを保っていた。
ちぃちゃんに代わってチームを支える声掛けを続けながら、やはり厳しい戦いをしている私より年上のKさんとY子さんの姿にも胸がジンとする。
d0134102_17232351.jpeg

左にむむちゃんがあと数枚のところからなかなか取れない状況が続き、
右にちぃちゃんが一度は突き放したところから、つめられ、逆転。

ふたりのラストの数枚は、胸と組んだ指が痛くなるほどだった。

むむちゃんが勝ち、ちぃちゃんが負けた。

むむちゃんのチームは最後、運命戦ふた組み。主将と6将。
その展開だけで、やっぱり胸が熱くなって視界がぼやけてしまう。

6将のAちゃんが敵陣を抜いてのガッツポーズ。
こんなすごいことも、団体戦ではあるあるだ。


二回戦目はオーダーでメンバーに入った。
相手はシニアのみなさんで組まれたチーム。

小さい子どもとか、シニアの方とかが相手になると、遠慮というか思い切り良くいけないクセがある。
でも、1回戦で敗けているから、ここでは勝ちが欲しいところ。

緊張で出足、3枚連取された。
ようやく一枚目を取って、自分のペースを取り戻した。

ちぃちゃんを支える役は担えないけれど、となりのAちゃんには、次一緒にとろう、ナイス今の取りよかった、続けて一枚、と、声をかけながら。
その向こうでちぃちゃんの代わりに目配りをしているY子さんと目が合うとホッとする。
よし、次もう一枚。

Hちゃんが早々と1勝してくれたので、気負いがなくなってそのあとが楽になり、続く2勝目をいただいた。
そのあと、メンバーそれぞれが勝ち、チームとしては全勝。

私は今回1試合だけ、という打ち合わせをしていたのに、思いがけず
3回戦目もオーダー入り。

連戦は暗記が残ってボロボロだけれど、おとながふたりずつ入る形をとるためには、ここはがんばりどころ。
当たったのは相手チームのキャプテン。私で良かった。

速い当たりに釣られ、暗記のリセットがやっぱりうまくいかなくて、お手つきを連続してしまう。
せめてチームが一勝目をとるまでは、負けないように踏ん張らなくちゃ。
となりでリードしているRちゃんが勝つまで、なんとかがんばろう。
Rちゃんが勝ちを決めるのと、私が負けを決めるのと同時。
なんとか粘って目標は達成できたから良かった。


かるたは他の畳の上のスポーツや茶道や書道に似て「礼」がベースにある。勝てばいいだけの競技では無い。たとえ速くても強くても非礼や無礼はいただけない。
そんなプレイをする選手を見ながら「こうはならないようにしよう」と思い、10代相手にそれも無いか、と苦笑い。
「むむちゃんだったら「この人より速く取れるようになろう、強くなろう」と思うのだろうな」と思った自分にもう一度苦笑い。
10代の少女たちの何倍も生きてきて、彼女たちに模範、規範を求めるなんて。かるたの世界は年齢を不詳にしてくれる。


3回戦を終えて、最後の決勝戦。
むむちゃんのチームも、私のチームも負けて、入賞はならなかった。


でも個人戦とはやっぱりとっても何かが違う団体戦。
今年も貴重な体験をさせてもらった。


そして、いちばん近くに憧れとなる選手が居たことに気がつけたのが何よりの発見。
「目指せ、むむちゃん!」で、がんばろう。

by shiho_kato | 2016-03-21 21:00 | マラソン、かるたノート | Comments(1)

映画「ちはやふる」

一年間、楽しみにしていた「ちはやふる」封切り。公開初日の初回、観に行きました。
d0134102_09592023.jpeg
原作の良さが減りませんように。
祈るように。

嬉しいことに、映画は映画として独自の良さがたっぷりでした。
キャストに不満があったのに、払拭。

映画ちはやふるは、屈折した少年たちのお話でした。
期待していなかったところで、ボロボロ涙がこぼれました。

歌の意味を映像で上手に生かされていた。
これ観て古典好きになる子がいればいいな。

かるたのとりのイメージが身体に焼きついて、午後のかるたの練習では、苦手な払いを少しだけできました。
これ観て、かるたやりたい子が現れればいいな。

21日は団体戦。今年はむむちゃんとチームが分かれてしまったけど、今年も補欠に加えていただけた。

ちはやふるは同年代の短い青春を賭したストーリー。
私たちは小学生から70代までの混成チーム。こんな年齢の幅広いメンバーで一緒に力を合わせられる機会はそうそう無い。
「青春かけて」とはちはやふるの中のセリフだけれど、「人生通して」こんなステキな体験ができるなんて。長く生きたことで出会える青春がここにある。

個人戦とは違う楽しみがあり、思いもよらない力が出る団体戦。映画を観て、ワクワクする気持ちがムクムク広がる。

by shiho_kato | 2016-03-19 17:40 | Comments(0)

今年も授業で競技かるた

今年も授業で競技かるたをさせていただいた。

一日目は、中1に競技かるたのルールや取り方を教えて、実際に札をとってみる。


二日目は、昨年競技かるたを教えた中2と、昨日教えた中1の対抗試合。
A組どうし、B組どうし、C組どうし。

三人ひと組の50枚勝負の源平戦。各クラスごとに、全14対戦を同時に。
昨年は「とった枚数が多い方が勝ち」で競ったけど、今年はルールのとおり先に自陣が0になった方が勝ち。

50枚読みきれずに勝負がつかなかったらどうしよう・・・
数枚読み続けたら、みなの集中が増して、テンポよく行けた。

判定で手間取ったらどうしよう・・・
複雑なお手つきのルールもほぼほぼ理解して、それぞれやりとりできた。

どのクラスも最後の運命戦で勝負を決したチームもあって、盛り上がった。

記憶の新しい1年生と、一年間あたため続けた2年生と、どちらがどうかしら。
先生の見込みでは2年生の圧倒的勝利か?
あけてみると互角。3クラスあわせて、ほぼ勝敗同数になり、引き分け感がとてもいい感じ。

今年は生徒さんからの希望でカーペットのフロアで、座ってとることができたので、テーブルの上とは比べ物にならないくらい、かるた感を味わえたはず。


仕事のなかに、好きでやっているかるたを取り込めること、本当に恵まれている。幸せだなぁ。しみじみ、つくづく思う。



誰か、このなかから、競技かるた始める生徒さんはいないかしら。。。
なんていう欲も湧いてきたり。
by shiho_kato | 2016-03-15 19:56 | マラソン、かるたノート | Comments(0)

名古屋ウィメンズマラソン

3月13日、名古屋ウィメンズマラソンに参加しました。

野口みずきの走ったあとを、1時間以上あとだけれど追いかけて走ることができる。

二年前に大学院の先輩が走ったことを知って、フルマラソンを走れるようになったら必ず出る!と心に決めて楽しみにしていた大会。
d0134102_17302517.jpeg
今回はゆるランにして、ゆっくり味わって走ろうか、と直前まで思っていたのに、二週間前になって、ハードル高い目標設定で走ることに趣旨替えしました。

目標タイム3時間35分。


走ることに速さへのこだわりやアスリートになりたいとかを考えているわけでは全く無くて、
「健康な自分で居続けることができるように。」
が私の走る目的。

それなのに、チャレンジしたい気持ちになったのは何故なのか。
周りのお友達ランナーさんに触発された、というのは大きかったけれど、走り終えてみてはっきりと、わかりました。

私は私の体にご褒美をあげたかった。
ということに。


ウィメンズの直前の3.11、5年前のあれこれを色濃く思い出しました。

5年前、
休職から復職に向かう春の最中。
うずくまるばかりだった日々からなんとか脱却したところへ、この3.11はとても大きな打撃でした。
言いようの無い不安にさいなまれ、身を縮める日々に逆戻り。
踏みこたえて、なんとか4月を迎えました。

四苦八苦しながらの復職。
体力が落ちてしまっていてホームで立っていられずしゃがみこんで電車を待ったり、久々の勤務の緊張が過ぎて帰りの地下鉄を下りてトイレで吐いたり。
これじゃダメ、こんなんじゃダメ。
出勤も勤務も力足らずだけど、私ははやく、何かあったときに、何がなんでも勤務先からむむちゃんぷうちゃんのもとに帰れる私にならなくちゃ。死に物狂いでならなくちゃ。

走り始めたのはその決意から。
朝の散歩から、ジョギングへ。走れるようになったころに、暑さにやられて逆戻り。再び走りはじめて、転職で新しい環境になれるのにがんばって、体調を維持できず、また走れなくなり。

そんな浮き沈みを繰り返して、安定して走れるようになるのに2年かかりました。

3年目の春、職場も安定し、生活も安定してきて、体調の折り合いもつけられるようになり、3.5km、5km、10km、ハーフ、少しずつ距離を伸ばして走れるようになりました。

4年目、監督まささんのサポートを得て横浜マラソンをはじめて走り抜き、フルマラソンを走れる身体になったことを本当に嬉しく思ったのです。

そして一年。
5年目の春、
そうして夢のように憧れた名古屋の地に立ちました。
d0134102_17315102.jpeg
うずくまるばかりだった頃な私は、 ホームで立っていられなかった頃の私は、
いつかこんな日が訪れることをカケラも夢見ることはできなかった。

5年の月日は魔法です。

走れる喜びを感じながら、嬉しいこの舞台をどう走りたいか思い浮かべて、
ぼんやりとは走りたくない。
楽しむのなら思いっきり、味わうのなら隅ずみまで。


3時間35分のタイム設定は
1km 5分5秒
5km 25分30秒前後


結果。

この42.195km、一度も集中を切らすことなく、走りきることができました。
余すことなく、気持ちを体をここに傾けることができました。

頭の半分は走っているいまを
頭の半分はこの5年間を振り返りながら42kmを走っていました。

いまの職場で、いまのような形で仕事ができるように導いてくれた先生のこと、同僚のこと、
底から浮上していく経過を近くで支えてくれた友人たちのこと、
ハラハラしながら辛抱強く見守ってくれた家族のこと、
楽しい日もたいへんな日もずっとずっと伴走者で居続けてくれる子どもたちのことが
次から次へと思い浮かんで、ありがとうありがとうの気持ちに押されるように走っていました。

そして、最後には私。

うずくまるばかりの、まっすぐ立っていることさえ覚束なかった体が、
今は、すっと立ち続けることができるばかりか、42kmの果てしない距離を
走り続けることができる。


ありがとう、私の身体。
こんなに変わってくれて、ありがとう。

恨めしくポンコツとなじっていた体を、
いま、大好きと思うことができる。ありがたいと思うことができる。


この42.195km、
私の目標を基軸にしながらまささんが設定してくれた前後半のペース配分にほぼ忠実に走ることができました。
痛みも張りがあらわれてきても、大きく遅れることなく正確に刻み続ける足にありがとうの気持ちでいっぱい。


そして、フィニッシュ。

タイムを目指した42.195kmだったのに、ゴールタイムの確認もせずに思わず拳を握って、ガッツポーズでフィニッシュラインを駆け抜けました。


一度も弱気になることなく、一度も投げやりになることなく、一度も諦めたくなることなく、
走り抜けられたことが、ほんとうに嬉しくて。

私はあなたを誇りに思うよ、そう自分に言い聞かせていた。
私は私で良かった、ほんとうに良かった、そう自分に言い聞かせていた。

それが、私から私への、ご褒美。

自分を肯定し続け、自分を信じ続けた42.195km。
3時間35分20秒。
この20秒が、愛おしくてたまらない。

この先、何度走っても、
この先、走れない日が来ても、
この日、これだけ自分を信じ、これだけ自分を誇らしく思った3時間35分20秒を
ぜったいに忘れない。


この記憶で、この先を生きていける。

そう思えた、42.195km。
d0134102_18070601.jpeg

d0134102_17325296.jpeg

d0134102_17331944.jpeg

d0134102_17333949.jpeg

by shiho_kato | 2016-03-13 18:05 | マラソン、かるたノート | Comments(0)