むむちゃんの散歩道

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季節のめぐみのマーマレード

今年も、実りの季節。

学校の夏みかんがたくさん実った。
4月の収穫は例年よりもちと早い気がする。

今年は、7,8個ずつくらいずつを3回に分けて収穫した。
働き者の用務さんと守衛さんと3人がかりで、あの実が大きい、そこのが大きいと、こっちも大きいと、わいわい収穫。
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農薬もワックスもかかっていない夏みかん。
20個30個もも買ったら、いったいいくらになるのやら。

今回、わたをとった皮をミキサーにかけて細かくくだいて煮ることにしてみた。
包丁を使った千切りの労力半減。
大鍋でグツグツと煮た。
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できも、私の粗い千切りに比べたらこちらの方が食べやすいのでは。


煮る都度、用務さん、守衛さん含む事務のみなさんにおすそ分け。

梅ジャム、ゆずジャム、マーマレードと作って分けるうちに、
事務のみなさんが、校内の採って食べられるものを教えてくれるようになった。

「次は梅だね!」
と、声をかけてもらう。

そうですね、梅ですね!

季節の実りをいっしょに待ちわびる楽しみが加わった。

by shiho_kato | 2016-04-29 19:40 | 自然ノート | Comments(0)

東日本大震災から5年の小説たち

この春、震災関連の小説がいくつか出版された。

これまでもポツリポツリと出ていたけれど、3冊、4冊、まとまった数になっているので目につく。

桐野夏生『バラカ』
真山仁『海は見えるか』
柳広司『象は忘れない』
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大きな災害の東日本大震災を題材に小説を書こうとすると、
どうしても不謹慎にならないか、この切り口でいいのか、こちら側から書いていいのか、等々の
葛藤が生じることは想像に難くない。

『海は見えるか』は、
遠方への避難、置いていかれる焦燥感、高い防潮堤、自衛隊員、阪神淡路大震災を盛り込んで、いつまででも続く「被災」を描いてくれた。


東日本大震災も福島となると、原発の利益をこうむった過去、必要悪とする層、完全に廃炉を願う層、それぞれが混じり合っているがために、口を開きにくく、見えない隔絶が広がっていくばかり。
とは、2012年に福島の中間支援団体を訪ねた時に聞いたお話。
原発が続く限りは解消されることのとても難しい問題、と。。


5年を経て、小説として何らかの立場に立ちながら描けるようになったのだろうか。

『象は忘れない」は、ポツリポツリと様々な立場からの断片を拾い集めてくれた。風評被害や、見えない放射線の恐怖、危機感の格差と孤立。
それらの話はまとまりには欠ける。だけど、欠けるのは、まとめようがない状態にいま、あるからだ、と理解しよう。

そして『バカラ』
手に取ってみたものの、読む勇気が持てないでいる。
未来の福島、未来の原発。桐野夏生だもん、怖いの当たり前だ。
怖いの覚悟で読めるようになるまで、もう少し時間をもらおう。

by shiho_kato | 2016-04-22 18:21 | 読書ノート | Comments(0)

ぷうちゃん、ラケットを失くした一日

ぷうちゃんがラケットを失くした。


よりみち公園に持っていき、もって帰ってくるのを忘れたことを、夜言い出すことができなかった。

そのかわりに、
「明日の朝のマラソンのコース、いきたいところがあるんだけど」
とぷうちゃん。

このところ、毎朝1kmくらいをぷうちゃんと走っている。

「どこに行きたいの?」
と尋ねると、内緒、明日のお楽しみとこたえる。

朝、見てみたいもの、朝、行ってみたいところがあるんだな、1kmマラソン、楽しんでいて良かったな、と嬉しくなる。


翌朝、ぷうちゃんの案内で走っていった先はよりみち公園。
なんだ、よりみち公園に来たかったのか。

水道でお水を飲んで、なんだかうろうろしている。

「ぷうちゃん、よりみち公園に来たかったのね」
と、声をかけると、もじもじしながら
「あのね、実はね、昨日、ラケット持って帰るの忘れたの」


なんだと~っ!!!

よりみちにラケットを持って行って、得意げに見せびらかすような感じや、
放り投げて目的外に乱暴に使う感じ、
どちらも私は気に入らなくて、持っていかない方がいいな、と伝えていた。
お気に入りのものを手放さずに常にそばに置いておきたい気持ちもわかる、、、と強く言えず、
「持っていくな」と一方的に禁じたかったところをぐっとこらえて。

その「ぐっとこらえた」部分を触発して、いかり爆発。


だから、
粗末に扱うなって言ったじゃないか、
テニスに使うものを他の物に使うなって言ったじゃないか、
忘れたのに気づいたなら夜のうちにさっさと言えばいいじゃないか、
久々の、ブチ切れでした。

私が持っていくのを良しとしていないことがわかっていたから、
忘れて帰ってきたことを言い出しにくかったのだろう。
それはわかるよ、私の態度にも問題あり、と自覚するけど抑えがきかない。


ふたりで公園をすみずみ探し見つからぬまま、朝のタイトな時間がぐんぐん目減りした。


帰宅後、朝食、片付け、出発の用意と、もう1秒もムダにできない。
ぷうちゃんが、昨日のよりみちのときに見なかったかみやぴに聞いてみるというので、
スマホを渡し、自分で聞きなさい!と。
いつもどおりのんびり起きてきたむむちゃんは、凍りつく雰囲気におののいていた。


結果、お昼前にはみやぴからの連絡で岡田さんがよりみちの収納庫を確認してくれて、
そこにしまわれていることが判明した。



夕方、仕事帰りにぷうちゃんと待ち合わせて公園に行く。
くれぐれも車に気をつけるように、いつもよりもしつこく言う。

「収納庫に仕舞われていることを、みやぴと岡田さんが探してくれたんだよ。」
朝よりはずっと冷静に落ち着いてぷうちゃんに説明した。

お礼言わなくちゃね、と言いかけたところに、ぷうちゃんが先に
「こんどの水曜日に、お礼言わなくちゃ」
不意をつかれて、ちゃんとそう思える子どもに育っていることに、ありがとうと思い泣きたくなる。


収納庫を開けると、そこにぷうちゃんの赤いラケット。

取りに来てもらうのを待っていたかのようなたたずまいに、涙が出そうになる。
大切なものとの不意の別れを覚悟し、再会できた喜びに似た。
私の怒りはこれ(別れの悲しさ)だったのか。。。

ぷうちゃん(と私)を悲しませる、ぷうちゃんの行為への怒り。


ラケットを取り出したのを見てぱぁ~っと破顔のぷうちゃん。
渡すと、胸に抱きしめて、涙をこらえて百面相しながら唇を噛み締めていた。

きっと、「ぼくのところに戻ってきてくれてありがとう」、って思っているに違いない。
二度とお別れしたくない、と思っているに違いない。

もう、私が、周りが何も言わなくても粗末にあつかったりはしない。
ぷうちゃんはそういう子だ。



朝、ぐっとこらえて、このときを待てば十分だったのに。
私と来たら。。。

でも、母だって人間だし、私など狭量な母なのだ。
イヤなものはイヤ、ダメなものはダメ、を持ち合わせた人間なのだ。
それでいいや。

大事なものは、大事にするんだ。


「みやぴにありました」の電話するよ、と言うと、
「ありがとう言う」とつぶやく。

うんうん、うなづいて電話を切って、笑顔いっぱいで帰宅した。
むむちゃんが、「あったんだ、良かったね」と笑う。
緊迫した空気が終わって、良かったねって思って笑ってるに違いない。と苦笑い。

家族は、こうした小さなでこぼこを一緒に積みながら、日々を暮らしてゆくんだ。
久しぶりに、しみじみとそう思う一日だった。

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by shiho_kato | 2016-04-21 19:44 | むむちゃんとぷうちゃん | Comments(0)

本屋大賞翻訳小説部門 『書店主フィクリーのものがたり』

翻訳小説は、苦手。

翻訳のクセというか、翻訳ゆえのなめらかではない言葉回しとかに読みの流れがつかえるのが好きではない。
上手な、まるで訳者が書いたかのような文章を、どの翻訳小説もひとつの水準として求めたい。
それは翻訳に限らず、か。日本語の小説でも、言い回しがギクシャクした小説もある、か。


このところとんと読んでいなかった翻訳小説に、手を伸ばした。
本屋大賞に、翻訳小説部門というものがあり、
その一位が『書店主フィクリーのものがたり』という、魅力的なタイトルだったから。
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やっぱりはじめはつかえつかえしながら読んでいたけれど、
お話の中に入っていったら、あとはスイスイ、グイグイと引き込まれていった。

出来事で押していくお話に、ヒダの部分の物足りなさはあるけれど、
十分に面白かった。
こうなって欲しい・・・と、願うところへ落としてくれる。

遠ざかっていた翻訳小説が少しだけ近づいた。
次に読んでみるとしたら、三位の『国を救った数学少女』かな。
by shiho_kato | 2016-04-20 18:56 | 読書ノート | Comments(0)

暴風雨の中のかすみがうらマラソン

二度目のかすみがうらマラソンは、雨、風、暑いとの予報だった。

四月はじめのこの時期、仕事は新年度はじまってからのオリエンテーションウィーク
うちでは、中学生になったむむちゃんと、クラス替えのあったぷうちゃんの新学期でもあり、
何がなんだか、一日をまわすのが精一杯で、昨日のことは忘れ、明日のことは明日に、の日々。

金曜に、電車で乗り合わせた友人に「あさってだね」と言われ、
何か約束してたっけ、と記憶をかきあつめてオロオロしていたら、
「かすみがうらマラソンだよー」と。
彼女は故障のため、早々に出ないことになっているけれど、故障がなければ一緒に走っていた大会。

金曜になってなお、日曜の予定に心が届かない日々だった。

ようやくの週末。
土曜日はむむちゃんの学校公開&保護者会とまごめかるた会(百人一首の会)がバッティング。
すでに公的な会になってしまったがために(誰が来るのかわからない)予定変更できず、
かるた会を少しはやめに切り上げ、保護者会の後半に滑り込んだ。

ふー。

午後は、神奈川のかるたをパスして、むむちゃんぷうちゃんに不足するものをあちこちで買って回った。
自転車で10km近く乗り回し、帰ってきたら夕暮れだった。



ようやく明日の嵐のかすみがうらの準備だ、と切り替わった頃には夜の10時を回っているという・・・。

リュックにあれこれ放り込みはじめた頃、ピンポンがなった。
涙顔のむむちゃんだった。

お風呂をすすめて、お布団に入り、眠くなるまでそれぞれ本を読み、
電気を消して涙の理由とは関係の無い、たわいないおしゃべりをして眠りに落ちたときには12時を回っていた。


翌朝、これという準備もできず、とにかく走る格好とゼッケンだけは忘れずに、で出かけた。
嵐への恐怖も警戒も備えも対策も、何もとれず、走り出した。
こともあろうに、救護ランナーであったくせに。


結果はいつもとまったく変わらなかった。
救護らしい救護をすることもなく、ただ、気持ちにちょっとした緊張感があったのが、今日は良かった気がする。嵐のなかでも心折れていられない、という。

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そして、今日は、負けられない闘いだった。

むむちゃんの涙を受け止められる私でいるために。
そっと、だけど、しっかりと抱きしめることのできる私でいるために。
安心して泣ける場所であるために、いつでも帰ってこられる場所であるために。
私は何者にも負けるわけにはいかない。

大きな天災は、いつどこに起こるかわからない。
もしこの身に降りかかっても、笑って大丈夫と言い続けながら、子どもたちを守り続けられる強さはにわかにではなくて、こうして備える時間のうちにたくましくしていくものだ。

雨も、風も、望まないのに吹きさらされて、寒い思いをし、濡れてもお風呂に入れず、着替えることもできない状況に、突然に追いやられている人たちが居る。
私と来たら、自ら望んで、予期していた雨と風の中に身を投じている。雨ざらしの中を走らない選択だってできたのに、好き好んで走り出したんだから、嘆いたり打ちひしがれたり、絶対にするもんか。そんな負け方だけは、そんな走り方だけは絶対にしない。
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今日の私は、ひたすら「打ち勝つ」ことしか頭になく、
もう全身びしょ濡れだったけれど、「負けそう」だとは、42kmの最中に、1mmも、一滴も思わなかった。
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涙のむむちゃんと、熊本の地震と、どちらに対しても過酷な環境と戦って過ごしたから、心に迷いがなく凛と身を起こせた気がする。ぼやぼや楽しんで過ごしていたなら、後ろめたさに打ちのめされていたかもしれない。



女性ランナーの先輩が
「女性でランナーは気が強い?ハートが強いと言ってよね!」と胸をそらして言った。

そう、ハートが強い。
走っているうちに、ハートが鍛えられたことを今日発見した。

またひとつ、「大丈夫」と言える根拠の積み木を詰んだ嵐の中のかすみがうらマラソン。
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by shiho_kato | 2016-04-17 16:15 | マラソン、かるたノート | Comments(0)

本屋大賞 宮下奈都『羊と鋼の森』

本屋大賞が発表された。

一位『羊と鋼の森』
とてもよい選出だと思う。
ノミネートされた10作品のなかから一番好きだったのはダントツでこれだった。
この作品につられて、『よろこびの歌』『終わらない歌』を読んだ。
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十代の女の子たちが本の中に友人を見つけられる、静かでいい作品だった。
次は『誰かが足りない』を読む予定。

二位が『君の膵臓をたべたい』
こちらが二番目なのも、読みやすさに照らせばあり。
中学生でもさらりと読めるところがいい。

内容的には三位の『世界の果ての子どもたち』が二番目でも良かった。

六位の米澤穂信の『王とサーカス』は、
はじめて米澤作品のなかで、読んで良かったと思える作品だった。

『火花』がノミネート作に入っていたのはうなづけないけれど
十位だったからいいことにしよう。
話題だけで中身の浅い作品にひと枠与えてしまうのはもったいない。



むむちゃんが、『君の膵臓をたべたい』と、『羊と鋼の森』を読むという。
少しずつ、漫画以外でも同じものを楽しめるようになってきているのが何にも増してうれしい。

by shiho_kato | 2016-04-13 15:30 | 読書ノート | Comments(0)

強くないから走るんだ@第39回池上本門寺花祭り健康マラソン

3度目の池上本門寺花祭り健康マラソン。

2km×5周の10kmで、
2kmのあいだに転げ落ちそうな下り坂がひとつ、走りながらのぼるのが難しい急な上り坂がふたつある。

いわゆる激坂コース。


一度目は、3年前の第36回大会で3.5kmにむむちゃんとともに参加した。
はじめて、「大会」なるものに出場した記念のレース。

二度目は、2年前の第37回大会。
むむちゃんとぷうちゃんが3.5kmに参加、その伴走をしたあとで、
10kmに参加し、激坂の洗礼を受けた。


そして三度目の今年。
坂ばっかりでまともに走れるところなんて半分もないじゃないか。。。
こりごりして、昨年はぷうちゃんと競技場で行われる別の大会に出場したのに。
こりた傷みを忘れたわけではないけれど、地元の大会の手軽さに、
油断してうっかり再び坂に挑むことになってしまった。

スタートも11時半と最も走るのにふさわしくない暑い時間帯。
後悔に満ち満ちて出発した。

1~3周目までは、「思ったよりはマシじゃないか、半分終えたぞ、がんばれがんばれ」と自分を励ますことができたけれど、
4周目のひとつめの急なのぼり坂をのぼりきったところで心臓も呼吸も苦しくなりすぎて、
「もう、生きて帰れたらいい、、、」せめて、歩かず完走しよう、、、。
ラスト1周は、「これで終わりだ、もうこの道に戻ってこなくていいんだ!」
の気持ちで、なんとか前に進んだ。
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「走るの苦しいでしょ、なんで走るの」
走らない人には、よく訊かれる質問。
うまく答えられた試しはない。自分でもこれという答えがあるわけではないから。


今日は、自問自答。
こんなに苦しみながら、どうして走るんだ。


年度初めの4月は、どうしても仕事も家の事も変化に対応するためにあれやこれやてんやわんやの状況になり、身体も気持ちも張り詰めた日々が続く。
せめてもの休日、疲れないほうがいいはずなのに。


そうだそうだ、頭は走っている間、休まっている。
この時期の新しい時間に向かう緊張感から身を放すために、
こうして余裕なく精一杯、これだけしかできないという時間が大切。

ついでに、苦しければ苦しいほど、
いまこの走っている瞬間の苦しさは、日々の苦しさ、人生の苦しさ、運命の苦しさに比べてなんて小さいこと。
と、思ってみたり。
この喉も焼けるような苦しさを越えられたら、毎日の苦しさも乗り越えられるに違いない。と、思ってみたり。


ゴールして、
(いっぱい不安だけれど、きっと大丈夫。)ほんの少し、走る前よりも強くそう思っている。
そう、このために走っている。


健康だから、走っているのでも
強いから、走っているのでも
ましてや速いから、走っているのでもない。

自分の弱点を知っているから、たくましくも強くもないことを知っているから、
走っているんだ。

ひどい坂に打ちのめされながら、ひしひしと気づく本門寺マラソンでした。
ありがたくも3位の賞状をもらった。
明日からがんばれ。のエールだ。
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by shiho_kato | 2016-04-10 19:20 | マラソン、かるたノート | Comments(0)

むむちゃんD級に@全国百人一首かるた競技横浜大会

むむちゃんの中学生になってのかるた大会初戦。
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勤務先の中高の入学式と重なり、終了後に駆けつけた。
一戦ごとに、報告が入りドキドキハラハラしながら一日を過ごした。

急いで駆けつけると、四試合目の準決勝が終わるところだった。
フロアにむむちゃんの姿無し。
引率してくれたKさんが、「負けちゃいましたー。」と。


姿をあらわしたむむちゃんは「あれ、来てたの?」
いそいそとお弁当を取り出した。
今日は四試合戦い続け、夕方になるまでお昼ご飯もおあずけ。
いつものことだけれど、ほんとうにお疲れ様。
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となりの引率の先生が「今日は三位決定戦は無いから、入賞よ」
声をかけてくれた。


むむちゃんはあわてて、お弁当をしまって賞状をいただきに行った。
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「え、あれ、これでD級?」
今日はE級の大会。ここで入賞できたので、D級にあがることができる。

今年のはじめに掲げた目標達成!!


中学生ライフの好スタートになりますように。

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今日は朝からの付き添いができず試合は一つも応援することができず残念だったけれど、
その分、引率してくれたおとなに、きちんと敬語で話しながら、
自分の欲しい情報(対戦相手のことなど)を尋ねたりする
いつもはあまり見ることのない姿を見ることができた。

親のいないところで、ちゃんとやっているんだなぁ。
それがそのまま中学生になったむむちゃんへの感想だ。


中学校に部活を作るのがどこまでうまくいくかわからないけれど、
少なくとも高校に入り、部活としてかるたをやり始めたら、
今のような引率や付き添いや大会の申し込みやetc.私がしていることはすべて必要なくなる。
お世話できるのは、あとわずか3年。
きっと、かるただけではなく、それ以外のことも。


子どもの巣立ちを受け入れる親に、急速に近づいた気がして、
寂しいような、頼もしいような。
中学生のときを3年の準備期間だと思って過ごすんだ。


かるたよ、どうかむむちゃんを支えてね。
私は私で、「私の支え」をしっかりと保とう。

by shiho_kato | 2016-04-09 19:04 | マラソン、かるたノート | Comments(0)

二度目の、映画「ちはやふる」

むむちゃんの入学祝いと、ぷうちゃんの進級祝いで、
映画「ちはやふる」を観に行った。

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私は二度目。
むむちゃんはもしかしたらこのあとお友だちと観に行く約束が叶えばもう一度観るかもしれないけれど、「下の句」が公開してしまう前に。

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一度目にはゆっくりと映ったものがすっと過ぎてしまったり、
一度目には見過ごしていたものがあったことに気づいたり。

何度でも観たい、あらためて思った。
やっぱりもっと歌の意味に心を傾けよう。

スクリーンを見つめるむむちゃんの眼差しが何度見てもまっすぐ過ぎてドキッとする。

前回見て涙してしまったところでうるっときていたら、
となりでぷうちゃんも目をゴシゴシとこすっていた。
泣きのツボがおんなじ。ふたりでハンカチを順番にとりあった。
「つくえくんのなかまはずれの気持ちすんごいよくわかる。」とぷうちゃん。
泣くほどのことか全然わからない、とむむちゃん。

案外、ぷうちゃんは、私の過度なビビリで神経質で劣等感とせめぎあっちゃうところが似ていることに気づいた。これということに対しては根拠なく自信があるところも。
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「コミックとは違うけどそれはそれで映画として面白かった、でも札の取りは雑だった。」
とは、むむちゃんの感想。見る目が違う、さすが。

満足してホクホクして、桜振る帰り道。
by shiho_kato | 2016-04-08 19:45 | むむちゃんとぷうちゃん | Comments(0)

むむちゃん中学生になる

むむちゃんの入学式だった。
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卒業式も雨。入学式も雨。どちらも冷たい雨に降られるあいにくのお天気。

例年2クラスだったこの学校で、今年の新入生は3クラスになった。
仲のよいお友だちと一緒になれる確率が2分の1から3分の1へ。

学校に到着し名簿をもらうと、むむちゃんが一緒になりたかったお友だちのうち3人も同じクラス。
もしかしたらむむちゃん以上に、私のほうがホッとしている。


中学校は入学式の雰囲気からして小学校とはえらい違い。
小学校には、さぁさぁ、いらっしゃい、の手とり足とり感があった。
中学校は、体温が低い。進めるからついてきてね、の感。
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保育園から小学校にあがるときにも、お世話が減る感じがして心許なく思ったことを思い出した。
きっといまのこの心許なさは不慣れなせいで、すぐにこのくらいの温度感が適当と思えるに違いない。
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昨夏足を踏み入れてから、ぐぐっと馴染みになった学校。
先生や、生徒や、来賓の方々の中に知った顔を見つけてホッとする。


写真撮影のあとの役員決めでは、友母がPTA役員の仕切りをしていたり、
同じ小学校からのお母さんたちが次々と手をあげていて頼もしく感じられた。

クラスに別れての担任の先生と保護者の10分にも満たない顔合わせの時間。
先生がポツリポツリと、「卒業式も、入学式も雨でしたね。ですが、雨は中国では縁起がいいそうです」と。

あぁ、この先生はきっといい先生に違いない。
あてにならないファーストインプレッションだけれど、今日はそう思おう。


自宅に帰って調べてみると、「雨龍」は神様のお使いだそう。
雨は神の使いの恵みとか。
旅立ちの日は雨乞いをして雨を待ち望んだとか。


どうぞ、これからの3年、楽しく伸びやかな日々が待っていますように。
by shiho_kato | 2016-04-07 19:58 | むむちゃんとぷうちゃん | Comments(0)