むむちゃんの散歩道

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どの党、だれに、投票するか

イギリスが国民投票によりEU離脱を決めた。

EU離脱、残留について、この国民投票のことがあたがために?日本でも多く報道されるようになり、
私自身はその「多く報道」されるようになったがために、知ったという程度で、
これこれこういう理由でこちらにするほうがいいと思う。
と、理路整然と述べられるほどに、状況を学んでいない。

でも、なんとなく、
「ボーダーをなくそうぜ」で、通貨を同じくしていくところとか、ごちゃまぜを受け入れられるのは感じがいいなぁ、と思っていたので、
離脱かよ、純血主義というのか、国粋主義というのか、保守的というか、排他的というか、閉鎖的というか、そんな印象のことばが次々と染み出すようで怖い。


かさねて、トランプ。
あんな暴言を吐くようなひとが、大きくて力ばかり強いアメリカのTOPに座ったら、世界はめちゃくちゃだ。
でも、選ばれ、対立候補と二分するほどに支持されている。
アメリカ人ってバカじゃないの、と、強く言い捨てたくなる。
見るからに、聞くからに、知るからに、おそまつな人格のあれを支持できるなんて。。。
最後は選ばれることはないだろう、と、タカを括りたいところだけど、EU離脱が決まっちゃうような現代。
私の感覚で、昭和初期の思想性が漂って感じられる。
昭和のはじめだったら、何が起こっても、そう、たとえば大きな戦争が起こっても不思議はない。
「いま」はもしかして思う以上にそんな危機的な時代なのかもしれない。


あぁ、この流れ、日本も戦争する国にならんとしてる?
人の命より、国のなんとかの方が、大事と思われる時代にならんとしてる?(それとも、もうなってる?)


そのタイミングで参院選がある。
18歳から投票できるはじめての選挙だ。


イギリスの国民投票も、アメリカの直接選挙による大統領選も、
投じたひとり一票の集合体が結果を生む。

とくに、接戦だったイギリスの国民投票は天候により投票できなかった、とかとかいうことが、
すっごく大きく響く結果だった、かのように映る。

参院選には、離脱か残留かの二者択一、トランプかヒラリーかの二者択一、そういったわかりやすいスリリングな面白さがない。
候補者をながめて、一押し!!ではなく、これダメ、あれダメ、それダメ、のダメダメダメの消去法の中で、残った人に投じる「しかないか」な感じ。

盛り上がらない。

だけれど、それしか制度的に方法がないのであれば、
これは絶対にダメ、この人は絶対にダメ、この主張は絶対にダメ、ほんとダメ、絶対にイヤ、ほんとイヤ、
と、思う者へのNOだけでも、意思表示できる機会と思わなくては。

✖(バツ)投票ができればいいんだけどな。


東京選挙区は、立候補者が多い。
バツをつけていって、残りそうな数名の中の、誰?までいったら、せめて多少はバツ勢力に対抗できる受かりそうな人を選びたいものだけれど、そういう選び出すセンスがない。


に十年も選挙権を行使してきても、この程度の選び方、投票の仕方しかできないのだから、
今回、はじめて選挙権を行使する18歳(あるいは投票を放棄してきたが今回は投票しようと思うその他の年齢のひと)は、どんなふうに投票先を決めるのだろう。


自分のいい加減な選び方は棚上げして、他人のことだとヤキモキする気質。
こんなツールをで遊びながら、しぼっていくのもありかと思う。

投票マッチング

えらぼーと 2016参院選

みんなの政治 相性診断

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このところ、そこいらに漂い、私たちを支配しようとする粘着質な、保守、国粋、愛国心!?、そんなふるくっさいカビ臭いキナ臭いオドロオドロしい空気を発するポマード臭い居丈高な人たちから逃れて、大きく深呼吸できる「いま」を感じたいなぁ。。。
by shiho_kato | 2016-06-28 19:46 | 学習ノート | Comments(0)

不在で気づく我が家の聞き役。ありがとうむむちゃん

むむちゃんが、3泊4日の移動教室に出掛けた。
日曜出発の水曜帰り。
月曜と、火曜と、ぷうちゃんはひとりのお留守番の時間を長めに過ごすことになった。

月曜の夕方、会議の後に、ぷうちゃんに帰り時刻を電話すると、
いつもは一言ふたことで終わる電話を切りたがらない。

「ひとりのお留守番、大丈夫?」
言葉をついでみた。

「う、ん、、、あのね」
涙がまじる。

「シャトルランやった。走らないと記録ないって言われたから」

朝、「足が痛いから、今日の体育でやるシャトルランは走れないって連絡帳に書いて」とお願いされた。
20mシャトルランを去年より多い回数の結果を出したいから、足が痛い時には走りたくない、と。
50m走が、先生が計測ミスをしたタイムを測りなおしてもらえなくて、くよくよしていたから、今度はちゃんと測ってもらおうと思ったらしい。

体育の授業を見学していたところ、今日計測しないと計測無しの記録で、体力測定の結果に登録されてしまうことになるというので渋々走ったそうだ。

何回走れたの?

「去年と同じ回数だった」

痛いのによくがんばったじゃない。帰ったら聞かせてね

と、電話を切った。


通話を終えてからの帰途、
「あぁ、今日はむむちゃんが必要な日だったんだな。」としみじみ思う。

きっと、むむちゃんが居るときには、学童から帰ってきてすぐにむむちゃんに話しているんだ。
話してしまえば、私が家に帰るまで話し待つことができるんだ。

数週間前にテニスに行く途中に電信柱にぶつかって泣きながら帰った時も、連絡をくれたのはむむちゃんで、ぷうちゃんは帰宅した時には泣き疲れて寝ていた。

むむちゃんの不在時には、
ぷうちゃんがどんなふうに過ごしているのかがわかる。

むむちゃんの不在時には
むむちゃんの果たしてくれていた役割がわかる。


とっても、「いい聞き役」なんだな。
姉であることを、とりわけ強制することにならないように気をつけてはいるけれど、
存在が、おねえちゃんそのものなんだ。


むむちゃんが帰って来たら、そんなことを話したい。
早く帰って来ないかな。

あぁ、そうか。
私にとっても、むむちゃんは気易い、いい聞き役なんだわ。


むむちゃん、いつもいつもありがとう。
by shiho_kato | 2016-06-15 19:45 | むむちゃんとぷうちゃん | Comments(0)

久々のお茶会

久しぶりに大学時代の茶道部のお茶会に、お手伝いに出かけた。

OG席の水屋手伝い。
先輩方との時間が、一気に巻き戻る。

このお茶の裏方、好きだったなー。
せわしない時間なのに、先輩方はかつてにくらべていっそう穏やかさを増していて、
どのかけあいにも余裕が感じられた。

学生の頃よりも、院生の頃よりも、今がずっとずっといい。
年齢は離れていて、ブランクが間間に挟まりながらも、一緒に年を重ねてくることができたことを嬉しいと思える時間だった。


by shiho_kato | 2016-06-12 13:41 | 私ノート | Comments(0)

劇団山の手事情社「幸福の王子」@池上本門寺「100万人のキャンドルナイト」

翌日からの移動教室の準備に切羽詰るむむちゃんを残し、
ちょろちょろっと気分転換、池上本門寺の「100万人のキャンドルナイト」に出かけてきた。
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今日の目的は、キャンドルライトそのものではなく屋外の一角で公演する山の手事情社の「幸福の王子」。
それに出演する、8歳下のチカちゃん。彼女は30代はじめに転身をはかった。

前職の職場に社会人経験を踏んでから転職してきて、働きながら小学校教諭の免許を取った。
自らをどのように生きさせよう(活かそうではなく、どう自分の人生を生きられるだろうか)と模索する姿を、一緒に仕事をしながら見守ってきた。

けして押し出しの強い人ではなくて、優しくて、受けとめきれなさに正直で、自らの答えは内に持っていてもギリギリまで一緒に揺れ続け、最後は必ず自省するところに戻る。いい受けとめ手だなぁ、と思う。

その彼女が、私が前職をやめた数年後に、劇団員になるために劇団研修生になった。

それで生活していけるの?と、いの一番に訊きたくなるのだけれど、そういう問題ではないのだろう。
「劇団で演じることに一生懸命になる日々を送ってみたい」を通過しなければ、次に進むことができないんだ。


研修生を終えて正規の劇団員になったそう。
どれだけ「ガラスの仮面」を読み、映画にドラマに観入っても、生の演劇の善し悪しは私にはわからない。

今日は「幸福の王子」の王子役。
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以前研修生時代に出演していた様子と、今日の公演とを観て、
チカちゃんは、役の中では、演じる中では自分を開放できるのだな、と感じた。
それならば、いいではないか。


公演後に「チカちゃんはどこに行こうとしているのかしら。」と問うてみた。
「私にもわからないんです。」困ったように答える。

「でも、子どもたちと一緒に劇をつくったりできたらいいな、とは思います。」
むむちゃんとぷぅちゃんが学校から持ち帰ってきたお手紙の中に、
山の手事情社の「演劇と教育現場の接点についての勉強会」のチラシが混じっていて、
チカちゃん、こんなことをやっているんだなーと思ったことを思い出した。


会話を重ねれば、どんどん積もる話になっていきそうで、長い立ち話を切り上げて、またねと手を振った。


自分を誤魔化さずにチャレンジできるひとは少ない。

生きていくための条件(生活の環境)が許すことや
自分が何をしたいのかをまっすぐ見つけることのふたつが、
ちょうど同じタイミングで合うことが難しいから。
30代、いい年齢だ。

そこに足を踏み入れた人の清々しさを、初夏の風と共に感じる夜。

迷い迷いしているのだろう、苦しく思うこともあるだろう、先の不安に苛まれることもあるだろう。
それでも、「いま、これ」を選んだ潔さを応援したいと思わせてくれる清々しさだった。
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むむちゃんからのメッセージ。
「レジャーシートがない」
今日三回目の移動教室のための買い物。
あーぁ、もうこれが最後でありますように。
額に汗して自転車を漕ぐ。



むむちゃんがいつか、チカちゃんになる日がくるのだろうか。
ハラハラしながらも、腹を据えて支えられる程度のおとなになっていたいものだと思う。

by shiho_kato | 2016-06-11 21:52 | 私ノート | Comments(0)

家族を読む。越智月子『咲く・ララ・ファミリア』・角田光代『笹の舟で海を渡る』・

予約していた本が立て続けに2冊届き、受け取りに行って1冊追加して借りてきた。
意図せず、なぜか3冊とも、家族をテーマにした本。


一冊目は越智月子『咲く・ララ・ファミリア』
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四人姉妹と、父。そして母。

家族って、ひとりひとり、こんなにそのまんまでいいんだったんだ。
それぞれのマイウェイっぷりにイラっとしつつ解放感を覚える。

それぞれが気遣いが足りないような自責に落ち込んだり、
気遣うつもりがなくっても、自ずと気遣えてしまっちゃったりすることにうなづく。

仲がいいのか悪いのかよくわからないけれど、
望む望まないに関わらずほかの誰と居るよりも、結ぼおれ感が強い。

「つっけんどんな」優しさ、あたたかさがにじんで、途中途中でイラっとしながら、最後はほっとする小説だった。


二冊目は角田光代『笹の舟で海をわたる』
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読みながら、イライライライラが募り、超高速で読み終えてしまった。
娘の百々子、息子の柊の、やるせなさが手に取るようにわかる、ということは、
主人公である母の左織への私の苛立ちは、
角田光代によって狙いすまされた結果なのだろうか。

自分の枠から出ない、出ようとしない彼女の傲慢さや
取り繕うことでやり過ごそうとする薄っぺらさにイライラ。
それもこれもを子ども時代の理不尽な疎開経験に帰すると結論づけていくことにイライラ。
やたらとイライラさせられる小説だった。
百々子の言葉に語らせているように「すべて人のせい、自ら引き受けない無責任」を描いているからだろう。

『本の雑誌』 2014年ベスト10(ノンジャンル)の第1位になった小説だそう。
戦中を子どもとして過ごし戦後を生きた女性の「人生の真実」なんですって。

これを真実として突きつけられる人たつは救われないな、と思うものの、
こんなにも無責任なあなたたち世代、と、バサっと切り捨てたくってたまらない苛立ちを、
角田自身が感じながら、これでもかこれでもかと描きだしたのだとしたら、その辛抱強さには脱帽する。



3冊目は宮下奈都『田舎の紳士服店のモデルの妻』

宮下奈都だから、きっといい、と期待しながら読んだからだろうか。
ウソばっかり。に、うんざりとしながら読みすすめた。
開き直れないウソつきは、罪悪感を背負っているだけまだいいのか?
少なくとも、さっきまで読んでいた『笹の舟・・・』の左織よりはまだましか?
とか、思いながら。

期待とか、希望とか、あきらめとか、焦燥とか、
無意識の中にあるそれを有意識化することは、困難な作業なんだな、きっと。
私も30代くらいまでは、そこに四苦八苦していたんだな、きっと。

と、唐突に過去形で思いがよぎり、ハッとした。

私の気持ちを、相手に押し付けない。
あるいは、
私の気持ちを、いま相手に押し付けようとしている、押し付けている、ということを自覚する。
我と彼とは違うのだから。
そこに心をこらして「私」をつかまえることと格闘してきたような気がする。
特に子どもたちを前にしたときに、ストイックにそれを追求するようになった。

彼らが、どんな気持ちを胸に抱いているのか、すべて明かされる必要はまったく無いのだけれど、私の想像を常に超えているに違いない、常に想定外。それとどこまで付き合えるかだ、という覚悟を腹にきめる日々だ。一体でありたい子ども達と、私は私、あなたはあなたと切り離す心持ちを強く持ちながら。

たぶん、その覚悟が強いからこそ、「笹舟」の左織や、「田舎」のりりこにイラっとするんだろうな。
宮下奈都は、今ならきっともう少し違う母の姿を描くんじゃないかな。
と、期待して、さっさと返却。

次は、爽快な、気分のよくなる小説が読みたい。
by shiho_kato | 2016-06-10 21:12 | 読書ノート | Comments(0)

コロッケコロッケ

いもうとのMちゃんから、新ジャガと新玉ねぎがどどーんと届きました!

広げて2,3日干すといいんですって。
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さっそく今日はコロッケだね、とむむちゃんに言うと、
「じゃがいもから作るやつだよね」
と。
ははは、いつもは生協の揚げるだけのコロちゃんコロッケだもんね。


ぷうちゃんが選んだ大きなおいもを4つ。
朝のうちに、おいもを茹でてつぶして、ひき肉と玉ねぎとまぜておく。
茹でたては熱すぎて、うまく丸めることができないから。


今日はおためし、揚げないコロッケにしてみる。
三人で丸めて
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炒めたパン粉をまぶして、
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オーブンで焼いた。
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見た目は上出来!
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食べてみると、衣のカリサク感がないのが物足りなかった。。。

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それもこれも、ぜんぶおいもの味が美味しいので花マル!


本日はミニトマトもキュウリも自家菜園。トマトはたくさん実をつけているので、何かあっても生き延びられるぞ〜。
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食べるものが豊かだと、生活が豊かになった気分になれる。

by shiho_kato | 2016-06-08 20:24 | 自然ノート | Comments(0)

梅仕事&杏仕事

今年は、勤務先の学校の梅の成りが悪い。

ぽつりぽつりとしか採れず。
梅ジュースをつくるほどの量になりませんでした。

夏を乗り切るのに、梅ジュースは欠かせない。
仕方ないので、梅、買うか・・・。
せめてもスーパーではなく、八百屋さんで買おう。

夕方、ぷうちゃんと八百屋さんに行くも、梅は売っていなかった。

翌日、仕事から帰ると、よりみちに行ったぷうちゃんが、
ニコニコしながら、ビニール袋をふたっつ。
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「ママが無いって言ってたから多くもらってきたよ」
よりみちで梅もぎをしたんですって。

わぁ、これで梅ジュース作れるね~。

さっそく、夜はむむちゃんとぷうちゃんと三人で梅仕事。
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ひと夏を超えるには足りないけれど、今年も季節のお仕事ができました。
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勤務先からは梅の代わりに杏をたくさん。

杏も梅ジュースと同じように作れるようなので、梅ジュースのために用意してあった氷砂糖と三温糖を使ってひと瓶漬けてみた。
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この夏は、どんな味が楽しめるかな。

by shiho_kato | 2016-06-07 21:50 | 自然ノート | Comments(0)

むむちゃんの体育祭

今日ははじめてのむむちゃんの中学校の体育祭。
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お弁当をむむちゃんたち生徒は教室で食べる。
保護者は一度帰るか、解放された視聴覚室。
その時点で、もう小学校の運動会のような親子みなで盛り上がる行事とは違うんだなーと思い知る。


私がテニスコートだと思っていた所が、校庭のすべてだった。
(私の卒業したド田舎の中学のテニスコートよりもきっと狭い)

60年前、ベビーブームの頃に慌てて増設された中学校とのこと。
校舎は公道の上に陸橋を渡して行ったり来たりするつくりになっていたり、驚くことがいろいろある。


その校庭を斜めに突っ切らせて50m走。
ぷうちゃんでも今年から80m走になったので、息を呑むほど短い。
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トラック一周100mをぎりぎり確保できるかできないか。
たしかにこの急カーブだらけの100mを4人並んで走るのは危ないか。


赤白対抗の15人16脚
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クラス対抗の大縄


ソーラン節
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積み木競争(ひとり走るごとにペットボトルを一本ずつ増やしていくリレー競争)
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ほのぼのとほわほわとあたたかい体育祭だった。
これなら、運動苦手だった中学生時代の私も、涙に暮れることなく参加できたかも。
のんきに思ったりするわけだけれど。

「あのバトンが!」「大縄のときの!」等々、熱い闘いがむむちゃんのクラスでもあったよう。
熱くなったり冷めたり浮いたり沈んだり揺れたり、さかんに心が動いたののであればいい行事だったのだろう。


でも、きっと、ぷうちゃんには物足りないだろうな、、、4年後に思いを馳せる。
by shiho_kato | 2016-06-04 16:50 | むむちゃんとぷうちゃん | Comments(0)