むむちゃんの散歩道

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原田マハ『太陽の棘』  沖縄とアメリカと今を生きる私たちと

原田マハは一通り読みあさった気がしていたけれど、あれ?これは読んでないかな、と思い手にとった。
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終戦直後1948年から1950年の沖縄を舞台にした小説。
軍医として沖縄アメリカ軍基地に派遣された若い精神科医エドを語り手に据える。

彼にはサンフランシスコ在住の精神科医、スタンレー・スタインバーグ博士という実在のモデルが居た。
彼と、終戦直後に沖縄に作られたニシムイ美術村のアーティストとが、芸術を媒介として友として生きた2年にも満たない時間の物語。

沖縄県立博物館・美術館に、スタインバーグ博士のニシムイ・コレクションが提供された展覧会を見て、この小説の着想を得たそうだ。



戦後の沖縄における基地のことを、現在に連なる歴史と言うにはいまだ生々しい現実だ。
数ヶ月前の若い女性が殺された事件がまさに。

米軍よ出て行け、沖縄から出て行け。それは痛切な願いである。
私は、性格として、性質として、拳をふりあげてシュプレヒコールを叫ぶ形で、
その願いを表現するのは身に沿わないと自認している。


語り手である精神科医エドの同僚は、沖縄の風土も文化も好きになりこの先の人生を沖縄で過ごすことすら夢見ながら、否応なしに本国アメリカに送り返される。
彼は言う。
「どのみち、おれら全員、いつかは帰ることになるんだろう。そうならなくちゃいけないだろ。おれらのためにも・・・沖縄のためにも」


エドのニシムイ美術村の友人が米兵に言われない暴力を受け、失明する。
民間人への暴力は軍の規則違反であることを負って治療にあたったエドの上司である医師は言う。
「生き延びてほしい。この島が、真に解放される日まで。」


これらが原田マハの創作であるのか、モデルである精神科医が友人や上司の言葉として原田マハに伝えたものなのかはわからない。

けれど、こんな風な言葉を抱きながら沖縄に在留する兵士・軍医たちが居たとということを、
私は、この小説を読むまで、ひとかけらとして想像し得なかった。

彼らとならば、大きな声をあげずに、静かに話し合えるだろうと思う。
そして、1972年、沖縄はアメリカから日本に返還された。
(日本に、ではなく、沖縄は沖縄に、返されるべきだったのかもしれないけれど。)

現在駐留する米軍の中にもきっと、このような形で留まることを否と考える人がきっといる。
そう考える人が増えていくような方法はないだろうか。

そんなことをにわかに考えたくなるような小説だった。


原田マハは、いまこの時代を生きている私たちと地続きの日本のどこかだったり、世界のどこかだったりで、昨日、今日、明日、起こる出来事に想いを寄せずにおれなくなる小説をたびたび書く。
『暗幕のゲルニカ』などまさに。

静かだけれど、熱く揺さぶる。
小説だからこそ、揺さぶられる。

巧い。

私など、イチコロだ。簡単に引き寄せられて、のせられて、知りたい、と強く思う。

口数多い移り気なメディアよりも、おえらい人たちの大声でがなりたてる虚飾に満ちた言葉よりも、ひとりひとりを揺さぶり、社会を変える力がある。

あとは、私たちの読む力だ。



※参考までに参考文献
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by shiho_kato | 2016-07-27 19:02 | 読書ノート | Comments(0)

“これぞ夏”の夏休み

夏休みに入って5日目から、むむちゃんぷうちゃんは私の実家入り。

ゴールデンウィークは、かるたで東京に残ったむむちゃんは春休み以来。
従姉妹ちゃんたちが大歓迎で迎えてくれる。

ぷうちゃんも、ひとりだったゴールデンウィークよりも、むむちゃんが一緒の今回のほうが頼もしそうだ。

午後に到着した初日は、夕飯後に蛍を見にお散歩。
2、300mも歩けば田の畦に、蛍がゆらゆらと舞う。
なんて贅沢な。
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お散歩途中のおばちゃんが、「ほうら」と言って、すっと蛍を手のひらの中に。
子どもたちも真似て、ひらりひらりと寄ってきた蛍を包むようにつかまえた。

手のひらの中で、灯っては消え、灯っては消え。
その光に温度は無いのに、あたたかい。
程なく、そっと放す。仲間たちのところへゆらりゆらりと飛んでいった。


戻ったら花火。
火傷しないようにね、と声をかけながら。
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わぁわぁ、きゃあきゃあ楽しんで一日を終えた。
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翌日、子どもたちを託して東京に戻り、そのまま出勤。
この実家からの朝の出勤のたびに、考える。

あんなに楽しそうな子どもたち、毎日がそう楽しく過ごせるのならば、
たとえば実家に戻り、そこから私が毎日通勤することにしてはどうなのか。
長い道のりに、通勤の途中ですでにヘトヘトになり、即否。

父、母、弟、妹、おとなが四人も居る安全の中に子どもたちが身を置いているということへの、私の安心感はたとえようもない。
それでも、私が自立して、私たち家族ぷうちゃんとむむちゃんとの3人が自立した生活を送るためには、私は今の場所で足を踏ん張るのがベターだ。

今の仕事と今の職場だから、私は健康に前向きに毎日の暮らしを、運んでいこうと思うことができ、
むむちゃんのかるたを軸にした生活を、ぷうちゃんの穏やかな楽しい日々を、支えていくことができる。

いつでも危うい均衡ながらも、クリアしてくることができているのは、今の状態が良いということなのだ。


支えてくれるおとなが幾人も居る甘い誘惑に、もたれたくなりながら、「立つ」というのは、この二本の足で立つということで、もたれることではないのだ、そのための体幹を、ずっとずっと鍛えてきたではないか。と、説くように自らに言い聞かせた。


二日目はプールで遊び、三日目は映画を観て、四日目、むむちゃんぷうちゃんは帰ってきた。
ぷうちゃんはテニスがあり、むむちゃんは学校がある。
そう、彼らにも彼らの戻ってくる理由、ここに居続ける理由がある。
だから、「特別なお休み」の楽しみが、大きく大きく大きく膨らむんだ。


これで、良し。
さぁ、楽しい夏に、していこうよね。

by shiho_kato | 2016-07-26 21:47 | むむちゃんとぷうちゃん | Comments(0)

第24回多摩百人一首かるた大会

むむちゃんのD級の大会。

朝は7時の地下鉄で間に合わせて多摩市立武道館に向かった。

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今日は午後はぷうちゃんはお友だちのうちへ行っている。
お夕飯前に迎えに行きたい。
先週の神奈川県かるた大会のように夜の10時になるなどはもってのほかだ。
できれば明るいうちに帰りたい。

などなど考えているのはむむちゃんに内緒。欠片も口にしないよう気をつけた。


ではあったけれど。

埼玉春日部女子高の高校生と対戦。
力量的にはそれほど手強そうではない相手が、左利きであることにも気づかぬまま、冴えない様子で一回戦で負けた。
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これで遅くなる前に帰れることは確定だ。
半分はホッとし、半分は今日はどうしたのかな、、、と心配になる。
「はやく帰れますように」と念じてしまったためだろうか、、、。

今回は先生や他の部活(っぽい高校生)がつけている取り札表をつけてみた。
ただ応援しているよりも、何か実があれば。
先生がそれを見ながら、二字が遅い、丁寧なのはいいけれど、もっと行かなくちゃ、とか
むむちゃんにアドバイスをしていたので、付けなれればその表からクセとか分析できるようになるんだろうか。


一緒に出場したMちゃんは二回戦、Aちゃんは三回戦で敗退。
Aちゃんの三回戦までを待って、みなで帰途につき、6時半に帰宅できた。


おかげで、夜は3人ともそろいもそろってアメーバのようにだらーりだらだらと過ごす夜。
翌朝は大会も部活もわくわくも係りの仕事も無い週末。
そして夏休みだ。このだらーりだらだらがいいじゃないか。
一試合しかしなかったむむちゃんはもっと札を取りたいだろうか、、、夜手合わせを、、、と思ってはいたけれど、今夜はだらーりだだらだらでいいや。
by shiho_kato | 2016-07-23 15:23 | マラソン、かるたノート | Comments(0)

「忍者ってナンジャ」展&ワクワクスクール「百人一首」

むむちゃんとぷうちゃんの夏休みがはじまった。

夏休み二日目、ワクワクスクールで今年も百人一首をするために、丸一日お休みをとった。

午前中は、ぷうちゃんと日本未来科学館へ行くことにした。
8月5日までの「忍者ってナンジャ」展の招待チケットを2枚もらったので。

前夜、私とふたりだけでは退屈だろうと思い立ち、だれかもうひとりお友達を誘ってはと思いめぐらすものの、
兄弟がいなくて、今日の明日でしかも午前中半日だけのお誘いを急にできる友だち(ぷうちゃんの友だちではなく、母親同士ということで)が思い浮かばず断念。
母の社交性不足故に、大人一人子ども一人でごめんよ、ぷうちゃん。

雨もあがりルンルン出かけてくれるので、ホッとする。

私は日本未来科学館は初めて。
ぷうちゃんは何度も来ているので案内してくれる。
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忍者でナンジャは体験型の企画だった。
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忍び足やら両足飛び
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手裏剣を投げたり、
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聞き耳をたてたり、覗き穴をのぞいたり
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ほどよく楽しめた。
一回りじっくり体験して、手裏剣投げブースには2回足を運んで、ちょうど良い時間。
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うちに帰りついたら12時半。ちょうどお昼の時間。この小回りの利く動きは、一緒に出かけなれている友だちじゃないと難しかったかな。
今日は後があったから、これでよかったと思おうと自分に言い聞かせる。
でも、きっと友だちが一緒だったら、ぷうちゃんは2倍楽しかっただろう。
ゲラゲラ笑いあう姿が思い浮かぶ。


午前中、むむちゃんは和室でかるた会の友だちと3人でかるたをして過ごした。
お弁当を持ってきていて一緒に食べよう!と待っていてくれた友だちと、
大急ぎでおにぎりと焼きそばのお昼ご飯。



食べ終えて、午後はかるたの札を抱えて、みなで小学校のワクワクスクールへ。
3回目のワクワクスクールでの百人一首。
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たぶん一年に一度しか出番がない畳の場所は、職員さんよりも知っている?このために捨てずに居てくれるんじゃないかと思ったり。

今回は前回、前々回よりも多い人数。
キャパ的にギリギリだけれど、むむちゃんをはじめかるた会のお姉さん3人とお母さん1人が助っ人に来てくれたので、こちらのペースでとんとん回せた。

事前にもらう参加者名簿では、まごめかるた会に来ている子どもたちも3分の1くらい居た。

昨年、一昨年は、
お正月の散らし取りや50枚対50枚の対戦はやったことがあるという子がほとんどだったけれど、
今年は、
全員が1対1を知っていて札は覚えていないけれど競技っぽくやることは知っている。
「ちはやふる」効果、ほんとう高くてびっくりだ。

なので、今回は仲良しのグループを組んで「優しく丁寧に」、
ではなくって一対一で「どんどんどんどん取ろう」に宗旨替え。

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模範も見本も説明も無しに、対戦相手を決めて、
お姉さん・お母さんにところどころに着いてもらって、
見学に来ていた先生にも人数合わせに入ってもらって進めてみた。

1回終えたところで、仕切り直して、もう1回。
時間が足りなくなったら途中でも切り上げようと思ったけれど、時間内におさまった。


またやりたい!という子たちに、まごめかるた会の受け皿を提示できる。
もちろん昨年も一昨年もやってはいたけれど、きちんと区に登録し団体の体をなしたことで、訝しくは思われないだろうと思えるので、自信を持って「どうぞ来てね」と言える。


石の上にも3年だ。


夜は、学校の体育館で行うPTA行事の映画会の係りのお仕事で、もう一度学校におもむいた。



今日は「子どもたちが育つ地域」密着の一日(?半日)だった。

貢献度が低いな、私。

しみじみ思うけれど、
仕事休んでの時間の提供は強制されていると思うと不服でいっぱいになるけれど、
好きな百人一首でのことなら、時間も、道具も、準備も、嬉々として提供できる。
それだけで十分だ。

私の持ち時間すべてをなんらか社会に役立てなくては!なんて意気込んでいた30代の私に、苦笑いしながら「肩の力抜こーよ。あなたががんばる分を支える人は大変なんだよ」と言ってあげたい。

「持ち時間すべて」なんていう緊張度の高い状態を続けていると、子どもたちに対してピリピリしてしまい、足元のいちばん大事なところをおろそかにしかねない。


社交性低ければ低いなりの、貢献する意欲が低ければ低いなりの、私であることをまるっと認めてしまい、
走ることは好きだもの、百人一首は好きだもの、だから一生懸命になれるんだというとこもまるっと認めてみたら、
百人一首で貢献できたり、百人一首で世界をつないだり開いたりできるところにこうして行き着く。

手段と結果をはじめっから直線で結ぼうとしないほうがいい。

それよりも、私にとって何が大事かと、私にとって何が心地良いかをしっかりつかまえること。
その上で、私が大事にしたい人たち(子どもたち)にとって、彼らが心地よい場を私が作れることが最低のベースであることを見間違わないこと。




夏休みがはじまってゆく。

by shiho_kato | 2016-07-22 22:10 | むむちゃんとぷうちゃん | Comments(0)

第49回神奈川県かるた大会

3度目となる神奈川県かるた大会。

一昨年はむむちゃんの初の個人戦、昨年は私も出場し、むむちゃんはこの大会で優勝してE級にあがった。
今年はF級に単独の参加。

とは言うものの、今回大会初参加の保護者なしでG級に参戦するYちゃんとMちゃんを連れて3人で出発。
相模大野の駅で神奈川かるた会のみなと合流した。

G級230名、F級99名と、今回は過去2回の倍近い大所帯の大会。
1試合目と2試合目に一回戦、3試合目と4試合目に二回戦、5試合目に三回戦、6試合目に準決勝、7試合目が決勝となる。

私は一回戦目不戦勝となり、4試合目に行われる二回戦に出場。
朝は7時前に家を出たけれど、初戦は2時。
今日は引率で来て、引率で来たにも関わらず試合に出させてもらえたラッキー、くらいな気持ちで待つ時間を応援に専念した。
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体の小さいMちゃんはひょうひょうとした取りで一回戦も二回戦も最後までねばって勝った、
お行儀のいいYちゃんは知らぬ相手の方が思い切りやれるようで練習では見せたことのない大胆な取りで一回戦も二回戦も圧勝した。

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私の相手は高校生の男の子。
珍しく立ち上がりよく、はじめから札に指が吸い付く。
目ではなくて、体で取りに行けている感じがして気持ちよかった。
速さ勝負になるとかなわないけれど、札との相性というのか、読みとの相性というのか、
すっと体が勝手に動く取りが何度かあった。
まごめかるた会を会にしてからは、完全に読みと仕切りに専念していて、取る練習量が減っているので、勝負にならないかもしれないと思っていたけれど、札を必死に追いかける感じとは違う取り方が体に備わってきているようで嬉しかった。
後半の粘りでシーソーゲームに持ち込んで同数まで並んだところで、派手にお手つきをし、続いて一枚取られる連取で差がついてしまった。それでも最後まで敵陣から札をとりに行くことができて、結果は7枚差の負けだったけれど、今日はよく動けたなと思いながら終えることができた。

かるたの試合の良し悪しは相手によって大きく変わる。物言いが多く自分の取りをやたらと主張するプレイヤーは対戦していて、たとえ自分が勝ったとしても気分がよろしくない。
隣のゲームは、毎回というほど、もめあっていて、これは精神的に消耗戦だなーと思った。
観戦していて、中には舌打ちをしたり、相手のお手つきに派手にガッツポーズをしたりする人も居るけれど、かるたにそういう下品な振る舞いはふさわしくない。
うちの会の人たちにはたとえ初心者でも、かるたに携わる上でこんなふるまいはしないように教えたい。

私の相手は、礼儀正しく、互いに札を拾いあったり並べるのを手伝ったり、飛んできた札を素早く渡したり、物言いもほとんどなく、気持ちよく戦わせてもらった。


Yちゃんは準決勝まで勝ち上がり3位。
Mちゃんは決勝まで進み準優勝。
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表彰式を終えたら夜は8時を回っていた。

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いつにもまして遅い。
途中、親御さんに勝ち進んでいるために帰りが遅くなる連絡を入れた。
彼女たちも携帯を持っているけれど、試合と試合の間隔が短く、そんな連絡を入れている間も無かった。

夕飯にも遅い時間、帰りには買い食いもし、
すべておわって、朝待ち合わせた場所まで送り届けたら10時。実に15時間。
長い一日だった。


彼女たちの戦いに、一緒になって一枚一枚ごとのハラハラし、ドキドキし、指がくい込むほど集中して見入って、今の反省と、次の戦略と、勝った時の興奮と、負けた時の悔しさと、そういうものを分け合えるのは一緒にプレイする仲間だからということがわかった。
わが子のむむちゃんの応援だったから毎回の長時間の戦いを厭わずにおれたわけではなかったんだ。

それが私の役得と思いながら、重い体をひきずりながらの遅い時間の帰宅を慰める。







※神奈川県かるた大会詳細備忘録

1.日  時 2016年7月17日(日曜日)9時~(受付締切 午前9時30分 開会式午前9時40分からの予定)
2.場  所 相模女子大学 マーガレットホール(相模大野駅下車徒歩10分)
3.参加資格 神奈川県民・県内在学・在勤者・県かるた協会加盟団体に所属する者
4.競技形式 個人戦(クラス別トーナメント方式)
5.クラス F級 競技かるた初級者、神奈川県協主催大会等でG級入賞経験のある者
     G級 競技かるた初心者(百首を覚えている者)
     ※D級、E級の開催はありません。
     ※参加申込が240名を超えた場合は、10名以上申込のある団体より人数の調整を依頼する場合があります。
6.表  彰 各クラスの優勝者・準優勝者・3位(2名)の4名
7.参加費 F・G級 1000円

by shiho_kato | 2016-07-17 22:55 | マラソン、かるたノート | Comments(1)

山に登る@川苔山

全力で走るには危険な暑さになってきた。
この時期は、大会も少ない。

大会の無い週末、山登りに出かけた。

今年、ぷうちゃん・むむちゃんが保育園のOBOGのキャンプで行くかもしてない「川苔山」の下見になればいいな、と思い、まささんが積み上げた奥多摩の山登りやトレイルランニング(トレラン)の本の中から、コースを選んだ。



7:50分発の電車に乗って9:52「奥多摩駅」着
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「奥多摩駅」→「本仁田山」→「川苔山」→「古里駅」の14.4kmコース。標高1,200~1,400m程度。
トレランレベルは一番低い初心者レベルらしい。
走れる山ならば、登山としても、軽度に違いないと判断。
14.4kmという距離も、走っている感じからだと、ゆっくりでも3時間、どんなに遅くなっても4時間程度で歩き通せるだろうと見積もった。
その時間であれば、お昼ご飯をしっかり持っていれば大丈夫だろう。


等々、それらすべて甘かったことを、今回思い知りました。

山の入口の警告。
熊が居る?熊鈴必携。
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ちょっとした脅しかと思ったけれど、山に入っていくら行けども、人と出会うことがない。
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登りは、歩くというよりも、文字通り「登る」、場合によってはよじ登る。
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どこにもトレイル「ランニング」できる余地はない。

登りきったつもりで見上げると、またまた上が見えてくる。
つまり下からは山のてっぺんが見えないくらいに、登っていくということ。

ここで、この傾斜で怪我をした場合、動けなくなった場合、どうなるのだろう?どうするのだろう?
そう思い始めたら、楽しむどころか、慎重に慎重に絶対に無事に歩ききらなければの緊張感120%。

二時間あまり登り続けてようやく「本仁田山」のてっぺんに着いた。
ちょうどお昼どき。
それでも10人居るか居ないか。
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お昼ご飯を食べきってしまうと、食料はアメと少ししかない。
飲み物も500mlの半分くらい。
そして、てっぺんにも途中の山道にも、トイレも水道も無かった。


山とはそういうものだったか・・・。
山の中に分け行ってしまった今、はじめて知った。


はやく下りきらねば、と危機感を募らせながら、腰をあげた。
でも、本命の川苔山に行かねば、今日の目的のぷうちゃん、むむちゃん、子どもたちが歩ける山かどうか知ることができない。


本仁田山を過ぎると人の姿も増えてきたため、励まされ、川苔山の山頂を目指してみることに。

木々の中を行くので日を浴びずに過ごせることがありがたい。本仁田山へ向かったときほどの厳しい登りは無い。

この細い道を崖がわに踏み外して落ちたらどうなるのだろう。
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この橋はみな渡れるだろうか。
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子どもたちを連れていたらどうだろうか、シュミレーションしながらひたすら歩いた。

一時間半ほど歩いてようやく川苔山の頂上に着いた。
達成感というよりも安堵感。
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もうこれ以上登らなくていい。
あとは下るだけだ。
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下りの途中にはトレラン愛好者の方には「垂涎」のコースがあるそうだ。
もう走れるような足の状態ではないけれど、少なくとも恐ろしい山道ではなく走れそうな道が一定程度あるんだ。
と、いう考えも甘かった。

そのトレランコースを行くために、鳩の巣駅方面ではなく、古里駅方面に下りた。
とたんに、人気がなくなり、結果、他の登山者には誰ひとり会うことが無かった。
そして、どこにも、「走れる」と思えるような道も無かった。
トレイルランナーは、マラソンランナーとは、異質の人間だということをヒシヒシと思い知った。

この下り坂を走って下るなんて、人間ですら無いかもしれない。
しかも、これがレべル1の初心者コースだなんて。。。


足もツラければ、緊張感を保ち続けている神経もツライ。
とにかく心を無にして、ひたすら子どもたちが今日の山を歩けるかどうか。
その判断基準になりそうなことを箇条書きで列挙することに心を傾けた。

・面白がれる道も無いわけでは無かったけれど、距離が長い、この長時間を子どもたちががんばり切るには、かなりの忍耐が必要だ。
・足もとがあやしい道もあり、おふざけは厳禁、フォローできる大人が間間に入るミルクレープ状にならないと危ない。
・そして、もし誰かひとりでも怪我をしたり疲れ果てたり体調が悪くなったりして、歩けなくなるような状態になったら・・・。背負って登るのも、下りるのも、少なくとも今回のキャンプの引率者では無理である。
・水はひとり1リットルは最低持たなくてはならない。子どもも大人も。途中で補充できる場所はないから、はじめから1リットルを背負って山に入る。
・トイレは無い。トイレの無い山の登山者はどういう装備をしているのか、調べなくては。子どもたちだから自然に返すとかいうのは、ひとりふたりならば、ありかもしれないけれど、集団ではムリ。ましては中学生以上の女の子たちも含んでいる。
・蜂が多い。おとなは暴れずにやり過ごすことができるけれど、子どもたちがキャーキャー、ギャーギャー暴れたら刺される。刺された時の対処法はどうするのだろう。これも下りたら調べなくては。



というか。
引率するほとんどは、山の知識とて私に毛が生えた程度。運動耐性では、たぶん私の方がまだあるだろう。
それでこんなに課題があるんじゃ、この山にみなで登るのは無理だ。


それを身をもってわかっただけでも、来て良かった。


にしても、かつて山登りを趣味?にしていた母は、こんな山を登っていたのだろうか?

にわかに想像しがたくはあるけれど、辛抱強く寡黙な母が、黙々と何時間でも歩き続けるのは性に合っていたことだろう。

それを楽しいと感じる域に、私が達すれるとしたら、まだまだ遠い先の話だ。
平らな地面を黙々と走る楽しみをも少しじっくり享受したい。

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by shiho_kato | 2016-07-10 19:06 | マラソン、かるたノート | Comments(0)

ぷうちゃんの作文

最近気がついたこと。
ぷうちゃんは作文が得意だ。


今年からぷうちゃんの担任になった先生は、宿題に、作文をよく出す。

ぷうちゃんは、うーん、うーんと唸りながら、なかなかとりかかれないのだけれど、
いざ書きはじめると、用紙いっぱい、裏側にはみ出るくらいによく書く。


最近書いた
「七夕の願い事」「ことしの水泳の目標」
正直、これで200字は書きたくないなぁ・・・と思ってしまったのですが、
ぷうちゃんはしっかり書きおおせた。


はじめに結論を書く。(起)
次に経過と理由を書く。(承・転)
あらためて結論を書く。(結)

このところ続けて見せてもらった文章はすべてこのパターン。
教えられたというよりも、書き慣れたらこのパターンが書きやすかったという様子。


水泳の目標では
級をあげることを目標にする。
自分が泳ぐのが苦手であること、それを克服したいと思っていること、そのために学校以外のプールの時にいっぱい練習しようと思うこと。その結果◎級まであげたい。


七夕の願い事では
願い事はふたつある。
一つはすぐに叶えたい願い事、テニスがうまくなりたい。なぜなら・・・。
もう一つはいつか叶えばいいと願っていること。魔法使いになりたい。なぜなら・・・。


といった具合。


むむちゃんの作文は、書きたくない(読まれたくない)けど仕方なくマス目を埋めるために書いているのがヒシヒシと伝わる。書いた作文はよほどでない限り、読まれないように静かに底にしずめる。

ぷうちゃんの作文は、考えていたら書きたいことが見つかったので、揚々と書いている様子。読まれることへの抵抗感もむむちゃんほどは感じられない。作文を書くと「読んで」と見せてくれるのは年齢からなのか、性格からなのか。

ふたりの語彙力では、同じくらいの年齢の時を思い起こすと、むむちゃんのほうが豊富なわけだけれど。


子どもの時の私は、書く事は好きだったけれど、読まれることは好きじゃなかったなー。
それでも、書くことに抵抗がないことは、いろんな場面で身を楽にしてきた。
ぷうちゃんはこのままで、むむちゃんは読まれることの抵抗を払拭できればいいな。

ぷうちゃんの保護者会にて、夏の宿題の列挙を眺めながら、しみじみ思う。
by shiho_kato | 2016-07-09 18:40 | むむちゃんとぷうちゃん | Comments(0)

参院選に考える② 選挙権行使!期限前投票済ませる

東京選挙区の6人について、あれこれ予測が出そろった。

ため息が出るけれど、ため息をつきながらも、
今日、ぷうちゃんをともなって期限前投票を済ませた。

図書館のすみっこに作った18歳選挙権のコーナー。
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新聞に折り込まれた選挙公報をはさんでおいたら、
手に取ってひろげて丹念に眺める生徒の姿あり。

彼らとて、悩みながら、だれにしようか、どこにしようか、考えている。
ボヤいていても仕方ない。



投票しないことが、現状の支持というのであれば、
「私は、ノーと言いました。」

参加せずにぶぅぶぅ言うよりも、参加した上でぶぅぶぅ言う方がよほど良い。
与えられた機会と、与えられた権利を行使しました。

これで、正々堂々ぶぅぶぅ言いまくろう。
by shiho_kato | 2016-07-08 19:08 | 私ノート | Comments(0)

参院選に考える① 国家の後退

投票しないということは、現状を支持することだそうだ。

今の状況は違うよな、と思ったら、投票するのがよろしい。

と、思いながら、改憲派3分の2議席か!?とかいう報道を見ちゃったりすると、
一層悪くなるだけじゃないのか・・・。と、萎える。

この萎えさせるための、改憲派3分の2議席報道やもしれぬので、あなどれない。


投票先選びに苦戦中。

前回のブログで書いたマッチング等々を使いながら、絞り込むための私のスタンス。

1.格差、貧困対策を絶対にする
2.原発反対
3.憲法改正しない
4.安保法反対

最低この三つを実現しようとする人。


1.について

「はたらけど
はたらけど猶わが生活楽にならざり
ぢっと手を見る

石川啄木『一握の砂』」

最低賃金を2,000円くらいまであげるしかないと思っている。
事業体の責任で、ではなく、国の責任(国が支払補填する)で。
だって、暮らしの苦しい人たち、働いてるんだもの。
働いても働いても、ふつーの生活が送れないのは制度破綻。
1日は24時間しかない。
人間らしい生命活動を維持するために仕事に割ける時間はその3分の1が最大だ。
それで暮らせる生活を保障できない国家しか作れないような政府は退陣していただきたい。


2.について

廃棄できない危険物質を自ら持ち込むなんて愚の骨頂だ。
庭に地雷を埋め、カバンに爆弾のキーホルダーをつけて生活しているみたいなものだ。
原発を止めていた期間、いま止めている地域で、電力にどれほど困っているだろうか。
無いなら無いなりに、新たな知恵を絞るから「知恵」の価値がある。
そうやって人類は進化してきたのではなかったか。

私たちの考える力を後退させたい、あるいは、自らの考える力の劣化を自覚しているから新たな代替エネルギーを生み出すことに積極的になれないとしか思えない。

電力が少ないから、働く量も、動く早さも減らそうね、というほうが、よほどいい。
多忙な日々に人生をすり減らしていくことから、みなが解放されればいいと思う。


3.4.について

歴史を顧みるに、市民の間から生じた革命は、ものごとを前に進める方へ向かう。
体制の側から生じた革命は、後退へ向かう。

体制の側から変えたいと申し出がある場合には、疑ってかかるべし。

江戸時代は泰平の世を200年続けた。
その前の戦国時代を経て、戦いの世を止めようとみなみなが思ったからだ。

戦争の時代を経て、戦いの世を止めようと私たちが思っているのに、国家の側から、
早々に軽々に戦い放棄の憲法9条を戦いできるように変えたり、
諸外国に攻撃されるための安保法を打ち立てるなんて。

徳川よりもバカな、劣化した知性を恥じよ。と、思う。
時の積みかせねは、智を厚くしていくものであると信じたいけれど、もう頭打ちなのだろうか私たちは。

100mも、マラソンも、水泳も、ほんの少しずつだけど記録を更新して、人の肉体は小さくだけれど進化しているのに、日本の国家を司る人たちは為政者として後退している。

それを選んでしまう、あるいは選ばざるを得ない、あるいは選ぶ気はないけれど現状を支持することになっている私たちとて、後退するコミュニティに加担していると言わざるを得ないだろう。

コミュニティとか国家って、ごくごくシンプルに、そこに生きる人間を生きやすくするためのものなのに。


借金増やして使うあても無い武器を整備して、せっかくだから?その武器を使うために法律変えようとか。。。生産性低すぎ。そんな輩、離縁できるなら、今すぐしたい。



あーあ、一生懸命生きてるけど、トホホだね。
ここから抜け出すための投票?
誰をも選べないことに、がっかり感が募っていく今週。

by shiho_kato | 2016-07-06 19:24 | 私ノート | Comments(0)