むむちゃんの散歩道

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むむちゃんのピアノ発表会

むむちゃんのピアノの発表会。

今年は私はエントリーせず。

かるた会の参加人数が増えたり引率みたいな役割が増えたことと、マラソンで今期3時間半を切りたい。
その二本で、この一年はキャパいっぱい。
ピアノに向かう気持ちのあそびnothing。

それで正解だった。発表会当日、今年もお仕事で、発表会のはじまりに滑り込めるか否かのギリギリだったから。

今年のむむちゃんは、ショパンのノクターンをソロで、マルマルを一年先輩のYちゃんと連弾で。

6月くらい、発表会の曲が決まってしばらくして、「秋の合唱祭の伴奏候補にも選ばれちゃったよどうしよう~!!」
と、言いながら、ピアノに向かう時間がぐっと増えた。

大概ヘッドホンをつけて弾いているけれど、あるとき音を出して弾いていた。
なんだろ、あれと台所から顔をのぞかせるとむむちゃんが弾いていた。
驚いた、こんなに上手になっていたなんて!


発表会では、少し緊張している様子だったけれど、それでも落ち着いて、長い曲をしっかりと弾ききった。
弾く人も聴く人も、小さい頃からずっと一緒に育ってきた子どもたちやおとなたち。
お母さんたちが、「もう、むむ、こんなに上手になっちゃって~~」と口々に言ってくれた。
「感動して志保ちゃん泣いてるんじゃないかと思った」とも。

あぁ、立派になって。ほんとうに彼女は私の子かしら?

というのが、私の気持ち。
振り向けば、いつの間にか、むむちゃんはお姉さんで、むむちゃんのように育ちますようにって後に続く子どもたちばかりになっている。

しっかり育ってくれてありがとうむむちゃん。
むむちゃんに4歳の時からピアノを教え続けてくれて、こんなに弾ける子に育ててくれてありがとうあやみーの。
感謝しかないです。


学校の合唱祭でも、伴奏のひとりに選ばれた。
小学校のころはピアノを弾いていることすら内緒にしていて、と言われていたのに。
みなの前で弾くのはイヤだと言いながら、引き受けてがんばるよ、と言えるくらいにシャンと立っている。

あぁ、ほんとうに、言葉に尽くせないくらい、むむちゃんの成長が嬉しくてありがたい。


by shiho_kato | 2016-09-24 21:18 | むむちゃんとぷうちゃん | Comments(4)

『動物のお医者さん』を読む効用~交感神経・副交感神経

『動物のお医者さん』は大好きな友人たかのちゃんの愛読書だった。

たかのちゃんの愛読するものには、いつも乗り遅れる。
京極夏彦は5年遅れくらい、『陰陽師』シリーズは15年遅れくらい、そして20年遅れの今『動物のお医者さん』。
電車の中でひとりニヤニヤして、むむちゃんにやめて気持ち悪いと言われながら読んでいる。

『ちはやふる』や『3月のライオン』が大大大大大好きで、それこそ私の人生を多分に左右するくらい大好き。
だけど、ワクワク、ドキドキしない『動物のお医者さん』とか『天才柳沢教授の生活』とか、静かに淡々としたものも劣らず大好き。
小さな日常の発見物語は俵万智の短歌に似ている。
心は少し動くけれど、居る場所は大きく変化しない。どこにも流れていかない安定した環境とメンタリティとに、安心する。


交感神経を刺激する『ちはやふる』や『3月のライオン』で、アドレナリンを放出することで元気になる時もあれば
穏やかなゆったりした気持ちで『動物のお医者さん』を読んで副交感神経に働きかけて元気になる時もある。
(医学的にどうかわからないけれど)そうイメージしながら読み分けられれば、漫画読書で自分の心身の体調を整えることができる(はず)。
漫画ってすごい。と、『動物のお医者さん』を読みながらの今日の発見。


漫画がそうなら、本もそうだ。
『羊と鋼の森』は副交感神経系、宮部みゆきは何を読んでも交感神経系。

図書館の書棚に向かって、今日はこのあたりがいいかな、これは別の時にしよう、手を伸ばしたり引っ込めたり。
そのとき読みたいものを選ぶだけであまり考えていなかったけれど、ワクワクの刺激が欲しいときと、そっと静かにしたいときと、で、当然ながら選び分けてる。
本の呼びかけにこたえながら、自分の心身の声を聴いていたのかも、と思うと、少し自分を信じてあげられる気持ちになる。



たかのちゃん、京極夏彦は交感神経系、動物のお医者さんは副交感神経系。
あのころ、それを知っていたら、がんばらない、がんばれない時期を、私たちもちょっとうまく乗り越えられたかもね。

疲れたら『動物のお医者さん』。
長らくかかって手に届いたたかのちゃんの置き土産だと思おう。ありがたく頂戴するよ。
お彼岸の最中。

by shiho_kato | 2016-09-22 21:40 | 読書ノート | Comments(0)

坂木司『女子的生活』

『和菓子のアン』の坂木司。

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『和菓子のアン』は私の中では宮木あや子の『校正ガール』シリーズや、桂望実『ハタラクオトメ』なんかと一緒にしたくなる。
「20代女子の「デキる女目指してないけど、そこそこ働く女」になっていく」作品群

読み始めて、やっぱりそれ系ね!
と、勢いよく読み進めたら、


(以下、ネタバレ必至)




セクシュアルマイノリティを軸に据えたお話でした。
「女子的」描写がなかなかに、とっても上手で、あれ坂木司って女の人だったっけ?
思わず調べてしまったくらい。(坂木司は男性です)

性別を超えて、きっぱりハッキリ、しっかり賢く戦いながら生きるパワーを持ってる「女子」たちが爽快。
サラッと読まされた。

このテーマで、違和感なくストンと読み終えられてしまうって、なにげにけっこうスゴイんじゃない?
読み終えてしまってから、じわじわボディブローのように効いてくる。
男気とか、男っぽいとか、男勝りとか、使うときは気をつけなくっちゃ、と思ったり。
やるな坂木司。


by shiho_kato | 2016-09-19 18:21 | 読書ノート | Comments(0)

第66回全国かるた競技東京白妙大会(D)

今週はむむちゃんの大会。
今年3度目になる東京武道館。

むむちゃんが、小学3年生の2月に初めて生でかるたの大会を見たのが、この白妙大会のA~C級の大会だった。
あれから3年半。
級は異なるけれど、自身がその舞台にあがる資格を得て、ここに居る。
当たり前の毎日を過ごして来ただけなのに、あの頃の私たちは時を経てここにこうしていることを想像すらできなかった。
なんだか、とてつもない奇跡のかけらを舐めているような気持ちになる。

会場のスタッフにまりぃが居た。
3年半前もこの大会でスタッフをしているまりぃと久々に再会したんだ。
そんなことを考えていたから「応援してるね、がんばって」の声をかけてもらい、センチメンタルに嬉しい。

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1回戦目は練習を一緒にしている他会の方。
札ならべや、互いの特性をよくよく知ったIさん。
試合で緊張することはあまり無いらしいむむちゃんだけれど、それでもまだ動きはじめの硬い初戦で、リラックスして取れるのはきっとプラス。
もちろんIさんにもプラスだろうな。

この大会の審判長がいる大会は、会場全体の緊張感が2割増になる。
進行中、「ルール」「マナー」きっぱりとはっきりとダメだしが多数出るから。
競技かるたは畳の上のスポーツと言われるけれど、他のスポーツをいくつか(卓球とかバドミントンとかマラソンとか…)やってきた身としては、共通ルールの理解に明確さが欠けているような気がする。と、常々思っている。他の道ものをいくつか(茶道と書道)やってきた身としては、マナーの徹底が甘い気がする。

スポーツと比べると第三者のジャッジが入らなかったり、道ものとの比べると歴史が浅かったりするためだろうか。
そもそもの競技人口が少なかったから相互の理解でできていたことが、わっと増えてしまったために行き届かなくなったためだろうか。

この審判長のおかげで、きっぱりはっきりと明確に学べたルールやマナーが多々ある。
プレーヤーだったらもしかすると圧倒的な緊張感に萎縮してしまうかもしれないけれど、応援する者としてその場に居て、これはそうだったのか、こういうことも違っているのか、これはダメだったのか、これも気をつけなくてはならないのか、等々、メモでいっぱいになっていく。できれば個別のジャッジについても応援席までどう判断するのか聞こえたらいいのにな、と思うくらいだ。

・服装のこと(パーカーの紐が前に垂れない、髪が前に垂れない、背中やお尻は出さない、膝は出さない)
・互譲の精神(譲り合えることを重視。やたらともめない)
・応援者の姿勢(足を投げ出さない、体育座り、あぐらはダメ)
そして、当たり前だけれど、自身の札を自ら取りに行く、見えるようにしっかりと手をあげる、読みは決して止めない(読手の尊重)、どうしてもという場合には読みの後に処理する、等々。

当たり前のことを、この試合会場でマイクを用いてがんがん注意しなくてはならないことは、審判長にもストレスだろう。
今回はD級の大会だったので「D級まであがってきた選手にあるまじき!」の怒りが会場を圧倒していた。

中でも、今回際立ったのは、「もめ」
ちはやふるで、もめの田丸を登場させているけれど、あれはよろしくなかったのではないか、と個人的には思っている。
私は「もめ」が嫌いだ。

勘違いに対する取りの主張はあるけれど、勘違いが起こるのはひとつの試合の中で数枚だ。
ルールをよくよく知らないがためにお手つきやら何やらで札送りの説明を要することは、下の階級ではある。
自分の取りを言葉で主張しなくては「取り」にならないかるたは、ダメだし、
取れてない札をパフォーマンスで取りにしようとしたり、ほんとうに私の取りではないのか?と相手に確認したくなる時点で、負けを認めるべきだ。

再三再四に渡って、審判長から不要に「もめ」るな、の注意がなされたにも関わらず、プレイの姿勢が変わらなかったのは、指導の問題にあるのだと思う。
会場のアナウンスでも、会や保護者が「もめ勝て」と指導するようなケースがあることが紹介され、非難された。
やだな、そんなスポーツマンシップにかける選手を育てる会は。

日本国語大辞典によると「もめる」とは「摩擦が生じる。争いが起こる。ごたごたする。紛糾する。」の意。
かるたの試合中の主張と説明を、どうして「もめる」なんて言葉にしたんだろう。
言葉に引っ張られて、言い争ってごたごたしちゃうのは当然だ。

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「もめるな」を徹底しようとするこの会場において、二回戦目のむむちゃんの相手は、不幸にも「もめがるた」の選手だった。
一枚一枚、何をか尋ね、何をか主張する。
相手からのプレッシャーだけではなく会場全体のプレッシャーも感じざるを得ない。
応援席から見ていても、いったいどこに主張の要素があるのかわからず、何を主張し何を尋ねているのか、これもかまたか、と見ていてもゲンナリする。
かるたは基本的に静かに、言葉を発することなく進む競技なのに。
このやりとりを毎回繰り返されては、相当に精神を削られる。
勝負はシーソーゲーム。枚数差がつかないままに進んでいく。
終盤戦、むむちゃんは無言を通して勝ちに行った。
主張に主張を重ねる相手に、説明以上のもので応戦することなく、何もケチのつけようがないより早い取りをすることに徹して勝ちに行った。
3枚差の勝利。伸ばしていない爪さえもくい込むくらい強く握り締めていた手を、ようやくほどいた。


その心の強さに驚く。驚くと同時に、ほんとうにほんとうに尊敬する。
もはやかるたで、その場に座って落ち着いて戦いを続ける自分を想像することができない。
かっとなってクレーム合戦になるか、勝負を放棄してはやく終わってしまえと祈るか、どちらかだ。
そのどちらでもなく、イラっとしながらも、削られながらも、自分の良い取りを追求し続けたむむちゃんの姿勢に感服だ。


仮に重ねて想像できるとしたら、フルマラソンの35km過ぎ。
もうここまで来たから少し落とさせて。もうここまで来たらいいよ。きついよ、緩めよう。
そういう誘惑に負けないで、あと少し、もう少し、がんばれ私、ここまで来た自分のためにもがんばれ、ここで負けるな。あと数十分じゃないか。
先の見えない人生に比べたら、いつ抜けるかわからないトンネルの中にいた日々に比べたら、ゴールは見えてる。30分後には片がつくんだ。
言い聞かせて、走り抜けるラスト7kmに似ている。


むむちゃんが、これまでの人生のしんどさとその戦いの1時間あまりを重ねたとは思えないけれど。
もし彼女の生きてきた道が、この芯の強さの土台を作っているのであれば、苦労ばかりさせてしまった不出来な親としてはちっとは慰められるやなぁ、、、。と、自分に都合よく思ってみたり。



3回戦目は5枚差で敗れた。
ぼんやりしていたり、暗記が抜けていたり、うっかりなミスが目立って惜しいな、という気持ちになるけれど、それ以上に、あれだけの闘いの後で、よく踏みとどまれたと思う。

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あらためて、むむちゃんは私のあこがれのかるたプレーヤー。
もう何をどうしても届く気がしないけれど。





*大会備忘録*

【日  時】  平成28年9月18日(日)  午前9時30分〆切
【会  場】  東京武道館 第一武道場(東京都足立区綾瀬3-20-1)
         (アクセス:東京メトロ千代田線 綾瀬駅より徒歩5分)
【競技方法】  競技規程、競技会規程に則ったトーナメント方式
【入  賞】  参加人数によって分割の上、上位4名
【会  費】  D級 1800円
【審 判 長】  新川 三紀子 公認審判員
【読  唱】  五味 朋子専任読手、井熊 昭子A級公認読手、神保 貴史A級公認読手
【申込〆切】  平成28年8月31日(水)厳守
主 催  白   妙   会  会 長  篠  大 介
公 認  一般社団法人全日本かるた協会

by shiho_kato | 2016-09-18 18:48 | マラソン、かるたノート | Comments(0)

十五夜ご飯

何故だか十五夜の夜ごはんが好きなぷうちゃん、むむちゃん。

ごはんで作るお団子が好きなんだそうな。

お月さまが見えるか見えないか。ビミョーそうな曇り予報。

なので、食卓に月を浮かべた。

巾着たまごと、
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三色お団子ごはんにまんまるサツマイモのさつま汁
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このところ、生協の中食に頼る率右肩下がり中。

クックパッドのおかげ。

ではあるけれど、何よりぷうちゃんむむちゃんに、手がかからなくなったおかげ。


いい秋だなぁ。

by shiho_kato | 2016-09-15 20:17 | Comments(0)

図書館考 ー図書館本3冊を読んで考える『アウシュビッツの図書係』『ホスピタル図書館』『刑務所図書館の人びと』

文学ってなんぞや?

文学部への進学を決めたときの私の「問」

生きる力を支えてくれる、励ましてくれる「文学」の持つ「力」ってなんなの?
その答えを知りたくて文学部に進学したけれど、エライ先生方も誰ひとりとして答えてはくれなかった。


本ってなんなんだろう?
図書館ってなんなんだろう?


「それらの「答え」を探し続けるのが、私の人生のテーマだ。」
みたいな、つまらない答えは要らない。

ので、問うことをやめて、本に触れる人を観察したり、図書館を訪れたり、図書館に関わる人を観察しながら、あの人にとってはこう、その人にとってはこう、ふむふむ、に方針転換。



三萩せんや『ホスピタル図書館』
病院の院内図書室を引き継ぐ形で建てられた私設図書館。
図書館に来た人が、本を読んだ人が、なぜか治癒されていく、というお話。
主人公の女の子が、元気のいい柔道部出身の女の子で、「重版出来」か?と黒木華を浮かべながら読みすすめてしまった。

エピソードが、もっと具体的に深ければいいのにな。
用いられている本とか作者とか、さらりと表面をなぞっただけで、物足りなくって説得力に欠ける。
コンセプトはいいんだけどなぁ。

著者が司書をしながら執筆をしているとか。
であれば尚の事、使いようのあるタイトルの本もエピソードもたくさん持っているはず。


アントニオ G イトゥルベ『アウシュビッツの図書係』
アウシュビッツの収容所において、文字を読むことも書く事も禁じられている。
活字への渇望。命がけでわずか8冊の本を守る14歳のディタの物語。

実在のモデルが居るという。
あぁ、生死の狭間に置かれて、生きる光を与え、力強く生き延びるエネルギーを与えてくれる本の存在。
本なのか、言葉なのか、文字なのか、書かれた物語なのか、その正体はこれって決められないけれど、
それが混在して「本」の体裁に帰結し、こうして長きに渡って手渡され、読み継がれてきた。

胸に抱きしめる紙の厚み、それそのものが
生きてゆくための力にも、安らぎにも、知恵にも、なる。

最近は、電子書籍にも興味津々だ。興味津々ながら、paperからなる本の力強さは、デジタルでは出せないことを感じながら、この小説を読んで確信した。書かれている中身だけが、生きてゆく力を励ましているわけではない。


『刑務所図書館の人びと』
小説としては面白みがない。文章が冗長すぎて読みにくいのが残念だ。
でも、こういうところに図書館の需要が、こういうところに本との運命的な出会いがあるんだということに気づかせてくれる1冊。
刑務所の中の図書館ではなく、ちまたにある図書館と、もっとはやく出会えていたら・・・。
そう思わずにはいられない。

**********

民主的な市民が構成する民主的な社会が育つために、ひとりひとりが自らの考えをあるまとまりとして自認し、それを他者の意見と合わせたり、戦わせたりしていくときに、「自らの考えをあるまとまり」にするのを助けるものが必要だ。
大きなところを、テレビやネットなどが身近なメディアとして助けている。
あぶくのようにあらわれては消えてゆく頼りがいのない情報が、比較的多いのが、それらの心許なさ。

あらわれて消えてもいいのだけれど、もう少し腰を落ち着けて考えたい場として、図書館が有効なんだ。
圧倒的な居並ぶ本たちが、心をなだめてくれる。
その中から、呼びかけてくるいくつかを手に取って、目次を見るだけでも得られるメッセージがある。

メディアリテラシーの第一の「クリティカルな(批判的な)思考」は大事なのだけれど、
同等に「共感」によって自らの考えや意思を明らかにするプロセスも大事だと、私は思っている。

批判にはねじれが伴うことがよくある。
自らが傷ついたり悲しんだり怒りを覚えたりすることによって、「批判的態度」を形成してしまうことがある。

悲しさを抱えていることを、怒りを抱えていることを、痛みを抱えていることを、自ら知った上でのほうが、
ねじれに飲まれぬ「意思」や「考え」をまとめやすいことがある。

そして、「共感」の罠=自らに都合の良い「快」ばかり集めずに踏みとどまれるチカラもまた必要だ。


そう言った読む力を育てるための教育は、どこで行われるのだろう。
そう言った力を育てるための「教育」である、と、言い切れない「学校教育」では困るのだ。

by shiho_kato | 2016-09-13 18:05 | 読書ノート | Comments(0)

第4回渡邊雅大杯争奪かるた競技大会

今日は私の大会。
むむちゃんが該当する級は、上の方なのでありません。
が、引率するまごめ組みの子どもたちが4人。

むむちゃんとこうして大会が分かれるようになると、いちプレーヤーに徹したいなぁ、と思うこともある。
時間を調べての待ち合わせ連絡や電車の乗り合わせや、駅からの道順等々、ひとりだと気楽なんだけどな、と思うこともある。
特に、子どもたちも職場も同時に新学期が始まってからの日々にお疲れの週末とあれば尚の事。


子どもたちより長く生きてきた大人なので仕方ない。
それにね、徹することができないことを言い訳にできるのだって、悪くないのだ。


とにもかくにも、今日の会場は今までの大会でいちばん近い会場、夏休みに一日練習会をした会場でもあるので、近くて迷う心配も無いのが嬉しい。

会場に着いて神奈川のみなと合流。
先生がまだなので、うろうろあちこちに散らばっている子どもたちをひとつところにまとめて、級別の受付に送り出し、自分の受付は後回しに、いちばん下の級の子たちのお世話。きっとキライじゃないんだ、緊張する試合前にこういうお世話役を担うこと。少なくともお世話されるよりする方があっている。先生が到着したので、状況を伝えて自分の受付に回った。

人数は昨年の倍くらい?
E87名、F66名、G109名。
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グループ分けせずに、一斉試合なので、一回戦目はおのずと不戦勝が増える。
F級は3人に1人が不戦勝。

まごめ組みは1人のみ初戦ありで、あと4人は私も含めて不戦勝になった。
二試合目からスタートだ。

朝からの移動やら受付やらのあとの一休みできる時間だと思えば、不戦勝は悪くない。仮に勝ち進むことがあったとすれば試合数が少ないほうが体力の消耗も少ないし。というのは大人の見解。

子どもたちは一試合少なくてラッキーという子と、一回戦目を勝ち上がってきた人といきなり初戦で対戦するよりウォーミングアップも兼ねて一回戦目が入っている方がいいという子と、二つに分かれる。
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二時間ほどゆっくりする時間を過ごして、お昼ころに二回戦目が始まった。

手を常に動かし続けたり、気合を入れたり、右左札を動かしたり、札は全部はらったり、いろいろなタイプがいるけれど、今日は落ち着いて試合のできる静かに札をとるタイプで嬉しい。

前半は束負けするかと思われるほど、取られた。
手は先にでても札を触りきれずに逃すパターンを2枚、3枚続けてしまう。
手だけで自信が無くて目で確認しようとしてしまう。反射で行けないのはこのところの練習が少ないせいだ。

前日の練習で、いつもは負けてしまうY君、Aちゃんに勝てたので、取られても差がついても払い遅れても、焦らずに一枚一枚と言い聞かせるうちに、後半になって、ようやくしっかり札位置が体に入ってきた。
そこから粘って、とにかく一枚でも多く試合を続けたい一心で、追い上げた。
最後は7枚差で負け。

このところ、毎度毎度のパターン。
後半の取りを前半もできていたら、もう少しいい勝負になるのだけどな。

気持ちよく戦わせてもらったので、どうぞ次も勝ってね、の気持ちをこめて、丁寧に「ありがとうございました」の礼をした。

まごめ組は今日はみな一試合目で敗退。

映画ブームで下の級ほど層が厚くなっている。
ブーム前からはじめて、既に勝ち抜けていったむむちゃんたちはラッキーだったかもしれない。
おとなはこのブームが去ってほどほどに落ち着くまで気長に機会を待ってもおとなで居続けられるけれど、子どもはそんな悠長なことを言っていたら子どもの時代が終わってしまうから気の毒だ。

大会の日は夜遅くなることが多いので、今日はみな仲良くそろって敗けたことをヨシとして、神奈川のみなさんにさようならを言って、明るいうちに帰った。

帰宅後の時間が予定よりたっぷりあるので、走りに出た。
25kmラン。
走ることへはこんなに腰軽なのに、かるたの練習は腰が重い。それが適性ってやつなのかしら。。。
かるたの神様の愛には恵まれなくっても、気長に続けよう。
かるたのある日常に身を置けていることが嬉しいのだから。

とか、ヌルイことを言ったら、そんなだから勝てないんだよ、とむむちゃんのお叱りを受けそうだ。



*備忘録*
日  時 2016年9月11日(日)9:30受付締切(9:00入場)
場  所 曹洞宗大本山總持寺(そうじじ) 三松閣(さんしょうかく) 4階
参加資格 神奈川県民,神奈川県内在学・在職,神奈川県かるた協会加盟団体所属者
  級   E級,F級,G級
競技方法 トーナメント方式
入  賞 各級3位まで
参 加 費 1,000円
申込方法 事前に参加費のお振込みをお願いします。
申 込 先 ひさかた会 望月路子
申込締切 2016年8月31日(水)必着
役  員 審判長   渡辺令恵 永世クイーン 八段
     競技委員長 篠田 雅 四段
     読唱    須田寿子 初段(B級公認読手)他
主  催 ひさかた会
後  援 社団法人 全日本かるた協会
     神奈川県かるた協会


by shiho_kato | 2016-09-11 13:46 | マラソン、かるたノート | Comments(0)

湊かなえ『山女日記』

人は何故、山に登るんだろう・・・。

走ること以上に、不可思議な問いだ。

木々茂る緑の中を、葉ずれの音や水音、鳥の声が聞こえる中を、風に吹かれながら歩いていると、自分がからっぽになる感覚にスイっと入っていくことがある。

でも、最近経験してわかったけれど、「登山」は結構ハードだ。
ハイキングやピクニック程度の「山歩き」ならともかく、
高いところ目指していく「山登り」は、のほほんと歩いてなどいられない。
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山に登る女性たちを描いた短編集。
当然、7つのお話は、それぞれに繋がり合っていて、だからこの小説は「連作長篇」というらしい。

20代から40代の、どこかしらで、ぶち当たる確率の高い壁。
たいがい、どの壁も対処する方法をうっすら知っている。
それをくっきりとさせるために、山に行き、歩くんだ。

黙々と。
高みを目指す。

「黙々」とした時間も、頂きを「目指す」時間も、
心を落ち着けて考えたい時、とっちらかってしまったものを整理したい時、何かを乗り越えようとする勇気をかき集める必要があるとき、腹を据えて受け入れる準備をする時、に、必要な時間だ。

『山女日記』を読んで、それを知った。


なんだ、走ることとよく似ている。
おしゃべりを封じ、黙々と走り続ける時間も、
ひたすらゴールだけを目指して走り続ける時間も、
充実したランほど、走っていることを忘れるくらいに、自分の中にあるあれやこれやをひっくり返して整地される。


山も、そうだったのか。
「山登り」ちょっと、いいな、と思う。
でも、荷物とか、必需品とか、姿とか、整えなくてはならないものが多すぎる。

毎日毎日、整地が必要な凸凹をつくり続けている私には、シャツ一枚、シューズ一足あれば走り出せる身軽さは割と重要な条件。


充実した余暇を得られる未来のお楽しみ。

by shiho_kato | 2016-09-09 20:46 | 読書ノート | Comments(0)

ぷうちゃんの「学校行かない」&誕生日

「はやく学校始まらないかな~」
のむむちゃんと対照的に、
「夏休み終わっちゃうのヤダな~~~」
のぷうちゃん。

私も職場の2学期のはじまり。
平時の生活をうまく回せるか、緊張感が高まって眠りが浅くなる。

始業式を終えてホッとして、あと一日行けばお休みだね!の金曜日。
子どもたちの持ち物を確認をして、一足先に家を出た。
地下鉄の中で家の電話から着信。
乗換の駅で慌ててかけ直す。

「ママ」
「ぷうちゃん、どうしたの?」
「今日学校行かないっ!!!あっ・・・」
電話はぷつっと切れて、そのあと幾度かけ直しても留守電になってしまった。

「あっ・・・」の後がなんだったのか気になりながら、誰かお友達がお迎えに来たかしら、と祈りながらの勤務中。

ぷうちゃんの学校からの電話の着歴。
これは、行ってないな。

慌てて、もう一度家にかけ直す。
今度は留守電に変わることなく、ぷうちゃんが出た。
「自由研究の発表をクラスのみんなの前でするのが嫌だから行きたくない」
前日の夜から、やだなぁ、やだなぁ、ぶちぶちと言っていた。
学校に行きたくない気持ちと、人前で話したくない気持ちとの相乗効果。

自由研究で卵のことをした内容が嫌だったの?みなの前でお話するのが嫌だったの?
「卵はいいの!みんなの前で話すのが嫌なの!」
お昼ご飯はどうしようか?と問うと、「食べないっ!」
「じゃぁさ、自由研究で卵のことやったからさ、卵かけご飯、食べたらどうかな」
冷凍ご飯の解凍の仕方を教えて、できそうかな?と聞くと、
「うん」ちょっと涙声。
頑なだった気持ち、ようやく緩んだようで良かった。

むむちゃんも低学年の頃は一年に数回、休みたい病にかかることがあった。
前日申告が多かったから、お休みの理由や、どうやって過ごすか、食べるものはどうするか、準備してお休みに備えることができた。
ぷうちゃんは、むむちゃんに比べるとナーバス。言いきれず、決めきれず、溜めていって爆発してしまうようだ。

学校にはすぐに電話をして、今日はどうしても行きたくないと家に居るようでして、、、と、そのままを伝えた。

夕方、再び担任の先生から電話があり、自由研究の発表を理由にお休みしたいと言っていることをお伝えした。
「あー、発表が・・・、そうでしたか~」

帰宅して、一日どうだった?お家の中に居て退屈だった?と聞きながら、
図書館に本を返しに行こうかと誘うと、「行くっ」
自転車で家を出たら、途中で担任の先生とばったり出くわした。

「おぅ!」と声をかけてくれた。「発表やだったか・・・。もう発表終わっちゃったよ」
「うん。」うつむく。
「月曜にやってもいいけど?」
「やだっ!」キッパリと言う。
「そだなー。月曜はプールあるからな、大丈夫か」
「うん。」

ふふふ、会っちゃったね。
うん。

月曜日。
どうするかしら。
今度は苦手なプールのある日。
検定でお友だちに笑われたことを気に病んで、プールの日は検定があるかどうかで気持ちが天と地。

渋々ながらではあったけれど、準備を早々に済ませ、家を出ようとする私の後をついてきて、一緒に行くと言う。
お道具箱等、新学期の大荷物を半分持って、おしゃべりしながら学校。
じゃぁね、と手を振ると、うんうんとうなづいて歩いて行った。
今日は元気に過ごせますように。
祈る思いだけ。


そして、夜、ぷうちゃんのお誕生会。
前々日から焼いて仕込んだチョコレートケーキに、丸ごと卵入りグラタン。
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例年、始業式に新学期にピアノの発表会にと、バタバタになってしまうけれど、今年はピアノの発表会が遅いので、少し余裕をもって準備できた。

はじめてちゃんと作ったチョコレートケーキは、ママがこれまで作ったケーキの中でいちばん美味しい!と、むむちゃん大絶賛。
何より、ワンピースのキャンドルが良かったよう。
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プレゼントは、むむちゃんからは、ワンピースゴールドのトランプ。
映画を観に行った時に在庫切れでもらえなくって二人して残念だったもの。
別の映画館で手に入れられたそう。
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私からは、ハリーポッターの魔法の杖とケープ。
大きくなったら魔法使いになりたいぷうちゃんの今を長く引き止めておくため。
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(むむちゃんも食いついた)
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夜のお散歩にもケープを着て行こうとするぷうちゃんをむむちゃんが止める。
変身して喜び勇んでいるぷうちゃんに、ホッとする。
そう。どうぞ背伸びしないで。

背が大きい分だけ、揺れる小さな心が見過ごされがち。
8歳が9歳になることで、見過ごしのうっかりを重ねてしまわないように、と言い聞かせる。


お誕生日おめでとう。
一年元気で居てくれてありがとう。
また一年、どうか元気に過ごせますように。
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by shiho_kato | 2016-09-05 22:49 | むむちゃんとぷうちゃん | Comments(0)

有川浩『アンマーとぼくら』 ~沖縄小説

沖縄を舞台にした有川浩の新作。
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楽しみにしながら読んだら、楽しみにし過ぎたためか物足りなかった。

沖縄を描く小説は多い。

よしもとばななの『なんくるない』なんかが上手いな、と思う。湿度の高い空気まで含めて描く。
先日読んだ原田マハの『太陽の棘』も沖縄の深い傷みを静かに落とし込んでいたと思う。

でも、沖縄は灰谷健次郎さんだなー。
『太陽の子』が沖縄を素材にしているばかりで、小豆島や神戸が舞台になる作品がほとんどだ。
にも関わらず、沖縄の香りを濃厚に漂わせる。
『海に涙はいらない』や『島物語』シリーズや『海の図』やetc・・・海に潜る島の子どもたちの小説を読み直してみたくなった。

by shiho_kato | 2016-09-03 10:39 | 読書ノート | Comments(0)