むむちゃんの散歩道

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おばあちゃんの「楽しかったよ」

アップルマラソンから三日後に、おばあちゃんとおじさんから宅急便が届いた。

りんごがぎっしり。
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伝票には、おじさんお得意のメモ。
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おばあちゃんに電話をした。

アップルマラソンの応援で長時間外にい続けることになってしまって、疲れていないか案じていたけれど、とっても元気そうな声。

「やぁ楽しかった楽しかったぁ。87年生きてきて、はじめてマラソンを目の前で見たよぉ。面白かったぁ。長く生きてみるもんだねぇって妹とはなしてたよぉ!」

弾んだ声が嬉しい。
楽しんでくれたことが嬉しい。
喜んでもらえて、ほんとうにありがとう。

弘前に行く二日前に電話をしたときには、声も小さくて、直ぐにおじさんに代わってしまった電話。
今日は、声も大きくて、ずっとずっとおばあちゃんが元気にしゃべっていて、おじさんとお話することもなく切れた。

数日後、「おばあちゃん孝行ありがとう」と母からメール。

私が、おばあちゃんに会いたくて、小さい時からのゆかりの地を走りたくて、出かけていったのに、
おばあちゃんが楽しんでくれたおかげで、おばあちゃん孝行にすり替わった。

生まれた時から、大事にされて愛されてきたんだなぁ。。。
ありがたくてありがたくてありがたくてありがたいです。


私はこの感謝を、子どもたちに、長く生きることができてめぐり合うことがあれば孫たちに、必ず手渡して行こう。

長く、生きてみたいなぁ。
最近、ときどき、たびたび、そう思うことが増えた。
子どもたちが育ち上がるまでのほかには、命など惜しくなかったのに。

# by shiho_kato | 2017-10-05 20:00 | ありがとノート | Comments(0)

十五夜ごはん

お月さまが好きな子どもたちは、十五夜が好き。

今年の十五夜ごはん。
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栗ごはん。
かぼちゃとさつまいもの茶巾丸々サラダ。
玉子巾着、鳥巾着煮。

青森のおみやげがたくさんあるから、お団子は無しねって言ってたら、さらにあーちゃんたかてるおじさんから、林檎とお菓子が届きました。

うれしいた十五夜の夜。




# by shiho_kato | 2017-10-04 22:13 | むむちゃんとぷうちゃん | Comments(0)

小手鞠るい『星散りばめたる旗』

アメリカと日本が戦争しているときにも、アメリカに暮らしていた日本人が居た。

大戦中に日本に居る外国人をどのように処遇したかの情報は豊富だけれど、
あるいはアジアの国々に侵攻した日本人が何をしたのかの情報は(真偽正誤のほどは慎重にはからねばならないけれど)豊富だけれど。


そんな当たり前のことを、うっかりすると忘れてしまう。
私の乏しい想像力では、この小説を読まなければ、彼らがどのように大戦中を過ごしていたか知らぬまま終わるかもしれなかった。
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いわゆる「アメリカン・ドリーム」を求めて彼の地に渡りその地に根を下ろした彼らは、開戦と共にスパイ容疑に投獄され、家族は強制収容所に収容された。死ぬのを待たれる日々だ。
いわゆる在米日本人二世、日本国籍日本人の両親のもとに生まれた、アメリカで出生しアメリカ国籍を持つ子どもたちは、敵国日本の子どもとして差別を受けると同時に、徴兵においては日本を敵とするアメリカ軍で闘うか否かを迫られた。つまりは祖父母を殺す兵として。

ひっくり返して、在日朝鮮人、在日韓国人、在日中国人等々に目を向ける。
私は如何程に、彼らの受ける差別の非道さを知っていただろうか。

あらためて、たとえば朝鮮人学校の無償化を除外することは、この地で生まれた子どもが教育を受ける権利の保障を妨げることであることを、血液がフツフツとするような憤りとなって、受け止められるようになった。


私のアタマでっかちの「人権意識」は血や肉にはなっていない。
そこに生きた人をあるいは生きている人を友人のようによくよく知る機会が無ければ、するりと弁舌ばかりで通り過ぎてしまうだけの「意識」に過ぎないことを思い知る。
そして、だから、友人のように感じられる丁寧に生活を描き心の動きを描き日々の暮らしを描く小説が、私の想像力を鍛えてくれる。

# by shiho_kato | 2017-10-02 18:00 | 読書ノート | Comments(0)

第15回 弘前・白神アップルマラソン②

私はまもなく42歳を終える。

42。
フルマラソン42.195km。
1kmごと、1年ずつ、振り返るのに、ちょうどいい距離ではないか。


母はハーフで私を生んだ。
祖母はフルで私の祖母となった。

母はかつて「42歳になったらフルマラソンを走る」と宣言したそうだ。
気が急いて、40歳で走ることにしてしまい、準備不足での出走を父は危ぶんだらしい。

母は、42年を振り返りたかったのだろうか。
母は、残る二年を占いたい気持ちになったのだろうか。

ようやく日差しを遮る木陰に入った。
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29kmだ。

その年、私はむむちゃんの母となった。
むむちゃんが生まれてきてくれたことをどんなにか、嬉しく幸せに思ったことか。
このちっぽけな命を全力で守らなくちゃ。
闘志と不安との大渦に巻き込まれて、ぐるぐるぐらぐらしていたなぁ。
もっと、どかっと、喜びにひたりながら、のんびり時を過ごせば良かったのに。
あれもこれもに必死過ぎた自分が、今となっては、痛ましいようなもったいないような。

小さい時は、片時も私の側を離れることができず、保育園では特定の保育士さん以外は、子どもも大人も拒否し、離乳食は食べずいつまでも母乳にしがみついていた。


30kmを越えた。
おなかのあたりの熱い塊が反乱を起こし、なだめてもなだめても暴れる。
足をとめ、コースをはずれ、給水所のトイレに入った。
おそらく軽い脱水。水分の摂取が必要そうだ。


32歳のときにぷうちゃんが生まれた。

むむちゃんが冒険するようになったのは、ぷうちゃんがあらわれてからだ。
お腹の中のぷうちゃんに、せっせと話しかけ、せっせと歌を歌い、具合の悪かったり仕事の長い電話に振り回される私を見ながら、台に上ってお茶碗を洗ったり、洗濯物を畳んだり、運んだりしてくれた。お腹がパンパンに張ってしまって横たわる私にバスタオルをかけて、「ママむむが(赤ちゃんを)とってあげる」と、赤ちゃんを取り出す覚悟を見せる頼もしささえ。

ぷうちゃんは、むむちゃんに望まれて望まれて生まれてきた。
むむちゃんは、「ママが死んだらむむがママになるから大丈夫。」力強く、そう言い切った。

ぷうちゃんは5ヶ月で、職場近くの一時保育にあずけて職場復帰した。
どうしてそんなに急いだんだろう。もっとゆっくりで、良かったのに。
2ヶ月で転園して、まごめに移り、2歳を迎える前に週末行ったり来たりの生活がはじまった。

ぷうちゃんは、警戒心とは無縁のほやほやした赤ちゃんだった。今は、警戒心のかたまりだ。
警戒心のかたまりだったむむちゃんは、今は、ほやほやしている。

ぷうちゃんのほやほやは、それが必要だったからなのかもしれない。
何かにこだわっていては生き延びられない環境にあったから。
むむちゃんの警戒は、そうすることが許されたからなのかもしれない。
拘りたいものに拘れる体験は、むむちゃんの芯を強くしたんだろうな。



ようやく35kmを越えた。

30代半ば、私の人生には休息が必要だった。
大丈夫、休息した後は、少しずつ再び歩き出すことができたではないか。

歩きを混ぜながら、前に進む。エイドではしっかりとお水をいただき、休む。
そしてまた歩き出し、走り出す。
大丈夫、ゴールまでたどり着くことができそうだ。

生き急いだ時間分、ゆるめて許して30代を終えて、40代になり、ようやく「私を大切にする」ことを実行できるようになった。そうしたら、生きていることが楽しくなった。

39kmで岩木川を渡った。
応援の声が増え、「おかえり~」の声がかかる。

もう、大丈夫。

残りの2kmは、元気に走って、笑顔で走って。
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ゴールが見えた。
帰ってきたよ。

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ゴールゲートのすぐ脇に、たかてるおじさんとあーちゃんとせつおばさんが見えた!


長く待たせてごめんね、迎えてくれてありがとう。

ただいま。
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私の42kmは、タイヘンで辛かったけど幸せだった。

私の42年は、幸せだ。



# by shiho_kato | 2017-10-01 22:18 | マラソン、かるたノート | Comments(0)

第15回 弘前・白神アップルマラソン①

フルマラソンが走れるようになったら、一度は出たいと願っていた「弘前白神アップルマラソン」。

やっとやっと走ることができました。
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祖母のあーちゃんに会いに行く旅。
新幹線と特急を乗り継いで4時間ちょっと。
弘前駅に到着。

おじさんとあーちゃんが迎えに来てくれる。

おばさんの喫茶店「さくらんぼ」で、いつものオムそば!
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今日は子ども達と分け合うことなく、ひとりで一人前をしっかり食べた!

常連のお客さんにコースのこととかを聞き、エールをもらいました。うれしい。
ひさこおばさん、ありがとう〜!


おじさんの運転でコースの試走。ホテルから会場までの道と、スタートからゴールまでの道のりをすべて。
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弘前に到着した時に降っていた雨があがり、青空にくっきり岩木山がキレイでした。この気温の中で走れたら最高!!
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(おじさんは、応援ポイントを確認していたと、後で気づいた。)
たかてるおじさん、ありがとう~~。

ホテルで降ろしてもらい、翌日に備えました。

そして翌朝は晴天!!
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6時半にホテルの朝ごはんをいただきました。バイキング会場からは、岩木山がくっきり。
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7時45分にホテルを出発。
8時には会場入り。
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上着をしまい、荷物をあずけ、スタンバイ完了。

フルマラソンは2,000人弱のランナー。
スタートのストレス無し。
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岩木山を正面に見ながら駆け下りていくスタート。
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岩木川を渡る。
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おじさんが前日に決めた応援ポイントの小学校前。
交通規制もあるし、会える会えないは半半と思いながら走っていたけれど。

見つけたっっ!!

おじさんと、あーちゃんとおばあちゃんが4人並んで。
わぁ、ありがとうありがとう~~~!!

元気をもらい、嬉しい気持ちで気分が高まる。
がんばろう!!!

少し前に居た3時間半のペーサーに着いていこうと決めて。

民家の中を抜け、たわわに実るりんご園の中を走る。
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岩木川沿いに出た。
木陰が気持ちいい。
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きゅっと登る坂道は急ぎ過ぎないように注意しながら。
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17km過ぎからは、だらだらと見通しのよい直線。
日差しを遮るものが無い。
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徐々にペースが落ちる。
ここは緩やかにのぼっているので、落ちても大丈夫、と、言い聞かせるけれど、ぺーサーが離れて行って焦る。

トップ選手が折り返してきた。

三番目か四番目くらいに走ってきた吉田香織さんとハイタッチ。
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向かい風が強くなり、ますます遅れていく。
早く早く折り返したい・・・。

昨日確認した白神館での折り返し。
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ここまでで半分・・・。
長いなー。このあと同じだけ走れる気がしない。

ゆるやかな下りのはずで、風は感じないから、きっと追い風。
タイムは戻ってきたけれど、なかなかラクにならない。

反対側を走ってくるランナーさんたちとエール交換して、元気を補給しながら、前へ進んだ。

25km付近か、今回、唯一のお知り合いのこめきちさんを見つけた!!

声をかけあって、健闘をたたえあった。


(つづく)


# by shiho_kato | 2017-10-01 11:00 | マラソン、かるたノート | Comments(0)