むむちゃんの散歩道

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大崎茂芳『クモの糸でバイオリン』

「蜘蛛の糸を19万本集めて、芥川龍之介の『蜘蛛の糸』のように人が蜘蛛の糸にぶら下がることに成功」したそうだ。

ヒトがぶら下がることに成功した、その次にチャレンジしたのが「バイオリンの弦」
とは言うものの、大崎さん自身がバイオリンに触ったことが無かったので、バイオリンレッスンに通うことから始めたとか。
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うーむ、蜘蛛の糸の研究に40年を費やすことができる。
なんて幸せなヒトなんだ!!

その結果。
蜘蛛の糸を弦とするバイオリン演奏に成功した。


夢とロマン。
なんていう甘ったるい言葉が現実に追求できる。
そんな勇気をもらえる一冊だった。
(大崎さんの本業はコラーゲン繊維等の研究だそうな。)

そして、何の役に立つとか立たないとかを抜きに、そのことに人生を費やすことができることの豊かさをしみじみと実感できる一冊だった。



人類の平和は、この目的的ではない、自身の好奇心の追求に答えがあるのではなかろうか。
世俗にまみれすぎてて、平和から遠ざかってないかしら、と、我が身を省みる。

# by shiho_kato | 2017-05-24 18:49 | 読書ノート | Comments(0)

大山淳子『猫弁』シリーズと『原之内菊子の憂鬱なインタビュー』

『猫弁』
お弁当のお話ではなく、弁護士のお話。
あたたかくて面白かったので、5冊せっせと読んでしまった。
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(『猫便』『猫弁と透明人間』『猫弁と指輪物語』『猫弁と少女探偵』『猫弁と魔女裁判』、魔女裁判を読んだら、以前にも読んだことがあったことを思い出した。忘れるって素晴らしい、二度楽しめるということだ)

正しくあろうとすることは、とても難しく、
最終巻の後書きで筆者が言っているように、
「自分でぜんぶ背負うのがいい」
他者に求め始めたら、自他ともに崩壊するしかなくなる。

そして、正しくだけある人と接するのは、疲れることだ。
鈍感力の権化でもなければ、正しくばかりいるのは難しいことだから。

それでも、この小説を読んでいて清々しいのは、弁護士であり「正義」に近いところの仕事をしている人が、「正しさ」を実直に求めるがために不器用だからだ。
「正義」と、「正しくあること」には乖離があることをぜひ、知っていて欲しいと思う。

私自身は、正しく真っ直ぐになんか居られない。
自分の内なる声には、それなりに向き合って、どう処理し、外にどうあらわすかは、ちょいと考えよう。
そのくらいの正直さを持ち合わせていればいいや、って思う。


猫弁シリーズが面白かったので、大山淳子を続けて読む。
『原之内菊子の憂鬱なインタビュー』
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「原之内菊子」は「腹の内、聞く子」の意だ。

聞き女として生まれてしまった菊子の前に立つと、人は話したくなる。
お腹の中に貯めていたことを話したくなる。
お腹の中に貯めていない人は話したくならない。

「話しながら、取り散らかったものを引き出しの中に仕舞う作業をしている。」

うんうんそうそう、うなづきながら読んだ。

菊子の祖母が言う、「話したくなるのは、菊子が相手を信じているからだ。」と。
話し出す側が菊子を信じるのではなく、まず聞く菊子が相手を信じていることが、相手に伝わるから話し出す。

さらっと書かれているけれど、とっても大事なことを言っている。

話してもらえる人になるために、信頼されるために、どうすればいいのか、ではない。
相手を信じる私になるために、どうすればいいのか。

そう転換したとたんに、「自分ごと」になる。
ということは、転換する前は、「相手ごと」だったということだ。

チャイルドラインを頭に思い浮かべながら、そんなふうに「子ども」と「受け手」を捉えていたかどうか。できていたような気もするけれど、いささか自信が無い。

「子どもに信頼される大人になる。子どもに選ばれる大人になる」というメッセージは多かったけれど
「子どもを信頼する大人になる」というメッセージは、はたしてあっただろうか。

子どもを信頼していなければ、電話を受けられない。という前提の置き方はあれど、
そこを高め深め厚くしていこうという考え方はあっただろうか。

楽しく読んでいた小説に、ふいに突きつけられて、おっと、と揺らめく。

# by shiho_kato | 2017-05-22 16:51 | 読書ノート | Comments(0)

15km・2時間・350円ー私の足の使い出

毎週土曜の夜は、茗荷谷のかるた会館まで、むむちゃんを迎えに行く。

迎えに行く時間を有効に使いたくって、リュックを背負って走って行ってみることにした。
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およそ16kmちょっと。2時間弱でたどり着くことができた。
学生時代によく歩いたアルバイト先の出版社への道を、さかのぼって茗荷谷へ。
当時への、懐かしさと、未来が雲にかかってぼんやりしていた気だるい重たさを思い出しながら。

茗荷谷には筑波大の東京キャンパスがあり、今日は筑波大のダイバーシティのチームの人と、そこで面接があった。
きれいなトイレで悠々と着替え、ラウンジでゆっくり捕食をして、時間ぴったりに面接へ。


電車だったら所要時間50分くらい、片道341円。



翌日曜は、よこはま月例マラソンへ。
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5kmと3kmのレースを走らせてもらう。
レースを走ったあとは、ふたたび走る格好に着替えて走って帰る。

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およそ15kmちょっと。1時間45分くらいで帰り着くことができた。

電車だったら所要時間50分くらい、片道388円。



土曜と日曜、足を使った移動を試してみて、
15km前後の距離なら、交通費にして350~400円程度の範囲を、2時間弱くらいで走って、へとへとに成りきらずにその後も通常運行できる見込み。


汗をかき毒を出し、ぼんやりと自分にふける時間を手に入れる。

ただ迎えのために、まるで「むむちゃんのためよ」感たっぷりにあくせくしているよりも、
私の時間の堪能であるほうが、余程良い。


交通費の節約にもなるじゃないか、と思ったけれど、走り終えたあとの食べたり飲んだりの補給で、ほぼ同額あるいはもちょっと多く、消えた。







# by shiho_kato | 2017-05-21 16:58 | マラソン、かるたノート | Comments(0)

パンを焼き忘れた朝は。

夜中にふいに目が覚めた。
あ、朝のパン、焼くのを忘れた。

冷凍庫に山崎の食パンが冷凍してあるからいいか・・・。
眠気が勝って寝てしまう。


朝4時過ぎに目が覚めた。
今からホームベーカリーに仕込んでも間に合わないなぁ。
スマホを手繰り寄せて、短時間で作れるパンなんて、ないかしら。調べてみる。

クックパッドさまさま。
混ぜて焼くだけ「30分で焼けるパン」を教えてくれる。

安心して朝ランに出た。
帰ってきてシャワーを浴びて、パンづくり。

薄力粉・強力粉を50gずつ、スキムミルクと砂糖とお塩とベーキングパウダーを入れて、
菜箸でぐるぐる混ぜる。
混ざったら溶かしバター10gを流し入れて、ぐるぐる混ぜる。
お湯を50cc、混ぜながら少しずつ加える。
全部混ざったら、2分間手でこねる。
4等分して丸めて、190℃で20分焼けばできあがり。
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丸めたところでチーズとレーズンを埋め込んでみた。

3人で食べるには、ちょっとボリュームが少なかったけれど、とっても美味しい。
むむちゃんが、「また時々作って~。」と言う。
今度は、チーズとベーコンを埋め込んでみよう。チョコチップもありだ。
ドライフルーツはどれを入れても美味しそうだ。


米粉バージョンがあれば、このくらいの手順なら、千葉でも作れるかな。




テレビでは、「共謀罪」が衆院で可決されたと騒いでいる。
「安保関連法」とか「特定秘密保護法」とか「共謀罪」とか、時代錯誤も甚だしい法案を、次から次へと下衆な方法で成立していく。
森友学園とか、加計学園とか、権力を私物化している状態を誰も止められず、罷免もできないでいる。
ロクでもない法案が次々できて、私たちはどこでこのバカげた知性の低い政権に、こんなにも大きな力を持たせてしまったんだろう。

新聞の天声人語に、国民はどこかでこの国は私たちを守ってくれると信じているのでは無いかと書かれていたが、森絵都さんのほんとの言葉をできれば、原文のママで読みたい。
私は、この国に、「私」を守ってくれる力も、守る気も、そもそも無いだろうよ、って思っている。
期待なんざ、できやしねーや、って思っている。
守れるほどの知恵の持ち合わせは、この国を国っぽく見せてる内閣とか国会とかには、無いだろうよ、って思ってる。

国とかなんとかとは無縁なところで、地道に日々の生活の営みを太くしていくことのほうが、より「生き延びる」ことにつながるんじゃないかって。

でも、この「無関心」があやつらに、不必要な大きな力を与えてしまっていたんだとしたら、私は間違っている、ということだ。


憲法も変えるそうだ。
自衛隊を憲法に明記するそうだ。
憲法ってさ、私たちが守るものじゃなくって、私たちが為政者に守らせるものなんだよね。
なのに、なんで為政者側が、変える変えるって旗を振れちゃうわけ?
じわじわ腹が立ってくる。為政者どもが、国民の代表権を有しているから?
品性のかけらも無い、知性の片鱗すら感じることのできない、下劣な発言を繰り返すあの下品なおじさん集団たちに、私の代わりに代表よろしくなんて託した覚えは無いっすよ。
って言いたくなる。間接民主主義って、多数決の弊害だ。

ブツブツブツブツ、ふつふつふつふつ、イヤーな気分が立ち上がってきそうになるのを、全部横において、パンを作ることに集中だ。


美味しいパンになりますように。
ぷうちゃん、むむちゃんが喜んでくれますように。



こんな辺境でのつぶやきすらも、共謀罪のなんたらかんたらで、国家への重大な犯罪への意志・意図を持っている危ないヤツだって、逮捕しにくる可能性があるってことだろうか。

ちゃんちゃらおかしくって、相手にしてらんねーぜ。

って、ことに、時間と情熱注いで高い報酬を得ているおじさんたちには、何度でも腹が立つ。どこを切っても腹が立つ。いっそ北朝鮮のミサイルが総理官邸にぶち込まれないかな。
って、あっぶねー、こんなこと書いたらつかまっちゃうぜ。





頭の中で何をぐるぐる考えていようとも、今朝必要なのは美味しく焼けたパンと子どもたちの笑顔だけ。

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# by shiho_kato | 2017-05-20 16:11 | むむちゃんとぷうちゃん | Comments(1)

本を読む「自由」

地域研究(宿泊学習・修学旅行)ウィークの直前、
「地域研究で読みたいので」と数人続いた。
移動時に読む本だそうだ。

ふわっと、明るい気持ちになった。


・・・

電車移動の時間は、絶好の読書タイムだ。
団体行動が苦手だったので、修学旅行とかキャンプとか合宿とか、グループで動く時間が長い行事は、ツライ。

行く前から緊張がはじまる。

実際、行ってしまえば、みなとの時間や新たな場所を楽しむことができたりことの方が多いのだけれど、
あぁ、これから数時間、数日、ひとりになれないんだなー、、、と思うと気が重くなる。
(小学生のときは、おそらくはその緊張も相まって、修学旅行当日に熱を出し、お休みした)


この団体行動で、何より厄介なのは本が読めないことだ。
せっかく長い時間電車に乗るのに。
興味がイマイチ持てない話題にも耳を傾けてみると、面白かったりもするのだけれど、

(あぁ、本が読みたい。あの続きが読みたい。)
ぼんやり中空に心を飛ばしながら、その場に居ることも少なくはない。

本を読まぬ時間を長く続けるというのは、私には苦行なのです。


・・・・

生徒たちが、地域研究で読むので、と本を借りていく姿を目の当たりにして、
なんとも清々しかった。



彼らは、読むんだ。

移動の車内で、あるいは着いた先のお部屋で。



あぁ、私にそうできる「自由」が身についていたならば。
修学旅行はさぞや、楽しく軽やかに過ごすことができただろうに。

本を持って行くことは禁止されていたのだろうか?持って行っても良かったのだろうか?
それを確かめることさえできなかった当時の私はなんと不自由だったことか。



走っていたり、かるたをしていると、練習や試合での遠征がある。
できれば、この移動の際にも、ひとり本を読んでいたい。
一緒に居る相手がむむちゃんだったりまささんだったりすることをのぞいて、
おもむろに本を取り出し広げることを躊躇し、逡巡の後にようやく開く。

開けるようになっただけ、成長したような気がするけれど、
私はまだ「自由」の獲得がうまくいっていないなー。と思う。


もし、ご一緒のときに私が本を読み始めたら、
私の自由を保証してくださっているのだと、思って欲しい。



# by shiho_kato | 2017-05-17 11:14 | 私ノート | Comments(0)