むむちゃんの散歩道

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佐藤正午『月の満ち欠け』&柚月裕子『盤上の向日葵』

第157回直木賞受賞作の『月の満ち欠け』

3代にわたる輪廻転生の物語。
ロマンチックでもステキでもない。
どこに魅力のある物語なのか、私にはわからないけれど、これを「愛の深さ」とかと受けとめる(特に男性)読者多数なのだろうか。

前回の第156回直木賞の恩田陸『蜜蜂と遠雷』がよかったので、路線が変わったかと期待したけれど、やっぱりマニアック?な、賞だなぁと思う。


『盤上の向日葵』は将棋のお話。
「三月のライオン」や、「聖の青春」「将棋の子」で、将棋小説、将棋の物語は身近なもののような気がして手に取る。

が、古臭いお話でした。
貧しいけれど才能の溢れた子どもが、彼を見守り育てる人に支えられてその才を伸ばしていくものの、結局はその貧しかったときの実親の愛情不足ゆえに、誤った道に落ちてゆくというお話。

実親の愛情だけが愛情ではない。
背中に添えられたあたたかな手のぬくもりを体に知っているものは、そこをよすがに生を選ぶ力を得てゆくことができるのに。

生と死と、どっちに揺れるかは、ほんのわずかな差しかない。
願わくは、小説はそのささやかな風を、生に揺れる方へ送って欲しいと願っている。



# by shiho_kato | 2017-09-26 22:28 | 読書ノート | Comments(0)

越後湯沢秋桜マラソン

9月はダメージのある月らしい。

夏休みのダメージ。
夏の暑さのダメージ。
二学期の始まったダメージ。

9月の第3週に行われる「越後湯沢秋桜マラソン」
秋桜の名に引かれ、東京からは日帰りで行けるらしいことにも引かれ、過去に3度エントリーして、一度として走ることができなかった。
体調が優れなかったり、予定が混み合っていたりして。
今年4度目にしてようやくスタートラインに立つことができた。
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・・・・・


越後湯沢までは東京から新幹線で一本70分。
お昼過ぎに出発して3時過ぎに越後湯沢着。
駅ナカの事前受付を済ませ

駅から徒歩10分足らずのロープウェイ乗り場へ向かった。

ロープウェイを登ると、
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広々とした山間に、


ボブスレーがあり(700円)
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リフトがあり(無料・乗り放題)
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ゴーカートがあり(500円)
アスレチックがあり、植物園があり、ヤギに触ることもできる。
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2,000円でピザ作りを体験することもできるらしい。

子どもたちと一緒に来たら、楽しいこと間違い無しだ。
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ここならば、ぴぃちゃんでも来られるかな。
ここならば、ぷうちゃんは一日遊んで遊びつくせるかな。
みぃちゃんとむむちゃんはピザを作るっていうかな。
(高尾山に行っても、大山に行っても、箱根に行っても、行く先々で子どもたちを連れてこられるかどうか、特にぴぃちゃんが一緒に行くことのできる場所かどうかを、吟味してしまうんだ)

そんなことを思いながら、ぐるりと一回りして、遊べるところで遊び、最終のロープウェーで下山した。

ロープウェー乗り場に、宿泊するNASPA越後湯沢の送迎バスが迎えに来てくれて、
そのままホテルへ。
夕食はバイキング。大きな温泉があり。

このあたりは、観光というよりも、冬にスキー客で賑わう場所だ。
なので、遊ばせ慣れているつくりになっているよう。

通路は広いし、お部屋も広いし、温泉も広いし、スキーの大荷物を持参する人向けの送迎体制ができているのだと思う。

翌日はマラソン会場への直通バスがホテルから出て、帰りも駅からホテルへのバスが出る(乗車時間は10分弱くらい)。
荷物もマラソンが終わる時間(2時)までお部屋に置いておくことができ、走ったあとに温泉に入ることもできた。いたれり尽くせりだ。
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さて、4年越しで出走できた越後湯沢ハーフマラソンは、坂をのぼり、坂を下るコース。
のぼりくだりと、暑さとを掛け合わせ、なかなか手ごわかったけれど、手ごわいなりに山も川も木々も秋桜も里も稲穂も駅前も、楽しむことのできる飽きのこないコースだった。
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走り終えて、ホテルの戻り温泉に入ってさっぱりして、
お昼ご飯は新幹線の中だったけれど、4時前に東京駅に着いた。


一泊二日で十二分にしっかり遊んで、しっかり温泉につかって、しっかり旅気分を味わえる。
次にこの大会に出るときには、ぷうちゃん一緒に行かないかな。
ぴぃちゃんやまりちゃんたちも一緒に行かないかな。




# by shiho_kato | 2017-09-24 18:47 | 私ノート | Comments(0)

碧野圭『書店ガール6』と、柳美里の書店と、安藤忠雄の子ども図書館と。

町の本屋さんが減っている。

そうだよね、私も本はもっぱらアマゾン。
そもそも書店に立ち寄る時間が無い。
店頭で必ず手に入れられるかどうかわからず、だからといって取り寄せをお願いして繰り返し足を運ぶ時間が無い。行けば、あっという間に1時間、2時間過ごせてしまうのだけれど。

そんな中、柳美里が福島県は南相馬市の小高で高校生のために書店を開く予定だそうだ。
(河北新報9月19日朝刊)
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特色ある小さな書店の試みが、最近あれこれ紹介されている。
ただ本を手に入れるだけの場所では無い「本屋さん」

私のよーな、時間もお金もビンボーな多読人間には、図書館じゃなきゃ困るわけで、
それこそ、特色ある図書館っていうのも、あれこれできてきたら嬉しいなって思う。

翌日の夕刊には、安藤忠雄さんが大阪中之島に子どものための図書館「子ども本の森」を開くニュースが。
安藤忠雄さん「こども本の森」建設、寄付へ 大阪中之島 (朝日デジタル 2017年9月20日09時10分)


そして、今朝の浅田次郎さんのコラムでは、学校図書館(何度か訪れたことのある駒場東邦の図書館だそう)との出会いについて綴られていた。
初めて学校の立派な図書館に入った瞬間。覚えてるもん。中学1年の最初の日か2日目の日か。もうパラダイス。突然目の前が開けて、桃源郷というんですかね。背景にお花畑があるみたいな。」
(朝日新聞 2017年9月21日)
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私もだ。思い出す。福岡県に引っ越して唯一嬉しかったのは学校の図書館が出入り自由で、読みたい本がたくさんあったことと、市立図書館の天井まで届く書架の本、どれもこれも借りて読むことができる本だったということ。本は買って読むのがメインで、借りるのはそれを補うくらいの方法だと思っていた。このときから逆転して、借りて読むのがメインで、手元にどうしても置いておきたいものだけを買う。お金の心配をしなくっていいから、惜しみなく浴びるように溢れるように読むことができて、今に到る。



『書店ガール』のシリーズ6は、
閉店するチェーン店と、これからはじめる街の本屋さんのお話。




どんな形でもいい。
本を媒介として、静かな時間を成熟させていく場所がたくさんたくさんできていくことで、
ひとりひとりが、他者を脅かさない豊かさを身の内にあたためることができるといいな、と思う。
ひとりひとりの、点が線になり面になり、深い思考と知性とが広がって、暴力とか圧力とかと無縁な社会や世界を創造していけますように。私の100年越しの願い。


# by shiho_kato | 2017-09-21 18:41 | 読書ノート | Comments(2)

瀬尾まいこ『君が夏を走らせる』

前作『あと少し、もう少し』で、中学校駅伝二区を走った大田のお話だった。
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高校生になった大田が、先輩の1歳10ヶ月になる女の子を、夏休みの1ヶ月間お世話することになる。
中学から喧嘩っぱやくて、高校でも中途半端な煮え切らないヤンキーで金髪ピアスの大田が、言葉もままならない小さな子と過ごすうちに・・・。

というお話。

女の子の鈴香ちゃんがよく描かれている。
そうそう、2歳前後の子って、そうだったよね。
そうそう、このくらいの子と一緒に過ごす時間ってこんなだったよね。
そうそう、どうしてこんなに幸せにしてくれるんだろうって。
あれこれ思い出されることが多くって、読みながら幸せな時間を過ごした。

16歳は、どうにでも転べる。


16歳で居た当時はもう自分はこれで完成してしまっていてあっと驚くような未来も無い将来も無い、、、そんな気分だった。
でも、ハタから見ると、あるいは振り返って見ると、16歳は、どうにでも転べるんだ。

大田を信じて任せようとする先輩が秀逸だ。
『あと少し、もう少し』の上原先生が、本書にも出てくる。とぼけてるけど本質だけははずさない感じが相変わらずいい。
お母さんも、肝も腹も座っていて、いい。
公園の子どものお母さんたちも、とてもいい。


気取らずに過ごしてみたら、生きるのがラクになる。
生きるのがラクになり、息をするのがラクになれば、ヘンな力身は抜けていくんだ。


瀬尾まいこは、そういう変化を「待つ」のが上手だと思う。


私は最近あれこれ結論を急ぎすぎだなぁ。
もう少し、待ってみよう。


できれば、大田のその後を読みたい。

# by shiho_kato | 2017-09-20 16:14 | 読書ノート | Comments(0)

宮内悠介『あとは野となれ大和撫子』、古内一絵『フラダン』、今村夏子『星の子』

宮内悠介『あとは野となれ大和撫子』は直木賞候補作、今村夏子『星の子』は芥川賞候補作、『フラダン』は夏の課題図書ゆえ、読んでみることに。
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『あとは野となれ大和撫子』は、中央アジアの小国でクーデターが起こり、逃げ出した議員に代わり少女たちが国政をにぎり、国内ゲリラと、近隣カザフスタン・ウズベキスタンからの侵攻と、PKFを相手取って、どこからも戦いが発生せず国土を侵略されない方法を画策するというもの。

知恵と駆け引きの勝負で、こんな解決ファンタジーだと切り捨てることは簡単だけど、
私は「あり」だと思った。

中央アジアの国における、政府軍とゲリラの関係がわかった。
中央アジアの国において、近接する諸国との危うい均衡もわかった。
PKFの乗り込み方、手のこまねき方もわかった。
私にとっては、読んで学習できた(バラバラだった要素が整理された)小説だった。

対話じゃなくって圧力だとか。
いつの時代のどこの国の言葉かと思ったら、昨日国連本部で我が国のエライ人がおっさっられたそうな。

国際社会において、日本のグローバル化に対応するために「主体的、対話的、深い学び」の教育を推奨しようというこの国において、旗振り役の御仁は、対話は不要と胸を張って世界に喧伝しているのだから。
どうりで、我が国の教育力はあがらないわけだ。キーワードはただのキーワードであって、実践とは合致しなくてよろしいようだ。OECD34カ国中、教育への公的支出の割合が最下位34位だそうですから、学びに投資する考えは皆無であることがよーくわかる。

そんなことをツラツラ考えさせてくれた小説で、意外と面白く読むことができた。


今村夏子の『星の子』は警戒しながら読んだ。
彼女の書く『こちらあみ子』を、すっごくいい本だから、と、人にプレゼントされたことがあったのだけれど、スピリチュアルな不思議ちゃんに、ちっとも世界を共有できない気持ち悪さを感じた記憶があったため。

新興宗教にのめりこむ親をもつ子どもの戸惑いを描いた小説。
戸惑い・・・じゃ、無いのかな。
子どもにとって親は親で、親の愛情があつければそれはやっぱり「愛情」なんだということがよくわかった。
そして、何か変だ、と気づくのは、外から客観的に見た反応に触れたときで、それを受け止めるか、それに反発するか、それを踏まえた上で選びなおすか、ことは、さほど簡単ではないということも。

『こちらあみ子』よりは、すんなり読めた。



古内一絵『フラダン』は、
福島の工業高校のフラダンス愛好会のお話。
同じ学校に通いながら、親の有無、住まいのこと(仮設か持ち家か等)、親の仕事のこと、話題としてタブーが多すぎて、互いに踏み込みきれない教室の中、学校の中の、うっすらモヤがかかった空気感をよく描いていると思った。
そっと息をこらしながら、相手をうかがいながらの日々。打ち破れない、簡単にはスッキリしきれない中で、生活し、生きているんだ、と、よくわかった。

元気づけたい、勇気づけたい思いが、空回りしないあり方なんて、あるのかな。
迷いながら、その都度その都度の、これで行こう!を、積み重ねていくことで、薄く薄く新たな関係を結んだりほどいたりして見つけていくのだろう。タイヘンな、気の長い作業だ。

その間に、少年少女たちは大人になり、そこで生き続けるか、そこを離れるか、決めていく。
故郷が壊れるとは、そういうことなんだ。



# by shiho_kato | 2017-09-19 14:38 | 読書ノート | Comments(0)