むむちゃんの散歩道

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間に合わなかったダンスコンクール

むむちゃんのクラスが学年代表で区のダンスコンクールに出ることになり、
直前の1週間はいつもよりも30分早く家を出て朝練三昧。

わずか2分くらいの発表でもあり、むむちゃんがダンスがそれほど得意だったり好きだったりと感じたことが無かったのと、代休の三日間を一日は休み、二日間は出張し、あけての一日は休みを取り難いな・・・と、思っていた。

前夜、プログラムをもらい時間を確かめ、やっぱり厳しいかな。明日は行けないと思うな。
もし半日のお休みをとれてもお昼休みが終わらないと出られないからなぁ。それだとむむちゃんたちの時間に間に合うかどうかビミョーな時間だからなぁ。と話していた。

朝、もう一度時間が厳しいなぁブツブツと呟いていたら
「来てちょうど終わったところだったら悲しいね」と笑ったあとで、
むむちゃんが「プログラム持ってこないと入れないって」と言い残して朝練に出かけて行った。

通勤のあいだ、朝の会話を反芻し、
「行こう」と、決めた。


お昼休みを終えて、急いで急いで急いで、走って走って走って会場に向かった。

電車が遅れていたことで、一本早いのに乗れたり、一本早いけれど時間的にはあまり早くなかったり・・・ドキドキハラハラ。

着いた!!
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階段をのぼる途中に音楽が終わり拍手。

まさにむむちゃんたちの発表が「来てちょうど終わったところ」でした。
しょんぼり。


せっかく来たので、その後の他の学年、他の学校の発表をすべて見て、帰ったのでした。
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むむちゃんが帰ってきて、「ママ来てた?」
うん、実は・・・。
でも、間に合わなかった。。。

「やっぱりね、来てるって思ってたんだ~」


ふっと気持ちが明るくなる。
間に合わなかったけど、来てると思った期待には答えられた!!
ナイス判断、私。

# by shiho_kato | 2017-11-10 18:24 | むむちゃんとぷうちゃん | Comments(0)

図書館像、図書館員像 ー図書館総合展 2日目ー

昨日に引き続き、図書館総合展。

午前中は、
「インターネットの次にくるもの」を聴きたかったのに、
うっかり違う講座に入ってしまった。

でも、意外と面白かった。
スタイルから考える図書館員のお話なんだけど。

スタイリニストに、イメチェンを図られた図書館員さん、ラピッヅワイドの広瀬容子さんのお話。
ほんとうに文字通りの「スタイリング」のお話だった。

色あいや、服装や、髪型や、靴や・・・。
こんな話を聞く機会は自ら選んでは無いので、興味深く聞かせてもらった。

その前の仁上さんのお話のほうが興味が深かったのだけど、聞きそびれ。
仁上さんのお話は、図書館員の専門性のお話と、職種のイメチェンのお話。
これ、すごく考える。

司書というと、本の番人、本の専門家のイメージで来たけれど、
いま求められている図書館に居てほしい人の像は、それとは違うよなーーー。
って、つらつらと考えていた。

仁上さんのお話はちゃんと聞けなかったから、本で読んで、補習。
『図書館員のためのPR実践講座』2014年10月
図書館員に求められる新たな能力と、図書館員像を示してくれていた。

図書館における、プランナー、コーディネータ、プロデューサー、インストラクター、クリエイター、ファシリテーターとかとかとかなんですって。

必要な能力も、従来の検索力、教育力、創造力などなどに加えて、企画力、広報力、演出力、エンタメ力、政治力、交渉力、、、。

そうだよね。そんな感じだよね。
本云々じゃないよね。って、これはこれでストンとくる。


抜け出して聞いた次の講座では
ファブラボのお話を聞きました。

本だけが資料ではなくって、製造物を知的資料としてみる観点で、未来の図書館を考える、というお話。

ファブラボっていうのは世界50カ国、600箇所で行われている、作り物工房のこと。
共通のファブラボって名乗るために、ファブラボ憲章っていうのがあって、
それにのっとって運営できているところが名乗れるらしい。
貧困で、何かをつくる体験をする機会に乏しい子どもたちに、つくることを経験したり、楽しさを知る機会にしたりするために、無料開放デーを設けることがひとつの条件になっている。
あ、また、ここでつながった。子どもの貧困への支援だ。

講座は、途中から飛躍しすぎて支離滅裂で、パネラー同士だけがわかりあい、会場は見事においてけぼりにされるヒドさだった。

でも、少しわかったのは、図書館はそういう「製作」の場にもなった方がいいんじゃないかってこと。そういう工房を備え持った方が、いいんじゃないかってこと。
文化祭直前の生徒たちの使い方を見ていたから、いっそうそう思う。


午後のもうひとつの講座は
慶応大学の井庭崇さんの『Life with Reading』のお話。
キーワードを使って、読書への親しみ、理解を深めようっていう取り組み。

キーワードへの説明があり
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実際にそのキーワードを使って、隣あった方とおしゃべりする時間があり、
「なるほど、こうやって、おしゃべりしながら読書への理解を深めるのか」という体験ができた。

たまたま隣の方が、以前にお会いしたことのある都立高校の司書さんで、
たまたまランニング専用の腕時計ガーミンをされていたので、
すごく話が盛り上がって、もっとお話したくなった。

Life with Readingの三つのカテゴリーの中の、最後は「創造的読書」だった。
その中のキーワードは、
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それらを読みながら、わかったことがある。

そうか、本は道具なんだ。道具に、なったんだ。

発送の素材を探し、スタイルを見つけ、デザインに着想を得る。
もう、はじめから終わりまで通して読むことはしない。
そういえば、つまみ読み、斜め読み、拾い読み、どれももう通しで読むことを
前提としない、「正しい読み方」として指導されているではないか。

ようやく新たな時代の図書館像に追いつくことができた。


だから、図書館はワークスペースなんだ。
頭の中のワークではなくって、実際に、書く、話す、折る、切る、貼る、とじる、打つ、考える、作る、場所なんだ。

はさみや、のりや、ホチキスや、マジックや、PCや、ホワイトボードや、それらと並んで本が、必要な場所なんだ。

そういうことか。




すごくスッキリ、ストンと落ちて、そして考え始める。

私は、そのワークスペース(工房)の主になることができるのか?
なりたいのか?
どうなのさ。



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# by shiho_kato | 2017-11-09 17:26 | 学習ノート | Comments(0)

「1人でもアクティブラーニング!?」 ー図書館総合展1日目ー

図書館総合展でがっつり学ぶ二日間、パシフィコ横浜へ。

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「アクティブラーニング」の言葉が闊歩するようになって、「じっくり自ら黙々と深める学び」が軽視されているような気がしている。

図書館はどちらかというと「じっくり自ら黙々と深める学び」に親和性があり、
他者との対話を重視した「聞く話す学び」ができる場としてふさわしいかどうか、、、。
一足飛びに飛びつけないなぁ、と思っていた。

なので、この「ひとりでも」っていうのは知りたくて知りたくてのキーワード。
講師は野末俊比古さん

「主体的」は、self-motivationではなく、self-directive。これはすっと落ちる。
そうか、動機付けの問題ではなく、次は何を調べよう読もうの学びのプロセスを決めて進めていくことが、アクティブラーニング的な「主体的」なのか。腑に落ちた。与えられた課題を自らの動機付けに引き寄せるのはなかなかに難しいことであるから。

「対話的」の定義は「意見を共有する」ことであり、その鍵となるのは現在考えていることを「外化」(会話でもいいし紙に書くのでもいい、自分以外の人に伝えるようにすること)することだ、との説明。ふむふむ。

他者との対話ではなくとも、自己との対話もありというお話でつまづく。自己との対話、つまり「私」の中にあるものを「外化」し、それを受け止めて返すのも「私」であるとするならば、それを対話と呼べるのだろうか。
とてもとても質問してみたかったけれど、講師の先生への質問のタイミングを逃して残念。

この講座では、要所要所でそのテーマについて両隣の人とのおしゃべりタイムがあり、前後6人でのおしゃべりタイムもあった。
体系的にアタマに入れたい時に、「何を話そうどう話そう」で過剰に緊張するのでそのドキドキは、邪魔になるなぁ・・・、と思っていたのだけれど、各学校(主に大学)の取り組みのカケラカケラを聞くことができて、欲張りな私の満腹中枢を満たしてくれた。

予期せぬ刺激や、予期せぬ情報、予期せぬ視点は、たしかにこの「ワーク型」「対話型(自己との対話を現時点では除く)」では得られることを実感した時間でした。


それと、講座を実施しているリアルタイムで、手持ちのスマホから一言コメントを入れることができて、それを見ながらおしゃべりタイムや講師のコメントを得られる体験は面白かった。

このリアルタイム一言は、かるたのクイーン戦をniconico動画で見るときにツイッターがざーざー流れてくるのと仕組み的には同じ(もちょっと整理・管理されているけれど。名前が出ないとか、参加者をその場に居る人に限定できるとか)。
いま、大学の講義ではこういうの使う先生もいるのだろうな。私の時にも、60人とかを超える大教室の講義で、こういう仕組みがあったら、もちょっと退屈せずにいられただろうな。




# by shiho_kato | 2017-11-08 12:46 | 学習ノート | Comments(0)

貴重な平日のお休み ー増田明美さんとパラリンピックー

文化祭の代休で、貴重な平日休み。

午前中は青空の下、皇居をてくてく走る。紅葉がキレイだなぁ。
いつの間にか、秋のいちばんキレイな季節を迎えていることに気がついた。

仕事以外で、講演会に出かけるのは久しぶり。

増田明美さんがコーディネーターで、明るい語り口に明るい気持ちになる。
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車椅子卓球の別所キミエさんがパネラーのひとり。テレビ越しでは無い別所キミエさんははじめて。明るい楽しい方。
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テーマは、パラリンピック競技の価値をどう伝えるか。価値をどうパラの競技者関係者以外の人たちと分かち合うか。

北澤豪さんもパネラーで、ブラインドサッカーでもデフリンピックのサッカー競技でも、身体障害を有する人のサッカーでも健常者とともにプレーする機会はほぼほぼ無いとのこと。
マラソンは、フツーの市民大会でも伴走者をともなった視覚障害のランナーがいっしょになって走っている。聴覚障害や精神障害を有するランナーさんには障害があることに気づくことも無く、共闘しているんだ。マラソンは、パラとオリの親和性の高い競技なんだなぁ。

増田明美さんや、北澤豪さんや、高橋尚子や、野口みづきや、活躍した選手でマラソンを走れる人たちが、こぞって東京マラソンで視覚障害のランナーの伴走者をすれば、一気に注目度はあがるんじゃないのかなー。

と思いながら聞いていたら、別所キミエさんが、
「石川佳純ちゃんと、車イス卓球で対決してみたい!!」

そうだそうだ!!
愛ちゃんも、水谷も、美誠ちゃんも、美宇ちゃんもだ。
とってもとっても観てみたい。


伴走ランナー、練習会に参加するのが高いハードル。
でも必ずいつか。
決意を新たにしたのでした。


私のため、だけの、いい休日になりました。




# by shiho_kato | 2017-11-07 18:31 | 私ノート | Comments(0)

地毛証明に、地毛黒染めの、ウソ

髪を染めない人の方が、パーマをかけない人の方が、
品行方正で、より仕事ができて、より社会に貢献する意識が高く、
人に支持されすリーダーシップがあり、信頼に足る人間である。

と、おとなを評する人が居たら、その人の視野の偏りに驚き、議論に値しないと一蹴するだろう。
と、子どもを評する人が居ても、賛否両論で世論は二分される。

二分だぜ。
それを支持する人が相当数いることにびっくりだ。

ましてや、もともと茶色で、それをわざわざ黒くせよとは。
黒い頭の生徒であれば、成績優秀に育てることができるのだ。
と、教育者側が思っているのであれば、

入試まで半年を切る10月頃に勤務校に来ていただきたい。
7割近くが東大に進む生徒たちの頭の色は、
ピンク、緑、青、紫、シルバー、色とりどりだ。


彼らの上履きときたら、原色の白色はもちろんのこと、破れ剥げ、原型を留めていないものすらある。

姿が学力といかに関係無いか。
目の当たりにする毎日だ。

外面に侵食されない内面を持ち得ることが、何十年にも渡り日々証明され続けている。

むしろ、「外面に侵食されない内面を持ちうるために」どのような指導がなされているのかを学ぶことが、学力のアップにつながるかもしれないね。


いや、「地毛証明」も「地毛黒染め」も、個々人の学力アップなんて問題になっていないんだ。
問題になっているのは、学校の体面なのか。
なるほどなるほど、おとなの事情のエゴに、生徒をつきあわせているってことか。

# by shiho_kato | 2017-11-06 11:58 | 社会&地域&子どもノート | Comments(0)