お引越しをすることになった。
不動産屋さんより先に、お世話になった大家さんへお伝えに行く。
ーあらあら~、残念だけど、新しい生活に進めるのはうれしいわ。
長く居てくれてありがとう~。
から、はじまり。
まだ赤ちゃんのぷうちゃんを抱えての母子3人暮らし。
自転車の前と後ろに子どもたちを携えての保育園への送り迎え。
仕事をしながらの生活。
体調も精神的にも思わしくなかった時期。
それらをすべて、案じながら見守っていたことをお話してくださった。
子どもたち、立派にこんなに大きくなって。
本当にエラかったわね。よくがんばったわね。
ポカポカっと胸が暖かくなった。
ずっとずっと見守っていてくれたその眼差しのなかで、苦しい時間を超えてこられたんだ、
人は、気づかぬ誰かの思いに支えられ、生きていることをあらためて、知った。
大家さんは、こんなことも言った。
元のパパさんはがんばっているけれど、週末子どもたちを連れて行ってしまい、
週末あなたがひとりで過ごすのは、寂しいでしょうね、と思っていたのよ。
平日のバタバタした慌ただしい中で過ごす子どもとの時間と、
週末のお休みのゆっくりした時間の中で過ごす子どもとの時間とは、
また、ちがうでしょ。
のんびりと子どもと過ごせる時間だって、味わいたいわよね。
ポカポカ温まった胸の中の片隅の塊が溶けて、ポロリ。
平日の5日間、寝る時間を除いた子どもとの時間の合計は、
週末のお休みの、寝る時間を除いた子どもとの時間の合計の、
半分にも満たない。
その悲しさは、封じ込めてきた。
子どもたちと父親がよりよい関係を継続して構築していけることが、
何にもまして最優先されるべきだから。
多くの人が言う。
彼はがんばっていると。
そりゃそうだろう、がんばっている姿を他者が見られるのは週末の集団の中でだもの。
フルタイムの仕事を持ちながら、
平日の日々を安定して生活できるようにまわしていくがんばりが見えにくいのは、
ひとり親に限らず、どの親も一緒。どの母親も一緒。
でも、その母たちも言う、
彼はがんばってる、と。
大家さんが異なる目で見守っていてくれたから、
ここに住み続けることができたんだ。
ここから、新たなスタートを切り、職を得、職を変え、
疲れ果てたり、復活したり、じたばたしたり、観念したり。
下手な生き方にチャレンジし続けていけたんだ、とあらためて思う。
大きな選択をしてから後の私を、
今の、今までの私を肯定された気持ちが広がって、
涙がとてもあたたかだった。
特別な人にならなくていい、
静かなあたたかさを持って、
公平性とか、目的性とか、そういうのを抜きで、
目の前のひとりの人のがんばりや悲しみや歓びを、
そっと見守り続けられるおとなになれるだろうか。