むむちゃんの散歩道

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暴風雨の中のかすみがうらマラソン

二度目のかすみがうらマラソンは、雨、風、暑いとの予報だった。

四月はじめのこの時期、仕事は新年度はじまってからのオリエンテーションウィーク
うちでは、中学生になったむむちゃんと、クラス替えのあったぷうちゃんの新学期でもあり、
何がなんだか、一日をまわすのが精一杯で、昨日のことは忘れ、明日のことは明日に、の日々。

金曜に、電車で乗り合わせた友人に「あさってだね」と言われ、
何か約束してたっけ、と記憶をかきあつめてオロオロしていたら、
「かすみがうらマラソンだよー」と。
彼女は故障のため、早々に出ないことになっているけれど、故障がなければ一緒に走っていた大会。

金曜になってなお、日曜の予定に心が届かない日々だった。

ようやくの週末。
土曜日はむむちゃんの学校公開&保護者会とまごめかるた会(百人一首の会)がバッティング。
すでに公的な会になってしまったがために(誰が来るのかわからない)予定変更できず、
かるた会を少しはやめに切り上げ、保護者会の後半に滑り込んだ。

ふー。

午後は、神奈川のかるたをパスして、むむちゃんぷうちゃんに不足するものをあちこちで買って回った。
自転車で10km近く乗り回し、帰ってきたら夕暮れだった。



ようやく明日の嵐のかすみがうらの準備だ、と切り替わった頃には夜の10時を回っているという・・・。

リュックにあれこれ放り込みはじめた頃、ピンポンがなった。
涙顔のむむちゃんだった。

お風呂をすすめて、お布団に入り、眠くなるまでそれぞれ本を読み、
電気を消して涙の理由とは関係の無い、たわいないおしゃべりをして眠りに落ちたときには12時を回っていた。


翌朝、これという準備もできず、とにかく走る格好とゼッケンだけは忘れずに、で出かけた。
嵐への恐怖も警戒も備えも対策も、何もとれず、走り出した。
こともあろうに、救護ランナーであったくせに。


結果はいつもとまったく変わらなかった。
救護らしい救護をすることもなく、ただ、気持ちにちょっとした緊張感があったのが、今日は良かった気がする。嵐のなかでも心折れていられない、という。

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そして、今日は、負けられない闘いだった。

むむちゃんの涙を受け止められる私でいるために。
そっと、だけど、しっかりと抱きしめることのできる私でいるために。
安心して泣ける場所であるために、いつでも帰ってこられる場所であるために。
私は何者にも負けるわけにはいかない。

大きな天災は、いつどこに起こるかわからない。
もしこの身に降りかかっても、笑って大丈夫と言い続けながら、子どもたちを守り続けられる強さはにわかにではなくて、こうして備える時間のうちにたくましくしていくものだ。

雨も、風も、望まないのに吹きさらされて、寒い思いをし、濡れてもお風呂に入れず、着替えることもできない状況に、突然に追いやられている人たちが居る。
私と来たら、自ら望んで、予期していた雨と風の中に身を投じている。雨ざらしの中を走らない選択だってできたのに、好き好んで走り出したんだから、嘆いたり打ちひしがれたり、絶対にするもんか。そんな負け方だけは、そんな走り方だけは絶対にしない。
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今日の私は、ひたすら「打ち勝つ」ことしか頭になく、
もう全身びしょ濡れだったけれど、「負けそう」だとは、42kmの最中に、1mmも、一滴も思わなかった。
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涙のむむちゃんと、熊本の地震と、どちらに対しても過酷な環境と戦って過ごしたから、心に迷いがなく凛と身を起こせた気がする。ぼやぼや楽しんで過ごしていたなら、後ろめたさに打ちのめされていたかもしれない。



女性ランナーの先輩が
「女性でランナーは気が強い?ハートが強いと言ってよね!」と胸をそらして言った。

そう、ハートが強い。
走っているうちに、ハートが鍛えられたことを今日発見した。

またひとつ、「大丈夫」と言える根拠の積み木を詰んだ嵐の中のかすみがうらマラソン。
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by shiho_kato | 2016-04-17 16:15 | マラソン、かるたノート | Comments(0)