むむちゃんの散歩道

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食べて生きる命

あーちゃんから、今季二度目のりんご便が届いた!
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同じ頃、我が家のお味噌がなくなった。子どもたち、特にぷうちゃんは、母の作るお味噌がお気に入りだ。

電話一本「お味噌がなくなったよー」
二日後には、ドーンと大きな箱ひと箱。野菜ギッシリのお味噌便。
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数週間前のお米と酒粕便にもお野菜がびっしり。
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忙しい時ほど、今日の献立以上の買い物を想定することができず、買い落としばかり、買い広げることなく、毎日毎日、今日は何作ろう?今日は何食べよう?と、中身の少ない冷蔵庫に頭を突っ込んで、キリキリする。それで毎日ちびちびと買い物。時間のロスも、お店に行くロスも、もちろん行った分だけ少しずつ余分にお金を使ってしまうのです。

食材があると料理する気にもなり、お買い物タイムロスとお店まわり消耗ロスが無い分を、作る方に回せる。

キャベツまるごとロールキャベツにして、根菜を四角く切りそろえて五目豆にして、大根一本ふろふき大根にして、人参ごぼうできんぴらごぼうにして、青い葉っぱ類はせっせと茹でた。
食べる分と保存する分に分け冷凍庫はタッパでいっぱい。

ごはんとお味噌汁だけあれば、冷凍庫から少しずつあれやこれやを取り出して、あとはお肉を焼くだけ、お魚焼くだけで、一食になる。

出勤が続いたり、珍しく出張があったりもしたのに、10月、11月は、手作り率が高い。
生協の中食用食品(調理済みのコロッケやら甘辛チキンやら)を使う日は激減し、とうとう先週は牛乳とヨーグルトしか注文せずに済んでしまった。


あぁ食べるために作るのだけれど、食材があるから作るのでもあるなぁ。


たとえばの「貧困」は、「食材」そのものが無いところから、「食べる」ための生活を始めなくてはならない。
そのハードルは、思う以上に高い。


千葉の豊かな食材を育む町で、東京の暮らしを支えてくれる父、母、弟、Mちゃん、Pちゃん、みぃちゃん。
青森の豊かな自然から、ピカピカのリンゴを届けてくれるあーちゃん、おじさん、おばさん。


支えられて食べている。
食べられるから生きている。
私も、むむちゃんも、ぷうちゃんも。




by shiho_kato | 2016-11-11 18:42 | ありがとノート | Comments(0)