むむちゃんの散歩道

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保護者会✖︎保護者会✖︎保護者会✖︎保護者会=???

火曜日、14時ぷうちゃんのクラスの保護者会

水曜日、16時半ぷうちゃんのPTA広報の顔合わせ・役職決め


土曜日、8時半むむちゃんの学校公開

    10時ぷうちゃんのPTAの運営委員会

    1045分むむちゃんのクラスの保護者会

    15PTA広報の印刷所への引継挨拶

    17時むむちゃんのかるたの保護者会


日曜日、12時半PTA広報の仕事の引継(PCや印刷機の使い方、データの場所等)

    13時ぷうちゃんの子ども会の保護者会




これが私の今週&この週末だ。




※以下、ただただ、今年は大変そうだなぁ、、、、乗り切れるのかなぁ、、、、と、びびっているだけのグチグチグチグチグチグチの発散のために書いているばかりの、独り言なので、鼻で笑って読み飛ばしていただいた方がありがたい。

(ほら、このブログは、きわめて個人的な雑感を気ままに述べるばかりのブログであって、意見の公平性、平等性、緻密性、信頼性は担保する気は無く、私の中に溢れる言葉の行き場(場合によっては墓場)として、書いているものなので)






この保護者ウィークで、子どもたちとの家庭生活が崩壊しないのは、ひとへにむむちゃんが中学生、ぷうちゃんが小学4年生という組み合わせ故だ。週末の子どもたちに、私と過ごす以外の場所が確保されている故だ。


これで私が崩壊しないのは、フルマラソンを走れる体力を養い、走ることでストレス発散できることを知っているためだ。42kmをジョギングできる気長さで私がブーブーブーブー言うのをふんふん聞きながら週末に、掃除とか洗濯とか買い物とかを肩代わりしてくれるマサさんのおかげだ。(今週は毎晩お願いしたかった)



これが、むむちゃんが小学4年生、ぷうちゃんが年長さんっていう組み合わせの頃だったら、アウトだった。むむちゃんが小学1年生、ぷうちゃんが2歳という組み合わせの頃だったら、我が家は壊滅ものだ。






PTAの広報では、副委員長を引き当てた。つくづく委員長でなくて良かったと思う。




三つに分けたチームのリーダー役が主な仕事なので、小グループを仕切ってしまえるのはやりやすい。不慣れな人について行くよりもよほどいいだろう。他のメンバーにとっても、私にとっても。


むむちゃんの時にもやった係であるし、仕事でもやりなれた内容を選ぶことができてラッキーだったと思ってる。


しかしながらだ、副委員長ってことで出なくちゃならない会議やら、挨拶しなくちゃならないところやら、引き継がなくてはならないことがあることを知り、重いため息を飲み込む。






学校とか、部活とか、地域の子ども会とか、保護者の理解と協力が必要って。

わかってるよ、そりゃ大切さ。

だけど、子どもたちとの生活をそっちのけにできるほどに大切とは到底思えない。





と、主張するほど、学校でも部活でも、まったく貢献してないくせに、何を言うかって話だけど。





子ども会に関しては、地域の恩恵と使役は、天秤にかかるほどかみ合っているように思えない。そこでの働きで、ご近所の方々とお知り合いになることは無いし、子どもへの眼差しを得られている実感がない。よりみちとか、かるた会での出会いのほうが、たしかな手応えがある。かるた会の方が地域への貢献度は高く、子どもたちが文化を共有するという意味で得られるものが多い。(私個人の、手応えであり、実感であり、汎用性があるとは思わない)




今週続いた平日午後の保護者会やらPTAやら。

勤務時間にくい込む場合には、有休無かったら減給ですぜ。

ひとりで稼いでる家庭で、減給は、即・即・即、生活に打撃をこうむるわけです。

PTAの活動で、年間にいくら稼ぎを減らされるんですかね。

それによって、落ちてく生活水準は、どうやって担保してもらえばいいんすかね。

(保護者会は仕方ないや、先生の勤務時間内にやらなきゃならないものだから)


有休は勝ち取ったし、子どもたちは大きく育ってくれていて、どちらもしっかり者だから、これらすべて、仮定の話で済んでいるけど。

どっちかっていうと、私のこの状態が恵まれているんであって、仮定の話の方に陥るリスクの方が高いのが実際のところだけど。






やるからには、きっちり仕事する気があるから。

PTAに関しては、まだ引継前だけど、もう5月に発行する号は役割を振って作業を開始した。仕事の中身そのもは、そんなに多大な負荷があるわけではない見込み。


だったらブーブー言うほどのことも無いだろって、自分で自分につっこむ。


でも、ね、これだけ家庭崩壊のリスクと隣り合わせて、ハラハラぎりぎり切り抜けている緊張感は、ブーブー言って発散しながらじゃないとできないっすよ。





でね、おんなじように、ぎりぎりで厳しい人、ぜーったい居るもの。

だから、図々しくいられる私が、書いておこうって思う。

一年なんとかやり過ごして、あぁ終わった終わった、もう二度と無いからさっさと忘れよーって、済ませてしまいそうだから。



ブーブーの愚痴の代わりに、
私の次にやる人が、最小限の作業で、最小限の時間で、一年の役割を終えられるようにしようって思う。
子どもとの時間を極力削られずに済むように。それがミッション。



去年の副委員長で私に引き継いでくれるぷうちゃんの同級生のお母さんは、とっても丁寧な方で、負担が少なくなるようにって、準備の良い引継メモを作っておいてくれた。


だから、顔合わせ初日にも関わらず半期分のスケジュールと役割分担を終えることができた。


これを、もちょっとブラッシュアップしておけば、一年生お母さんたちが学童のお迎えに間に合うように終えることができるはずだから。










ブーブーついでに付け加えておく。


「PTAは義務でも強制でもありません。PTAはボランティア活動のひとつです。」


細々とながら曲がりなりにもボランティア論を教える立場で、私が携わるPTAに照らすならばPTA活動はボランティア活動じゃない。


ボランティアの原則「自発性」「無償性」「利他性」(「先駆性」)のうち、「自発性」に基づいてPTAに加入していると自覚するメンバーはごく一部だろう。

在籍6年のあいだに必ず一年は役を担うことと決められている時点で✖。


子どもたちを小学校、中学校に通わせる義務が保護者にあって、それに付随して発生するものであるから、義務の枠の延長(厳密にはPTAは任意であるが、子どもの公平性を代償として支払うことと引き替えであり任意とは言い難い)。部活も子ども会も、この「学校に通わせる義務」が発生していなければ、帰属することも無いものだ。



この連日の保護者会ウィークのなかで、ボランタリーな位置づけになるのは、かるたの保護者会のみだ。かるたは、義務でも強制でもなく、むむちゃんの意思で通いたいものとして選んでいるものであるから。



この保護者会とかPTAの使役は日本特有の仕組みなのだろうか、ほかの国ではどうなんだろう。



一足飛びに無くなってしまえとは思わないけれど、ほんっとうに必要なところだけに絞って、それは学級委員的位置づけで、任意とかなんとかじゃなくってそれこそ決め事でやるほうがいい。

任意とかボランティアとかいう言葉で、実態と異なるオブラートは持ち出してこない方がいい。その際に全員持ち回りみたいなのはやらない。それほどたくさんの「必要なところ」が無くても回せる絞り方をしなくては意味が無い。


それ以外は、やってみようかな、と思う人がいない係は無くしてしまうくらいの整理をして、必要だって思う人が集まって必要だって思う係をする、っていう流れにならないかな、って思う。

だって、運動会の保護者の綱引き、無くなったら残念って思う人がいるならば、残念って思う人たちがやろうやろう、で、やる方が盛り上がるもの。












このブログ、おそらく近しい方々も読んでおられて、PTAの活動を積極的になさっている方ももしかしたら目にする方もいらっしゃるかもしれないので、しつこいけれど誤解の無いように書いておく。




PTAの活動、あるいは保護者会の活動に、自らの積極性を発揮し、自覚的、主体的、能動的に取り組まれている方々を揶揄するものでは無いことは、全文を読んでいただければ理解いただけると思う。


子どもたちの学校生活、家庭での生活、そして糧を得るための仕事をギリギリまわして、時間ビンボー、お金ビンボー、健康だけはなんとか担保しながら、生きてるモノ(私のように)には、PTAは時間的重荷であり、活動の中のいくつかの必要性を見いだせない作業は心の健康を減じるものである。


と、私は私の置かれた条件の中で考えるけれど、それは私の考えであって、他に押しつけるものではない。



同時に、PTA有用論を押しつけられたくも無い。


相容れないふたつの考え方がそこにあるだけだ、とご理解いただきたい。


by shiho_kato | 2017-04-21 22:24 | 私ノート | Comments(1)
Commented at 2017-06-06 05:28
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