むむちゃんの散歩道

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平日のお休みの豊かさ -特別展「仁和寺と御室派のみほとけ」@東京国立博物館

年に数回の平日休み。

朝イチで病院に行き、健診の再検査の結果を聞きにいく。
結果は、ひき続いての経過観察。
この次は、半年後ではなく一年後でもいいと言われたので、ホッとした。

気分よく皇居へ。
ランナーの聖地?皇居は、平日の真昼間くらいしか、自由に走ることができない。
3月の板橋シティマラソン前の30K。5㎞をテクテク6周する。

しっかり走った後は上野の東京国立博物館で開催されている「仁和寺と御室派のみほとけ」展
へ。
平日の午後だからか、混雑することなく入ることができた。
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上野は一度足を運ぶと、さまざまな企画展・特別展情報が手に入り、行こうという気になる。昨年末、会期終了まじかの北斎展から、縁づいている。

宇多天皇建立の仁和寺には、皇室ゆかりの貴重な御宝が保管されてきたそうな。

前半は、それら仁和寺に保管されているお宝たちの展示。
平家物語ゆかりの高倉天皇(壇ノ浦に沈んだ安徳天皇の父)の宸筆は、残念ながら前半の会期中のみで展示が終わっていて見ることができなかったけれど、その近辺の人たちのことを思い出しながら、フロアを回った。

久々に観た「両界曼荼羅」は、図柄がかわいらしくも格好よくも見えて、
当時曼荼羅模様に夢中だった友人たちが何人も思い起こされた。
今なら、彼女たちの熱っぽい曼荼羅への熱弁も聞けるだろうな。



後半は、仁和寺御室派(真言宗の一派で、仁和寺を総本山として全国790余りの寺からなる派だそうな)の各地で秘仏とされてきたご本尊たちが立ち並んでいた。

第2展示室に移ると、唯一写真可のフロアが用意されていた。
一般非公開の仁和寺の観音堂の再現だそうな。
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風神と雷神が居た。
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いま、原田マハが河北新報に「風神雷神」という小説を連載している。これの仕上がりが待ち遠しい。
昨年夏に、京都国立博物館の120周年特別展の開催に合わせて、柳広司が『風神雷神 風の章』『風神雷神 雷の章』を書いたようで、そちらを先に読む手もあるか。

真言密教では、健康を願ったり、成功を願ったりするために、修法を行うのだけれど、そのために十三仏の仏画を掛ける。たとえば不動明王像だったり、釈迦如来像だったり、弥勒菩薩像だったり。その仏画が、意外にもユーモラスのことに気づいた。

観音堂の壁画も、地獄絵図が書かれているのだけれど、恐ろしげでもありユーモラスでもあり、怖がって欲しいけれど怖がらせ過ぎるのもどうかな、みたいな人間臭さがなんだか感じられて、面白かった。
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みほとけゾーンで、思わず笑ったのは、こちら。
福井県明通寺の「深沙大将立像」
(写真を撮ることができないので、画像検索しました。福井の文化財ホームページより)
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お腹のところ、わかるかな?アンパンマンのようなお顔があるの。
子どもたちがおもちゃで巻く変身ベルトみたいなものを着けている。
いかめしさも帳消しな愛らしさに、ふき出しそうになり思わず口を抑えた。


そして、事前に調べずに来たので、ほんっとうにびっくりしたのはこちら。
大阪葛井寺(「ふじいでら」と読むそうだ)蔵の「千手観音菩薩坐像」
(こちらも写真NGなので、主催者のフェイスブック画像より)
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わかるだろうか?手がものすごい数、背中から出ているんだ。

千手観音の一般的な「手」は、だいたい42本だ。
8世紀に造られたこの像は、本当に1000本あるらしい。
修法のお道具類を持つ41本と背後からの手が1000本、あわせて1041本あるのだそうだ。

なんともラッキーなことに、こちらの千手観音像は今日から公開になったそう。
一日早かったら観ることができなかった。

国内に、実際に千本の手のある千手観音は、今回観たこの像のほかに、京都・寿宝寺と奈良・唐招提寺と3体しか無いそうだ。
今日観ることが無かったら、一生観ることが無かったかもしれない。

今日、来て、本当によかった。
来た証しに自分へのお土産は空海は書の手ぬぐい。
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観終えて外に出ると、夕暮れ時の空。
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上野でお買い物をする予定だったけれど、時間切れ。
思っていたよりもずっと長時間を過ごして居た。

この特別展、たかのちゃんと来たら、一緒にそうとう楽しんだろうなぁ。
一日過ごせてしまうかもしれないなぁ。少なくとも半日は過ごせたろうなぁ。


平日の中に、ぽっとあるお休みは私を豊かにする。
ギシギシ、生きなくても大丈夫。
これという目的に、ガシガシ向かった時間を費やさなくっても大丈夫。
それが文化であり、それが豊かさである。
それが文化的な生活であり、それが豊かな生活である。

気持ちの、心の、こわばりが緩んだ一日だった。


by shiho_kato | 2018-02-14 18:37 | 私ノート | Comments(0)