むむちゃんの散歩道

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第8回子どもの貧困対策情報交換会『保育料・教育費無償化と子どもの貧困を考える』

なくそう子どもの貧困全国ネットワークの、情報交換会


世話人メンバーが増えて、息がしやすくなった。
これまでだって、たいしたお仕事はしていないし、たいした役割も担ってはいないのだけれど。

いつも似通った方々の報告で、新しみを感じられないことが不満だったけれど、
今回は、聞いて良かったと思える報告だった。

・北海道の子どもの貧困調査の状況
・沖縄の子どもの貧困調査の状況
・保育料無償化から漏れている「保育にかかる対象経費について」
・給食費無償化について


正式には下記のとおり。
・北海道・札幌市 子どもの生活実態調査から:松本 伊智朗さん/北海道大学教授
・沖縄県乳幼児調査から:山野 良一さん/沖縄大学教授
・「保育料無償化と子どもの貧困問題」:丸山 啓史さん/京都教育大学准教授
・「学校給食と子どもの貧困」:鳫 咲子さん/跡見学園女子大学教授

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松本さんの調査は、これまであれこれ行われてきた調査の中でも、歓迎できるアウトプットができているように思う。
調査の初めに、「できあがった「調査報告書」を調査対象者に配ることができる」を軸にしているからだ。
つまり調査対象者が目にした際に、自分たちが一方的に弱者扱いされていると感じない作り方になっている。
 ★報告書の全文「北海道子どもの生活実態調査結果報告書」

沖縄の調査は、これから精査しないと公平な比較はし難いと感じたけれど、沖縄県内に限った子どもの貧困の状況を把握するには十分なのだろう。
どの地域でも同じかもしれないけれど、父親の長時間労働、母親の非正規労働、母親の不就労、それと保育の不足が、子どもの貧困を生み、かつ子どもの貧困の度合いを深めている。

いずれからも、子どもが保育園に入る前の0歳、1歳あたりで親の孤立が深まることを、指摘され、データを明示された。
ほらね、やっぱりね、皆保育、必要よねってあらためて思う。

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後半は、実際にご自身が子どもを保育園に通わせている丸山さんが指摘する、保育園の保育料以外にかかる経費についてのお話。
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むむちゃんとぷうちゃんと、本当に本当に保育料が高くって、保育料以外にかかる経費が相当額あって、ひとり親でそれを払い切るのは、本当に本当に大変だった。
認証保育所と言えど、認可外の保育園では所得による保育料計算は行わない。一律の金額だ。
それはズンと重くのしかかっていたけれど、子どもたちの環境の変化をできる限り小さくするために、踏ん張り切った。

そんなことを思い出して、ちょっと泣きたくなる。
おむつ代とかね、写真代とかね、むむちゃんたちの保育園では行事費がべらぼうに掛かっていた。

丸山さんが親同士の交際費をあげていて、それは保育園云々とは切り離した方がいいように思うけれど、上記の北海道や沖縄の報告に照らすと、そこはそんなにあっさりと切り落とせない部分なんだって気づく。
個人的にはお金の負担だけじゃなくって、頻繁な飲み会そのものが苦手だったから、そのおつきあいの時間とエネルギーが負担だった。

認可に行ったら行ったで、むむちゃんたちの保育園では子どもたちで共有していたものを、個別所有にしてそれを用意するためにまたあれこれ経費が必要だったのかもしれないので、比べられない。

いずれにしても、どこに行っても、保育に係る経費は保育料以外も含めてカバーされて初めて「無償化」と言える。授業料無償化で残された課題と流れはおんなじだ。(授業料無償化については、就学援助の制度で一部カバーされている)

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鴈さんの『給食費未納 子どもの貧困と食生活格差』(光文社新書)を読んで、直接お話を聞いてみたかった。
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「食育」は学習指導要領に書き込まれ、給食は学習の一環に位置づけられている。
食に関する指導の手引き(文部科学省)まえがき
「小中学校の学習指導要領の改訂(平成20年3月27日)において、その総則に学校における食育の推進」が盛り込まれたほか、関連する各教科等での食育に関する記述が充実されました。また、改正学校給食法(平成21年4月1日施行)においても、その第1条(法律の目的)で「学校における食育の推進」を位置付けるとともに、栄養教諭が学校給食を活用した食に関する指導を充実させることにつていも明記されました」

そうであれば、給食費は授業料に含まれて然るべきであるし、同じことは修学旅行にも言える。

給食を強制的に食べさせられる指導を受けていたのは過去の世代のことだろうか。
むむちゃん、ぷうちゃんの学校を見る限りでは、今は居残り給食、強制給食は行われなくなっているように思われる。


鴈さんが、おそらくはそれら強制完食や居残り給食のことを念頭において、言葉やわらかに「楽しく食べることの経験を」と話されていたけれど、
貧困家庭においては、楽しくか否かの問題にまで引き上げられない。

金銭的な問題ばかりでなく、貧困家庭において「お弁当を作る」ということそのものが相当に困難なことだ。
病を患っていたり、いくつもの仕事を掛け持ち時間的な余裕や体力的な余裕が少しも無い家庭にとって、お弁当作りの有無は文字通り死活問題だったりする。


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お話を聞けば、知れること学べること、そして自ら考えることが次々と出てくる。
学びの場に足を運び、身をおくことは大事なことだなぁ、と、あらためて。

スケジュールを組む際に、活動の時間、学びの時間は優先順位を落としている。
今の私の生活を健全に組み立てようと思ったら、ほどほどにゆとりあるこころとからだを維持しながら、子どもたちに接することが必要だ。ほどほどのゆとりは、スケジュール時間に2割くらいの空きを作る必要がある。
ぷうちゃんとの時間(学校公開や卓球)、むむちゃんとの時間(専らかるたのお迎えと大会)、PTAのお役目(小学校と中学校)、そして地域のかるた会、私自身のかるたとランニング。
それだけ入れれば、もう8割すら超えていく。

今日は、私自身のかるたと、PTAのお役目(中学校)を、子どもの貧困にあてた。
せっかくあてるのあれば、その時間、集中して学び集中して考えなくては勿体ない。
週末の疲れ気味の時間にムチ打って、終わったころにはぐったり。
勉強になっても、ぐったりしてるようじゃダメだよな、と思う。

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いろんなお話があったけれど、今日いちばん良かったのは、だんだんの近藤こんちゃんとお話できたこと。

子どもの貧困だってなんだって、子どもの問題へのアプローチは多々あるけれど、
一つが大きな網を広げるよりも、細い糸の小さい網が多数ある方がいい。
その方が、トータルでは目がつまった網ができ、拾える可能性も広がるから。

だんだんの子ども食堂は全国的に知られる場となったけれど、こんちゃんの意識がそこにあるのがうれしかった。

だんだんの子ども食堂も、みやPに渡したよりみちのいえも、私のまごめかるた会も、小さな網。

目黒の5歳の女の子には何もしてあげられない。
地下鉄で遭遇する、荒い声を上げ子どもを叱るお母さんにも、何もしてあげられない。

せめても、かるた会に来た子どもたちには、「やりたいことができる」喜びとワクワクと(願わくは安心してその場を過ごせる)時間を提供できますように。


by shiho_kato | 2018-06-16 18:24 | 社会&地域&子どもノート | Comments(0)