むむちゃんの散歩道

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ぷうちゃんの「検定を受けない」②問題の解決方法

ぷうちゃんのプール問題を悶々と抱え、
そこへ滅多にない外出や急な仕事が飛び込んできたりして
連日、帰りが一時間以上遅くなる日が続く。
ぐったりしている。

ぐったり帰宅すると、恐縮して粛々と宿題をするぷうちゃんと
部屋中をとっちらかして(彼女の部屋はもちろん居間も彼女のちらかしが増長している)その中に座り込んでスマホをいじるむむちゃんの姿が目に入り、自制のストッパーが吹っ飛んで怒り爆発。
最近では滅多に無かったことで、自分でも自分の腹の立ちように驚き疲れる。




食事を作ること、片付けること、お風呂を用意し、洗濯をし、洗濯をしまい、洗濯をたたみ、子どもたちの寝る時間をコントロールし、食材を確認し、明日の夕食を考え、学校への提出物を確認し、宿題のわからないところを教え、明日のタイムスケジュールを確認し、部屋の温度調節をし。。。
疲れても、苛立っても、不安でも、疲れ切っていても、この家の中で起こるすべては私がなさねばならぬのか。中学生なのだから、その一端でも手伝いやがれ、と思う。

言われなくても決められなくても割り振られなくても、家族の一員としてできることをしやがれ、と思う。


いかんいかん、怒りのマグマに流されては。
苛立ちの爆発の引き金となっているぷうちゃんのプール問題をなんとかせねば。



そう思ったところで、手段はさして多く無い。
数少ないできることを列挙し、担任アタックは先日失敗しているので、渋々ながらスクールカウンセラーにとりあえず電話をしてみることにした。

ぷうちゃんのことを話せなくても、
親である私がそれでまいっているということを話せれば、多少は今のイラ立ちが改善されるかもしれない。


電話は通じなかった。通じないことにホッともした。
人に話すのは、また並々ならぬ勇気がいることだから。

仕事に励み怒りそのものも忘れた頃に、電話がかかってきていたことに気づく。
着歴への折り返し。一度ならず、二度、三度。
お昼休憩の時間に着歴に気づく。
かかってきた電話に出るのは、電話をかけるよりも気楽だ。

やっぱり話してみよう。朝よりトーンダウンしている自分を信じて。
相手はプロだ。そこを頼みに。


・数年前から水泳の検定で笑われたのをきっかけに、検定がイヤだと言っている。
・イヤが続けば学校を休むであろう。
・前日の水泳の授業も見学に〇をしてようやく学校へ行った。
・私はどこまで励まし、どこまでがんばらなくて良いとすればいいだろう。
・担任の先生には、ひと月前に発表のプレッシャーが強くなり学校を休みたいと言っていることを相談した。
・相談に対し、予告なしの不意打ちの発表という方法にて対応したことに対し、子どもも親も担任へは信頼を置け無いと感じている
・そんなわけで、本日の主訴は、次回の水泳の授業は検定であると予告されており、その日、がんばらせたらいいのか、無理を強いずに見学に〇をつければいいのか、どうしたらいいか困っている。
・もし可能であるなら検定を、プレッシャーにならない方法で実施できないだろうか。

そこまで話し切ることができた。私にしては上出来だ。



彼女は、
・前回二年前の面談以来、折に触れて元気かどうか様子を見ていること。
・今日も見かけたこと。わかっていれば今日本人から話を聞けたのに。
・体も大きくて、しっかりしているので、やればできると誤解されるタイプであること。実際はそうではないことを理解している。
・担任はまだ3か月のつきあいで、誤解したままで対応を考えてしまっているようであるので、少し丁寧に本人の特性を説明し、本人の困りごとと、どうして欲しいのかも、話してみよう
・当面、まずはせまっている次のプールの授業がプレシャーにならない方法(学校を休むことなく来られる方法)を、担任と話してみよう

と言ってくれた。
その後も気に留めていてくれたこと、特性を理解していてくれたことに、安心した。
安心できたので、お任せしてみる気になった。


夕方、担任から電話があり、話したことは的確に伝えられていた。
・わかっていそうに見える、という理由で発表を指名するやり方は、本人の負担になると認識した。
・検定は、みながプールをあがった後に行なったり、自由練習のときに観察する方法で記録をとったり、自由練習をしている脇でこそっと行ったり、いくらでもやりようがある
・どういう方法がいいか本人と相談して決めたいと思う

あわせて、
・手をあげての発表はしないけれど、個性的でユニークな考えを持っていて発表の形でなければそれを口にすることもあり、グループでの話し合いでは楽しそうに発言もリードもするし、注意深くまわりを観察していて正義感の強いふるまいをするのも見てとっていること
・私も水泳は得意ではないので、気持ちはわかります

と話してくれた。
肩の荷が、すーーーーーーっと下りた。




帰宅して、ぷうちゃんに、先生に相談したこと、先生が言っていたことを、伝えた。
破顔一笑。泣き顔と紙一重の、
「いいの!?ほんとうにいいの!?検定、みんなの前で泳がなくていいの!?やったー!?」


その喜びように、良かった。話して良かったと、つくづくと思う。
スクールカウンセラーはスクールカウンセラーの、教員は教員の、私は親の
三者それぞれ忠実に役割を果たしただけのことだけれど、それで良いのだ。

******

私の問題解決方法のデフォルテは、
「自分が耐える。自分がガマンする。自分でなんとかする」自力本願だ。

今回の実践は、
問題を他者に共有してもらい、解決方法を共に探る、という協同型の解決方法だ。


教員と親子の二者関係だったならば、これほどスムーズには行かない。
教員と親子の二者関係に、第三者が介在し監視し観測するから、双方、理性的に「良い解決方法」を探すことができた。


今回のことで、
ぷうちゃんが、協同型の解決方法を自身のスキルとして身に着けてくれたらいいなーと思う。

困ったと口にしていい。
イヤだと口にしていい。
ツライと口にしていい。
それを受けて、じゃぁどうしたらそのツライ、イヤだ、困ったを解決できるか、一緒に考えてくれるオトナが居る。自分の味方だと思えなかったオトナですら、一緒に考えてくれる。当初、味方だと思えなかったオトナは、意外とよく見ていてくれた。誤解もあるけれど、理解もあった。

そのひとつの経験になってくれたらいい。

この先に、困ったこと、イヤだと思うこと、ツライと思うことを、誰かと共にだったら解決できるかもしれないと思えば、「助けて」が言えるヒトになれる。
「助けて」が言えるヒトは、強いんだ。
人を信じる気持ちや、自分を開く気持ちや、助けてと言ったところで自分が損なわれないと知っているヒトは、強いんだ。


・・・・・・

自力本願の解決方法は弱い。強く見えて、弱い。
問題解決を自身ですべて背負おうすると、
問題の発生は他者によるものとの理解が大きくなり、他者を厭う。
他者との関わりを極力減らし、他者を排除しようとする。
ガマンや忍耐は、自分の自然な感情を裏切り殺すことであり、うまくいってもすり減る。
うまくいかなければ、自己の力不足に打ちのめされる。
ひとりよがりは、肯定される私を失っていくばかりだ。
いいことなど、たいして無く、生きていることを恨めしく思うことが増える。


もともと持っていた方法がそういう解決の仕方だったから、なかなか生きにくく、長く苦しんだけれど、
生きながらえて、チャイルドラインやソーシャルワークや学校で仕事をすることで学んできた知識と、見聞きしてきた経験とをかき集めて、異なる解決方法を取れるようになったということだ。

その結果、あまり信用できそうにないと思っていたスクールソーシャルワーカーの力を頼ることができ、
不安しか感じなかった担任を思っているよりはずっと見てくれていて考えてくれていることを知ることができた。
彼女たちが、もちろん仕事として役割としてであれど、きちんと我が子を見ていてくれることを知り、
嬉しくもなり、安心もし、荷が軽くなった。

ぷうちゃんの晴れやかな笑顔を見れば、感謝する気持ちがふつふつこんこんと湧いてくる。


どうか、三人のおとなが少しずつがんばったことが、ぷうちゃんの栄養になりますように。


・・・・・・

そんな思いで眠り、目覚めた朝、テレビでは佐々木正美さんの言葉を紹介していた。

親が希望する子どもにするのではなく、子どもが希望する親になりましょう。」


子どもが希望する親になろうとすることで、
私は私を少しずつラクにしてあげられているような気がする。


ひとりでがんばらなくっていい。
むしろ、ひとりでがんばらないほうがいい。

by shiho_kato | 2018-06-28 18:38 | むむちゃんとぷうちゃん | Comments(1)
Commented by ちゃちゃ at 2018-07-06 11:26 x
はじめまして。
以前よりかるたのことで何度かblog拝見いたしております。
(次女が週末初めての神奈川県大会の個人戦に参戦です。過去の大会の模様、参考にさせていただきました。)

さて、プールの検定、今はあまり強く行われていない印象ですが、(子供の学校では、ですが)嫌なものは嫌ですよね。
しかも苦手であればなおさら。
上手く指導がなされるといいですね。

昨年まで小学生の親だったのですが、5歳上の長女の頃とは小学校がずいぶん変わったなという印象でした。

授業のIT化ということ、必ずしもいいなとは思っていないのですが、あまり発言しない子のノートをタブレット端末を持った先生が写真を撮って黒板のところのプロジェクタに写してみんなに見せていることがありました。

それであればおとなし目の子であっても(そして、良い意見をきれいな字で書くことのできる子)機械によって(手を挙げてかつ皆の前で板書することなく)皆の目に触れることができ、良い意見を分け合うことができると、感心したものでした。

人前で何かをすることにより伸びること、はあると思いますが、いやいややる、ことや、それによって学校に行くことさえいやになるのであれば、それを押し付けることは、すべきでないと思います。

お子様方は深く考えて見守ってくれるお母様がいらして幸せですね。

今年も県大会参加されるのでしょうか?私はかるたをとらない(とってもあの速さでは取れません。)ので応援に行き付き添う予定でいます。