むむちゃんの散歩道

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ピアノ発表会

むむちゃんのピアノの発表会。

むむちゃんのピアノ歴は、かれこれ10年を越えた。
ときどき、ヘッドホンを抜いて弾くピアノの音は、練習でも耳ざわりが良くって、
いつまでも弾いていて欲しいと思うくらい。
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発表会では、ちびっこたちから大人まで。
私も何年か前まで、仲間に加わっていたけれど、あれもこれもはできない中で、
ピアノは初めのうちに脱落してしまった。

みなが弾くのを見たり聴いたりしていると、弾きたいなぁ、と思う。
でも、ピアノは練習の継続がものをいうし、ごまかしがきかない。

書道や茶道(や、かるた)のようにお稽古に行ったときに集中してやれば、上手になっていくものとは違う。
毎日毎日15分ずつ、さわることが難しい。
走ることは毎日できるのになぁ。


むむちゃんがピアノを続けたいと思ったら、いま、ちょうど伸びるころなのだそうだ。
初級者用の電子ピアノでは、もうむむちゃんの技量に耐えられないそうだ。

できればアップライトのピアノ、そうでなくとも性能の良いより生のピアノに近い電子ピアノが
必要だというお話をあやみーのせんせーからいただく。


アップライト、弾かせてあげたいけれど、そうなれば購入云々だけではなくお家のお引越しも必要になるなー。

実家には私が小学生にあがる前にアップライトのピアノがやってきた。
ビンボーなおうちだったのに、よくぞピアノを買うことにしたなー、と思ったことがあった。

小学生の間に、北海道から福岡、福岡から千葉と、日本を北から南へと引っ越した。
遠い場所の引っ越しの間、よくぞピアノを手放すことなく連れて歩いたなー、と思ったことがあった。


でも、今ならわかる。
父は、これからピアノをはじめようとする母(や、あるいは、私)が、とーっても上手にピアノを弾く人になるかもしれないと思ったのかもしれない。
父と母は、ピアノのある文化的な豊かさを、生活の中に取り込むことは、経済的なあれこれには変えられないくらいに子どもを育てていくうえで、必要なことだと思ったのかもしれない。

残念ながら、私はピアノを弾く人にはならず、母は「エリーゼのために」あたりまででピアノを離れた。
それでも、母がバイエルを練習している音も姿も、私にはなじみ深い。
むむちゃんがピアノに向かう姿は、その延長線上にあるのだと思う。



孟母三遷など、鼻で笑っていたけれど、
せんせーにそう言われれば、ピアノを置ける家にお引越しできる可能性はあるかしら?
中古のアップライトのピアノは如何ほどで手に入るのかしら?
などなどが、気にかかってしまうわけで。


かるたも、ピアノも、やりたいと思えることを、環境のせいであきらめなくていいように。
泣きたいくらい強い気持ちで、願う。

by shiho_kato | 2018-09-23 22:47 | むむちゃんとぷうちゃん | Comments(0)