むむちゃんの散歩道

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2018年 02月 12日 ( 1 )

宮本輝『森のなかの海』

作品としては古く、2001年に書かれたもの。
117の直前に、阪神淡路大震災を題材に書かれた小説を吟味していて、この作品にたどり着いた。森絵都の『この女』(2011)や、原田マハの『翔ぶ少女』(2014)は、すでに読んだことがあったから。


阪神大震災がきっかけで運命が変わった「季美子」の天変を描いた小説。
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とても久しぶりに、「これぞ由緒正しき小説!」を読んだ気分。
起こりえない設定なのに、地に足がついた静かに森の中を歩いているようでした。

震災時に夫に愛人がいることが発覚し、離婚。
そのタイミングで、血縁も無い富裕な老婦人の遺言で、彼女の遺産と岐阜の森の中の山荘を譲り受け、まだ幼い息子ふたりと移り住む。
そして震災で親を失った姉妹3人を別荘に引き取り、その姉妹に助けを求めてやってきた女の子たち5人とともに生活を始める。


「季美子」の父が社長であったり、ウソっぽいシンデレラストーリーの要素が散りばめられているのだけれど、小説の静かなたたずまいに「品の良さ」が失われることなく保たれているところがなんとも。


こういった美しい小説を読むのは久しぶりだなぁ、と思ってしまった。
どこがいいとか、どんな知識を得たとか、そういうものをあげがたいのに、なんだか良い時間を過ごしたような気にさせてくれる小説。
そういう作品の在り方もそう言えばあったなぁ、と思い出させてくれた。



宮本輝と言えば、最近、芥川賞の候補作、温又柔の『真ん中の子どもたち』への講評が差別的だと叩かれていた。

『真ん中の子どもたち』は台湾生まれの父、日本生まれの母を両親に持ち日本で育った「琴子」が上海に留学し、日本、台湾、中国の言葉と文化の中でアイデンティティを揺さぶられるお話。
台湾への理解を深めたいと思っていたので、候補作に上がった時点で読んだのだけれど、斜めに読むようにしか読み通すことのできない作品だった。

宮本輝の講評は、その短い字ずらだけを読むと、異文化へ歩み寄ろうとしないクソジジィのコメントだ。

ただ彼の作品を読んだ後で、その「差別的と叩かれた騒動」を目にし、実際にその作品を読んだときのことを思い起こすと、「関心の薄いことに対しても、おのずと知りたくなり、知っている気持ちになってしまうような小説のチカラ」が足りていない、と言っているんだろうなぁ。と、私は理解した。

理念は良くても、作品として面白くない小説は、そこまでだ。
惜しいことだし残念だけれど、小説の評価は、面白いか面白くないか、読みたいか読みたくないか、しかないのだから仕方ない。

by shiho_kato | 2018-02-12 18:34 | 読書ノート | Comments(0)