むむちゃんの散歩道

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カテゴリ:私ノート( 566 )

本屋大賞 辻村深月『かがみの孤城』の受賞後のメッセージ

今年の本屋大賞の、ノミネート作の中から選ぶなら、
間違い無くこれ。

作品については、以前、読了の感想を書いた

作品もとてもいいのだけれど、
輪をかけて、辻村深月の本屋大賞受賞後のインタビューがとてもいい。

あちこちにコメントは取り上げられていたけれど、
最も長くまとまっているこちらのインタビューは、
作品と共に、
いや、いっそ、作品と切り離しても、読む価値がある。

yahooニュース「「不登校する勇気はなかった」辻村深月が本屋大賞受賞作に込めた思い」
(2018.4.11配信)


デジタルの記事は、時間がたつと消えてしまうから、全文テキストでこちらに写し取りたいけれど、
著作権的にはマズイだろうから、自粛。
どうぞ、消さずにいつまでもリンク先が残ってほしい。
このメッセージに勇気づけられる人、息を殺して生きる自分を肯定できる人が必ず居るはずだから。

かつての私がそうだ。

*****

不登校新聞の石井志昂くんの質問に答えた彼女の言葉。
「中学生のときから、不登校は“逃げた”ではなく“休む勇気”を持った子たちだと思っていました。私にはその勇気はなかった」

これは私の言葉だ。
繰り返し繰り返し、あちらでもこちらでも書いて話してきた。
10代のころの私は、レールの外に、枠の外に出ることができなかった。
身体を壊すところまで行ってはじめて、休むことができたんだ。

だからこそ特別な場所ではない、みなと同じ場所に身を置く子どもたち「フツー(に見える)の子どもたち」にこだわって、チャイルドラインで仕事をし、いま学校という現場で仕事をしている。


*****

インタビューの中のスクールカウンセラーさんの言葉がいい。
・・・
『この(スクールカウンセラーの)仕事は風のようであってほしい』

『○○先生のおかげで今がある』と名前に感謝されているようではまだまだで、気がついたらつらい時が終わっていた、いつの間にか高校生になっていたと思われるくらいでちょうどいい。その時に自分を引っ張り上げてくれた風のような感触だけが残ればいいんだと。
・・・

これも繰り返し書いてきたことだけれど、「やり過ごす」は大事なキーワードだ。

子どもたちに「打ち克つ力を持って」「立ち向かう勇気を持って」そういう励まし方をしたくないんだ。
今をいちばんツラい時を、ぎゅっと目をつぶって、そっと息をのんで、やり過ごすことさえできればいい。
やり過ごすための場所、やり過ごすための目をそらしていられるだけの「何か」があればいい。


私にとって、図書館も、本も、映画も、マンガも、そしてかるたも、走ることも、旅をすることも、目をつぶることも、ため息を長く吐くことも、お風呂の中で本を読むことも、その「何か」だ。

たいていのことは、時が運び去ってくれる。
たいていのことは、きちんと過去になってくれる。


そういう「何か」を、「あなた(や、その周辺)を見ていると得られ」そうな気がする。

そういう人になりたい。
そういう図書館でありたい、そういう家庭でありたい、そういう友人でありたい、そういう他者でありたい。


辻村深月は、小説として作り出し、職業として背負っている。
立派です。



本屋大賞を受賞したから、という理由で、むむちゃんが『かがみの孤城』を読み始めた。
私とはまったく違う感性を持つ彼女は、どんな感想を持つのだろう。
読み終えたあとのやりとりが楽しみだ。
とても、楽しみ。

私たちに、共読のきっかけを落としてくれる本屋大賞に、感謝。


by shiho_kato | 2018-04-11 21:48 | 私ノート | Comments(0)

旗振り当番

今日はむむちゃん、ぷうちゃんの始業式だ。

私の勤務校はもう一日遅い。
この一日のズレのおかげで、今日はぷうちゃん、むむちゃんの始まりの日に思いをかけることができる。


昨年はPTA、今年は校外委員。
今日は、旗振り当番の日。

新年度、初登校の子どもたちに「おはよう」のあいさつをしながら、迎え、見送る。

ドキドキしてる?ワクワクしてる?そわそわしてる?
不安な気持ち?重たい気持ち?憂鬱な気持ち?

明るい光の中に隠れた心模様を、覗き込みたい気持ちを押しやるように
黄色い旗を真横に立てて、「おはようー。」の声をかける。



子どもたちの、一日の始まりが平穏でありますように。
祈りを込めながら、通学路に立つ。
時間に追われてさえいなければ、旗振り当番、毎日やってもいいくらい。




by shiho_kato | 2018-04-06 16:12 | 私ノート | Comments(0)

今年の桜@陸王杯行田市鉄剣マラソン

行田市鉄剣マラソンは『陸王』の舞台になった場所を走る。

古代蓮の里は、天上の桜のようだった。
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コースは古墳公園を走る。
川沿いの桜並木を走り、折り返せば桜のトンネル。
桜のトンネルを抜けると、緑萌えるうららかな古墳群の間を縫って、桜の木から木へ渡り歩くように走った。

ただただ幸せな時間。

ご機嫌で駆け抜けた。
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忍城址も、見事な桜だった。
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走ることが趣味となり、あちこちに出かける機会が増えた。

走りに行くために出かけた先で、ステキな風景や、ステキな食べ物や、ステキな焼き物や、ステキな人に出会える。

今年の春は、天国のような行田の桜に出会えうことができた。
幸せな春だ。



by shiho_kato | 2018-04-01 17:00 | 私ノート | Comments(0)

今年の桜@隅田川with同期

毎年の同期の仲間とのお花見、今年は隅田川。
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今年も元気に、みなと一緒に見ることができた。それが何よりの幸せ。
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by shiho_kato | 2018-03-31 18:50 | 私ノート | Comments(0)

今年の桜@目黒川

仕事帰りに、目黒川沿いをテクテクと。
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池尻大橋から中目黒を抜けて五反田まで。

中目黒に近いあたりは動けないくらいの人人人。
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人は多かったけれど、それに負けぬくらい、桜が見事だった。
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川と桜は相性がいいなぁ。
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by shiho_kato | 2018-03-28 23:56 | 私ノート | Comments(0)

今年の桜@洗足池&呑川

朝ランは、桜を探して。

洗足池。
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呑川。
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朝から8㎞。大満足の朝ラン。



by shiho_kato | 2018-03-28 12:00 | 私ノート | Comments(0)

今年の桜@六義園&播磨坂

六義園のライトアップされた枝垂れ桜を観に。
大勢のヒトの頭越しに。

立派な大きな枝垂れ桜。京都の丸山公園の枝垂れ桜にも届くくらい。
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少し時間が遅くなると、ライトアップされた枝垂れ桜も。
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水面に映る景色が素晴らしかった。
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六義園は人が多かったので、口直しに播磨坂の桜。
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(ぼけちゃった)
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by shiho_kato | 2018-03-27 22:51 | 私ノート | Comments(0)

生で音楽を聴く

ちょっとした隙間時間が生まれた土曜日。

私のかるた練習会のあと、むむちゃんのかるたのお迎えの前。
途中下車をして、500円のワンコインで生の音楽を聴きに立ち寄る。

定期演奏会なのだそうな。
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直前までパラパラだった席が、始まるころには7割がた埋まった。
周りもラフな服装をしているので、気が楽だ。
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ありがたくも勤務先で、N響OBOGのグループによる生演奏やら、バレエの舞台やらを観る機会に恵まれている。
私のへっぽこな耳でも、それらと、今日の演奏のハーモニーの違いとかは、わかった。


そうではあっても、1幕40分(二幕目は時間切れになるので休憩時間に席を立った)、たったワンコインで弦楽器・管楽器そろった演奏を聴けてしまった。
時間ビンボーで、お金ビンボーな私にも、生の音を味わうことができる。

会場でいろいろなグループによる定期演奏会のチラシやパンフレットをたくさんいただいた。
並べていくと、ほぼ毎週どこかしらでそれらの演奏は行われていて、無料のものも少なくない。


隙間時間の過ごし方、美術館巡りの復活に加え、定期演奏会の飛び込み視聴も加えてみよう。
なんとなく、今年は「芸術の秋」っぽい一年になりそう。

「文化的」最低限度の生活を、営む権利を有しているのだ。
文化的と芸術的は、ちっともイコールでは無いけれど、それっぽいことを暮らしに組み込んでみるとどんなもんか、生活水準を変えぬままに、生活の豊かさをどう揺さぶってくれるのか、お試しおためし。


by shiho_kato | 2018-03-17 18:35 | 私ノート | Comments(0)

至上の印象派展@新国立美術館

隙間時間を縫うようにして、「史上の印象派展-ビュールレ・コレクション」を観に行ってきた。
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ポスターにもなっているルノワールの「可愛いイレーヌ」は8歳の女の子を描いているそうだ。

イラストとして観ても愛らしいのだけれど、美しく見せる肌の塗りや髪の艶は、原画で観るといっそうつややかで、愛らしさがいっそう愛らしく伝わってくる。

ルノワールに輪をかけて、モネの絵はほうっとため息が出る。
どう言ったらいいのか、安心するんだ。
この絵のそばにいれば大丈夫。この絵がかかっていれば守られる。
そういう気持ちになる。
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片隅でビデオ上映を行っていて、そこで流れていたメロディが再現したいくらいにステキだった。
あとで調べたら、この企画展にあわせて西村由紀江が作曲し自ら弾いた「可愛いイレーヌ」のイメージソングだった。
そんな眼ばかりではなく、耳からの出会いも嬉しい。

1時間弱だったけれど、満ち足りた気持ちになった鑑賞タイム。


このところの私は「ホンモノ」を観ることに、ちょっとばかり貪欲だ。
大して鑑賞眼も無く、記憶するチカラが弱体化していて知識のストックも貯まらないので、
ただ観るばかりなのだけれど、観て歩くことで、私の中にある「好き」を教えてくれる。

「私、こんなのが好きだったのか」

日々に追われていても私の中に居る私は健在で、
「私の感性」は枯れ切ってしまわずに奥底にそっとしまわれていることに、気づく。
そのことに安心し、そのことで何かを取り戻す。
スカスカになっているようなこの身に少しなかみが詰まったような気持ちになれる。

私と美術の関係など、そんなものだが、ちょっとしたお金と時間を費やす価値は十分にある。
展覧会のチケット代を惜しまずに、ときどきこうして足を運べるだけの、わずかな潤いを得られる生活ができることに感謝。


by shiho_kato | 2018-03-08 18:23 | 私ノート | Comments(0)

平日のお休みの豊かさ -特別展「仁和寺と御室派のみほとけ」@東京国立博物館

年に数回の平日休み。

朝イチで病院に行き、健診の再検査の結果を聞きにいく。
結果は、ひき続いての経過観察。
この次は、半年後ではなく一年後でもいいと言われたので、ホッとした。

気分よく皇居へ。
ランナーの聖地?皇居は、平日の真昼間くらいしか、自由に走ることができない。
3月の板橋シティマラソン前の30K。5㎞をテクテク6周する。

しっかり走った後は上野の東京国立博物館で開催されている「仁和寺と御室派のみほとけ」展
へ。
平日の午後だからか、混雑することなく入ることができた。
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上野は一度足を運ぶと、さまざまな企画展・特別展情報が手に入り、行こうという気になる。昨年末、会期終了まじかの北斎展から、縁づいている。

宇多天皇建立の仁和寺には、皇室ゆかりの貴重な御宝が保管されてきたそうな。

前半は、それら仁和寺に保管されているお宝たちの展示。
平家物語ゆかりの高倉天皇(壇ノ浦に沈んだ安徳天皇の父)の宸筆は、残念ながら前半の会期中のみで展示が終わっていて見ることができなかったけれど、その近辺の人たちのことを思い出しながら、フロアを回った。

久々に観た「両界曼荼羅」は、図柄がかわいらしくも格好よくも見えて、
当時曼荼羅模様に夢中だった友人たちが何人も思い起こされた。
今なら、彼女たちの熱っぽい曼荼羅への熱弁も聞けるだろうな。



後半は、仁和寺御室派(真言宗の一派で、仁和寺を総本山として全国790余りの寺からなる派だそうな)の各地で秘仏とされてきたご本尊たちが立ち並んでいた。

第2展示室に移ると、唯一写真可のフロアが用意されていた。
一般非公開の仁和寺の観音堂の再現だそうな。
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風神と雷神が居た。
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いま、原田マハが河北新報に「風神雷神」という小説を連載している。これの仕上がりが待ち遠しい。
昨年夏に、京都国立博物館の120周年特別展の開催に合わせて、柳広司が『風神雷神 風の章』『風神雷神 雷の章』を書いたようで、そちらを先に読む手もあるか。

真言密教では、健康を願ったり、成功を願ったりするために、修法を行うのだけれど、そのために十三仏の仏画を掛ける。たとえば不動明王像だったり、釈迦如来像だったり、弥勒菩薩像だったり。その仏画が、意外にもユーモラスのことに気づいた。

観音堂の壁画も、地獄絵図が書かれているのだけれど、恐ろしげでもありユーモラスでもあり、怖がって欲しいけれど怖がらせ過ぎるのもどうかな、みたいな人間臭さがなんだか感じられて、面白かった。
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みほとけゾーンで、思わず笑ったのは、こちら。
福井県明通寺の「深沙大将立像」
(写真を撮ることができないので、画像検索しました。福井の文化財ホームページより)
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お腹のところ、わかるかな?アンパンマンのようなお顔があるの。
子どもたちがおもちゃで巻く変身ベルトみたいなものを着けている。
いかめしさも帳消しな愛らしさに、ふき出しそうになり思わず口を抑えた。


そして、事前に調べずに来たので、ほんっとうにびっくりしたのはこちら。
大阪葛井寺(「ふじいでら」と読むそうだ)蔵の「千手観音菩薩坐像」
(こちらも写真NGなので、主催者のフェイスブック画像より)
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わかるだろうか?手がものすごい数、背中から出ているんだ。

千手観音の一般的な「手」は、だいたい42本だ。
8世紀に造られたこの像は、本当に1000本あるらしい。
修法のお道具類を持つ41本と背後からの手が1000本、あわせて1041本あるのだそうだ。

なんともラッキーなことに、こちらの千手観音像は今日から公開になったそう。
一日早かったら観ることができなかった。

国内に、実際に千本の手のある千手観音は、今回観たこの像のほかに、京都・寿宝寺と奈良・唐招提寺と3体しか無いそうだ。
今日観ることが無かったら、一生観ることが無かったかもしれない。

今日、来て、本当によかった。
来た証しに自分へのお土産は空海は書の手ぬぐい。
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観終えて外に出ると、夕暮れ時の空。
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上野でお買い物をする予定だったけれど、時間切れ。
思っていたよりもずっと長時間を過ごして居た。

この特別展、たかのちゃんと来たら、一緒にそうとう楽しんだろうなぁ。
一日過ごせてしまうかもしれないなぁ。少なくとも半日は過ごせたろうなぁ。


平日の中に、ぽっとあるお休みは私を豊かにする。
ギシギシ、生きなくても大丈夫。
これという目的に、ガシガシ向かった時間を費やさなくっても大丈夫。
それが文化であり、それが豊かさである。
それが文化的な生活であり、それが豊かな生活である。

気持ちの、心の、こわばりが緩んだ一日だった。


by shiho_kato | 2018-02-14 18:37 | 私ノート | Comments(0)