むむちゃんの散歩道

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カテゴリ:私ノート( 583 )

映画「日日是好日」

映画「日日是好日」を観に行った。
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しみじみと良い。

古い家に住みたくなる。
縁側に座り、季節のうつろいに想いを傾けたくなる。

静かな暮らしをしたくなる。

つながりをせっせせっせと求めなくとも、
成長をせっせせっせと求めなくとも、
うつろいゆく自然も、とどまることのない時間も、
丁寧に日々を生きていれば、おのずと成熟へと運んでくれる。

それを信じることができるオトナになることを焦がれていた私を、
思い出すことができた。


森下典子の『日日是好日』は、以前に読んでいる。
はずなのに、少しも覚えていなかった。


映画館を出て、本を買って帰った。

追われる日々で大事なものを手放してしまいそうな、
たくさんの流れ込む情報に飲まれてしまいそうな、
つながっていないと得も言われぬ不安に押しつぶされてしまいそうな、
危うい毎日。

目の前の書棚にこの一冊が置いてあるだけで、
私は、踏みとどまれそうな気がする。
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by shiho_kato | 2018-10-07 21:29 | 私ノート | Comments(0)

大田区秋季スポーツ大会 卓球競技大会

とっても久しぶりに、卓球の大会に出た。
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練習が楽しいので、もちょっと本格的に卓球できるかな、どうかな?
の、力試し。

ほとんどの人が、サークルとかクラブとかチームとか、なんらかのそれらに所属しているようで、
個人で大会に参加していたのは数えるほどだった。

この区は、成人の卓球熱が熱いらしい。
試合の合間に、むむちゃんの同級生のお友だちにあれこれと教えてもらったところによると、
中高生はあんまり強くないのだけれど、おとなは都内でも強いそうで、都民大会で優勝する実力とか。

ぼやぼやと、ガチなところに迷いこんでしまった「やっちゃった感」満載。
同じ年代別リーグの方が、「私もPTAの卓球からはじめて、はまって今チームに入って続けてるの」とニコニコフレンドリーにお話してくださって、ありがたい。

ルールも、競技方法も、かつてとは全く違う。
ひとっつも勝てず、ラブゲームでセットを落としかけたり、
対戦した方に、「ラバーを張り替えた方がいいわよ」とアドバイスをいただいたり(たしかにもう20年もの)、
もちょっとやれば、なんとかなりそうな手ごたえもあり。


来年の春、中学校のPTA卓球が終わったら、どこだかのクラブに入ってみようかな。
「もっとやりたい」の気持ちがムクムク。



by shiho_kato | 2018-09-09 18:12 | 私ノート | Comments(0)

防災訓練と美術館巡り―横浜美術館&東京ステーションギャラリー―

防災訓練で出勤。

我が家の子どもたちの学校は月に1度、なんらかの訓練があるけれど、
勤務先の学校では、年に一度。

年に一度を、しっかり叩き込んで、一年間過ごす。

個人的に、ロッカーの中に置いている非常食や、
帰宅するための揺れないリュックや靴、動ける服を点検する日でもある。

今回はAEDの実習をする学年のお手伝いをさせてもらえたので、しっかり復習。

マラソンの大会で、この一年の間に、知り合いに二人もAEDを必要とした人が居て、他人事とは思えない。
自分がお世話にならないための心構えと、遭遇した際にとにかく一秒でも早い対応をできるように。

高校生の方が、私よりもずっと役に立つ「胸骨圧迫」ができるだろう。
AEDを取りに走るのも速いだろう。
だから、良く覚えておいてね、と願いながら見る。

AEDは、必ずあるのは、学校、市役所、図書館、公民館、スポーツセンター、駅、病院、介護施設。
そして、コンビニ、ドラッグストアにもあるそうだ。

日本全国AEDマップでご近所の設置場所を調べてみたら、
消防署、学校、児童館にあり、お寺と銀行にもあった。
表示されなかったけれど、郵便局にもありそうかな。


******


防災訓練を終えた足で、美術館をふたっつ梯子した。
ひとつは、横浜美術館の「モネ それからの100年」展
もうひとつは、東京ステーションギャラリーの「生誕100年 いわさきちひろ絵描きです」展

モネは死後、ちひろは生誕、の違いはあれど、どちらも100年の節目企画。
どちらも終了間近なので、行く日を選んでいられない。


まずは東横線で横浜へ。

横浜美術館、久々に来た。
中はやや狭めに感じたけれど、立地はとてもいい。
美術館周りの広場の芝生とか、とても好き。
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モネ展は、モネの影響を受けた画家たちの作品が多く、
モネの作品は少なめだった。ちょっと残念。
何年か前の、国立西洋美術館でのモネ展 はとても良かったなぁ。
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来年、開館30周年で「オランジェリー美術館展」が予定されているそう。
時間に追われないスケジュールで、足を運ぼう。

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横浜からびゅんと東京へ。
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6時閉館(5時半入場締め切り)で、5時過ぎに着いたから入口で、
全部見たければ、今日は入らない方がいいと止められる。
親切心なのでしょうが、ちっと余計なお世話。

明日までしか会期がなく、明日来られないのだから、今日を逃せないの。
そのやりとりの時間すら惜しまれる。さっさと中に入れてね、と思う。

今日はあきらめて、石神井や安曇野の「いわさきちひろ美術館」に行くモチベ―ションに変える手もあるけれど、
むむちゃん、ぷうちゃんと、姪っ子ちゃんたちが観たその場所を観たかったのだもの。

高畑勲がプロデュースしたという、ちひろの絵を壁いっぱいに大きく拡大したお部屋と、
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黒柳徹子との交流を描いた映像が良かった。最後まで観たかったけれど、閉館時間でタイムオーバー。

そう言えば、何年か前に「いわさきちひろ」の映画を観たことを思い出した。



*****

あちこちの美術館に足を運び、作品を観ているが、鑑賞の仕方を知っているわけではない。

私にとっての美術館巡りは、「好きなものに出会う旅」だ。
ぜんぜん知らなかったけれど、この作品、好きだ。この絵、好きだ。
その発見が面白かったり、嬉しかったりして、美術館に足を運ぶのが好きになる。

心をつかまれる作品が無ければ、さっさと先へ進む。
知識を溜めることは目的外だけれど、
思わぬエピソードに触れて、ハッとしたり、
あの人とこの人、あのこととこのことが初めてつながったりすることもある。


盛りだくさんで、駆け足だったけれど、気持ちはフクフク豊かになった一日。

by shiho_kato | 2018-09-08 20:18 | 私ノート | Comments(0)

戸隠五社巡り&黒姫山登山

レッド・データ・ガール』が好きすぎて、戸隠へ。

うだるような、外に出ると息が苦しくなるような、具合が悪くなるような、今年の夏。
善光寺あたりは暑かったけれど、戸隠までのぼるとだいぶ涼しい。
標高1300mくらいだそうな。
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戸隠古道を選びながら、五社巡り。
どこを歩いても木陰。
木々の本数がけた外れに多く、保水力があるのか、土や砂利や落ち葉の降り積もる地面でもぬかるみが少ない。
走る格好をしてこなかったことを後悔。
お山の中を気持ちよく走れる道ばかりじゃないか。
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お宿はご夫婦でなさっている民宿。
教員をされていたのを、転身して民宿をはじめられたそう。
そこにどんなドラマがあるのか、根掘り葉掘り聞きたくなるのをぐっとこらえる。

先に先にと、気遣ってくださって、二日目は、
登山口まで送ってくださるばかりか、大きな荷物は預かってくれて、
お山を下りたら迎えに来てくださると。

交通渋滞はなはだしい場所ではあるけれど、車無しでバス頼みは本数が少なく、
ランナーらしく両の足でするには、距離はさておきどこを歩いても坂道ばかり。

ありがたく甘えさせていただいた。

地元のお野菜をなるべく手を加えずにアレンジしたお料理もおいしかった。

夜は神楽が開催される日。なんてついてる。
そして小学生の女の子たちの神楽を二つも見ることができた。
ツイテるなぁ。
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夜空に無数の星がまたたいていて、見えていても見えていなくても、
いつもこれだけの星があるのに、東京に居て見失っているものがたくさんたくさんあるのだろうな、、、と思う。
いつか、東京を離れて暮らせる日が来るといいなぁ。
夥しい情報を振るい落としながら拾い集めながら、その取捨選択に追われる日々ではなくて、
あるものをそのままに発見しつつ生きる時間を、もてたらいいなぁと思う。

冷房要らずの夜だった。


翌日。
『レッドデータガール』的には、戸隠の修験道の山を目指すべきだけれど、
難易度が高いようなので、ここでは無理をしない。

できれば「黒姫童話館」を目指したかったけれど、黒姫山の頂上から童話館のある黒姫高原までの山道は
気をつけ慣れければ迷いがちな道のようなので、そこも無理はしなかった。

シンプルに黒姫山の頂上にのぼり、下りてくるプラン。

山道は、今まで登ったどの山よりも歩きやすかった。
木の根が張っているとうよりも、熊笹の地下茎が張り巡らされているようで、それがほどよく地面を固めていた。
登山者も少なく、渋滞も無い。日差しはほどよく木々がさえぎっていて、暑過ぎることも無い。

身の丈の倍ほどある見上げるような岩をのぼったり、隙間をくぐったりしながら、上へ上へと登る道も楽しかった。
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そして、視界が開けた.

2000メートルを超える頂上。
これまでの登山では富士山に次ぐ高さ。
出発地点の登山口ですでに1300mあたりだったので、自力で登ったのは700m強だけれど、
それでも自らの足でここまで来たからこそ見える景色。

あぁ絶景。
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まだ小学生の低学年か、年長さんくらいかの男の子を二人連れたお母さん。
登ってきた子どもたちもスゴイけれど、子どもたちを連れて登るお母さんがスゴイ。
なだめたり、おだてたり、励ましたりしながら、ここまで登らせてくることができるのがスゴイ。

ぷうちゃんは、どうかしら。
にわかに、この山に登る姿は想像がつかない。
このくらい小さいうちに、お山に慣れていたら違ったかしら。

これから、だ。
また、お山に誘ってみよう。
高尾山の500mを、少し超えるくらいの山に。


下りのルートは気持ちのよいふかふかな道を、障害物も少なくスイスイと下りた。
遠くで雷がなっていたけれど、雨が降り出す前に下りることができた。
登り始めてからちょうど4時間半。

登山口が見えたのと、お宿のご主人の車がお迎えに到着するのと同時。
ピタリの時間につけてくださってありがたい。

戸隠の日帰りの湯「神告げ温泉」まで送っていただいた。
本当に何から何までありがとうございます。


汗を流して、お昼ご飯を食べて、前日に回り切れなかった五社巡りの残り二社を巡って、帰途に着いた。
コンパクトで、きゅきゅっと詰め込んだ、戸隠五社と黒姫登山でした。
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by shiho_kato | 2018-08-13 10:45 | 私ノート | Comments(0)

デジタルの文字、紙の上の文字

福岡伸一さんの記事を読んでほうと、思う。

コンピューターやスマホの画面の文字は、止まっているようでいて実はたえず動いている。電気的な処理でピクセルを高速で明滅させているから、文字や画像はいつも細かく震えている」
(朝日新聞2018年7月27日朝刊)

あぁ、だからなのか。
書かれていることが、パソコンやスマホでは、浮遊して流れて行ってしまうような感覚になるのは。
文字が、文章が、書かれていることが、ピタッと追いついて、地に足がついてる感じがしないのは。

書き直しが効く媒体だからと、私が信用していないからかと思っていたけれど、
そんな「私が思った」とかそういうレベルのことではなく、
実際に文字は止まっていないんだ。

少しばかり安心する。
少しばかり、我が身の身体感覚を信じても良いかと思う。


科学が、力を発揮してくれるのはこんなときだ。


by shiho_kato | 2018-07-27 18:45 | 私ノート | Comments(0)

第7回「東京・学校図書館スタンプラリー」

7回目となる「東京・学校スタンプラリー

毎年、その機会を利用していろいろな図書館を見せていただいている。
今年は、参加校に加えていただき、ラリー先のひとつとしてみなさんをお迎えする側に立った。
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初参加の手探りでもあり、1日限りで、3時間ばかりのとっても短い時間を設定して。


酷暑が続き、当日は図書委員さんの参加が少ない予定で、
暑い日の運営で具合の悪い生徒さんが出ませんように、
それが一番の気がかり。

二番目の気がかりは、誰も来なかったらどうしよう。
校内のコンセンサスを得て、実施にこぎつけるのに骨を折ってくださった先生方にも、
図書委員の生徒たちにも、がっかりされるような少なさだったらどうしよう。

三番目の気がかりは、逆に、思いのほかいっぱい来すぎちゃったらどうしよう。

****

そうして迎えた当日。

29人の方々にいらしていただいた。
3時間で29人。
閑散とする間もなく、込み合い過ぎる時間も無く、とてもとてもちょうど良かった。
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いらしていただいた図書館関係者の半数は、この7年間の間にお知り合いになった司書さんたち。
心もとなくも初参加へのチャレンジを、助けてくださった方々。
「やっと見に来ることができた」と言ってくださった初めていらっしゃる方々ばかりだった。

図書委員さんは、当日は倍の12人が手伝ってくれた。
WGBTの値が高く、部活が早く終わったり、面談の前の時間を使ったりして、
予定に無い時間に来て手伝いに入ってくれた。
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****

スタンプラリーに参加することにどんな意味があるのだろう。

参加している学校のお仲間に加えていただく、お仲間意識(ネットワークの促進とも言うがそれほどカッコよくない)の醸成以外に、図書館を開放することにどんな意味があるのだろう。

私は、どうして、こんなに参加したいと思い続けていたのだろう。


スタンプラリーの実施日が近づくにつれて、少しばかり緊張を高めながら、つらつらと考えた。

辿り着いたのは、人目にさらすことは、背筋を伸ばすこと。

「これが、うちの学校の図書館です」
そう、外部の方に説明しながら、見せたいもの、知らせたいことが絞れてくる。
際立たせたいものはいっそう際立ち、知らせなくていいものはこの機に無くしてしまう。

そういった緊張感が、時に必要なんじゃないのかなって思う。

ほめられることもあれば、力を入れたけれどスルーされることもあれば、
思いがけないことを見出してもらうこともあれば、至らぬことに気づかせてもらうこともある。

停滞や沈滞は、怖い。それに気づけないことが、何より怖いことだから。


実際に開催してみて、気づいた良かったことは、
(特に管理職や運営に携わる)先生方が、外部に見せるにたる図書館かどうかに思い巡らせてくださったこと。
図書委員の生徒さんたちにとっても、クイズやスタンプやしおりを作り、人を迎えることで、「うちの図書館」の気持ちになってくれたこと。
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そして、後から先生に「今日、図書館ではスタンプラリーをやってる」ことを、図書委員さん以外の生徒たちも知っていたことを教えてもらった。彼らにとっても「うちの図書館」という単語で、この場を思い浮かべてくれていたならば嬉しい。

当日の様子①
当日の様子②



本来、実施の意義があり、意義を実現するために計画が発案され、実施に至るのだろうけれど、
私の中では「意義は発見される」ものであり、「発案時からある」ものではない、という逆転現象。
相変わらず、とんちんかんだなーーーと思うけれど、順序はいいや。

有意義だったに違いない実感が、ここにこうしてあるのだから。

by shiho_kato | 2018-07-23 18:22 | 私ノート | Comments(0)

富士山に登った話

富士山に登った。

ほんとに登れるのかな、と、不安が募って、緊張もしていた。

朝6時45分のバスに乗って出発して、
9時50分に五合目について、
10時半から登り始めて、
14時ちょっと前にてっぺんにたどり着いた。
15時半少しすぎにてっぺんから下りはじめて、
17時半くらいに五合目に着いた。

朝から夕方まで、てっぺんも含めてとってもいいお天気で、
山頂は寒いと聞いていたけれど、肌にあたる冷気が気持ちいいくらいだった。

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てっぺんからの景色は、自分の足で登り切った人しか見ることのできない、貴重な貴重な景色。
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富士山、日帰りで登れるんだなー。

どこからでも見ることのできる富士山。
「あのてっぺんに立ったんだ」って、
遠くから眺めてはじめて、けっこうスゴイことだって気づく。

富士山の山道は、易しい。
難しい岩も無いし、すべる傾斜も、でこぼこする木の根も無い。
山小屋がたくさんあり、食料も飲み物もトイレも困ることが無い。

そして、だから、のぼってる間、退屈だった。
1000m級の、木や岩や沢があって、緑に覆われた山道を行くお山のほうが、私は楽しい。

でも、ぷうちゃんが登りたいって言ったら、
胸張って一緒に登ろうよ、って言える。

またひとつ蓄えを増やすことができた。
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by shiho_kato | 2018-07-15 18:42 | 私ノート | Comments(0)

教育実習生の教育実習見学

今年はじめて、教育実習生の支援を試みた。
支援は言い過ぎか。

実習生の控室に行って、本が借りられることやデータベースが使えることをお知らせ。
図書館を案内したりした。

けれど、それは全然支援じゃなかった。
支援じゃなかったけれど、そこで顔を合わせておしゃべりをして、少し親しくなって、どんな授業をする予定になっているかを聞いて、全員の授業をひとつずつ見学させれもらって、参考になりそうな資料を箱に入れて控室に運び「出前図書館」を置いた。

授業を組み立てるときに、こういうものをこう活かしてくれたら、少し助けになるかなー。
生徒の特性としては、こういうアプローチをすると、授業がしやすいかなー。
事前にわかっていたら、こういう資料も用意してあげられたかもしれないなー。

そういう気づきが毎日あって、充実した3週間を過ごさせてもらった。


私の方はそうだったけれど、きっと実習生にとっては、実質的にお役に立てたのは、
教室の場所案内、先生の居場所探し、工作道具の貸し出し、資材の提供、そういうことの方だったろう。

それでいい。
そこができればとってもOKだ。


学校の中の、教えてくれる人ではなくって、助けてくれる人、生徒にとっても先生にとっても、そっちの位置づけの方が、私は好きだ。
と、いうことに、あらためて気づくことができた。

もう一歩踏み込んで、「私は好き」なのか、「学校司書はそういう立ち位置にあるといい」なのか、判別がつかないので、今後、ほかの司書さんたちがどういう立ち方をしているのか、観察してみようと思う。


****

教育実習生の専攻は体育科が多く、体育の実技の授業以外に保健の授業を担当した。
テーマは性について。
教育実習生が思春期の男子生徒に行う授業としてはハードル高いなー・・・と思った。


その中で、ある実習生は、
思春期の身体的な変化のお話にとどまらず、みながどう生まれてきたのか、妊娠の話、不妊の話(年齢や割合)、流産の話(発生の頻度等)を交えて、簡単には生まれない命だという話をした。
加えて、マタニティハラスメントや、マタニティブルーなどの、みなを胎内に宿してる時に母親が直面したであろう危機の話もしてくれた。
出産にかかる費用、子どもを育てるのにかかる費用の話をした。

教科書の中のことじゃなくって、自分が生まれるために通ってきた道のり、自分が生まれたときにかけられた時間やお金、ここまで育つのにかかった費用、これからかかるであろう費用、親が自分にどんなことをしてくれているのか、その覚悟のほどについて思いを馳せる時間になっていた。

お見事。


関心しきり。こういう授業を、むむちゃんやぷうちゃんも受けることができたらいいのに。

この組み立てだったら、性のことを学びながら、デートDVのことや、自尊感情のことや、セクハラのこともあわせて、組み入れることができる。


伝えるのが難しい性の問題は、我が子たちをかえりみても、どう触れていいのか、どう話せばいいのか、戸惑うばかりだけれど、正しい知識を知っているほうが絶対にいいのは確かだ。
アプローチの仕方を考えれば話せるかもしれない、と思わせてくれる授業をありがとうと言いたい。


図書館の蔵書にあるもの、公共図書館からかき集めたもの。
これらに、妊娠とか出産とか子育てに関するものも加えよう。
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by shiho_kato | 2018-06-15 18:02 | 私ノート | Comments(0)

選ぶなら、カナダの教育

『日本の15歳はなぜ学力が高いのか?』を読んでの特記。

中国、シンガポール、フィンランド、カナダ、日本の教育を紹介していた本書。
5つの国の教育の実際、その在り方、それを支える考え方を知って、断然心惹かれたのはカナダの教育だった。

理由は三つ。

・カナダの「絶対評価」を支持するため。
「「試験」とは、他との比較による偏差値ではなく、「子どもたちが、社会が必要だと定めた知識やスキルをきちんと習得したかどうか、またはどの程度習得したかを証明するためのもの」」(p244)という考え方をを支持する。
「成績評価を進路の振り分けに使うのではなく、より良い授業方法や支援の必要な生徒への対応について話し合うのに使う」(p244)考え方を支持する。


・カナダの子どもの「能力」についての考え方を支持するため。
「『君は頭が悪いから、これからもできるようにはならない』ではなく『君は今はまだできていないけれど、それは君に能力がないせいじゃない、まだ準備ができてないだけなんだ』」(p245)という考え方を支持する。
「知能は固定したものではなく、発達するものだということ、子どもによってできるようになる年齢が違うと認識したうえで、才能や能力は人によってい伸びる度合いが違う」(p245)という考え方を支持する。
それゆえ、15歳になるまでは能力別に振り分けることをしないという考え方を支持する。


・その二つの考え方を前提とした上で、高校に入るまで能力別に子どもを分けない考え方を支持する。
「13歳までにそれを分けるのは『君は頭が悪いから、これからもできるようにはならない』と言っていることでそれは虐待になる」という考え方を支持する。
あわせて、仮に、理解度の異なる子どもを分けるときには、「トップクラスの子を別にする」やり方を支持する。下の子、普通の子が、トップクラスの子がいなくなったことで気後れを感じなくなるやり方を支持する。


****

私は学力競争は不要だと思っている。

身に着けるべき学力が、どの程度身についているかを計る学力試験はあっていい。
(この価値観は社会のあり方によって異なるのであろうが)
でも、他者とそれを競う必要は無い。
クイズ王選手権では無いのだから。

偏差値で格付けする教育の在り方って、変なんだな。あらためて思う。

学力を元手にして、「何をする」ようになっていくのかが問題だ。
その、元手になる学力が等しく身につくように組み立てるのが学校教育の第一の役目だろう。

「何をする」かの目的を見失って、元手になる学力だけで競わせるのは間違っているし
「何をする」かを先行させて、元手になる学力を未到達の状態で輪切りにしていくのも間違っている。


子どもたちが自ら立つ段階に達し、「何」かを選び取るときに、それに足りるだけの力を備えさせて送り出す学校教育の在り方を望む。

by shiho_kato | 2018-06-14 18:49 | 私ノート | Comments(0)

お茶大図書館見学会

お仲間の学校司書さんたちと、この四月にリニューアルオープンしたお茶大の図書館見学をした。


お茶大図書館については、何度も書いている。
大学に入学してはじめて図書館に足を運んだ時に、よだれがこぼれそうになった。
ここにある本はすべて、読んでいい本なんだ、ということが嬉しくて。

日々通いつめて、二年目から、カウンターのアルバイトをはじめた。平日の夜二回に土曜日終日。
一週間の時間上限が決まっていたから、その三回だけだっだけど、月曜の茶道部の日以外は毎日でも良かったんだ。

同じカウンターアルバイトの先輩は、国文学科の三木ゼミの先輩だった。
早々に誘われて、三木ゼミに入り、そのまま博士課程までを過ごすことになった。
修士2年のときに、夏期講習で司書の資格を取った。経歴ありの職歴書はお茶大図書館で書いていただいた。
司書になりたかったわけではない。研究者になりたかったのだから。
それでも、より本に近い人(言うなれば、本に愛される人)になれるのであれば、司書という資格はひとつもらっておいてもいいなぁというくらいの気持ちだった。


あれから20年近い歳月が流れ、こうしてここに立つ。
周りには、ホンモノの司書さんたちが居て、一緒に働く同僚となっているんだ。
なんとも不思議な縁である。


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お茶大図書館はステキにリニューアルされていて、かつての↑の頃の面影は無い。
面影が無くて寂しいかというと、ひとかけらも寂しくない。
そして、今のこの図書館であっても、かつての図書館であっても、私が入り浸っていたであろうことに変わりはないだろうと思った。

お茶大図書館でお世話になった、はじめは岩波新書のコーナーだった。
当時、千葉の外房から遠距離通学していたから、通学時間のお供は新書だった。
往復4時間あれば、2、3冊は読める。片っ端から読んだ。このときの貯えに生かされていてると思うことがしばしばある。
岩波新書は難解なものも多々混じっていたから、苦戦して読んだけれど理解が及ばなかったものもあった。
今、新書は当時よりもずっと種類が多く、軽いのから重いのまで、現在いまそこで起きていることの話から古くからずっと積み上げてきた話まで、幅広く展開している。
今だったら、岩波新書に限定せずに、もっと広く多く読むことができるだろう。
その点では、今の学生がうらやましい。

また、図書館ではPCも貸し出ししていた。
奇しくもこうしてブログなどを書いているけれど、ここに書き留めることで、学んだことの保存に変えている。それもこれも、PCのおかげだ。
もしあの当時、今のように筆記具代わりにパソコンを使える環境があったなら、読みながら書き留め、貯めていくという作業ができたのに。
残念ながら、垂れ流すように読み流して、書名・著者名だけの記録しか残していない。
その書き留めたノートも、果たしてどこにあるのやら。

カウンターでレファレンス業務に携わっていたのは、国文学科(現在は日本文学科というのだろうか)の3、4歳下の後輩だった。
懐かしい先生の名前に、学部のころの思い出がわーっと沸いてくる。

私はこの学校も、この図書館も、大好きだった。

****

大学図書館を見学した後に、お茶中の図書館を見せていただき、学食でお昼を食べて、筑附中の図書館に足を運んだ。

お茶中の図書館は、相変わらず生き生きとしていて、空間が生きていた。本が生きていた。
けして広くは無いけれど、隅々まで呼吸している新鮮さがある。


学食では、じっくりお話したかった中山さんを独占するようにして、あれこれとうかがう。
「図書館中心主義」とご自身が自覚し宣言していることを知り、ほっとする。
私は、図書館が大好きではあるけれど「図書館中心主義」ではない。
だから、受けとめ方やアプローチに相違があっていいのだ。
そして、だから、私は司書らしい司書にはなれなくて当然なのだ。

筑附中の図書館は、ちょうどひと月前に訪れたばかり。
踏み入れた第一印象は「明るくなった」こと。
最上段まで積み上げられていた本を取り除いて、最上段、二段目までを明けたことで明かりが下まで届くようになったこと。
乱雑な並びだったものが、分類に沿って整然と並べられ、分類の見出しが見えるように据えられたこと。
この二点で、すっきりした棚になっていた。
やっていることはシンプルなのに、空間に流れる空気が大きく変容していた。
そうか、これが「プロの仕事」なんだ。

今のままであるなら、司書の仕事はAIに早々に引き渡していいんじゃないか、と思ったばかりだけれど、こうした仕事を見ると、そう切って捨てるには早いことが身に染みてわかる。

お茶中と筑附中とを見て、少なくとも学校司書は空間コーディネーターの役割が大きいことがわかる。

これから早々に決めたり動かなくてはならないことを抱えてのひとり職場は、
その決断をひとりでしなくてはならない。
何を優先させ、何を選び、何を手放すか、迷いながら手探りで進めている最中。
話し始めたら、止まらないのは当然だ。

短時間で引き上げるつもりでいたけれど、すっかり長居してしまった。
そして、こういうときのために、附属間の連絡を厚くしてきたのだもの。
それも、実っている、と思っていいだろうか。



by shiho_kato | 2018-06-13 18:47 | 私ノート | Comments(0)