むむちゃんの散歩道

mumugi.exblog.jp
ブログトップ | ログイン

カテゴリ:社会&地域&子どもノート( 527 )

第8回子どもの貧困対策情報交換会『保育料・教育費無償化と子どもの貧困を考える』

なくそう子どもの貧困全国ネットワークの、情報交換会


世話人メンバーが増えて、息がしやすくなった。
これまでだって、たいしたお仕事はしていないし、たいした役割も担ってはいないのだけれど。

いつも似通った方々の報告で、新しみを感じられないことが不満だったけれど、
今回は、聞いて良かったと思える報告だった。

・北海道の子どもの貧困調査の状況
・沖縄の子どもの貧困調査の状況
・保育料無償化から漏れている「保育にかかる対象経費について」
・給食費無償化について


正式には下記のとおり。
・北海道・札幌市 子どもの生活実態調査から:松本 伊智朗さん/北海道大学教授
・沖縄県乳幼児調査から:山野 良一さん/沖縄大学教授
・「保育料無償化と子どもの貧困問題」:丸山 啓史さん/京都教育大学准教授
・「学校給食と子どもの貧困」:鳫 咲子さん/跡見学園女子大学教授

****

松本さんの調査は、これまであれこれ行われてきた調査の中でも、歓迎できるアウトプットができているように思う。
調査の初めに、「できあがった「調査報告書」を調査対象者に配ることができる」を軸にしているからだ。
つまり調査対象者が目にした際に、自分たちが一方的に弱者扱いされていると感じない作り方になっている。
 ★報告書の全文「北海道子どもの生活実態調査結果報告書」

沖縄の調査は、これから精査しないと公平な比較はし難いと感じたけれど、沖縄県内に限った子どもの貧困の状況を把握するには十分なのだろう。
どの地域でも同じかもしれないけれど、父親の長時間労働、母親の非正規労働、母親の不就労、それと保育の不足が、子どもの貧困を生み、かつ子どもの貧困の度合いを深めている。

いずれからも、子どもが保育園に入る前の0歳、1歳あたりで親の孤立が深まることを、指摘され、データを明示された。
ほらね、やっぱりね、皆保育、必要よねってあらためて思う。

****

後半は、実際にご自身が子どもを保育園に通わせている丸山さんが指摘する、保育園の保育料以外にかかる経費についてのお話。
d0134102_16412032.jpg
むむちゃんとぷうちゃんと、本当に本当に保育料が高くって、保育料以外にかかる経費が相当額あって、ひとり親でそれを払い切るのは、本当に本当に大変だった。
認証保育所と言えど、認可外の保育園では所得による保育料計算は行わない。一律の金額だ。
それはズンと重くのしかかっていたけれど、子どもたちの環境の変化をできる限り小さくするために、踏ん張り切った。

そんなことを思い出して、ちょっと泣きたくなる。
おむつ代とかね、写真代とかね、むむちゃんたちの保育園では行事費がべらぼうに掛かっていた。

丸山さんが親同士の交際費をあげていて、それは保育園云々とは切り離した方がいいように思うけれど、上記の北海道や沖縄の報告に照らすと、そこはそんなにあっさりと切り落とせない部分なんだって気づく。
個人的にはお金の負担だけじゃなくって、頻繁な飲み会そのものが苦手だったから、そのおつきあいの時間とエネルギーが負担だった。

認可に行ったら行ったで、むむちゃんたちの保育園では子どもたちで共有していたものを、個別所有にしてそれを用意するためにまたあれこれ経費が必要だったのかもしれないので、比べられない。

いずれにしても、どこに行っても、保育に係る経費は保育料以外も含めてカバーされて初めて「無償化」と言える。授業料無償化で残された課題と流れはおんなじだ。(授業料無償化については、就学援助の制度で一部カバーされている)

****

鴈さんの『給食費未納 子どもの貧困と食生活格差』(光文社新書)を読んで、直接お話を聞いてみたかった。
d0134102_16414950.jpg
「食育」は学習指導要領に書き込まれ、給食は学習の一環に位置づけられている。
食に関する指導の手引き(文部科学省)まえがき
「小中学校の学習指導要領の改訂(平成20年3月27日)において、その総則に学校における食育の推進」が盛り込まれたほか、関連する各教科等での食育に関する記述が充実されました。また、改正学校給食法(平成21年4月1日施行)においても、その第1条(法律の目的)で「学校における食育の推進」を位置付けるとともに、栄養教諭が学校給食を活用した食に関する指導を充実させることにつていも明記されました」

そうであれば、給食費は授業料に含まれて然るべきであるし、同じことは修学旅行にも言える。

給食を強制的に食べさせられる指導を受けていたのは過去の世代のことだろうか。
むむちゃん、ぷうちゃんの学校を見る限りでは、今は居残り給食、強制給食は行われなくなっているように思われる。


鴈さんが、おそらくはそれら強制完食や居残り給食のことを念頭において、言葉やわらかに「楽しく食べることの経験を」と話されていたけれど、
貧困家庭においては、楽しくか否かの問題にまで引き上げられない。

金銭的な問題ばかりでなく、貧困家庭において「お弁当を作る」ということそのものが相当に困難なことだ。
病を患っていたり、いくつもの仕事を掛け持ち時間的な余裕や体力的な余裕が少しも無い家庭にとって、お弁当作りの有無は文字通り死活問題だったりする。


****
お話を聞けば、知れること学べること、そして自ら考えることが次々と出てくる。
学びの場に足を運び、身をおくことは大事なことだなぁ、と、あらためて。

スケジュールを組む際に、活動の時間、学びの時間は優先順位を落としている。
今の私の生活を健全に組み立てようと思ったら、ほどほどにゆとりあるこころとからだを維持しながら、子どもたちに接することが必要だ。ほどほどのゆとりは、スケジュール時間に2割くらいの空きを作る必要がある。
ぷうちゃんとの時間(学校公開や卓球)、むむちゃんとの時間(専らかるたのお迎えと大会)、PTAのお役目(小学校と中学校)、そして地域のかるた会、私自身のかるたとランニング。
それだけ入れれば、もう8割すら超えていく。

今日は、私自身のかるたと、PTAのお役目(中学校)を、子どもの貧困にあてた。
せっかくあてるのあれば、その時間、集中して学び集中して考えなくては勿体ない。
週末の疲れ気味の時間にムチ打って、終わったころにはぐったり。
勉強になっても、ぐったりしてるようじゃダメだよな、と思う。

****

いろんなお話があったけれど、今日いちばん良かったのは、だんだんの近藤こんちゃんとお話できたこと。

子どもの貧困だってなんだって、子どもの問題へのアプローチは多々あるけれど、
一つが大きな網を広げるよりも、細い糸の小さい網が多数ある方がいい。
その方が、トータルでは目がつまった網ができ、拾える可能性も広がるから。

だんだんの子ども食堂は全国的に知られる場となったけれど、こんちゃんの意識がそこにあるのがうれしかった。

だんだんの子ども食堂も、みやPに渡したよりみちのいえも、私のまごめかるた会も、小さな網。

目黒の5歳の女の子には何もしてあげられない。
地下鉄で遭遇する、荒い声を上げ子どもを叱るお母さんにも、何もしてあげられない。

せめても、かるた会に来た子どもたちには、「やりたいことができる」喜びとワクワクと(願わくは安心してその場を過ごせる)時間を提供できますように。


by shiho_kato | 2018-06-16 18:24 | 社会&地域&子どもノート | Comments(0)

特別展「堀越保二 野鳥と自然をみつめて」@大田区郷土博物館1/7~3/4

大田区郷土博物館で、「堀越保二展」が始まった。

堀越保二さんは、地元の親友のお父さんで、日本画家。

年賀状の魚拓を模した作品が精密であること、自宅で天井まで届くキャンバスを無造作に壁に立てかけてあること、合鴨をつかってお米を作ることを試みていること、野鳥が好きなこと、は、知っていても、作品をまじまじと観たことは無い。

ほど近い場所で特別展を催すというのだから、行かないわけがない。
d0134102_16534219.jpg
鋭くとがった「おじさん」の作品は、あたたかく繊細でやわらかい美しさ。
雪が似合う作風だった。

そうなんだ、こんな世界を生み出していたんだ。
もっと尖った、近寄りがたい絵を想像していただけに、拍子抜け。
d0134102_16533914.jpg

「上手に書けるようになるにはどうしたらいいですか?」
と訊ねた子どもへの回答が、丁寧で生真面目でごまかしがなくて、
おじさんは、こういう人だったんだ、と思ったら、なんだかホッとした。

会期中に必ず、むむちゃんやぷうちゃんを連れて行こう。



by shiho_kato | 2018-01-11 16:42 | 社会&地域&子どもノート | Comments(0)

望月衣朔子『新聞記者』

報道はダメだな。
と、思うことが増えた。


情報を自分自身であれこれをつなぎ合わせて解釈する力をしっかりと持てないと、ダメ。
テレビのニュースも、新聞も、あくまで情報を得るための箱でしかない。

メディアは、深めることも、掘り下げることも、無い。
論説は刹那的で、その解釈は、不安定な揺らぎゆえに当てにならない。

森本学園のこととか、加計学園のこととか、
ほんとだったら、しっかり決着を導き出すまで追い込める報道機関でなければ。
そうじゃなければ、権力を民間側から監視する役割を担えないじゃないか。って思うんだ。


あやふやな情報や、それまずいだろう政権決定をする時に別の情報をかぶせて消え去らせてしまったり。

メディアと権力が結託していると、ロクなことがないってことを、
この1、2年、ものすごく学んでいる。

市民サイドの発信も、その思考のありどころを把握するのには、一定期間、定点観察する必要がある。
信頼できる人だと思っていても、時にあれっと考え方が変化する人も居る。

フィルターをかけるところから自分でしなくてはならない時代。
大きなメディアだけでなく、小さなメディアにも、私たちは直接触れる機会が与えられている。
自由度は増したのかもしれない。
その一方、チャンネルが多いことにもたれて、発信する側が自らに課す厳しさを緩めているようにも思える。

もし情報に振り回されたとしたら、
受けとめる側が、悪いんだ。自己責任だ。って言われちゃいそうな気がする。

納豆がいいと聞けば納豆を買い、もやしがいいと聞けばもやしを買うのは、
即、情報を鵜呑みに右往左往する視聴者が悪いんだよね、って、発信する側も町の人々も、ちょっとエライ人たちも思っているんじゃないのかな。


そんなことを思いながら読んだ。
望月さんの、個人として気になってしまったことを、記者として真摯に追いかけようとする姿勢は、記者レベルでは立派な方に入るのだろう。

取材で問いきれない、追い込みきれない、伝えきれない、書ききれない、もどかしさや口惜しさも伝わる。
それを超えて行け、と思う。
所属する組織に振り回されずに、組織を振り回して行け、と思う。


by shiho_kato | 2017-12-30 12:37 | 社会&地域&子どもノート | Comments(0)

地毛証明に、地毛黒染めの、ウソ

髪を染めない人の方が、パーマをかけない人の方が、
品行方正で、より仕事ができて、より社会に貢献する意識が高く、
人に支持されすリーダーシップがあり、信頼に足る人間である。

と、おとなを評する人が居たら、その人の視野の偏りに驚き、議論に値しないと一蹴するだろう。
と、子どもを評する人が居ても、賛否両論で世論は二分される。

二分だぜ。
それを支持する人が相当数いることにびっくりだ。

ましてや、もともと茶色で、それをわざわざ黒くせよとは。
黒い頭の生徒であれば、成績優秀に育てることができるのだ。
と、教育者側が思っているのであれば、

入試まで半年を切る10月頃に勤務校に来ていただきたい。
7割近くが東大に進む生徒たちの頭の色は、
ピンク、緑、青、紫、シルバー、色とりどりだ。


彼らの上履きときたら、原色の白色はもちろんのこと、破れ剥げ、原型を留めていないものすらある。

姿が学力といかに関係無いか。
目の当たりにする毎日だ。

外面に侵食されない内面を持ち得ることが、何十年にも渡り日々証明され続けている。

むしろ、「外面に侵食されない内面を持ちうるために」どのような指導がなされているのかを学ぶことが、学力のアップにつながるかもしれないね。


いや、「地毛証明」も「地毛黒染め」も、個々人の学力アップなんて問題になっていないんだ。
問題になっているのは、学校の体面なのか。
なるほどなるほど、おとなの事情のエゴに、生徒をつきあわせているってことか。

by shiho_kato | 2017-11-06 11:58 | 社会&地域&子どもノート | Comments(0)

地域の防災訓練

朝から小学校で地域の防災訓練。

町会の方たち、消防団の方たちが仕切ってくださって。

昨年も今年も、PTAの係としての参加。
昨年参加してみて、どんな人たちが災害時に中心となるのか知っておくことにメリットを感じたから。
勤務中に発災し避難を要する災害だった場合には、むむちゃんぷうちゃんは避難所で過ごすことになる。

私が子どもたちのもとへ駆けつけられるのは、勤務先がある程度落ち着いてからで、それには相応の時間がかかるであろうから、その間をお任せする地域の大人の人たちを知っておくことで、より具体的に何がどうなるか何をどうするかシミュレーションできる。
そのことが、私にとっての安心材料になるはずなんだ。

昨年は、割り当てられた係(日程的に選んだわけで内容ではなかった)として、
今年は、そんな意識でもって、参加した防災訓練。
d0134102_12094665.jpg

地域の担い手の高齢化をまざまざと目にすることになった。
(もちろんその前を知らないので、「高齢「化」」なのか、そもそも高齢の方々の活躍する場なのか、正確にはわからない)

段取り、指示、動きのキレ、どれをとってもお手伝いして差し上げなくては・・・という気持ちになる。

この日はおそらく100人に満たない参加者だったけれど、実際は軽くこの10倍を超えることになろう。
そのときに、避難してきた人たちはこの方々のリーダーシップに従って動けるのだろうか?即時の判断・即時の対応はできるだろうか?
あれこれと、不安が募る。

実際に発災したとなれば、もっと多くの、たとえば学校のPTAの中でもみなが知っていてリーダーシップを取れる方たちなんかが、中心となるのかもしれないなー。


地域のリアル(一側面ではあるけれど)を、目の当たりにすることができて良かった。
不安を伴いながらも「そのとき」への覚悟だけは、またほんの少しギュっと決まる。

by shiho_kato | 2017-08-19 18:11 | 社会&地域&子どもノート | Comments(0)

ひまわりの咲く11月@川崎少年事件

はじめて、そこを訪れた。

どこなのか、探し当てるのに苦心した。

ひまわりが一本。
すっくと立って咲いている。

この季節に。
d0134102_17550492.jpeg
風が冷たく吹きつけて、雨粒もぱらり降り始めた。

ひまわりの色が、そこだけあたたかに照らしていた。





朝、子どもたちが家を出たのを確認して鍵を閉めるとき。
夕方、一分でも地下鉄一本分でもはやくと家路を急ぐとき。
子どもたちよりも早く出て、夜帰ってきて朝食の洗い物が台所につまれ、
敷きっぱなしのままの布団を目にするとき。
夜7時からの会議に欠席連絡のメールを送るとき。
学校に持っていくものをプリントで知ったとき。
それらを期限までに持ち物が準備できたとき、間に合わないとき。
安心してゲラゲラと笑いころげ、だらだらとゴロゴロと過ごしている子どもたちを目の端に見ながら夕食の支度をしているとき。

あなたと、あなたのお母さんのことを思い起こします。



気づかない母にならないように、
見過ごしてしまう母にならないように、
ちょっとしたことを言い出せない母にならないように。
長く家をあけてしまう母にならないように。
夜遅い帰りにならないように。
会話する余裕を残して食卓に向かえるように。

外で何か役割を果たさねばならない気持ち、いま学びたい気持ち、いま出会いたい外に向かっていく気持ちと、それらからすっと身をかわして家の中の淡々とした日常をキープし続けていく気持ちと、
揺れ動き、葛藤しながら出かけては悔やみ、出かけなくては悔やみ、落ち着き悪く過ごしてきたこの数年間。
2月以降、私の心は固まりました。

出かけない。
子どもたちが、子どもとして居る時間はそう長くはない。
今日は、明日は、常に一度きり。
この今を、丁寧に、これまでよりいっそう丁寧に、
落ち着いて送れる日々にすること以上に、いますべきことはない。
自分自身のことでも悔いにはいくらでも苛まれよう。
でも、子どもたちのことだけは後悔を残したくない。

そう、心に決めました。




他でもないあなたたち家族は
そんな風に私たちを守ってくれています。
by shiho_kato | 2015-11-23 13:51 | 社会&地域&子どもノート | Comments(0)

よりみちコロッケ

家に帰ると、ぷうちゃん、むむちゃんが待ち構えていて

「今日、コロッケ作りたーい!」

今日は「よりみち」でじゃがいもを掘ったそうな。
d0134102_19445839.jpg

よし。
コロッケ作ろうか。

じゃがいもの皮を剥いて茹でて
d0134102_19443262.jpg

ぷうちゃんはつぶし役。
むむちゃんはキャベツの千切り。
d0134102_19465027.jpg

丸めて、粉はむむちゃん、卵はぷうちゃん。
d0134102_19483141.jpg

できあがり!
d0134102_19492400.jpg

プランター菜園のトマトも収穫。
d0134102_19564424.jpg

美味しくいただきました(*^^*)
d0134102_19504255.jpg


自分で収穫したものを
自分で作って、食べる。

育てたり、収穫する機会があり、
イチから調理する体力と時間があり作り方がわかる。
そして気持ちにゆとりがある。


なんて、贅沢なこと。



ささやかな日常が豊かな夕べになりました。
「よりみち」に感謝。

採ったものを作って食べたい!
子どもたちの気持ちを育ててくれた環境に感謝。

by shiho_kato | 2015-06-24 19:40 | 社会&地域&子どもノート | Comments(0)

くさっぱらまつり

30分しかのぞけなかったけれど、
みな、楽しそうだった。
d0134102_197107.jpg



準備も、おまつりそのものも、打ち上げまで、まるごと楽しめる仲間たち。
信じていれば大丈夫。
d0134102_1992625.jpg


何もできない自分をせめる必要なんてないんだわ。
d0134102_1981627.jpg


知っている顔にもたくさん会えた。
30分だったけれど、出掛けて良かったです。
by shiho_kato | 2014-11-15 19:06 | 社会&地域&子どもノート | Comments(0)

おとなり力 ーー長く静かに見守るおとな力

お引越しをすることになった。

不動産屋さんより先に、お世話になった大家さんへお伝えに行く。

ーあらあら~、残念だけど、新しい生活に進めるのはうれしいわ。
長く居てくれてありがとう~。

から、はじまり。

まだ赤ちゃんのぷうちゃんを抱えての母子3人暮らし。
自転車の前と後ろに子どもたちを携えての保育園への送り迎え。
仕事をしながらの生活。
体調も精神的にも思わしくなかった時期。
それらをすべて、案じながら見守っていたことをお話してくださった。

子どもたち、立派にこんなに大きくなって。
本当にエラかったわね。よくがんばったわね。

ポカポカっと胸が暖かくなった。
ずっとずっと見守っていてくれたその眼差しのなかで、苦しい時間を超えてこられたんだ、
人は、気づかぬ誰かの思いに支えられ、生きていることをあらためて、知った。


大家さんは、こんなことも言った。

元のパパさんはがんばっているけれど、週末子どもたちを連れて行ってしまい、
週末あなたがひとりで過ごすのは、寂しいでしょうね、と思っていたのよ。

平日のバタバタした慌ただしい中で過ごす子どもとの時間と、
週末のお休みのゆっくりした時間の中で過ごす子どもとの時間とは、
また、ちがうでしょ。
のんびりと子どもと過ごせる時間だって、味わいたいわよね。


ポカポカ温まった胸の中の片隅の塊が溶けて、ポロリ。


平日の5日間、寝る時間を除いた子どもとの時間の合計は、
週末のお休みの、寝る時間を除いた子どもとの時間の合計の、
半分にも満たない。

その悲しさは、封じ込めてきた。
子どもたちと父親がよりよい関係を継続して構築していけることが、
何にもまして最優先されるべきだから。

多くの人が言う。
彼はがんばっていると。

そりゃそうだろう、がんばっている姿を他者が見られるのは週末の集団の中でだもの。

フルタイムの仕事を持ちながら、
平日の日々を安定して生活できるようにまわしていくがんばりが見えにくいのは、
ひとり親に限らず、どの親も一緒。どの母親も一緒。

でも、その母たちも言う、
彼はがんばってる、と。


大家さんが異なる目で見守っていてくれたから、
ここに住み続けることができたんだ。
ここから、新たなスタートを切り、職を得、職を変え、
疲れ果てたり、復活したり、じたばたしたり、観念したり。
下手な生き方にチャレンジし続けていけたんだ、とあらためて思う。

大きな選択をしてから後の私を、
今の、今までの私を肯定された気持ちが広がって、
涙がとてもあたたかだった。


特別な人にならなくていい、
静かなあたたかさを持って、
公平性とか、目的性とか、そういうのを抜きで、
目の前のひとりの人のがんばりや悲しみや歓びを、
そっと見守り続けられるおとなになれるだろうか。
by shiho_kato | 2014-10-31 22:06 | 社会&地域&子どもノート | Comments(0)

夢を描ける平和を願う。 -非戦憲法崩壊の恐ろしさに脅かされながら

憲法9条の改正(改悪?)はハードルが高いと判断した
ソーリは、解釈を変えるという暴挙に出た。

閣議決定という、密室でのセコイ、省エネなやり口で、
集団的自衛権の行使を可とする解釈変更を成し遂げた。

閣議決定したその日の報道で、「徴兵制」もありうるかも、、、
みたいな煽り方をした番組もあったようですが。

私が懸念するひとつめは、
この解釈変更時には世論が盛り上がたっというか、
マスコミが盛り上がってくれたわけだけれど、
いつの間にか気づかぬうちに、「集団的自衛権」が行使されてしまこと。

だってね、恥ずかしながらだけど、いつの間にかこの国は、
武器を輸出することが許される国になってしまっていたのだもの。
陸上兵器の国際展示会に日本がブースを出展したという記事を見てびっくり(6月17日)。
「三菱重工業や川崎重工業など13社が出展した。装甲車の模型や地雷探知機など」
って。。。。
非戦の国では無くなっていたんだ既に。
その二週間後に、この集団的自衛権の拡大解釈。

私よりずっと鋭敏に、この問題を追いかけている人たちが山ほど居るに違いないのに、
これらは、ほとんど「いつの間に?」か、実行に移されている。
民主主義の枠組みの中に、絶対的ブレーキは用意されていない。


この流れでは、私たちのその国への思いを問わず、
その国を傷つける行為を、政府が勝手に行ってしまう可能性がぐわんと大きくなった。
私たちが気づかぬ内に隣人、隣国、友人たちの国を攻撃している可能性があるんだ。




私が懸念するふたつめは、
仮に徴兵制とか、馬鹿げたことが行われることになったときのこと。
その時には、さっさと国籍を捨て、日本を離れさえすればいい。
徴兵拒否をすればいい。おかしな忠誠心とか、くだらない国への愛国心など、
発揮すべきではない。

しかし、他国へ逃れることのできない人たち、愛国心などなくとも、
生活のお金に困っている人たちが、追い詰められた選択として、
戦力の一部に身を投じることだってあるんだ。

いや、すでに、現在の自衛隊に入隊する人たちの中には
安定した給与を得られる(非正規雇用ではない)仕事として選ぶ人が少なくない。
まさに、堤未果が『貧困大国アメリカ』で書いている軍隊に加入する人たちは
生活するための、学ぶための、お金を必要としている人たちだ。


今の時代の戦争は、矢もて、刀もて、銃もて、ではない。
ボタンをひとつふたつ押すだけの闘いだ。
原爆投下の際のアメリカ兵たちの証言を聞けばわかる。
あの時代からすでに、ボタンひとつ。

我が身が傷まないのであれば、安全な場所で、
ボタンをひとつ押すだけであれば、別にいいんじゃない、くらいで、
戦争に参加してしまうことを、恐れる。


後になって気づく。そのボタンの押した向こうで死んでいった人たちのことを。
後になって見知ることになる。その死んでいった人たちの姿を。
イラク戦争から帰還したアメリカ兵の3~4割近くがPTSDを患うことになっている事実。
うかうかと、安易な指先で、多くの人を殺してしまった責めは、心を患わせる。
その責めからは、一生逃れることはできない。
その病いは、社会生活を淡々と送ることを阻害する。


今こそ、アメリカに学ぶべきだ。
貧困や暴力が大きく社会をおおう社会の悲惨な結末を。

アメリカが軍事協力によって日本を守る?
貧困ビジネス化した軍事ビジネスを生み出し、
心病む兵士たちを次々と作り出している国が?
心病む兵士を、自国の兵ではなく、他国の兵に転換させようとすらしかねない国じゃないか。



今年の七夕は、平和平和平和平和、ただただそれを願う。
平和ボケの世代です。
だから、ぼんやりしていられる幸せを知っている。
その幸せがあり続けることを願う。
今の泡立つ気持ちが、一過性の泡立ちであり、
総じて、多少ぼんやりしていても、脅かされることの無いまま生き続けられることを願う。
by shiho_kato | 2014-07-06 21:40 | 社会&地域&子どもノート | Comments(0)