むむちゃんの散歩道

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大学生活協同組合連合調査「第53回学生生活実態調査」

大学生が本を読まなくなった?

2月26日の大学生活協同組合連合調査「第53回学生生活実態調査」の発表を受けて、
「大学生の読書時間0分が半数を超える」というような見出しのニュースをあちこちで見かけた。

ひとつ記事の例をあげると次のような内容。
・・・・
大学生、読書時間ゼロが過半数 「読む」層は時間延びる
1日の読書時間が「ゼロ」の大学生が2017年、初めて5割を超えたことが26日、全国大学生協連合会の調査で分かった。一方、「読書をする」という大学生の平均読書時間は1日あたり51・1分で前年より2・5分延びており、「二極化」が進んでいるようだ。(略)同連合会は「大学生になって本を読むかどうかは、高校生までの読書習慣で決まっているのではないか」と分析している。(杉原里美)
(朝日新聞デジタル 2018年02月26日 23時51分)
・・・・

この実態調査の末に「参考」として
浜島幸司さんの「大学生の読書時間減少の要因を探る 学生生活実態調査(2013-2017)データから(抜粋)」という資料がついている(何の抜粋かがよくわからない。こちらを全文読みたい)。

その参考の内容では、
・スマホ利用時間が増えたから、読書時間が減ったという単純な構図は無いようだ。
・一日の読書0分の層が拡大して、全体の読書時間の平均を引き下げている。
・浜島教授は読書0分の層を、「読書習慣の無い」学生と位置付けている。
その結果「スマホ利用が読書を減少させたという説は支持されない。むしろ、最近の大学生の高校までの読書習慣が全体的に下がっていることの影響が大きい。」と結論づけているようです。


ふむふむ。

ところで、この調査全体の構成は次のとおり。
1章が「学生の生活状況」
2章が「就職について」
3章が「日常生活について」

それぞれの章の調査結果の概要は下記のとおり。
1章「学生の生活状況」
アルバイト収入増で暮らし向きは楽観傾向。貯金の目的も多岐に
貸与型奨学金の受給率は減少だが、受給金額は増加


2章「就職について」
「内定している」は最高値であっても、「就職ができるか」の不安は引き続き存在
働き方に対するイメージの確立は女子が先行


3章「日常生活について」

勉強時間、読書時間が減少
政治への関心は高く、8割がネットや新聞でニュースを収集




その調査結果と概要とを見比べながら、私自身が拾ったポイント。

◎アルバイトをする学生が増えていて、アルバイトしている学生としていない学生では、している学生の方が勉強時間も読書時間も短い。

◎奨学金をもらっている学生の総数は減っている。
◎奨学金をもらいながらアルバイトをしている学生は、奨学金をもらわずにアルバイトをしている学生よりも、勉強時間が長い。

◎働きやすい職場について、女子は有給や勤務時間が柔軟であることへの関心が男子よりも高い。


シンプルにこれらを読みながら、先の浜島先生の「参考」と重ねて考えると、
・アルバイトに時間をとられて勉強時間、読書時間が減少傾向にある。
・奨学金を借りて進学している学生は、アルバイトもしながら、無い時間を勉強に振り当てようとしている。奨学金の需給条件に成績があることも一つだし、奨学金まで借りて進学してきたのだからという理由もあるだろうか。
・スマホによる読書の阻害は無いがが、労働時間による読書の阻害はある?
・スマホによりニュース等を収集する習慣はついてきている。
・就職先に求める条件から、女子学生は「時間」を大事と思う傾向が強まっている。


大学生に限らず、小学生、中学生、高校生、成人の読書調査もあることだから、
それぞれ比較してみたら、習慣の問題なのかどうかわかるかも。

私は、いちばんは時間だと思っている。
なんの役にも立たないことに費やせる「時間」が減ってしまってるから、本に手が伸びないんじゃないかなー。
情報が欲しいのであれば、ネットが早い。

後先のことを案じずに、ゆっくり考えたり、どっぷりのめりこんだりするのに向いてる「本」は、
ついうっかり手を出すと、たっぷり時間を食ってしまうから、
(読みなれていない人ならなおのこと。没頭できる人であればなおのこと)
そういう「遊びの時間」が不足していることが、読書時間や読書量を減らしてる気がしている。

by shiho_kato | 2018-02-28 16:50 | 読書ノート | Comments(0)

三浦しをん「夢中」ということ@日経新聞2018/1/21

日経新聞2018年1月21日の朝刊に掲載された、
三浦しをんの「夢中論」はいい。

全文を紹介したいくらいだけれど、著作権的に、いくら引用元を示していてもNGだと思われるのでしぶしぶ抜粋。

「読書って、知らなかった世界を知ることができるし、楽しいものだなあ。人々のそういう思いが、本および読書の地位を徐々に高めたのではなかろうか。しかし現在、知らない世界への扉を開いてくれたり、楽しい時間をもたらしてくれたりするものは、本だけに限らない。むしろスマホのほうが有効な局面も多々ある。多くのひとが、本よりもスマホに夢中になるのは、当然のことだ。」(日経新聞2018年1月21日朝刊32ページ)

◎スマホについての私見
スマホのおかげで、「調べる」ことのハードルは低くなった。紙の広辞苑よりも、ポケットサイズの電子辞書よりも、スマホの方が有能だ。(ただし、要らぬ情報に振り回されず、情報の真偽を見る目は整えておく必要がある)
固定されたテレビや、紙の新聞を媒介にして伝わっていたニュース等、社会の動きみたいなものも、スマホ普及後の方がはるかに触れやすくなっている。
スマホというマシン越しに、活字によって情報が私たちにリーチする度合いも、かつてよりも上がっているので無いかな、と思う。

◎読書についての私見
もし働かなくても食べていけるのであれば、いま仕事をしいている時間の半分は読み書きの時間にあてたいくらい読書のヒトだ。だけれど、読書がだれにとっても至上最高のものだとは思っていないし、誰にとっても必要なものだとは思っていない。
学習や教育(の周辺を含む)に携わる人たちには、「読み」も「書き」もしっかりして欲しい。何かを学ぶとか、何かを育むとか、何かを教えるとかいうときに、それまでの蓄積を整理して伝えているのは本だと思う。それをそれなりに踏まえて、子どもたち若者たちに向き合って欲しいから。

でも、そういう役目を負わない人たちには、本を好きでいてくれれば嬉しいな。という程度。

本であってもなくても、何か「これがぜったいに好きで必要」というものは持っていて欲しいって思う。
その理由も、この記事の三浦しをんの締めの言葉を借りよう。

「夢中になる対象がなんであってもいいんじゃないかと、個人的には思う。夢中になることを通し、ひとは新しい世界を知ったり、そこで得た「よきこと」を周囲に還元したりしてきたのではないか、という気がするからだ。本でもスマホでもスポーツでもドングリでも、自分にとってしっくりくる「夢中になれるもの」を、自由に選べる世の中であること。それがなにより一番大事なことだ。」(日経新聞2018年1月21日朝刊32ページ)


やっぱり、全文、読んで欲しいなぁ。
「読書の価値」があがったのかどうか、二宮尊徳の薪を読みながら本を読む姿は今の歩きスマホとは違うのか、そういうことも書いてくれている。

三浦しをんが、読書家であり、文筆家であり、調べ屋であり、その上で書いたこの文章のチカラの抜き具合の絶妙さは、引用では示すことができなくて残念だ。

https://www.nikkei.com/article/DGKKZO25894690Z10C18A1BC8000/


by shiho_kato | 2018-02-27 22:39 | 読書ノート | Comments(0)

あれから3年。川崎少年事件

彼が亡くなってから3年目を迎える2月20日の前に多摩川河川敷を訪ねた。

いつ訪れても新しいお花が供えられている。
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「ありがとう」
ちいさなキャラメルをひとつ置いて、手を合わせた。

彼のおかげで、私は自分が何を大事にするべきか、キッパリと分かった。
子どもたちの母であること、子どもたちと一緒に生きていくこと、
その幸せを超えるものは無い。
そのために、生きよう。私の覚悟を決めてくれた。

安心して食べることができ、安心して眠ることができ、安心して朝を迎え、安心して夜を終える。
その時間を、その空間を、ただ、しっかりと維持するんだ。
それが私の唯一の使命。


おかげで、私は、いま、幸せだ。

その覚悟を基準にして、スッパリと諦めたもの、切り捨てたものがある。
いま、それがなんだったのかすら忘れてしまうほど、いまに、満足している。

彼のおかげで、わが家の平和と幸せは守られている。


富士山のくっきりと見える空の澄んだ日だった。
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******


河川敷で手を合わせた日の午後、父と母がわが家を訪れた。

池上梅園を訪れ梅林を眺め、
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池上本門寺で健康を願った。
本門寺の階段には早咲きの桜が一本、満開を迎えていた。
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花びら舞い落ちる桜を見上げながら、この43年を、育ててくれた父と母とに、そっと感謝する。

順調では無い凸凹だらけの人生で、心配をかけてばかりで。
今もって、何があっても父と母が居るから大丈夫と思えることを、心の最後の砦にしている。

でも、それでいいと思おう。


むむちゃんと、ぷうちゃんが、今の私の年齢になったときに、どうか、安らかな気持ちで穏やかな気持ちで、共に歩くことができますように。

むむちゃん、ぷうちゃんが、私の年になったときに、ママが居るから大丈夫と思ってもらえるとしたら、それを私は誇るだろう。




by shiho_kato | 2018-02-21 11:43 | ありがとノート | Comments(0)

佐山和夫『金栗四三-消えたオリンピック走者』

「金栗四三」
たまたま何かの番組で、オリンピックのフルマラソンで、50数年をかけてゴールしたというシーンを目にして、興味惹かれた。
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金栗四三は、日本人初のオリンピック参加者である。
1912年に行われた第4回オリンピック・ストックホルム大会のフルマラソンのレースの途中で失踪し、競技場に戻らずに宿舎へ帰り、日本に帰国してしまったため、棄権確認やら何やらがなされないまま、「消えたオリンピック走者」となっていたそうな。


金栗四三を取り巻くメインストーリーはそれなのだけれど、
この本を読むと、それ以上に日本のスポーツ界に貢献した人だということがわかる。

全国各地を飛び回って、子どもたちも女性たちも、生涯、スポーツと共に健康でいようということを唱え、教え、実践して回っている。

ランナーを増やすために駅伝を開発?し、「箱根駅伝」の開催をはじめたのも、「福岡国際マラソン」をはじめたのも彼であり、1964年の東京オリンピックの開催にも大きく関わっている。
ちょっと偉大なヒトっぽいけれど、彼が教員をすることになったお茶女(当時の東京女高師)で、女子テニス部を創設したりとかいうエピソードを聞くと、なんだかぐっと身近に感じられる。
走るだけではなく、スポーツはなんでもありだったそうだ。


いま、むむちゃんの送り迎えで毎週出かけるかるた会館のある大塚近辺が、それらの取り組みの舞台になっている。
大河ドラマでは、今から100年前のそのあたりを見ることができるのかと思うと、ちょっと楽しみだ。

ちなみに、学校教育でもマラソンに取り組むようお願いした手紙を、全国各地の学校に送り、足を運んで、健康と体力作りに良いことを説いてまわったそうだ。
現在の体育の中で行われる「持久走」がその成果だとしたら、子どもたちには恨まれるべき所業だろうなぁ。

でも、お国を守るとか、国体強化のための、運動ではなく、体力とか健康とかを目的とした「体育」の価値の転換をしてくれたことには感謝してもいいかもしれない。

それを実践しつづけて、92歳で亡くなる直前まで、学生や子どもたちとランニングを楽しんだそうだ。

来年、宮藤官九郎の脚本でNHKの日曜日の大河ドラマとなる。今からとっても楽しみだ。




by shiho_kato | 2018-02-15 18:53 | 読書ノート | Comments(0)

今年のバレンタインデー

むむちゃんは雪ころクッキーのココアバージョン。
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私はチョコレートケーキ。
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そしてあーちゃんから、リンゴとカボチャが届いた!
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ぷうちゃんが一緒に作りたいと言う。
残念ながら私のケーキは既に焼いている最中。
むむちゃんの雪ころクッキーを一緒に丸めた。
二人して楽しそうだ。
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オーブンレンジが新しくて大きいことが、作る安心をドンと支えてくれる。道具にストレスが無いって大事だなぁ。


美味しいバレンタインデー。
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by shiho_kato | 2018-02-14 20:48 | むむちゃんとぷうちゃん | Comments(0)

平日のお休みの豊かさ -特別展「仁和寺と御室派のみほとけ」@東京国立博物館

年に数回の平日休み。

朝イチで病院に行き、健診の再検査の結果を聞きにいく。
結果は、ひき続いての経過観察。
この次は、半年後ではなく一年後でもいいと言われたので、ホッとした。

気分よく皇居へ。
ランナーの聖地?皇居は、平日の真昼間くらいしか、自由に走ることができない。
3月の板橋シティマラソン前の30K。5㎞をテクテク6周する。

しっかり走った後は上野の東京国立博物館で開催されている「仁和寺と御室派のみほとけ」展
へ。
平日の午後だからか、混雑することなく入ることができた。
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上野は一度足を運ぶと、さまざまな企画展・特別展情報が手に入り、行こうという気になる。昨年末、会期終了まじかの北斎展から、縁づいている。

宇多天皇建立の仁和寺には、皇室ゆかりの貴重な御宝が保管されてきたそうな。

前半は、それら仁和寺に保管されているお宝たちの展示。
平家物語ゆかりの高倉天皇(壇ノ浦に沈んだ安徳天皇の父)の宸筆は、残念ながら前半の会期中のみで展示が終わっていて見ることができなかったけれど、その近辺の人たちのことを思い出しながら、フロアを回った。

久々に観た「両界曼荼羅」は、図柄がかわいらしくも格好よくも見えて、
当時曼荼羅模様に夢中だった友人たちが何人も思い起こされた。
今なら、彼女たちの熱っぽい曼荼羅への熱弁も聞けるだろうな。



後半は、仁和寺御室派(真言宗の一派で、仁和寺を総本山として全国790余りの寺からなる派だそうな)の各地で秘仏とされてきたご本尊たちが立ち並んでいた。

第2展示室に移ると、唯一写真可のフロアが用意されていた。
一般非公開の仁和寺の観音堂の再現だそうな。
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風神と雷神が居た。
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いま、原田マハが河北新報に「風神雷神」という小説を連載している。これの仕上がりが待ち遠しい。
昨年夏に、京都国立博物館の120周年特別展の開催に合わせて、柳広司が『風神雷神 風の章』『風神雷神 雷の章』を書いたようで、そちらを先に読む手もあるか。

真言密教では、健康を願ったり、成功を願ったりするために、修法を行うのだけれど、そのために十三仏の仏画を掛ける。たとえば不動明王像だったり、釈迦如来像だったり、弥勒菩薩像だったり。その仏画が、意外にもユーモラスのことに気づいた。

観音堂の壁画も、地獄絵図が書かれているのだけれど、恐ろしげでもありユーモラスでもあり、怖がって欲しいけれど怖がらせ過ぎるのもどうかな、みたいな人間臭さがなんだか感じられて、面白かった。
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みほとけゾーンで、思わず笑ったのは、こちら。
福井県明通寺の「深沙大将立像」
(写真を撮ることができないので、画像検索しました。福井の文化財ホームページより)
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お腹のところ、わかるかな?アンパンマンのようなお顔があるの。
子どもたちがおもちゃで巻く変身ベルトみたいなものを着けている。
いかめしさも帳消しな愛らしさに、ふき出しそうになり思わず口を抑えた。


そして、事前に調べずに来たので、ほんっとうにびっくりしたのはこちら。
大阪葛井寺(「ふじいでら」と読むそうだ)蔵の「千手観音菩薩坐像」
(こちらも写真NGなので、主催者のフェイスブック画像より)
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わかるだろうか?手がものすごい数、背中から出ているんだ。

千手観音の一般的な「手」は、だいたい42本だ。
8世紀に造られたこの像は、本当に1000本あるらしい。
修法のお道具類を持つ41本と背後からの手が1000本、あわせて1041本あるのだそうだ。

なんともラッキーなことに、こちらの千手観音像は今日から公開になったそう。
一日早かったら観ることができなかった。

国内に、実際に千本の手のある千手観音は、今回観たこの像のほかに、京都・寿宝寺と奈良・唐招提寺と3体しか無いそうだ。
今日観ることが無かったら、一生観ることが無かったかもしれない。

今日、来て、本当によかった。
来た証しに自分へのお土産は空海は書の手ぬぐい。
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観終えて外に出ると、夕暮れ時の空。
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上野でお買い物をする予定だったけれど、時間切れ。
思っていたよりもずっと長時間を過ごして居た。

この特別展、たかのちゃんと来たら、一緒にそうとう楽しんだろうなぁ。
一日過ごせてしまうかもしれないなぁ。少なくとも半日は過ごせたろうなぁ。


平日の中に、ぽっとあるお休みは私を豊かにする。
ギシギシ、生きなくても大丈夫。
これという目的に、ガシガシ向かった時間を費やさなくっても大丈夫。
それが文化であり、それが豊かさである。
それが文化的な生活であり、それが豊かな生活である。

気持ちの、心の、こわばりが緩んだ一日だった。


by shiho_kato | 2018-02-14 18:37 | 私ノート | Comments(0)

宮本輝『森のなかの海』

作品としては古く、2001年に書かれたもの。
117の直前に、阪神淡路大震災を題材に書かれた小説を吟味していて、この作品にたどり着いた。森絵都の『この女』(2011)や、原田マハの『翔ぶ少女』(2014)は、すでに読んだことがあったから。


阪神大震災がきっかけで運命が変わった「季美子」の天変を描いた小説。
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とても久しぶりに、「これぞ由緒正しき小説!」を読んだ気分。
起こりえない設定なのに、地に足がついた静かに森の中を歩いているようでした。

震災時に夫に愛人がいることが発覚し、離婚。
そのタイミングで、血縁も無い富裕な老婦人の遺言で、彼女の遺産と岐阜の森の中の山荘を譲り受け、まだ幼い息子ふたりと移り住む。
そして震災で親を失った姉妹3人を別荘に引き取り、その姉妹に助けを求めてやってきた女の子たち5人とともに生活を始める。


「季美子」の父が社長であったり、ウソっぽいシンデレラストーリーの要素が散りばめられているのだけれど、小説の静かなたたずまいに「品の良さ」が失われることなく保たれているところがなんとも。


こういった美しい小説を読むのは久しぶりだなぁ、と思ってしまった。
どこがいいとか、どんな知識を得たとか、そういうものをあげがたいのに、なんだか良い時間を過ごしたような気にさせてくれる小説。
そういう作品の在り方もそう言えばあったなぁ、と思い出させてくれた。



宮本輝と言えば、最近、芥川賞の候補作、温又柔の『真ん中の子どもたち』への講評が差別的だと叩かれていた。

『真ん中の子どもたち』は台湾生まれの父、日本生まれの母を両親に持ち日本で育った「琴子」が上海に留学し、日本、台湾、中国の言葉と文化の中でアイデンティティを揺さぶられるお話。
台湾への理解を深めたいと思っていたので、候補作に上がった時点で読んだのだけれど、斜めに読むようにしか読み通すことのできない作品だった。

宮本輝の講評は、その短い字ずらだけを読むと、異文化へ歩み寄ろうとしないクソジジィのコメントだ。

ただ彼の作品を読んだ後で、その「差別的と叩かれた騒動」を目にし、実際にその作品を読んだときのことを思い起こすと、「関心の薄いことに対しても、おのずと知りたくなり、知っている気持ちになってしまうような小説のチカラ」が足りていない、と言っているんだろうなぁ。と、私は理解した。

理念は良くても、作品として面白くない小説は、そこまでだ。
惜しいことだし残念だけれど、小説の評価は、面白いか面白くないか、読みたいか読みたくないか、しかないのだから仕方ない。

by shiho_kato | 2018-02-12 18:34 | 読書ノート | Comments(0)

加納朋子『カーテンコール!』

教育ってなんだろうって、ほぼ毎日考えるわけです。

そういう場所でお仕事をしているうえに、
「学齢期」の子どもたちと暮らしているから。

『カーテンコール!』は、私の中の「教育」とは何かの問いに答えをくれる小説だった。
こんな小説を書いてくれた加納朋子にありがとうを言いたい。
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年度末で閉鎖が決まった女子大。
年度末では卒業できない女子学生たちを集めて、救済のための半年間の補講期間を設ける。

集められた女子学生たちは、LGBT、肥満、摂食障害、起立性調節障害、ナルコレプシー、厳しいしつけに似た虐待等々、ちょっとした訳ありの女の子たち。
「学ぶ」以前の「生きる」問題を抱えている女の子たち。
そして、その「生きる」問題にスポットが当たることなく、ここまで来てしまった女の子たち。

いるよね。きっとたくさん。
どれもこれも、治療まで行けている人はまだ良い病名。
病気や問題としてとらえられず、怠惰な性格、だらしない性格、親の甘さ、親の厳しさ、いずれも個々人の個々の家庭の「性格」や「性質」としてとらえられて終わってしまいがちだ。


生きる問題を越えなければ、学びへは向かえない。


理事長夫妻の手のひらがあたたかい。
飛び立って行けるように、そして何度でも戻ってきてやり直すことができるように。

うわっつらのハリボテではなくて、土台のところをしっかりとしたものにして送り出す。
それが教育機関にたずさわる人のお仕事だ。



私が女子大しか経験していないからだけれど、女子大こそ、その送り出しを意識して学生を見ていくことが必要なのではないかな。

「大学」を卒業したあとに、働くこと、結婚すること、しないこと、子どもを産むこと、産まないこと、育てること、仕事を辞めること、もう一度働き始めること、人生のステージが小刻みに変わる。
そのたびに悩み、そのたびに考え、惑い、行きつ戻りつしながら、人生は紡がれてゆく。

卒業したら、終わり。

ではない。
卒業して社会に出てからの方が、未知の、即生活や生命にかかわる、決断や困難が待っている。

次々訪れ生々しく迫るステージを乗り越えてゆく基礎力を蓄えるのが、学校という場所であってほしいと思う。


この理事長の経営する女子大で働いてみたいなぁ。そんな学校があれば、だけれど。

by shiho_kato | 2018-02-05 21:49 | 読書ノート | Comments(0)

今年の節分

今年は、節分が土曜日。

むむちゃん、ぷうちゃんは土曜日は父宅で恵方巻を食べるそうな。

前日、迷ったけれど、一日早い節分に。
恵方巻は、二人とも大好きだから。
そして準備が楽チンだから。
まぐろのお刺身とごはんと海苔があれば良い。

海苔を広げて、ごはんをのせて広げて、好きな具をのせる。
あとは巻きすでくるっと巻くだけ。

チャイルドライン時代に知り合った友人の井出留美さんは食品ロス問題のプロパーで、
昨年来、恵方巻の食品ロスについてあちこちで発言を続けている。
こちらは、ダイヤモンド・オン・ラインの記事。

コンビニ恵方巻は食品廃棄問題の「象徴」だ

くるっと巻くだけの、簡単な調理法。
金額的には作る方が安上りでたくさん作れる。
見た目の良さや具材の豊富さは、売り物にはかなわないかもしれないけれど、
(恵方巻4本分で、いくらとサーモン買ってもおつりがきたな・・・)
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自分で具を選んで、自分でくるっとする面白さごと、子どもたちは味わっている。
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今年は南南東を向いて食べるそうだ。
スマホのコンパスは、一年に一度、この日だけしか出番は無いけれど、優れもの。
黙って一本食べたあとは、おしゃべりしながら、好きに巻き巻き。
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食べ終わったら豆撒き。
ぷうちゃんが、何度も「鬼は内~!」と間違える。
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節分の豆が好物なぷうちゃんは、拾って食べるお豆が多い方が望ましいから?
保育園のころは、節分の鬼が怖くて何日も何週間も前から登園拒否を申し出ていたのに。

鬼のひとりやふたり家にいてくれないと、家内の安全を守れないから、いいのです。


********

翌日は土曜日。
ぷうちゃんを近所の節分祭に誘うと、一緒に行ってくれると言う。
やったね。

池上本門寺には、福女・福男の著名人(プロレスラー中心、力道山のお墓があるかららしい)が来るようだけれど、大混雑になるようなので、保育園のころに行った熊野神社と春日神社のふたっつをはしごすることに。

熊野神社では、3時から豆まき。少し早く着くと、子どもたちに整理券を配っていた。
この整理券で、豆まきのあとにお土産をもらえる。

そして、おもむろに豆まきが始まる。
撒かれるのは、豆ももちろんだけれど、大福にチョコレートに飴にお菓子に。
準備のいい人はキャッチするための袋を持参。
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怖気ずくかと思っていたぷうちゃんは、始まると果敢に前へ前へ。
飛んでくるのをキャッチするのが面白いらしい。
私はもっぱら足元に取りこぼされたお菓子を拾う係。

地道な結果、なかなかの大収穫。
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そしてさらにお土産。
引き換えの番号が遅い方だったので(300人中の247番)、だいぶ待ったけれど、お菓子の袋詰めに、みかんに、タオルに、サランラップと、ひとふくろにいっぱい。
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続く春日神社は4時から。
着いたらちょうど始まったところ。端っこの方で参戦。
こちらは熊野神社の倍くらい人がいて、大にぎわい。
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豆撒きは二回に分かれていました。一回目を終えたところで離脱。
端っこだったけれど、たくさんもらえた!
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お腹が空いたので、途中のパン屋さん「ちっく・たっく」で買ったパンでおやつタイムにして、今日の節分会めぐり終了。
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昨年は、入試終わりの早い時間に学校を出て、目黒不動尊の節分に立ち寄った。
周りの子連れの方々の会話では、目黒不動尊よりもその近くで少し前の時間に行われる五百羅漢さんの豆撒きの方が、子どもたちへのおみやげが充実していたらしい。

池上本門寺に限らず、浅草寺とか、築地本願寺とか、増上寺とか、有名どころも行きやすい沿線にはある。
そういう有名どころの大イベントもいいけれど、小さな寺社の子どもに向けたこういう地元密着、地域への貢献はとっても良い。


子どもを連れて居なかったら、来ないだろうなぁ。
ぷうちゃんが一緒に行ってくれるのは、もしかしたら今年で終わりかもしれない。


貴重な機会をありがとう。楽しい節分をありがとう。


******

節分備忘録
山王天祖神社 14:00から式典、12:30~15:00 子どもにお菓子、綿あめ、ポップコーン
春日熊野神社 15:00くらいから豆撒き、1時間くらい前から子どもにお土産引き換え番号札を配布(300名)
新井宿春日神社 15:30から式典、16:00くらいから豆巻き(二部に分けて撒く)
大森鷲神社 15:30から豆まき、16:00から子ども(低学年)200名にお菓子
池上養源寺 16:30から豆まき

by shiho_kato | 2018-02-03 17:59 | むむちゃんとぷうちゃん | Comments(0)