むむちゃんの散歩道

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「くらべる」シリーズが面白い

写真集に分類してもいいと思う。
くらべるシリーズ。
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『くらべる時代』では、昭和と平成をくらべる。
プリンやオムライスや公園や横断歩道や花束や果物かごやポストや。
むむちゃんぷうちゃんと、昭和の方が好きとか、平成じゃないよねとか、違いがわからないとか言い合いながら読む。

『くらべる値段』では、お寿司や金魚やサッカーボールやかまぼこや畳や中トロを比べる。
かまぼこ、片や300円、片や3,600円!!!

『くらべる世界』では、世界のじゃんけんやフルーツパフェやぎょうざや折り紙を比べる。

『くらべる東西』では、東京の銭湯と大阪の銭湯を比べ、関東のおいなりさん関西のおいなりさんを比べ、関東の卵サンド関西の卵サンドを比べる。


どうして違うんだろう、何が違うんだろう、どこが違うんだろう。
ワクワクくすぐられる。


ひとりで読むよりも誰かと一緒に読む方が遥かに面白い本がある。
あれこれ言い合うのが面白い。
どうして、何が、どこがに、あれこれ推論を立て合うのが面白い。


ぷうちゃんやむむちゃんには、もっぱらマンガや小説の「物語」をお勧めしてきた。
物語じゃなくっても、一緒に楽しめる本があると知ったら、急に世界がぐいぐい広がる。

by shiho_kato | 2018-06-29 18:08 | 読書ノート | Comments(0)

ぷうちゃんの「検定を受けない」②問題の解決方法

ぷうちゃんのプール問題を悶々と抱え、
そこへ滅多にない外出や急な仕事が飛び込んできたりして
連日、帰りが一時間以上遅くなる日が続く。
ぐったりしている。

ぐったり帰宅すると、恐縮して粛々と宿題をするぷうちゃんと
部屋中をとっちらかして(彼女の部屋はもちろん居間も彼女のちらかしが増長している)その中に座り込んでスマホをいじるむむちゃんの姿が目に入り、自制のストッパーが吹っ飛んで怒り爆発。
最近では滅多に無かったことで、自分でも自分の腹の立ちように驚き疲れる。




食事を作ること、片付けること、お風呂を用意し、洗濯をし、洗濯をしまい、洗濯をたたみ、子どもたちの寝る時間をコントロールし、食材を確認し、明日の夕食を考え、学校への提出物を確認し、宿題のわからないところを教え、明日のタイムスケジュールを確認し、部屋の温度調節をし。。。
疲れても、苛立っても、不安でも、疲れ切っていても、この家の中で起こるすべては私がなさねばならぬのか。中学生なのだから、その一端でも手伝いやがれ、と思う。

言われなくても決められなくても割り振られなくても、家族の一員としてできることをしやがれ、と思う。


いかんいかん、怒りのマグマに流されては。
苛立ちの爆発の引き金となっているぷうちゃんのプール問題をなんとかせねば。



そう思ったところで、手段はさして多く無い。
数少ないできることを列挙し、担任アタックは先日失敗しているので、渋々ながらスクールカウンセラーにとりあえず電話をしてみることにした。

ぷうちゃんのことを話せなくても、
親である私がそれでまいっているということを話せれば、多少は今のイラ立ちが改善されるかもしれない。


電話は通じなかった。通じないことにホッともした。
人に話すのは、また並々ならぬ勇気がいることだから。

仕事に励み怒りそのものも忘れた頃に、電話がかかってきていたことに気づく。
着歴への折り返し。一度ならず、二度、三度。
お昼休憩の時間に着歴に気づく。
かかってきた電話に出るのは、電話をかけるよりも気楽だ。

やっぱり話してみよう。朝よりトーンダウンしている自分を信じて。
相手はプロだ。そこを頼みに。


・数年前から水泳の検定で笑われたのをきっかけに、検定がイヤだと言っている。
・イヤが続けば学校を休むであろう。
・前日の水泳の授業も見学に〇をしてようやく学校へ行った。
・私はどこまで励まし、どこまでがんばらなくて良いとすればいいだろう。
・担任の先生には、ひと月前に発表のプレッシャーが強くなり学校を休みたいと言っていることを相談した。
・相談に対し、予告なしの不意打ちの発表という方法にて対応したことに対し、子どもも親も担任へは信頼を置け無いと感じている
・そんなわけで、本日の主訴は、次回の水泳の授業は検定であると予告されており、その日、がんばらせたらいいのか、無理を強いずに見学に〇をつければいいのか、どうしたらいいか困っている。
・もし可能であるなら検定を、プレッシャーにならない方法で実施できないだろうか。

そこまで話し切ることができた。私にしては上出来だ。



彼女は、
・前回二年前の面談以来、折に触れて元気かどうか様子を見ていること。
・今日も見かけたこと。わかっていれば今日本人から話を聞けたのに。
・体も大きくて、しっかりしているので、やればできると誤解されるタイプであること。実際はそうではないことを理解している。
・担任はまだ3か月のつきあいで、誤解したままで対応を考えてしまっているようであるので、少し丁寧に本人の特性を説明し、本人の困りごとと、どうして欲しいのかも、話してみよう
・当面、まずはせまっている次のプールの授業がプレシャーにならない方法(学校を休むことなく来られる方法)を、担任と話してみよう

と言ってくれた。
その後も気に留めていてくれたこと、特性を理解していてくれたことに、安心した。
安心できたので、お任せしてみる気になった。


夕方、担任から電話があり、話したことは的確に伝えられていた。
・わかっていそうに見える、という理由で発表を指名するやり方は、本人の負担になると認識した。
・検定は、みながプールをあがった後に行なったり、自由練習のときに観察する方法で記録をとったり、自由練習をしている脇でこそっと行ったり、いくらでもやりようがある
・どういう方法がいいか本人と相談して決めたいと思う

あわせて、
・手をあげての発表はしないけれど、個性的でユニークな考えを持っていて発表の形でなければそれを口にすることもあり、グループでの話し合いでは楽しそうに発言もリードもするし、注意深くまわりを観察していて正義感の強いふるまいをするのも見てとっていること
・私も水泳は得意ではないので、気持ちはわかります

と話してくれた。
肩の荷が、すーーーーーーっと下りた。




帰宅して、ぷうちゃんに、先生に相談したこと、先生が言っていたことを、伝えた。
破顔一笑。泣き顔と紙一重の、
「いいの!?ほんとうにいいの!?検定、みんなの前で泳がなくていいの!?やったー!?」


その喜びように、良かった。話して良かったと、つくづくと思う。
スクールカウンセラーはスクールカウンセラーの、教員は教員の、私は親の
三者それぞれ忠実に役割を果たしただけのことだけれど、それで良いのだ。

******

私の問題解決方法のデフォルテは、
「自分が耐える。自分がガマンする。自分でなんとかする」自力本願だ。

今回の実践は、
問題を他者に共有してもらい、解決方法を共に探る、という協同型の解決方法だ。


教員と親子の二者関係だったならば、これほどスムーズには行かない。
教員と親子の二者関係に、第三者が介在し監視し観測するから、双方、理性的に「良い解決方法」を探すことができた。


今回のことで、
ぷうちゃんが、協同型の解決方法を自身のスキルとして身に着けてくれたらいいなーと思う。

困ったと口にしていい。
イヤだと口にしていい。
ツライと口にしていい。
それを受けて、じゃぁどうしたらそのツライ、イヤだ、困ったを解決できるか、一緒に考えてくれるオトナが居る。自分の味方だと思えなかったオトナですら、一緒に考えてくれる。当初、味方だと思えなかったオトナは、意外とよく見ていてくれた。誤解もあるけれど、理解もあった。

そのひとつの経験になってくれたらいい。

この先に、困ったこと、イヤだと思うこと、ツライと思うことを、誰かと共にだったら解決できるかもしれないと思えば、「助けて」が言えるヒトになれる。
「助けて」が言えるヒトは、強いんだ。
人を信じる気持ちや、自分を開く気持ちや、助けてと言ったところで自分が損なわれないと知っているヒトは、強いんだ。


・・・・・・

自力本願の解決方法は弱い。強く見えて、弱い。
問題解決を自身ですべて背負おうすると、
問題の発生は他者によるものとの理解が大きくなり、他者を厭う。
他者との関わりを極力減らし、他者を排除しようとする。
ガマンや忍耐は、自分の自然な感情を裏切り殺すことであり、うまくいってもすり減る。
うまくいかなければ、自己の力不足に打ちのめされる。
ひとりよがりは、肯定される私を失っていくばかりだ。
いいことなど、たいして無く、生きていることを恨めしく思うことが増える。


もともと持っていた方法がそういう解決の仕方だったから、なかなか生きにくく、長く苦しんだけれど、
生きながらえて、チャイルドラインやソーシャルワークや学校で仕事をすることで学んできた知識と、見聞きしてきた経験とをかき集めて、異なる解決方法を取れるようになったということだ。

その結果、あまり信用できそうにないと思っていたスクールソーシャルワーカーの力を頼ることができ、
不安しか感じなかった担任を思っているよりはずっと見てくれていて考えてくれていることを知ることができた。
彼女たちが、もちろん仕事として役割としてであれど、きちんと我が子を見ていてくれることを知り、
嬉しくもなり、安心もし、荷が軽くなった。

ぷうちゃんの晴れやかな笑顔を見れば、感謝する気持ちがふつふつこんこんと湧いてくる。


どうか、三人のおとなが少しずつがんばったことが、ぷうちゃんの栄養になりますように。


・・・・・・

そんな思いで眠り、目覚めた朝、テレビでは佐々木正美さんの言葉を紹介していた。

親が希望する子どもにするのではなく、子どもが希望する親になりましょう。」


子どもが希望する親になろうとすることで、
私は私を少しずつラクにしてあげられているような気がする。


ひとりでがんばらなくっていい。
むしろ、ひとりでがんばらないほうがいい。

by shiho_kato | 2018-06-28 18:38 | むむちゃんとぷうちゃん | Comments(1)

交通遅延と小林昌平『その悩み、哲学者がすでに答えを出しています』

6月の後半になって交通機関の遅延が増えている。

祝日の無いひと月に、私は疲れ気味だが、
疲れているのは私だけではないのだろう。

先日はとうとう山手線外回り(時計回り)が完全にストップしてしまい、
振替輸送を利用して、勤務先に向かった。

地下鉄網を駆使して、どのルートをたどるか検討しながら、
乗換のいちばん少ないコースを選んだ。

そうしたところ、改札出口も、乗換先の改札入り口も、おびただしい人人人。
入場規制と、乗車規制がかかっており、ぎゅうぎゅうの混雑。

乗換三回のコースを選んだ方が賢明だったか・・・。

ぐったりした気持ちを周囲から閉じて立て直すために本を取り出す。
最近は、小説と小説以外の二冊持ち。とても物語に入り込める気がしなくて、
小説以外の本を開くことにする。(ぎゅうぎゅうの中で開くわけだが)

今日入れていたのは『その悩み、哲学者がすでに答えを出しています』
仕事/自意識・劣等感/人間関係/恋愛・結婚/死・病気の章に分かれ、

それぞれにたとえば
緊張してしまう/自分を他人と比べて落ち込んでしまう/ダイエットが続かない/人の目が気になる/毎日が楽しくない/人生がつらい・・・
などのお悩みがあげられ、お悩みひとつに一人の哲学者の「答え」を示す。

いちばん最初のお悩みは
Q:「将来、食べて行けるか不安」
A:アリストテレス「快楽は本来、「活動」にほかならず、それ自身目的なのである」『二コマコス倫理学』
著者意訳:「将来の目的は計画をいったん忘れ、今この瞬間のやりたいこと、やるべきことに熱中せよ」「「今、自分にとって楽しく充実しているという状態」がそのまま「すでになしとげた成果」になる」「自分が向いていると心から感じられる作業に全力で打ち込み、充実した手ごたえを感じながら毎日を生きている人を、世界が放っておくことはないでしょう」

つまるところ「やるだけやったら、次がある」のだそうです。
何これ面白い!!


Q:「やりたいことはあるが、行動に移す勇気がない」
A:デカルト「困難は分割せよ」『方法序説』
著者意訳:「本気で取り組める小さなゴールに刻んでいったら、夢は夢でなくなります」

おぉ、これも私がしばし実感する「夢は叶う」そのものだ。デカルトとは気が合うな。


Q:「人の目が気になる」
A:ミシェル・フーコー「懸命になって『ゲイ』にならなければならない」『同性愛と生存の美学』
著者意訳:「世間体や他人の視線を気にしてしまう自分を統御しながら、勇気をもって自分のありようを自由に発揮させて生きていく努力」
参考:森博嗣「非合理な常識よりも、非常識な合理を採る。それが自由への道である」『自由をつくる 自由を生きる』

アリストテレスやデカルト的に生きてると、おのずとフーコーの言う「自分を自由に発揮させる」ことにたどり着く。もはや人の目など気にしている暇は無い。


Q:「嫌いな上司が居る、上司とうまくいっていない」
A:スピノザ「嘲笑せず、嘆かず、呪わず、ただ理解する」『エチカ』

嫌いを苦手と置き換え、上司をヒトと置き換え「苦手なヒトが居る、そのヒトとうまくいっていない」とすれば、使える場面がぐんと広がる。


Q:「重い病気にかかっている」
A:ウィトゲンシュタイン「世界の事実を変えることはできないが、世界を幸福に生きようと意志することはできる」『論理哲学論考』

これは、このまますーっと入ってくる。



質問とは呼応しないけれど、この二つはぐっと来た。

アドラーの「自分の課題と他者の課題を分離せよ」『人生の意味の心理学』
ヘーゲルの「敵対した「私」と「あなた」がわかりあい、「われわれ」として一段上に上がることが大切である」『精神現象学』




いちばん大好きと思ったのは、こちら。
Q:「夜、孤独を感じる」
A:ショーペンハウアー「早くから孤独になじみ、孤独を愛するところまできた人は、金鉱を手に入れたようなもの」『幸福について』

孤独は金鉱ですって。なんでもかんでも絆とかつながりとかネットワークなんて。友だちは100人もいらないし、お昼ご飯はひとりで食べていいし、移動はひとりでしたいし、勉強会だってひとりで参加したいし、ひとりが好きで何が悪い。


面白くて夢中になるうちに、改札を通り、地下鉄に乗り、目的の駅に到着。

通勤は苦痛だ。されど
「読めよ、さらば救われん」


哲学者たちが身近になったひとときでした。



※本著は面白い。でもどこが哲学者本人の言葉の引用で、どこが著者の解釈による意訳なのか、その言葉の典拠はなんなのか、書かれ方があいまいなのが残念。

by shiho_kato | 2018-06-26 18:54 | 読書ノート | Comments(0)

ぷうちゃんの「検定を受けない」①イヤなことはチカラにならない

プールの季節だ。
プール開きが行われ水泳の授業始まった日、
ぷうちゃんは「見学」をした。
水泳の授業の「検定」をどうしても受けたくないと言う。

この攻防はもう3年に及ぶ。
水に入るのは好きだが、水泳の「検定」が苦手だ。
二年生のときに検定で泳いでいる姿をみなに笑われたのがトラウマになっているようだ。

そもそもみなの注目を集めての発表が苦手なのだから、
得意では無い水泳をみなの注目のもと泳ぐのはイヤだろうし恐怖でもあろう。
私は技能教科全般(体育も歌も楽器演奏も)、実技試験が苦手だった。


二年前は、プールの欠席ならぬ無断での学校欠席を繰り返し、
一年前は、スイミングスクールに入ったことで少しは自信をつけてくれと祈りながら、それでも何度か休んだ。

そして、今年。
あぁ、またこの時期か。

前日につかれた体に鞭打って、新しい水泳パンツを買いに行き、ネームのゼッケンを縫い付けた。
けれど、当日の朝のぷうちゃんはぐじゅぐじゅ。ぺしゃんこになりそうな悲壮感。
プールカードに「腹痛のため見学」と記して持たせた。

とまどいとイラ立ちに支配されそうになるのを、ふぅぅぅ~と息を大きく吐いてとどめて、
意識を遠くに飛ばすために自問する。

はてさて、子どものときに嫌なことをがんばってやったことのなかで、大人になってチカラになったことはあっただろうか。


考えて考えて考えて・・・
ひとつもあがらず。

マット運動も、鉄棒も、ハードルも、できない私を呼びつけて
みなの前で「できない見本」として試技させた
クソバ〇ァの名前も、顔も、忘れることは無いけれど、それで得たものは何一つない。

恨みと憎しみと恥ずかしさと、そして苦手意識の増長。
そればかりだ。


オトナになった今、人前で何をかすることは好んではやらないが、やれと言われればそれなりにできる。
自分が苦手でヘタクソなことでも、できる。

それは本質ではなく、その場においての要素のひとつに過ぎないことを知っているし、私自身を構成するうちのごく一部分でしかないことも知っているから。
私のそのような認識は、周りも同じようなものであることを知っているから。
それをすべてと思う人が仮にいたら、その人が愚かしいことを知っているから。


子どものときに、耐えて乗り越えたから、できるわけでは無く。
オトナになったから、できるんだ。

じゃぁ、いいじゃないか。
泳がなくたって、いいじゃないか。


暑い最中、プールサイドで過ごすのが気の毒なだけだ。

でも、仮に、「できない子」のレッテルを貼られるとしたら、どうだろう。
検定だけが「できない子」なのではなく、何をとっても「できない子」に解釈される偏向を与えることにならないだろうか。そう見られることが自己肯定感をいっそう低める方へと働かないだろうか。
(ぷうちゃんの発表が苦手なのは、自己肯定感が低いからであると、私は理解している)


ぐるりとまわって悶々とする時間に戻りつく。



by shiho_kato | 2018-06-25 22:28 | むむちゃんとぷうちゃん | Comments(0)

ZAMA坂道マラソン

急な坂道があれば、できれば迂回して通りたいくらいなのに。

地域の資源なんですって「坂道」が。
そうやって、我が町で何が売りにできるかな?って考えながらがんばってる人たちは応援したくなるじゃない。
見つけ出した売りになる「何か」が、くだらなければくだらないほど面白いじゃない(つまりユニークってことだけど)。


走り出してから、なんでこんなの出ちゃったのかしら・・・。
猛烈に後悔するけれど、ふだん横着してる分をここで返しておくか。
あるいは、ここでがんばるんだから、ふだんは怠けててもOKということにしておくか。

苦笑いしながら、ラン友のkobaさんにひっぱってもらう。
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kobaさんときたら母と同い年だから、びっくりだ。
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がんばったら、ご褒美に一位のメダルもらってしまった。
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去年の覇者も、おととしの覇者も、不在だもんね。
去年の優勝タイムよりも10分遅くても、もらえちゃった。
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そんでもって、急いで帰って、午後はぷうちゃんと卓球をした。



by shiho_kato | 2018-06-24 16:55 | マラソン、かるたノート | Comments(0)

是枝裕和『万引き家族』

映画『万引き家族』のノベライズ。
監督の是枝裕和が書き起こしたもの。


映画を観た方が良かったのだろうか。
小説だったからだろうか。

理性的に動けないもどかしさ、
伝えさえすれば届く思いを口に出さないことのもどかしさ、
そのもどかしさが、すぐさま悲しみに変わった。



もっとうまく立ち回ることができたなら。
もっとうまく立ち回ることを教えてくれる人がいたなら。

「うまく」って何?
「うまく」ってどういうこと?

胸に浮かんだ思いを伝えることで、その後の時間をずっとずーっと救われる子どもがいること。
思うだけでは届かない。伝えなければ届かない。

ただでさえ、ずっしりとした荷を背負ってたどり着いたその「家族」
ようやく下ろすことができたのに。

彼ら、彼女らに、不要な重荷を背負わせないでほしいと、ただただ願いながら読み進めたけれど、
願いむなしく。


こういう二度、裏切るパターンは、苦手だ。


私は苦手だけれど、この映画だからこそ、伝えられることがあり伝わる層が広がることを歓迎したいと思う。

by shiho_kato | 2018-06-19 18:15 | 読書ノート | Comments(0)

湊かなえ『未来』

湊かなえが10年かけて書き上げた渾身作『未来』

宮部みゆきの『この世の春』と同じモチーフを用いながら、宮部みゆきほどのエンタメ性は無い。


読んでいて苦しくなるけれど、結末が知れなければ苦しさからは逃れられない。
息を止めて駆け抜けるように読み進めた。

いじめ、性虐待、DV、AV、ひとり親、、、詰込みすぎるほど詰め込んで。
この小説に、原田くんが描かれていることに救われる。


展開が苦しすぎて、共感しにくいのだけれど、
“声をあげれば誰かに届く、大人に届く”
を、最後の希望と置いたその思いよ、どうかたくさんの読者に届けと願う。


辻村深月もだけれど、湊かなえも、攻めてる。


ストレートな子どもの貧困に対する活動も、子どもの虐待に対する活動も大切だ。
それと同じくらい、文化が腕を広げ、非暴力、非虐待、非貧困、非差別etc.の空気がふうわりと社会を包むベールとなることは大切だ。


がんばれ。がんばれ。がんばれ。


by shiho_kato | 2018-06-18 18:00 | 読書ノート | Comments(0)

陣馬山へ

一年前に、一緒にお山に登ろうよと誘ってもらって仲間ができた。
それから一年間、何かにつけて仲良しで、一年を経てまた同じ仲間たちと山にのぼる。
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本日は陣馬山から景信山を経て城山へ。
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集団行動が苦手な私にとって、この仲間たちは気安い。
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職業も年齢も性別もバラバラだけど、こうして一緒に山に登れたり、大会で会えることを楽しみにできる。


地域とかなんとかをはみ出たところで、仲間を得られると、生活していることが窮屈でなくなる。

世界は私の見えてる範囲、知っている範囲よりも広くって、
見えないところ、知らないところに、仲良くなれる人がいるかもしれない、って信じることができる。


走ることをはじめて、体の健康だけじゃなくって、そんな生きやすさも手に入れた。
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by shiho_kato | 2018-06-17 18:53 | マラソン、かるたノート | Comments(0)

第8回子どもの貧困対策情報交換会『保育料・教育費無償化と子どもの貧困を考える』

なくそう子どもの貧困全国ネットワークの、情報交換会


世話人メンバーが増えて、息がしやすくなった。
これまでだって、たいしたお仕事はしていないし、たいした役割も担ってはいないのだけれど。

いつも似通った方々の報告で、新しみを感じられないことが不満だったけれど、
今回は、聞いて良かったと思える報告だった。

・北海道の子どもの貧困調査の状況
・沖縄の子どもの貧困調査の状況
・保育料無償化から漏れている「保育にかかる対象経費について」
・給食費無償化について


正式には下記のとおり。
・北海道・札幌市 子どもの生活実態調査から:松本 伊智朗さん/北海道大学教授
・沖縄県乳幼児調査から:山野 良一さん/沖縄大学教授
・「保育料無償化と子どもの貧困問題」:丸山 啓史さん/京都教育大学准教授
・「学校給食と子どもの貧困」:鳫 咲子さん/跡見学園女子大学教授

****

松本さんの調査は、これまであれこれ行われてきた調査の中でも、歓迎できるアウトプットができているように思う。
調査の初めに、「できあがった「調査報告書」を調査対象者に配ることができる」を軸にしているからだ。
つまり調査対象者が目にした際に、自分たちが一方的に弱者扱いされていると感じない作り方になっている。
 ★報告書の全文「北海道子どもの生活実態調査結果報告書」

沖縄の調査は、これから精査しないと公平な比較はし難いと感じたけれど、沖縄県内に限った子どもの貧困の状況を把握するには十分なのだろう。
どの地域でも同じかもしれないけれど、父親の長時間労働、母親の非正規労働、母親の不就労、それと保育の不足が、子どもの貧困を生み、かつ子どもの貧困の度合いを深めている。

いずれからも、子どもが保育園に入る前の0歳、1歳あたりで親の孤立が深まることを、指摘され、データを明示された。
ほらね、やっぱりね、皆保育、必要よねってあらためて思う。

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後半は、実際にご自身が子どもを保育園に通わせている丸山さんが指摘する、保育園の保育料以外にかかる経費についてのお話。
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むむちゃんとぷうちゃんと、本当に本当に保育料が高くって、保育料以外にかかる経費が相当額あって、ひとり親でそれを払い切るのは、本当に本当に大変だった。
認証保育所と言えど、認可外の保育園では所得による保育料計算は行わない。一律の金額だ。
それはズンと重くのしかかっていたけれど、子どもたちの環境の変化をできる限り小さくするために、踏ん張り切った。

そんなことを思い出して、ちょっと泣きたくなる。
おむつ代とかね、写真代とかね、むむちゃんたちの保育園では行事費がべらぼうに掛かっていた。

丸山さんが親同士の交際費をあげていて、それは保育園云々とは切り離した方がいいように思うけれど、上記の北海道や沖縄の報告に照らすと、そこはそんなにあっさりと切り落とせない部分なんだって気づく。
個人的にはお金の負担だけじゃなくって、頻繁な飲み会そのものが苦手だったから、そのおつきあいの時間とエネルギーが負担だった。

認可に行ったら行ったで、むむちゃんたちの保育園では子どもたちで共有していたものを、個別所有にしてそれを用意するためにまたあれこれ経費が必要だったのかもしれないので、比べられない。

いずれにしても、どこに行っても、保育に係る経費は保育料以外も含めてカバーされて初めて「無償化」と言える。授業料無償化で残された課題と流れはおんなじだ。(授業料無償化については、就学援助の制度で一部カバーされている)

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鴈さんの『給食費未納 子どもの貧困と食生活格差』(光文社新書)を読んで、直接お話を聞いてみたかった。
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「食育」は学習指導要領に書き込まれ、給食は学習の一環に位置づけられている。
食に関する指導の手引き(文部科学省)まえがき
「小中学校の学習指導要領の改訂(平成20年3月27日)において、その総則に学校における食育の推進」が盛り込まれたほか、関連する各教科等での食育に関する記述が充実されました。また、改正学校給食法(平成21年4月1日施行)においても、その第1条(法律の目的)で「学校における食育の推進」を位置付けるとともに、栄養教諭が学校給食を活用した食に関する指導を充実させることにつていも明記されました」

そうであれば、給食費は授業料に含まれて然るべきであるし、同じことは修学旅行にも言える。

給食を強制的に食べさせられる指導を受けていたのは過去の世代のことだろうか。
むむちゃん、ぷうちゃんの学校を見る限りでは、今は居残り給食、強制給食は行われなくなっているように思われる。


鴈さんが、おそらくはそれら強制完食や居残り給食のことを念頭において、言葉やわらかに「楽しく食べることの経験を」と話されていたけれど、
貧困家庭においては、楽しくか否かの問題にまで引き上げられない。

金銭的な問題ばかりでなく、貧困家庭において「お弁当を作る」ということそのものが相当に困難なことだ。
病を患っていたり、いくつもの仕事を掛け持ち時間的な余裕や体力的な余裕が少しも無い家庭にとって、お弁当作りの有無は文字通り死活問題だったりする。


****
お話を聞けば、知れること学べること、そして自ら考えることが次々と出てくる。
学びの場に足を運び、身をおくことは大事なことだなぁ、と、あらためて。

スケジュールを組む際に、活動の時間、学びの時間は優先順位を落としている。
今の私の生活を健全に組み立てようと思ったら、ほどほどにゆとりあるこころとからだを維持しながら、子どもたちに接することが必要だ。ほどほどのゆとりは、スケジュール時間に2割くらいの空きを作る必要がある。
ぷうちゃんとの時間(学校公開や卓球)、むむちゃんとの時間(専らかるたのお迎えと大会)、PTAのお役目(小学校と中学校)、そして地域のかるた会、私自身のかるたとランニング。
それだけ入れれば、もう8割すら超えていく。

今日は、私自身のかるたと、PTAのお役目(中学校)を、子どもの貧困にあてた。
せっかくあてるのあれば、その時間、集中して学び集中して考えなくては勿体ない。
週末の疲れ気味の時間にムチ打って、終わったころにはぐったり。
勉強になっても、ぐったりしてるようじゃダメだよな、と思う。

****

いろんなお話があったけれど、今日いちばん良かったのは、だんだんの近藤こんちゃんとお話できたこと。

子どもの貧困だってなんだって、子どもの問題へのアプローチは多々あるけれど、
一つが大きな網を広げるよりも、細い糸の小さい網が多数ある方がいい。
その方が、トータルでは目がつまった網ができ、拾える可能性も広がるから。

だんだんの子ども食堂は全国的に知られる場となったけれど、こんちゃんの意識がそこにあるのがうれしかった。

だんだんの子ども食堂も、みやPに渡したよりみちのいえも、私のまごめかるた会も、小さな網。

目黒の5歳の女の子には何もしてあげられない。
地下鉄で遭遇する、荒い声を上げ子どもを叱るお母さんにも、何もしてあげられない。

せめても、かるた会に来た子どもたちには、「やりたいことができる」喜びとワクワクと(願わくは安心してその場を過ごせる)時間を提供できますように。


by shiho_kato | 2018-06-16 18:24 | 社会&地域&子どもノート | Comments(0)

教育実習生の教育実習見学

今年はじめて、教育実習生の支援を試みた。
支援は言い過ぎか。

実習生の控室に行って、本が借りられることやデータベースが使えることをお知らせ。
図書館を案内したりした。

けれど、それは全然支援じゃなかった。
支援じゃなかったけれど、そこで顔を合わせておしゃべりをして、少し親しくなって、どんな授業をする予定になっているかを聞いて、全員の授業をひとつずつ見学させれもらって、参考になりそうな資料を箱に入れて控室に運び「出前図書館」を置いた。

授業を組み立てるときに、こういうものをこう活かしてくれたら、少し助けになるかなー。
生徒の特性としては、こういうアプローチをすると、授業がしやすいかなー。
事前にわかっていたら、こういう資料も用意してあげられたかもしれないなー。

そういう気づきが毎日あって、充実した3週間を過ごさせてもらった。


私の方はそうだったけれど、きっと実習生にとっては、実質的にお役に立てたのは、
教室の場所案内、先生の居場所探し、工作道具の貸し出し、資材の提供、そういうことの方だったろう。

それでいい。
そこができればとってもOKだ。


学校の中の、教えてくれる人ではなくって、助けてくれる人、生徒にとっても先生にとっても、そっちの位置づけの方が、私は好きだ。
と、いうことに、あらためて気づくことができた。

もう一歩踏み込んで、「私は好き」なのか、「学校司書はそういう立ち位置にあるといい」なのか、判別がつかないので、今後、ほかの司書さんたちがどういう立ち方をしているのか、観察してみようと思う。


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教育実習生の専攻は体育科が多く、体育の実技の授業以外に保健の授業を担当した。
テーマは性について。
教育実習生が思春期の男子生徒に行う授業としてはハードル高いなー・・・と思った。


その中で、ある実習生は、
思春期の身体的な変化のお話にとどまらず、みながどう生まれてきたのか、妊娠の話、不妊の話(年齢や割合)、流産の話(発生の頻度等)を交えて、簡単には生まれない命だという話をした。
加えて、マタニティハラスメントや、マタニティブルーなどの、みなを胎内に宿してる時に母親が直面したであろう危機の話もしてくれた。
出産にかかる費用、子どもを育てるのにかかる費用の話をした。

教科書の中のことじゃなくって、自分が生まれるために通ってきた道のり、自分が生まれたときにかけられた時間やお金、ここまで育つのにかかった費用、これからかかるであろう費用、親が自分にどんなことをしてくれているのか、その覚悟のほどについて思いを馳せる時間になっていた。

お見事。


関心しきり。こういう授業を、むむちゃんやぷうちゃんも受けることができたらいいのに。

この組み立てだったら、性のことを学びながら、デートDVのことや、自尊感情のことや、セクハラのこともあわせて、組み入れることができる。


伝えるのが難しい性の問題は、我が子たちをかえりみても、どう触れていいのか、どう話せばいいのか、戸惑うばかりだけれど、正しい知識を知っているほうが絶対にいいのは確かだ。
アプローチの仕方を考えれば話せるかもしれない、と思わせてくれる授業をありがとうと言いたい。


図書館の蔵書にあるもの、公共図書館からかき集めたもの。
これらに、妊娠とか出産とか子育てに関するものも加えよう。
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by shiho_kato | 2018-06-15 18:02 | 私ノート | Comments(0)