むむちゃんの散歩道

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十五夜の夕ご飯

十五夜は、満月とは限らない。

でも、今年の十五夜、24日の月はキレイだった。
満月は翌日の25日、残念ながら雨あがりの曇り空。

十五夜のお夕飯。
インスタ映え~とむむちゃんが叫ぶ。


さつまいもまるまる輪切りのまんま入れて炊いただけのお芋ごはん
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かぼちゃをレンチンしてつぶしただけのかぼちゃの茶巾しぼり。真ん中にクリームチーズを入れた。
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揚げに、たまごを閉じ込めて煮た巾着卵
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白玉団子は、いくつかうさぎの形にしてみたけれど、説明しないとわからない
ぷうちゃんと夏に作った中になんども登場するみたらし餡のようなものをトロリとかけて、黄な粉をかけて、たべました。
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かぼちゃも、さつまいもも、美味しい秋が始まりますなぁ。





by shiho_kato | 2018-09-25 20:26 | むむちゃんとぷうちゃん | Comments(0)

千葉マラソンフェスタ

実家に向かう途中の駅の近くで、「千葉マラソンフェスタ」

42㎞のリレーマラソンに、3人チームで出場した。
お誘いしたのは、走力がおんなじくらいの、おない年のお友だち。

4年前のお台場のリレーマラソンで知り合って、あちこちの大会で会うたびに、
どんどん仲良くなっていった。

そういう縁が生まれるから、おとなになってからの「趣味活動」は楽しい。

リレーだから、待つ間はおしゃべりができる。
たくさんおしゃべりして、笑って、わいわい走っていたら、いつの間にか一位になっていた。

3㎞のコースを、1周ごとにタスキを渡すリレーだから、
何周もしているとどのチームが前で、後ろかなんてサッパリわからなくなる。
そのゆるさも好き。
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同時に同じコースで、30㎞やハーフのおひとりで走るレースも行われていて
そちらにも友だちが出ていたので、走りながら声を掛け合うのも楽しかった。
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楽しんで走って、ご褒美のように、優勝をちょうだいして。
ただただ楽しい一日だった。
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10月になったら、10月、12月、1月、3月の予定でフルマラソンの大会に出る。
ひとりで42㎞走るわけだけれど、今日のような楽しい記憶をお腹の中に抱えていれば、
ひとりの42㎞の辛さも、キツさも、苦しさも、ふっと忘れられる瞬間が作れるはずなんだ。

だって、こういう時間が、日々の辛さや、キツさや、苦しさを、ふっと忘れられる瞬間になっているのだから。



また、一緒に走ろうね。
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by shiho_kato | 2018-09-24 19:10 | マラソン、かるたノート | Comments(0)

ピアノ発表会

むむちゃんのピアノの発表会。

むむちゃんのピアノ歴は、かれこれ10年を越えた。
ときどき、ヘッドホンを抜いて弾くピアノの音は、練習でも耳ざわりが良くって、
いつまでも弾いていて欲しいと思うくらい。
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発表会では、ちびっこたちから大人まで。
私も何年か前まで、仲間に加わっていたけれど、あれもこれもはできない中で、
ピアノは初めのうちに脱落してしまった。

みなが弾くのを見たり聴いたりしていると、弾きたいなぁ、と思う。
でも、ピアノは練習の継続がものをいうし、ごまかしがきかない。

書道や茶道(や、かるた)のようにお稽古に行ったときに集中してやれば、上手になっていくものとは違う。
毎日毎日15分ずつ、さわることが難しい。
走ることは毎日できるのになぁ。


むむちゃんがピアノを続けたいと思ったら、いま、ちょうど伸びるころなのだそうだ。
初級者用の電子ピアノでは、もうむむちゃんの技量に耐えられないそうだ。

できればアップライトのピアノ、そうでなくとも性能の良いより生のピアノに近い電子ピアノが
必要だというお話をあやみーのせんせーからいただく。


アップライト、弾かせてあげたいけれど、そうなれば購入云々だけではなくお家のお引越しも必要になるなー。

実家には私が小学生にあがる前にアップライトのピアノがやってきた。
ビンボーなおうちだったのに、よくぞピアノを買うことにしたなー、と思ったことがあった。

小学生の間に、北海道から福岡、福岡から千葉と、日本を北から南へと引っ越した。
遠い場所の引っ越しの間、よくぞピアノを手放すことなく連れて歩いたなー、と思ったことがあった。


でも、今ならわかる。
父は、これからピアノをはじめようとする母(や、あるいは、私)が、とーっても上手にピアノを弾く人になるかもしれないと思ったのかもしれない。
父と母は、ピアノのある文化的な豊かさを、生活の中に取り込むことは、経済的なあれこれには変えられないくらいに子どもを育てていくうえで、必要なことだと思ったのかもしれない。

残念ながら、私はピアノを弾く人にはならず、母は「エリーゼのために」あたりまででピアノを離れた。
それでも、母がバイエルを練習している音も姿も、私にはなじみ深い。
むむちゃんがピアノに向かう姿は、その延長線上にあるのだと思う。



孟母三遷など、鼻で笑っていたけれど、
せんせーにそう言われれば、ピアノを置ける家にお引越しできる可能性はあるかしら?
中古のアップライトのピアノは如何ほどで手に入るのかしら?
などなどが、気にかかってしまうわけで。


かるたも、ピアノも、やりたいと思えることを、環境のせいであきらめなくていいように。
泣きたいくらい強い気持ちで、願う。

by shiho_kato | 2018-09-23 22:47 | むむちゃんとぷうちゃん | Comments(0)

ロコモコを食べに

ぷうちゃんと、ロコモコを食べに出かけた。
お誕生日に作ってあげたけれど、ホンモノはどんなものかなー?と。

しっかり食べるから、ちゃんとお腹をすかせておかなくっちゃと、朝ランで30㎞。
タイムアップで27.5㎞で終わったけれど、十分に腹ペコ。



みなとみらいの「メレンゲ」へ。

ぷうちゃんのロコモコチーズのプレート
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私は、ポテトとコンビーフのオムレツ
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ぎゅうぎゅう肉肉したハンバーグは、おうちでつくるフワ軽(肉率が低い)ハンバーグとは大違い。
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しっかり食べて大満足だけど、メレンゲに来たら、パンケーキも食べないわけにはいかぬでしょー。
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半分こして食べる。ふわふわしっとり、お店のパンケーキってなんでこんなに美味しいのかな。


よこはまランドマークタワーから。
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最近、こういう小さなお出かけをちょこちょことすることができて、嬉しいなぁ。

by shiho_kato | 2018-09-22 17:35 | むむちゃんとぷうちゃん | Comments(0)

8月・9月に読んだ本

8月1日から9月20日

小説以外の本を読む強化期間のつもりだったけど、
まだまだぜんぜん少ないなぁ。。。

スペンドリニ・カクチ『私、日本に住んでいます』
松本仁志『筆順のはなし』
おかべたかし『くらべる日本 東西南北』
山下泰子『男女平等はどこまで進んだか』
山崎昌廣『人体の限界』
谷本道哉『スポーツ科学の教科書』
村串栄一『台湾で見つけた、日本が忘れた「日本」』
内田樹『人口減少社会の未来学』
水野俊平『台湾の若者を知りたい』
熊谷高幸『天才を生んだ孤独な少年期』
島村輝『少しだけ「政治」を考えよう』
福田健『話し方ひとつでキミは変わる』
ユヴァル・ノア『サピエンス全史』
更科功『絶滅の人類史』

與那覇潤『知性は死なない 平成の鬱をこえて』

矢部太郎『大家さんと僕』

寺地はるな『大人は泣かないと思っていた』
村山早紀『星をつなぐ手』
久保寺健彦『青少年のための小説入門』
桜木紫乃『ふたりぐらし』
姫野カオルコ『彼女は頭が悪いから』
池井戸『下町ロケット ゴースト』
小手毬るい『あなたにつながる記憶のすべて』
小手毬るい『君が笑えば』
彩瀬まる『不在』
畑野智美『水槽の中』
垣谷美雨『四十歳、未婚出産』
森沢明夫『きらきら眼鏡』
近藤史恵『震える教室』
蛭田亜紗子『エンディングドレス』
本城雅人『傍流の記者』
須賀しのぶ『エース・ナンバー』
小嶋陽太郎『放課後ひとり同盟』
奥田亜希子『青春のジョーカー』
イノウエミホコ『男子弁当部1』
垣谷美雨『結婚相手は抽選で』
吉田篤弘『おやすみ、東京』



by shiho_kato | 2018-09-21 20:32 | 読書ノート | Comments(0)

幸福論*見田宗介『現代社会はどこに向かうか』

年に一回くらい、「わ!やられたっ!!」と思う新書と出会う。

昨年は

今年はこれ。

「高度経済成長」という用語を、現代社会を表すキーワードとして
社会の授業で習ってきたわけだけれど、
それが古い社会のとらえ方であること、
成長が古い価値であることを体感しながら、大学卒業後の20年を過ごしてきた。

暉峻逸子さんの『豊かさとは何か』(岩波新書、1989年)とか
廣井良典さんの『定常型社会ー「新しい」豊かさの構想』(岩波新書、2001年)とか、
節目節目に出会って、新たな今必要な価値はこっちだよね、と自分なりの把握をしてきた。

橘木俊詔さんの『格差社会ー何が問題なのか』(岩波新書、2006年)に始まり、貧困の問題を考えたりとかしながら、
震災の大きな揺さぶりもあり、社会は価値を完全に転換させたと思っていた。

このところでは、平田オリザさんの『下り坂をそろそろ下る』(講談社現代新書、2016年)とか、『転換期を生きる君たちへ』(晶文社、2016年)あたりで、もう「成長」は頭打ちで舵を切ったんだ、と机上では理解しつつ、
ちまたの政治とか経済とかが、ちっとも古い価値感から抜け出ることなく、
過労死を増やしたり、非正規雇用を相も変わらず多くしたり、長時間労働を助長したり、
社会とはちぐはぐなものだ、と、苛立ちともあきらめともつかない気持ちを抱えながら生きている。

過労死でバシバシ人が死に、長時間労働でドンドン人が病み、非正規雇用で雇用がガタガタになり、
子どもは減り、労働人口も減り、やっとやっと、「経済の成長」を第一義としない、
豊かな文化や芸術や、日々の生活の充実が、この世に生まれ生き続ける幸せの礎であることを、
共有できる社会づくりが始まったようだ。


子どもたちが大人になるまでに、間に合いますように、整いますように、
と切に願っている。


私の中で、「誰がなんと言おうとも、「生きることの価値」はこれである」
ときっぱり定まっており、ピクリとも揺らがぬほど、頑固に根が張っている。

なので、今更、何を読んでも、ふむふむそうかそうか、としか読めないので、
あえてそこに時間を割きたくは無いな、と思うのだけれど、
何を思ったのか、見田宗介の『現代社会はどこに向かうか』を、うっかり読んでしまった。


もう、びっくりだ。
アメリカやヨーロッパの青年たちは、すでにそれら価値の転換を終え、
「共存」「脱物質主義」を、自らの価値に変えているではないか。
持ちすぎるほど持つ愚を排除し、身の丈に応じた充実をはかる尺度を持って生きているではないか。
データとして、明確に表れるほどに、それらの価値は社会化されているではないか。

印象でも、操作でもなく、空気でも、感度でもなく、
データとして、それを示した見田宗介さんに感謝したい。


父は見田宗介が大好きだ。
実家の書架で見慣れた名の見田さんの本を、これまでだって、読んできているはずなのに、
さしてピンと来ていなかった。

今回、それらのデータを示してくれた事も含めて、
揺さぶられように、見田さんいいじゃん!!!と、はじめて思った。

いいじゃんいいじゃん、とってもいいじゃん、と、勢いよく読んでいって
最後の最後に、野本三吉さん(加藤彰彦さん)の名前が出てきて、思わずのけぞった。
なんだ、知り合いなんですか。なんだ、同類なんですか。

私の生きている世界は狭い。
これぞ、という人は、さして多くは無いってことなんだろう。
その少なさを残念にも思えば、何を考えている人か知っている人たちが
私の見える社会のフレームを形作っていることに安心も覚える。


ここしばらく不勉強だった空白を埋めるべく、見田さんの本を読んでみよう。


そして、今、すごく言いたい。

停滞しているかのような社会の雰囲気に、内面磨き、自己充実のための方法を探す人が多いのか、
あっちにもこっちにも、「幸福論」が満ちている。

でもね、幸福とは何かを論じたり、考えたりするよりも、充実を「体感する感度」を育てた方がいい。

書かれた幸福を追求しようなどとしない方がいい。
自らの内面をうんとまげて書かれた「幸福」に近づけようとコントロールなどしない方がいい。

今日の食事が美味しい、今日の眠りが心地よい、じわっと楽しい気持ちがわいてくる。
それをキャッチして、日々の充実として受け取れる感度を高める方がよほどいい。

その一点で、「幸福論」を説く哲学書など読まぬほうがいい。
司書の、本を読まぬ勧め。

そして、もし「幸福」とは何かを知りたくて読むのならば、見田宗介の『現代社会はどこに向かうか』を読めばいい。
「自分の幸福」を知る方法を教えてくれる。

by shiho_kato | 2018-09-20 18:54 | 読書ノート | Comments(0)

ぷうちゃんと陣馬山・景信山

ぷうちゃんと、ぷうちゃんのクラスメイト親子さんと、山登り。

子どもたちを連れての陣馬山は、初めて。

登り慣れている山だけれど、いつもよりも入念に用意をした。

ぷうちゃんは、思いの外、山道に強かった。

アスファルトの道路ではウダウダ、だらだらしていたのに、
お山に入るとするすると登って行った。
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そんなぷうちゃんは、例外中の例外だ。
高度がきゅっきゅっと上がると、息が一気に切れる。
ゆっくりゆっくりが肝心。
特にはじめは。
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1時間半くらいで頂上。
富士山は残念ながら見えなかったけれど、青空に白馬が映える。
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ちょうどお昼ごはんの時間。
子どもたちは、食べたら元気に草むらを分け入って、遊び始めた。
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同じ道を下山する予定だったけれど、元気に遊んでいるのと、せっかくの機会なので、
ということで、お隣の景信山へ足を伸ばすことに。

登りをするする登ったぷうちゃんは、それなりのエネルギーを消費していたようで、
下り基調の道に、徐々にお疲れ。

それでも、ところどころで補給しながら、
2時間歩いて景信山にたどり着いた。
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お目当てのかき氷は無かったけれど、サクレレモンで回復。
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小仏バス停までの道のりを、用心しつつ、疲れを感じ過ぎないようにだましだまし下りた。

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帰りのバスの中、電車の中でぐっすり寝た子どもたちは、回復して笑顔。
回復したところで、また行きたいかを尋ねる。

「行きたい」と、答えさせている感も否めないけれど、満更でも無さそうな。
(ぷうちゃんは、今回登った陣馬山が855mだったので、次は1,000mより高い山に登りたいそうだ)

Yさん親子が一緒だと、ぷうちゃんを誘いやすい。
おとな同士の約束に、子どもたちをつき合わせてしまって、どうかな?と案じたけれど、
クラスの中で遊ぶグループは違いながらも、一緒に一日過ごすのは悪くなかったようでホッとした。

ぜひ、また、よろしくお願いします!

9:34 高尾駅発(特急「陣馬高原入口」行きバス)
10:11 陣馬高原入口駅着
10:30 登山開始
12:00 陣馬山山頂到着
12:40 陣馬山山頂出発
14:45 景信山山頂着
15:15 景信山下山開始
16:00 小仏峠バス(「高尾駅北口」行きバス)
16:30 高尾駅発(京王線準特急新宿行き)


by shiho_kato | 2018-09-17 18:48 | むむちゃんとぷうちゃん | Comments(0)

Nスポに、張本くんを観に行こう

ぷうちゃんと、張本くんを観に行った。

場所は、東京国際フォーラムで行われている「Nスポ!2018

張本くんを思ったよりもずっと間近に観ることができた!
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子どもたちを相手に、「チキータ」を教えるプログラムと、1ポイント対戦のプログラム。
本気の張本君は残念ながら見られなかったので、やっぱりいつか必ず試合を観に行こう。
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ラグビーボールを投げて的当てをしたり、
フェンシングをしたり、
3ポイントシュートをしたり、
トランポリンを飛んだり、
鉄棒やあん馬をしたり、
バーベルをあげたり、
たくさん体験できるものがあったけれど、どれもスルー。

ぷうちゃんが、ヒトに観られながら何をかすることを、
どれだけ苦手としているかを理解したのと、
目の端で眺めているだけでも、インプットしている情報が少なくないことを理解したので、
その場に足を運んでいること、一緒にお出かけできていることを、良しとする。

ひとっつだけ、VR(ヴァーチャルリアリティ)テントは、一緒に体験した。
中に入って、ゴロンと横になる。

ジャンプの選手の目線、ボルダリング選手の目線、高木那奈の目線で、
高いところから高速で滑り降りたり、高いところにものすごい勢いでぐいぐい登ったり、氷の上をすごいスピードで滑るのを、体感できた。
映像ばかりなのに、足をつっぱってブレーキをかけようとしたり、右や左にカラダを倒したり。
とっても面白かった。

スタンプラリーは、しっかり参加して。
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最近、ぷうちゃんとの小さなお出かけ、実現中。

次は何に行けるかな。

by shiho_kato | 2018-09-15 17:10 | むむちゃんとぷうちゃん | Comments(0)

朱野帰子『対岸の家事』『わたし、定時で帰ります』

前作『わたし、定時で帰ります』に続く、『対岸の家事』

うまい!
『わたし、定時で・・・』も、やるなぁと思ったけれど、
『対岸の家事』は、それに輪をかけて、うまい!

絶滅危惧種「専業主婦」を主軸に据えた作品だけれど、
描いているのは労働構造、子育て環境の劣悪さ。


現在、管理職をやっている人は、どっちも読むべきだ。
これから管理職にならんとする人は、どっちも読むべきだ。

労働法の勉強なんて、後からでもできる。
目の前の社員たちを理解する気があるなら、
雪崩をうって減りゆく労働者人口に歯止めをかけたい人たちこそ、読まなくちゃならない。

結婚する人は、『対岸の家事』は、必読書だ。
子どもが生まれんとする夫婦は、生まれる前に完読しておいたほうがいい。
子どもが生まれて険悪化している夫婦は、今すぐ読んだ方がいい。
いま、苦しい子育てをしている人は、もう今日にでも、読んだ方がいい。


私は、鍵カッコつきで「専業主婦蔑視」をしている自覚がある。
その「蔑視」をすべて、丁寧に丁寧に、ときほぐしてくれた。
もう蔑視もしなくて済む、私(働く母)とあなた(専業主婦)はここで違って、ここで同じだ、と、
ハッキリさせてくれたから、モヤっとした感情に振り回されることは、もう無い。

そして、読み終えて、ようやく「専業主婦もいいもんだな」「私にもそういう選択肢があったかもしれないな」と思えるようになった。
つまり、専業主婦という在り方が、私自身のアイデンティティを侵すものでは無くなった、ということだ。


できれば、続編を期待したい。

できれば、ジェンダー云々とか、男女平等とか、女性の社会進出とか、
声高に、型どおりに、行われている主張のひとっつひとっつを、
こんがらがった糸を解きほぐすように、ひとっつひとっつ作品にしていって欲しい。

加納朋子も上手だけれど、制度をえぐれない。
朱野帰子は、ひとりひとりを丁寧に描きながら、制度をえぐる力がある。
この勢いで、よろしく頼みたい。

by shiho_kato | 2018-09-14 11:01 | 読書ノート | Comments(0)

大田区秋季スポーツ大会 卓球競技大会

とっても久しぶりに、卓球の大会に出た。
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練習が楽しいので、もちょっと本格的に卓球できるかな、どうかな?
の、力試し。

ほとんどの人が、サークルとかクラブとかチームとか、なんらかのそれらに所属しているようで、
個人で大会に参加していたのは数えるほどだった。

この区は、成人の卓球熱が熱いらしい。
試合の合間に、むむちゃんの同級生のお友だちにあれこれと教えてもらったところによると、
中高生はあんまり強くないのだけれど、おとなは都内でも強いそうで、都民大会で優勝する実力とか。

ぼやぼやと、ガチなところに迷いこんでしまった「やっちゃった感」満載。
同じ年代別リーグの方が、「私もPTAの卓球からはじめて、はまって今チームに入って続けてるの」とニコニコフレンドリーにお話してくださって、ありがたい。

ルールも、競技方法も、かつてとは全く違う。
ひとっつも勝てず、ラブゲームでセットを落としかけたり、
対戦した方に、「ラバーを張り替えた方がいいわよ」とアドバイスをいただいたり(たしかにもう20年もの)、
もちょっとやれば、なんとかなりそうな手ごたえもあり。


来年の春、中学校のPTA卓球が終わったら、どこだかのクラブに入ってみようかな。
「もっとやりたい」の気持ちがムクムク。



by shiho_kato | 2018-09-09 18:12 | 私ノート | Comments(0)