むむちゃんの散歩道

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映画「日日是好日」

映画「日日是好日」を観に行った。
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しみじみと良い。

古い家に住みたくなる。
縁側に座り、季節のうつろいに想いを傾けたくなる。

静かな暮らしをしたくなる。

つながりをせっせせっせと求めなくとも、
成長をせっせせっせと求めなくとも、
うつろいゆく自然も、とどまることのない時間も、
丁寧に日々を生きていれば、おのずと成熟へと運んでくれる。

それを信じることができるオトナになることを焦がれていた私を、
思い出すことができた。


森下典子の『日日是好日』は、以前に読んでいる。
はずなのに、少しも覚えていなかった。


映画館を出て、本を買って帰った。

追われる日々で大事なものを手放してしまいそうな、
たくさんの流れ込む情報に飲まれてしまいそうな、
つながっていないと得も言われぬ不安に押しつぶされてしまいそうな、
危うい毎日。

目の前の書棚にこの一冊が置いてあるだけで、
私は、踏みとどまれそうな気がする。
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by shiho_kato | 2018-10-07 21:29 | 私ノート | Comments(0)

きくだけで良し

寝るころになって、いきなりぷうちゃんがボロボロと泣き出した。

むむちゃんと喧嘩でもしたかしら?

「あれあれれ、どうしたの?」

むむちゃんと喧嘩したの?と尋ねると、ううんと首を振る。
何かしら、どうしたのかしら、当てられないなー。
首をかしげながら、泣いているぷうちゃんの脇で洗濯物をたたむ。

「もう学校イヤだ、全部イヤだ」

おやおやおや。

ちょっとしたことで蹴ったり叩いたり乱暴なふるまいをする人がいるそうだ。
人のことを口さがなく大きな声で悪く言う人がいるそうだ。
自分勝手な振る舞いを少しも抑制せずにまき散らす人がいるそうだ。
不機嫌を周りにぶつけて周りをイヤな気持ちにして平気な人がいるそうだ。
直ぐにぶち切れて死ねと言い放って教室を出ていく人がいるそうだ。

そういうカオス渦巻く教室にガマンして居続けるのが苦痛なのだそうだ。

ぷうちゃんの言葉だけをそのまま聞くと、荒れた学級崩壊を起こしたクラスを思い浮かべる。

でも、私にもかろうじて覚えることのできた子どもたちの顔を思い浮かべると、
「そういう子」も中には居る。
そうでない子もそれなりに居る。

ぷうちゃん、叩かれたり蹴られたりしたの?
「ううん」

悪いこと言われたの?
「ううん」

周囲で起こる小爆発を受け流せなくなって、注意しては反撃される場面が幾度か重なったようだ。


******

数日前に、ぷうちゃんとむむちゃんと私とで、泣くことについておしゃべりした会話を思い出す。


むむちゃんが、ドラマとかマンガでは泣くけど、悔しいとか悲しいとかではもう何年も泣いてないよ、と言うので、
サラッと、夏の全国大会の個人戦で「久々にマジ泣きするのを見たよー」と言ったら、
あーあれは悔しいっていうか、情けないっていうか。
と、サバサバ苦笑いした。
あの負けが、深く刺さって残っていない様子にホッとする。

ぷうちゃんが「ぼくは、毎日泣いてるっていうか、泣くのガマンしてるよ」
むむちゃんと私と口をそろえて「毎日~~~っ???」

え、なんで、何、そんなに泣くことがあるの?
むむちゃんが怒涛の質問攻撃。

「悔しいっていうか、悔しい感じのことが毎日あるの」と
ブツブツと、でもニコニコしながら答える。

混沌とした状態をやり過ごすのが上手ではないぷうちゃんには、小さなカオスもこたえるのだろう。

******

やり過ごすのがヘタクソなのは、私もそうだった。

クラスの中の不穏な雰囲気にも身を縮め、
ヒステリックな女性教員の声や怒鳴りつける野太い男性教員の声もストレスだった。
おとなになってからも、電車の中の乗客同士の諍いに傷ついたり、爆音をたてて暴走する車に怯えたり。
今でも、ちょっと油断したり、ちょっと弱っていたりすると
我が身にふりかからないそれらに疲弊することが、ときにまだある。


やり過ごすって、それほど簡単なスキルではない。

******

どうしたらいいかなー。
いい方法がママにも思いつかないや。

ぽつりぽつりとゆっくり呟きながら、泣きじゃくるぷうちゃんの背中をゆっくりさすった。


翌朝、ぷうちゃんは目を腫らしていたけれど、すんなりと起きてきた。
むむちゃんに前夜、なんで泣いていたのかを説明すると、
「なんだ、むむ、なんかしたかなーと思ったよ」とケラケラ笑う。
笑ったついでに
「むむも、びっくりしたことあるよ。教室の中で男子がすんごい激しくつかみ合ってけんかしてるのに、みんな平気でスルーして笑って話とか続けてて、見もしないの」

それいつのこと?
去年かな?

わ、ずいぶん最近でもそういうことあったのね。
小学校のころはどうしてた?

関わらないようにしてた、視界に入らなようにしてた、無視してた、スルーしてた。

そうなんだって、ぷうちゃん。

「うちが静かだから、外との違いが大きすぎるんだよね。
兄弟げんかとかも、そんなしないし。
しても、大声出して怒ったりとかそんなしないし。」

お互いが不愉快にならないように、ちょっとずつ譲り合っていて、
たまに、疲れたりささくれだったりして、譲り合いがうまくいかないこともあるけれど、
おおむね穏やかに、上機嫌ではなくても、そこそこホッと息をつける程度には寛いで、
ウチの中で時間を過ごせるように3人で作り上げてきた。
と、いうことなんだろう。

良かったね、せめても、おうちの中では静かに過ごすことができて。


学校を休むって言うかな?
小さく覚悟していたけれど、ぷうちゃんはいつも通りに学校に行った。


何か、具体的な解決を急がなくっていいんだ。

ひとまずは、自分に「合わない」ことをやり過ごしたり、受け流したりしながらも、
ちょっとずつ溜まって行って、疲れたり、何かスイッチが入ったときに、
もうヤダ、もうダメってぼやいて、吐き出せる場所を、ここに用意してあればいい。


慌てて、焦って、
耐える力を養ったり、受け流すスキルを身に着けたり、
そもそものクラスのカオスをもう少し何とかしてもらおうと思ったりしなくていい。


前夜、「どうしようか?」ではなくて、「どうしたらいいかわからないな」と、正直に言えた私をほめてあげよう。
今朝、むむちゃんが、そういうことあるよね、と話題にのってくれたことに、感謝しよう。
そういうお姉ちゃんと、そういう母が家族だから、ぷうちゃんには安心して弱り切ることのできる場がある。


カオスに疲れたら、いつでも、そこに戻ってきてホッと一息つけばいい。


******

後日、ぷうちゃんの学校公開があり、担任の先生とお話できる時間があった。

一学期に、発表のことや水泳のことでだいぶ配慮をしてもらったこともあり、
先生の方から、二学期はどうですか?と話しかけてくれた。

機嫌よく、元気に学校に行っています、と答えながら、
ふっと、この夜の話をしてみた。
そして、急いで解決しようとしないで、そうかそうかと聞くことで十分なこともあると気づいたことも、お話した。


先生の話では、正論と正義感とで、友だちとぶつかることは多くはないけれど少なくも無いようだ。
折り合いをつけることが必要な場面もあれば、その正論のおかげで助かる部分もある、と率直に話してくれた。

そう言えば、むむちゃんの低学年の時の担任の先生には、
むむちゃんの頑なな正しさが、もう少し丸くなればいいと思うと言われたことを思い出した。
数少ない、担任の先生からの言葉がそれであったことに、少なからずホッとしたことも思い出した。

似たように、育ってしまっているのだね。
だとしたら、大丈夫。
たくましく、生きられる力も似たように、ついているに違いない。


by shiho_kato | 2018-10-03 20:19 | むむちゃんとぷうちゃん | Comments(0)