むむちゃんの散歩道

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誕生日

誕生日は良いお天気。

パシフィコ横浜で行われる図書館総合展への出張。

10時から始まる前に。
平日の朝(8時~10時)は100円パンケーキを食す。豊かな気持ちになる。
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出張のお供は吉田右子さんの『オランダ公共図書館の挑戦』
吉田さんのヨーロッパの図書館シリーズは面白い。
『デンマークのにぎやかな公共図書館』
『読書を支えるスウェーデンの公共図書館』
『文化を育むノルウェーの図書館』
『オランダ公共図書館の挑戦』

いずれにも共通しているのは、司書が修士以上の学位を持つこと。
図書館の機能が多様であること。
言葉の上っ面だけではなく、真に人々の生活の豊かさ・文化の豊かさを担保する場であること。

紙の本かデジタルの本か、本は借りて読むか買って読むか、のような議論が
旧弊な、狭い世界の、陳腐な話でしか無いと、いよいよますます思う。

本そのものは、図書館のごく一部のパーツに過ぎない。
知識、思想、情報、etcが行き交い、蓄積され、取り出され、用いられ、新たに作られる場所として、
息づいている空間そのものが大事なんだと思う。

批判は多いけれど、私はTSUTAYAが図書館運営に乗り出すのは、ありだと思っている。
従来の旧来の図書館は、「あれは商業主義だ!違う!!」と言って敵視するよりも、学んだり参考にしたりすることの方がいっそ多いように思う。

そんなわけで総合展では、マンガと図書館、ゲームと図書館、カフェと図書館というように、◎◎と図書館のテーマの講座をはしごして回った。
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幾人かの知り合いにお会いする。催しものや企画に乗ったりしながら、お会いする人は同じ顔触れだ。
つまるところ、外に出て何をか吸収しようと思ったり、刺激をもらおうと思ったり、何をか発信しようとする人たちは、ごくひと握りだということ。
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きっと、図書館界の停滞はここにある。
多数の図書館員たちは、日々堅牢な箱の中で毎日をすぐしてしまえるだけの、
それをさばくことに身を傾けて思考を停止することができるだけの、作業量がある。

作業は、仕事では、無い。

仕事として、やろうとしたら、私の知識も意識も能力も技術も全然足りていなくって、
本来、今、必要とされている、図書館に求められている機能を顕在化させフル稼働させていく力量の無さにうちのめされながら、闘っている。

そうして、私は、うちのめされても、闘っても、「司書」になっていきたいのだろうか。
自問自答してみるのは誕生日らしくて、いいと思う。


そんなことをつらつらと考えながら、一日を過ごした終わりはランドマークタワーへ。
お誕生日には無料でのぼることができる。
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富士山がくっきり見えた。
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えっちらおっちらと帰り着いた後は、自らの誕生日のケーキとごはんの用意。

時期が時期なので、かぼちゃのグラタンに
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かぼちゃのチーズケーキ。苦手なクリーム代わりのアポロはナイスな案だと思う。
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願いごとは、平和で健康な日々を過ごし続けていけますように。
ただただそれだけだ。
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by shiho_kato | 2018-10-30 22:28 | 私ノート | Comments(0)

江戸川マラソン

全力10㎞。

フルマラソンじゃなくっても、十分に走ってる気分を満足させらる。

私がんばっているよね!
そうくり返しくり返し自分に言い聞かせて、自分を励まして、自分を誉めてあげるために、
週末があり、趣味がある。

働くお母さん同類たちの姿に励まされたり、がんばろうと自分を奮い立たせたり。
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by shiho_kato | 2018-10-28 14:44 | マラソン、かるたノート | Comments(0)

学芸祭

むむちゃんの中学最後の学芸祭。
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合唱は伴奏で、
体育科の発表には学年代表のダンスで
修学旅行の発表には劇で
出番の多い学芸祭だった。
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その分、練習も多くって、夜は勉強、朝は朝練。
よくがんばれるなーと思いながら、
よくこれだけの場に出る機会を与えてもらったなーと思う。

今も、自分から前に出るタイプでは、無い。
先生に、友だちに、引き立ててもらえる3年間を過ごしたということだ。

心の底からありがたく思う。。

伴奏を聴きながら、どうか止まってしまいませんように、つかえてしまいませんように、と祈る。
ダンスを見守りながら、どうぞ楽しんでいる姿が見られますように、と祈る。
修学旅行の報告を眺めながら、よい友だちに、よい先生方に恵まれたことに感謝する思いでいっぱいになる。


この中学生時代の3年間、学内のことも学外のことも含めて、
むむちゃんのこれからの人生を支える時間になると予言してもいい。
逞しい礎を築く時間を過ごせたことを、だれかれとなくありがとうって思う。

by shiho_kato | 2018-10-27 18:10 | むむちゃんとぷうちゃん | Comments(0)

目黒区の図書館びいき -マンガたくさん、子ども楽しいー

にわかに目黒区の図書館を絶賛中。

だって、マンガがたくさん置いてある。
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置いてあるばかりか、セットで貸出できるのだ。
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マンガにひかれて、これまで使っていた1館から、あらたに3館を回った。
それぞれの工夫で、くつろげる環境を作っている。
洗足図書館は、子ども向けの工夫がずば抜けている。

小さい子どもから小学生くらいの子どもたち用の、遊べるおもちゃセットが
書架の上に数十個用意されている。

海外の(ヨーロッパの?)図書館では、ゲームやゲームソフトも置いてあるそうだ。

阿部彩さんやユニセフの調査が紹介してくれているヨーロッパの子どもの貧困では、
子どもの玩具、文具類の所持格差をひとつの指標としている。

図書館は、「子どもの玩具」としてのゲームやマンガ等、子どもがカルチャーへのアクセス権を平等に得られるように配慮するのが当然なのだそうだ。


アニメ、マンガは日本を代表する文化だと、クレイジーな麻生がそう大きなだみ声で宣言したのは何年前のことだったかしら。

そうであれば、日本が誇るアニメ、マンガが、子どもたちにとって手に取りやすい場に置かれることにさほどくどくどしい理由など要らないだろう。
とは、ならないのが、この国だ。


つまらない国だなー。カルチャーのうっすい国だなー。権利を守る意識のひくーい国だなー。


目黒の図書館、がんばれ!
私は、読むよ。
子どもたちと、ともに読むよ。
どんどん借りて、利用率を上げることで、応援できるのであれば、せっせと通うよ。

なんて大義名分は後付け。
マンガ、大好きなんだもん。
小説と同じように、物語が揺さぶりをかけてくる。
揺さぶられた分だけ、豊かになれる。

by shiho_kato | 2018-10-23 18:49 | 社会&地域&子どもノート | Comments(0)

ちばアクアラインマラソン2018

バカみたいに、スタートからゴールまでの4時間に少しかけるくらいの時間。
ずーっと笑い続けていた。

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私は、幸せな時間の過ごし方を見つけたなー。

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by shiho_kato | 2018-10-21 22:38 | マラソン、かるたノート | Comments(0)

「聞くのもタイヘンだよね」

ぷうちゃんの毎日の宿題は
・算数ドリル
・漢字ドリル
・音読
の、三本立て。


算数ドリルと漢字ドリルは、食卓でむむちゃんと向かい合わせて片付ける。
わからないところがあると、むむちゃんに、「むむー、これどういうこと?」と聞く。
むむちゃんがイヤな顔をすることは、ほとんどない。

字を書くのが遅すぎて終わらない、、、とぷうちゃんがベソを書くと、
むむちゃんが、そんなの少しくらい雑でも大丈夫だよ、と言い捨てる。

言い捨てられると、雑だと汚くなるからダメだよ、ベソかきから立て直し弱弱しく笑いながら続行する。


音読は、朝することが多い。
算数ドリルと漢字ドリルで、宿題への気持ちを使い切ってしまうから。
宿題以外のことに時間を少し使ってから寝たいという自分の気持ちを大事にするから。


今週は音読の範囲が広くて、長め。
朝だと時間が無くて、長い文章だとそれを聞いてる間、私が手足を止めていられないことがある。
そういうときは、夜の音読。

「あー、音読しなきゃ。。。」
もうヤダよーーーー。

ぶちぶち。

ぶちぶち言うのを横目に、洗濯物をたたんでいたら、
「あー、聞くのもタイヘンだもんねー」
とつぶやく。

おやおや。
聞く側の気持ちまで慮ってくれるんだ。

ぷうちゃんが自身の「メンドクサイ」「やりたくない」「イヤだ」を踏み越えて、
こちら側に思いを致していることが嬉しくてニヤニヤとしてしまう。

by shiho_kato | 2018-10-12 16:37 | むむちゃんとぷうちゃん | Comments(0)

映画「日日是好日」

映画「日日是好日」を観に行った。
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しみじみと良い。

古い家に住みたくなる。
縁側に座り、季節のうつろいに想いを傾けたくなる。

静かな暮らしをしたくなる。

つながりをせっせせっせと求めなくとも、
成長をせっせせっせと求めなくとも、
うつろいゆく自然も、とどまることのない時間も、
丁寧に日々を生きていれば、おのずと成熟へと運んでくれる。

それを信じることができるオトナになることを焦がれていた私を、
思い出すことができた。


森下典子の『日日是好日』は、以前に読んでいる。
はずなのに、少しも覚えていなかった。


映画館を出て、本を買って帰った。

追われる日々で大事なものを手放してしまいそうな、
たくさんの流れ込む情報に飲まれてしまいそうな、
つながっていないと得も言われぬ不安に押しつぶされてしまいそうな、
危うい毎日。

目の前の書棚にこの一冊が置いてあるだけで、
私は、踏みとどまれそうな気がする。
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by shiho_kato | 2018-10-07 21:29 | 私ノート | Comments(0)

きくだけで良し

寝るころになって、いきなりぷうちゃんがボロボロと泣き出した。

むむちゃんと喧嘩でもしたかしら?

「あれあれれ、どうしたの?」

むむちゃんと喧嘩したの?と尋ねると、ううんと首を振る。
何かしら、どうしたのかしら、当てられないなー。
首をかしげながら、泣いているぷうちゃんの脇で洗濯物をたたむ。

「もう学校イヤだ、全部イヤだ」

おやおやおや。

ちょっとしたことで蹴ったり叩いたり乱暴なふるまいをする人がいるそうだ。
人のことを口さがなく大きな声で悪く言う人がいるそうだ。
自分勝手な振る舞いを少しも抑制せずにまき散らす人がいるそうだ。
不機嫌を周りにぶつけて周りをイヤな気持ちにして平気な人がいるそうだ。
直ぐにぶち切れて死ねと言い放って教室を出ていく人がいるそうだ。

そういうカオス渦巻く教室にガマンして居続けるのが苦痛なのだそうだ。

ぷうちゃんの言葉だけをそのまま聞くと、荒れた学級崩壊を起こしたクラスを思い浮かべる。

でも、私にもかろうじて覚えることのできた子どもたちの顔を思い浮かべると、
「そういう子」も中には居る。
そうでない子もそれなりに居る。

ぷうちゃん、叩かれたり蹴られたりしたの?
「ううん」

悪いこと言われたの?
「ううん」

周囲で起こる小爆発を受け流せなくなって、注意しては反撃される場面が幾度か重なったようだ。


******

数日前に、ぷうちゃんとむむちゃんと私とで、泣くことについておしゃべりした会話を思い出す。


むむちゃんが、ドラマとかマンガでは泣くけど、悔しいとか悲しいとかではもう何年も泣いてないよ、と言うので、
サラッと、夏の全国大会の個人戦で「久々にマジ泣きするのを見たよー」と言ったら、
あーあれは悔しいっていうか、情けないっていうか。
と、サバサバ苦笑いした。
あの負けが、深く刺さって残っていない様子にホッとする。

ぷうちゃんが「ぼくは、毎日泣いてるっていうか、泣くのガマンしてるよ」
むむちゃんと私と口をそろえて「毎日~~~っ???」

え、なんで、何、そんなに泣くことがあるの?
むむちゃんが怒涛の質問攻撃。

「悔しいっていうか、悔しい感じのことが毎日あるの」と
ブツブツと、でもニコニコしながら答える。

混沌とした状態をやり過ごすのが上手ではないぷうちゃんには、小さなカオスもこたえるのだろう。

******

やり過ごすのがヘタクソなのは、私もそうだった。

クラスの中の不穏な雰囲気にも身を縮め、
ヒステリックな女性教員の声や怒鳴りつける野太い男性教員の声もストレスだった。
おとなになってからも、電車の中の乗客同士の諍いに傷ついたり、爆音をたてて暴走する車に怯えたり。
今でも、ちょっと油断したり、ちょっと弱っていたりすると
我が身にふりかからないそれらに疲弊することが、ときにまだある。


やり過ごすって、それほど簡単なスキルではない。

******

どうしたらいいかなー。
いい方法がママにも思いつかないや。

ぽつりぽつりとゆっくり呟きながら、泣きじゃくるぷうちゃんの背中をゆっくりさすった。


翌朝、ぷうちゃんは目を腫らしていたけれど、すんなりと起きてきた。
むむちゃんに前夜、なんで泣いていたのかを説明すると、
「なんだ、むむ、なんかしたかなーと思ったよ」とケラケラ笑う。
笑ったついでに
「むむも、びっくりしたことあるよ。教室の中で男子がすんごい激しくつかみ合ってけんかしてるのに、みんな平気でスルーして笑って話とか続けてて、見もしないの」

それいつのこと?
去年かな?

わ、ずいぶん最近でもそういうことあったのね。
小学校のころはどうしてた?

関わらないようにしてた、視界に入らなようにしてた、無視してた、スルーしてた。

そうなんだって、ぷうちゃん。

「うちが静かだから、外との違いが大きすぎるんだよね。
兄弟げんかとかも、そんなしないし。
しても、大声出して怒ったりとかそんなしないし。」

お互いが不愉快にならないように、ちょっとずつ譲り合っていて、
たまに、疲れたりささくれだったりして、譲り合いがうまくいかないこともあるけれど、
おおむね穏やかに、上機嫌ではなくても、そこそこホッと息をつける程度には寛いで、
ウチの中で時間を過ごせるように3人で作り上げてきた。
と、いうことなんだろう。

良かったね、せめても、おうちの中では静かに過ごすことができて。


学校を休むって言うかな?
小さく覚悟していたけれど、ぷうちゃんはいつも通りに学校に行った。


何か、具体的な解決を急がなくっていいんだ。

ひとまずは、自分に「合わない」ことをやり過ごしたり、受け流したりしながらも、
ちょっとずつ溜まって行って、疲れたり、何かスイッチが入ったときに、
もうヤダ、もうダメってぼやいて、吐き出せる場所を、ここに用意してあればいい。


慌てて、焦って、
耐える力を養ったり、受け流すスキルを身に着けたり、
そもそものクラスのカオスをもう少し何とかしてもらおうと思ったりしなくていい。


前夜、「どうしようか?」ではなくて、「どうしたらいいかわからないな」と、正直に言えた私をほめてあげよう。
今朝、むむちゃんが、そういうことあるよね、と話題にのってくれたことに、感謝しよう。
そういうお姉ちゃんと、そういう母が家族だから、ぷうちゃんには安心して弱り切ることのできる場がある。


カオスに疲れたら、いつでも、そこに戻ってきてホッと一息つけばいい。


******

後日、ぷうちゃんの学校公開があり、担任の先生とお話できる時間があった。

一学期に、発表のことや水泳のことでだいぶ配慮をしてもらったこともあり、
先生の方から、二学期はどうですか?と話しかけてくれた。

機嫌よく、元気に学校に行っています、と答えながら、
ふっと、この夜の話をしてみた。
そして、急いで解決しようとしないで、そうかそうかと聞くことで十分なこともあると気づいたことも、お話した。


先生の話では、正論と正義感とで、友だちとぶつかることは多くはないけれど少なくも無いようだ。
折り合いをつけることが必要な場面もあれば、その正論のおかげで助かる部分もある、と率直に話してくれた。

そう言えば、むむちゃんの低学年の時の担任の先生には、
むむちゃんの頑なな正しさが、もう少し丸くなればいいと思うと言われたことを思い出した。
数少ない、担任の先生からの言葉がそれであったことに、少なからずホッとしたことも思い出した。

似たように、育ってしまっているのだね。
だとしたら、大丈夫。
たくましく、生きられる力も似たように、ついているに違いない。


by shiho_kato | 2018-10-03 20:19 | むむちゃんとぷうちゃん | Comments(0)